第397話 消えた北の国(忘れられた歴史)
◆本編とは違います。
過去の話になります。
ナレーター視点
アーデ・ラテーナ大陸最北端。
黒の台地とも呼ばれ、花も作物も殆ど育たない黒く爛れた荒地の続く土地。
《神に見放された地》とも呼ばれたその土地は、古くから犯罪を犯した人間の流刑地とされ、その地に生まれた者も不浄の者として大陸中の国々から疎まれてきた。
大多数の国家はこの土地を宗教的に禁足地とし、足を踏み込む事やこの地の人間との交流を良しとはしなかった。
しかしそんな地でも、遥か昔より土地を守り暮らし続ける人々がいた。
もとは遊牧民のような人々だったが独自の魔獣狩猟文化を持ち、後に定住化の基盤として魔獣を養い家畜化して糧を得て生活していたとされる。
また黒い荒地は他の地域に比べ魔力が高かった。
その為に魔獣がよく発生したのだ。
魔獣とは一般の獣が魔力を纏い進化した姿。
極めて凶暴で固有な有害毒素を持つ個体が殆ど。
だから食用に適さず厄介者とされた。
それを様々な加工や飼育技術により安定的に食用としたのが彼らであった。
彼らは長い歴史を持ち、大陸内陸部の国々より遥かに国家の発祥は古かった。
周辺国はその国を《アグ》と言った。
アグとは当時の言葉で《卑しい》とか《けがれる》と言った蔑みが含まれる言葉であり、過去の犯罪者追放地の歴史が他国の人々の忌避感を作り出したといわれている。
彼らは大陸内陸部の国々が狩猟・採取文化から安定した農耕を中心とした稲作文化を経て大きく国家を発展させた頃も、狩猟文化を守り独自文化を発展させてきた。
その基盤となったのは魔獣を資源としたものであり、そうする事でしか彼らにその土地で生きる術は無かったのである。
この時代、大陸全体では魔石による魔道具文化圏が形成されつつあった。
人々は魔石鉱山や魔獣から魔石を取り出し、そこに術式を施して様々な便利道具を作れるようになっていく。
魔石には二通りあり、魔石鉱山から採掘するものと、魔獣から採取するものがある。
魔石とは魔道具の電池だ。
魔力を充填し魔道具を動かす事が出来る。
ただ、それぞれに長所短所があった。
魔石鉱山から採掘される魔石はかつて生きた魔獣の死骸が長い年月の後に地中から現れたもの。
その魔石を使うには魔力充填が必要になる。
対して魔獣から採取された魔石は魔力が充填済みな上に、電池としての持続時間も鉱山型より優秀だったが、魔獣を狩る狩人に頼らなければならず、供給も品質も安定しなかった。
すると魔石に魔力充填をする必要がない、魔石鉱山品より品質の良い、生きた魔獣から採取する魔石の価値が高まった。
魔獣の魔石は高値で売れ、一攫千金を狙う狩人達は魔獣の魔石を求めて大陸全土を巡った。
しかし辺境のアグの人々は、魔獣の魔石をタダ同然に捨てていた。
禁足地に住み疎まれていた彼らに他国と積極的な外交は無い。
だから魔獣を飼い慣らし、育てて食肉に変えていた彼らに魔石の価値が分からなかったのだ。
そんな中、とある商人が禁足地に踏み込み彼らアグ国の人々と交流を始める。
彼は安価な魔石を求めて旅をしていた旅商人。
アグ国の人々に触れ、魔獣に近い人々として疎まれてきた彼らが自分達と何ら変わらない事に気づき、より親密な交流を始めた。
やがて商人は、彼らが日常的に廃棄していた魔石を大陸中央に向け販売する事を考える。
家畜化された魔獣を食用としている彼ら。
彼らの生活スタイルと魔石販売は理想的な形で融合する事となる。
こうしてアグ国からの魔石販売は順調に推移。
家畜化され安定供給が可能なアグの魔石は、大陸の流通網に供給が始まり着実に広がっていく。
アグの魔石は安くて高品質、その上安定的に供給が成されたからだ。
当然ながら魔石は値崩れしていったが、アグには何ら問題は無かった。
昔ながらの生活を守ってきたアグの人々。
