第58話 皮算用
「はーい。にらめっこはそこまで!それではお話しましょうか」
私は睨み合う二人の間に入り、双方を手で牽制しました。
ああ、これは睨み合いではなく【ヒューリュリ様に睨まれた蛙】な商人さんでしたね。
彼は、私が間に入った途端、へなへなへなと地面に座り込みました。
お顔が真っ青です。
うっぷ!?
虹です。
口から少し虹が出ました。
全然、綺麗じゃありません。
やっぱり二日酔いで空を飛ぶのは、止めた方が良いという事が知れました。
ほとんど船酔い状態でっ、うっ
きらきらきら
ついに虹が⌒を描きました。
アニメなら光で表現されるところです。
これは緊急避難が必要です。
私は直ぐに地面に降り立ち、ヒューリュリ様のシッポの陰で吐きました。
おロロロロ………
『あ、主、あんまりなのだ……』
ヒューリュリ様は涙を流しておりましたが、私のように可憐な妖精が虹を吐くなど、ファンタジーの冒涜になってしまいます。
致し方ありません。
こういった事は何事も犠牲は必要なのです。
ふと後ろを見ると、何故か雪ウサギが行列を作って順番待ちをしておりました。
全員、虹待ちです。
致し方ありません。
こういった事は何事も犠牲が必要なのです。
『主、止めさせるのだ?!主ーーーーーっ??!』
ヒューリュリ様の抗議がありましたが、これは後がつかえると大惨事です。
致し方ありません。
こういった事は何事も犠牲が必要なのです。
さて、私はヒューリュリ様の悲鳴をよそに、すっかり萎縮して座り込んでいる商人の方に近づきます。
話が出来ますかね?
「えー、どうも?責任者です。私に、ご用がお有りと伺っておりますが?」
「よ、妖精?!」
「あの?」
「妖精だ、本当に妖精がいた!」
何でしょうね、この方。
驚いてるばかりで話しが進みません。
「もし?」
「す、凄い。絶滅したはずの妖精が生きていて、しかもここはなんだ?暖かい!?おまけに麦畑?色々な色の花も少し咲いている?ここは神の世界か?信じられない!」
自称?商人さんが、立ち上がりました。
何やら、興奮ぎみで喋り出しました?
麦畑と言っても刈取り済みですし、お花も雪ウサギが食べ残したオオイヌノフグリくらいしかありません。
辺りを見回したと思ったら、何やら感動し始めるし、自分の世界に入ってしまって埒が明かないですね。
「コホン、此処の責任者です!ご用が無いならお帰り下さい。ヒューリュリ様、お願いいたします」
「せ、責任者!?」
『任せるのだ。人間、さっさと帰るのだ。それとも、ここで殺されたいか?』
「ひいい!?」
「ヒューリュリ様!脅してどうするんですか!」
『しかし主、我は森の守護者。人間から皆を守るのが我の役目なのだ』
ヒューリュリ様が前にでたら、商人さんがまた座り込みました。
座るの好きですね。
とりあえず話しを進める為に、再びヒューリュリ様には後ろに下がってもらいました。
まあ、下がってもらったのは【シッポが臭い】のも理由です。
『主……』
ヒューリュリ様の恨めしいお顔はスルーして、私は男性の足元に向かいます。
3メートル先ですが、私サイズからすると30メートル相当になります。
え?何で飛んで行かないのかって?
いや、船酔いですって。
また虹が出ますって。
さてさて私は、腕組みしながら男を値踏みするように見上げます。
下から目線ですが、気持ちは上から目線だとアピールする為です。
交渉事は最初が肝心。
弱気は基本NGなのです。
依然として男は、座り込んだまま唖然と私を見ています。
一応、お客様扱いしますかね。
私は28号に言って、お茶と鬼煎餅を指示しました。
数羽がかりですが、お盆に載せた鬼煎餅と湯飲みを雪ウサギが男性に運びます。
ところで湯飲みって部屋に有りましたっけ?
雪ウサギは時々不思議に物品を調達します。うーん、謎です。
「粗茶ですが、温かいうちにどうぞ」
私がニッコリして伝えると、男性はおずおずと湯飲みを取り一口呑み込みました。
「こ、紅茶とは違い、ますね?しかし、これはこれで有りか、と、思います……こっちは、麦を固めて焼いた物?なんで魔物の顔にしてあるんです?」
なるほど、紅茶は有って緑茶は無いと。
麦を固めた物……ビスケットですかね?米も無しと。
鬼はコッチの世界観では魔物と。
まさか実際に居る?
パリッ
「こ、これは!?う、旨い!!これは何処から調達されてるんです?この個別梱包の透明な包み紙も素晴らしい!なにやら文字も入ってますね?もし可能なら、私に売って貰えないでしょうか?」
ほう、流石は商人です。
たちまち商人顔になりました。
良いでしょう。
外貨獲得は貿易の基本。世界を知る第一歩です。
やるからには徹底的が私のモットー。
ふむふむ、さっそく皮算用です。
私は28号が用意したトンボぐるぐる眼鏡を掛け、エンピツ舐め舐め算盤を弾きます。
鬼煎餅一枚、お茶の葉一枚が一体いくらになるのか。
パチパチ
『あ、主、今度はいったい何を始めるのだ??!』
あの、ヒューリュリ様?
その残念な人を見る目は止めて頂けます?




