第331話 昔の神の森19(要求)
◆幻影・昔の神の森
アルタクス視点
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⚫1300年前
◆ラベンダー王国側
神の森の奥地・妖精の泉付近
だがどんな状況であれ侯爵には王命を履行するしかない立場にあり、このような修羅場は覚悟の上ではあった。
問題なのはその修羅場を作り出したのが道案内に雇っただけの出自の知れない狩人達という事であり、それに翻弄させられている状況が部隊長であり侯爵としての矜持を曇らせる。
彼が王命に従いこれだけの兵士を揃えたのはラベンダー王国救済の為絶対に新しい結界技術を持ち帰るという大義名分のもと、妖精国に対する威嚇も辞さないという覚悟を示すもの。
そして実際の実力行使は交渉事が進まず破談になってからの話であり、本来は妖精国とラベンダー王国の交渉によって友好的に進めたかったのが侯爵の本音である。
それは強権を発動したラベンダー王の意向から外れる行為かも知れない。
だが穏便な交渉によって彼女から目的の技術を手に出来れば、何もわざわざ事を荒立てる理由はない。これが侯爵が考えていた本来の路線だったのだ。
それに侯爵は今回の出兵には後ろ向きであった。
子供の頃より教会の教義を受け、妖精女王を救世主や神として崇めてきた側。
彼は彼女に憧れすら抱いていたのである。
しかしその憧れの彼女に対し、今は完全に敵対の立場となってしまった。
今の成行は予定外であり初手からの暴挙は本当に妖精達に理不尽であった。
そしてそれを成したのは部外者のミゲル達だ。
奴らの主導で進む今の現状は侯爵の思惑から解離した状況であり、その全ては彼にとって不本意でしかない。
だとしても最早後戻りは出来ない。
今は自分を殺して彼女から早急に新しい結界技術を引き出すのだ。
そして速やかにこの場所を離れよう。
目的さえ達成出来れば、これ以上彼女らを傷つける必要はないのだから。
「ミゲル!狼藉はそこまでだ。以後は私の命令が無い限り勝手な行動はするな。よいな!?」
「はあ?さっきまで何も出来なかったアンタがいきなり場を仕切るのかよ?」
「この部隊の部隊長は私だ。従わなければ報奨金は無しだ」
「チッ、分かったよ」
渋々と従うミゲル。
やはり彼らには報奨金という言葉に効果があるようだ。
仲間のギドは無表情だがミゲルと共に同意した。
侯爵は二人を下がらせ妖精女王に向き直った。
「妖精女王様、やっと話しが出来ます。これまでの非礼申し訳ない。部下の暴走は不本意な結果で今の状況は残念でなりません。部隊を代表してお詫び申し上げる。そして単刀直入に我らの要求を伝えます。貴女がかつて我ら人間に供与された結界技術はそれは素晴らしいものでした。そのお陰で貴女は各国で救世主と称えられております。ですが寒冷化の脅威はついに我がラベンダー王国に迫りつつあり、国全体に及ぶ結界技術が急務であります。どうか我が国にその様な新しい結界技術をお与えいただけないでしょうか。お約束頂ければ直ちに拘束した妖精を解放、我らは速やかにこの地を離れた後二度と足を踏み入れない事を誓いましょう。どうか思慮あるご判断を望みます」
本当に都合の良い事を言っていると思う。
盟約を破っただけでなく彼女の本拠を土足で踏みにじり、あまつさえ大事な同胞達を問答無用に捕らえたのだ。
彼女の怒りは如何許りだろうか。
どのような誹りを受けても此方の非は明らかであり、罪人と称した妖精女王の見識は正しくその通りなのだろう。
侯爵は余りの恥ずかしさに自分達を限りなく情けないと思う。
全ての正義は彼女にあり自分達は悪なのだろう。
だとしても王命であり国家存亡の中、なりふり構っては居られないのは事実である。
とにかく不本意ながらもミゲル達の行動で侯爵達は妖精女王と妖精国を物理的に屈伏させてしまったのは事実である。
未だ矢の刺さる肩を庇ったまま微動だにしない彼女。
果たして妖精女王は、侯爵達の要求に対しどのような回答をするのだろうか。