彼らにとっては魔石販売はプラスでしかない。
こうして外貨を獲得出来るようになると、アグの人々は魔獣の家畜化を更に進め、魔石取引において多大な利益を生むようになっていく。
世界の寒冷化が本格化する前、アーデ・ラテーナの世界における最先端は魔獣から採取した魔石による魔道具開発にあったのだから、そこに大量な魔石の供給をしたアグは極めて異色に見られた。
そしてそれはアグが裕福になるにつれ、その特異な歴史を持つ事で他国から妬まれ、更に疎まれていく事になるのである。
それに疎まれる理由の中に魔獣食がある。
当時も今も一部の益獣を除き、大陸の大多数の人々に魔獣を食する文化は一般的では無かった。
理由は食文化として馴染みが無かった事もあったが、魔獣自体の多くは臭みや毒を持つものが多く、食用に適するものは少なかった事にも起因する。
ただそれだけでもなく、多くの国々では宗教上の理由から魔獣食を禁忌としていた為である。
当時、大陸の多くの国々はアーデ・ラテーナ創造神を信仰しており、教義に魔獣と関係を持つ事は良くないとされていた。
だからアグ以外で魔獣を家畜とする文化は殆ど無く、まして日常的に魔獣を食用とするような事はアグの人々以外に存在しなかった。
ただアグの人々にとって、他国から疎まれる原因になる魔獣食については先祖から続く生きる為の日常である。
外国から疎まれるからと言って直ぐに止められる問題でもなかった。
それにアグの土地では作物が育たない。
裕福になり諸外国から物資を買えるようになっても結局は辺境の国。
輸送コストや足元を見る他国のやりように、簡単に食文化を変える事は出来なかった。
そうして裕福に成りながら禁忌な行動を是とするアグを、周辺国は宗教的に《悪である》という認識に傾いていくのである。
そしていつしか底辺の貧乏国だったアグが大陸でも指よりの裕福な国になっていくと、汚れとして蔑んでいた隣接する周辺国は憎しみの対象として見るようになる。
そうした誤解と偏見が重なったある日、宗教上の禁忌を最大の理由として、周辺国三国がアグ国に兵を向けてしまう。
それは元々まともな兵力を持たなかったアグにとって、一方的な理不尽でしかなかった。
やがて全てのアグの村や町はたちまち業火に包まれ、人々は魔獣と同一視され殺されていった。
そして略奪の限りを尽されたアグは、僅か数日で大陸から消滅したのである。
アグを滅ぼした兵士達は、自国の国民から歓喜を持って迎えられた。
彼らは厄災から国を守った英雄達として称えられ、アグから略奪した金品により三国はそれなりに潤った。
当然ながら彼ら兵士に罪悪感はなく、あくまで《魔獣の国》の討伐。
討伐したのは全て魔獣だったと報告したのである。
アグの人々は他国から最後まで人として見られず、全ては魔獣として処理されたのだ。
ただ生きる為だけに魔獣を狩った。
ただ生きる為だけに魔獣を食した。
ただ生きる為だけに魔獣を飼い、魔獣達と共に生きてきた。
そうしたアグの営みはその全てが否定され、最後は魔獣として討伐され、人としての尊厳も奪われたのである。
これは北部の歴史の中に埋もれた紛れもない真実であった。
そして人々の居なくなったアグの地に最初の雪が降った。
いわゆる寒冷化の始まりである。
そして寒冷化により最初に国が瓦解したのも、このアグを滅ぼした三国となった。
こうしてアグの滅亡と同時期に始まった寒冷化は、大陸最北端であるそのアグの地から始まり、長い年月をかけて大陸南部を目指して進んでいく事になるのである。
それはまるで滅んだアグの怨嗟の念が呼び込んだ滅びの序章だったの如く、降り注ぐ豪雪はたちまち大陸北部や中部を飲み込んでいったのだ。
妖精女王による結界技術伝承が行われ、人手による結界運営が始まったのは、その数十年後の事であった。




