第323話 昔の神の森11(結界技術について)
◆幻影・昔の神の森
アルタクス視点
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⚫1300年前
テータニア皇国
皇城
「手負いだったと言ったか、宰相?」
皇王は調査隊が神の森入り口において重傷を負った件について、その過程でもう一つ新たな報告を受けていた。
それは圧倒的な戦闘力を持つはずの白き悪魔が《手負い》だったとの情報である。
「はい、その通りです」
「信じられぬ。その情報は間違いではないのか」
「調査隊の全員が目撃してました。明らかに背に弓矢が刺さっていたと証言をしています」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
その報告に皇王はにわかには信じられなかった。
何百年にも渡り神の森を守護してきたとされる白き悪魔。
彼の者の神髄は魔法攻撃などではなく、その俊敏さにあったのだ。
如何なる大部隊だろうが、雨のような矢に晒されようが、決して遅れを取らない孤高の狼。
それが白き悪魔と言わしめた聖獣フェンリルの力なのである。
その絶対の力を持った神の森の象徴ですらある彼の者。
その神の如き神の森の守護者が手負いだったと。
皇王は神の森がある南西の方角を眺めると一人大きな溜め息を吐いた。
ここ数日の起きた事は彼の想像を超えている。
既に親書は届いているはずだが、未だ返答のないラベンダー王。
本当に神の森に侵攻しているなら盟約はなし崩しに破られ、その責をテータニア皇国まで負ってしまう。
妖精女王もしくはその後継者がどれ程の力を持ち人間国家全体に報復に出るとも限らないのだ。
人外の魔法を使い人の魔法より遥かに高度な魔法技術を持っているはずの彼ら。
果たしてこの先、何が起きてしまうのだろうか?
寒冷化で疲弊する国内情勢と合わせ、新たな不安要因に頭の痛い皇王であった。
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◆ラベンダー王国側
神の森の奥地・妖精の泉付近
⚫解説
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寒冷化の影響は、最終的に大陸南部の2大農業国にまで波及した。
大陸北部に最初に現れた《寒冷化》は妖精女王が人間に結界技術を与える以前から顕在化しており、大陸全体にその脅威が周知されたのは彼女の結界技術がキッカケとなったのは事実である。
それまでは《寒冷化》の存在すら知らない人間国家(特に南部)が複数あったのは事実であり、広い大陸にあって結界技術の必要性すら理解出来なかった小国が多数あったのはやむを得ない事であろう。
魔法技術が存在する世界にあっても封建制度が主体の国家風土は様々な情報伝達の方法を封殺する流れが強い。
どうしても情報ソースの信頼性に支配者側の思惑が混じり、正確な情報が伝わりにくいというベクトルが働くのは否めない。
まして国家存亡に繋がるような話が支配者側の思惑と相反する事は往々にしてある事である。
結果として都合の良い話だけが伝わり、結界技術の必要性すら正確に理解出来ぬまま《寒冷化》に対して無防備に対処した国家はかなりの数に昇ったようだ。
結果として、後手に回った国家は何の理解も無いまま《寒冷化》に突入し、なす術も無く極端な気候変動に飲み込まれて国家瓦解を招いたのは言うまでもない。
血縁やごく限られた信頼関係の元に同盟を構築した国々は団結して情報の精査に努めたが、それでも妖精女王が示した結界技術は興味を持って受け止められ、富国強兵を目指す国々は《寒冷化》の脅威に半信半疑でもすんなりと受け入れる事が出来たようだ。
これにより《寒冷化》が本格化した事態を迎えた頃には多数の国が結界技術をもち、少なくとも大陸半分の国家については結界技術によりその延命が図られたと云える。
しかし《寒冷化》が深刻化すると結界技術の効果に問題が生じた。
結界技術が《国家の規模に合わない》のだ。
結界技術は人間の魔法体系から外れた人外の魔法。その技術と効果は運用して始めて分かるもの。
そうして運用の積み重ねで様々な事が分かってきた。
先ず結界技術そのものの効果だが、基本的には空気の入れ替えを遮断するものである。
つまり巨大な《温室》を作る事が結界技術の効果になる。
そしてその温室範囲は一つの村や町の範囲に限られ、具体的には9900㎡となる。
だが、その範囲に収まる村や町はいい。
しかし都市はその10から20倍。
国家は百倍という単位から始まる。
(定義:大陸の1町は約9,900㎡。都市の面積は最低でもこれの十倍が平均。国の単位は最も小さい国の規模から算定。国家規模は大小ありこの基準が必ずしも適用されない)
到底通常の結界運用ではその全てをカバーする事は叶わない。
また、結界運用に一定の魔石が必要な事も問題である。
魔石は結界のエネルギーとして必要である。
この場合、実際には魔石に蓄積された魔力が必要という事なのだが、媒体として魔石が使われる形だ。
魔力は魔物から採取された魔石には元から魔力が宿っているが、魔石鉱山から採取される魔石には魔力の充填が必要なる。
一般的魔物から採取される魔石に含まれる魔力で、だいたい半年間の結界運用が可能となる。
魔物により多少魔力の総量が違う場合があるが、そういった特殊個体は個体数が少ない上に討伐が困難なドラゴンなどの上位魔物になるので一般的でない。
今回は比較対象から外して解説している。
一般魔物は荒野もしくは森林地帯に多く存在し、地中の魔力溜まりから湧き出る毒ネズミなどの魔物は寒冷化に関係なく資源として手に入る。
魔物の概念は二つある。
一つ目▶魔力溜まりから湧き出る《魔物》で自然発生してくるのだが、どの様なサイクルで発生しどれ程の数が有るのかは未確認だ。
その魔石は時価で取り引きされるが、近年は狩人の不足と結界資源として有用性が高まっている事から、高止まりした価格で売買されている。
基本的に毒を持つなど厄介なものが多く、討伐のハードルは年々増していると思われる。
二つ目▶《魔獣》と呼ばれる存在である。
これは家畜として飼われているコッコドゥなどの益獣が含まれるが、元々家畜や獣が魔力を帯びた状態の獣の総称である。
往々にして元の獣(祖先?)より大型化、変質化しているが、魔力を帯びた魔石が産出するのは前者と変わらない。
因みに聖獣もこのカテゴリーに含まれるが、狩る事が規制されている為、魔石取り引き市場での評価は未確認である。
野生のものは魔物として狩りの対象になるが、益獣として飼われているものの魔石価値は経済取り引きの上で決定され、魔石採取についても益獣として生を全うしたものに限られる。
次に魔石への魔力充填について解説する。




