第316話 昔の神の森4(禁忌)
◆幻影・昔の神の森
アルタクス視点
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⚫1300年前
ラベンダー王国
神の森奥地・妖精の泉付近
部隊長は思った。
この二人の狩人は異質であると。
またスプリング・エフェメラルの教えが国教となって久しい現在において、争い事や聖獣を狩る事は禁忌とされ、まして《妖精を狩る》事など許容出来る禁忌の限界を超えている。
少なくとも国教に敬虔な信者でもある部隊長には到底想像だにあり得ない。
そもそも今回の行軍に部隊長は反対であった。
彼はラベンダー王国において国教を是とする教会派に属していたからだ。
つまりスプリング・エフェメラルを擁護、信仰する立場であり、神の森への行軍は彼にとっては信義に背く行為である。
ただ今回の事は王命であり、それに至る国の危機も理解していた。
王家を支える貴族の一柱でもある部隊長としては、王命はやむを得ないとの立場でもあった。
ーーーーーーー行軍を決めた日ーーーーーーーー
(「王よ、どうかお止め下さい。神の森への侵攻など常軌を逸しています。何故にそのような結論に至ったのですか!?」)
その日、ラベンダー王国の城内では侯爵の大きな声が響いていた。
玉座に座る王はそれを黙って聞いている。
(「これは完全に神への明らかな冒涜です。陛下はスプリング・エフェメラル様に人間が救われた事、それを仇で返されるおつもりですか!」)
当然ながら彼は激白した。
神の森はそのスプリング・エフェメラルとの盟約の要。人と妖精女王との間で結ばれた約束の場所でもあったからだ。
盟約
《人は神の森を不可侵とし聖獣を狩らない》
盟約はたったこれだけの一文。
其れだけに絶対に守られなければならない盟約でもある。
しかし王が示した行軍はこれを真っ向から否定していて、侯爵には到底受け入れられないものだった。
しかもその内容が酷い。
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※※※※ラベンダー王国王命※※※※
《ーーーー妖精女王に対しラベンダー王国王は新たな盟約の締結を望む。侯爵は部隊を率いて神の森へ入り妖精国に到達せよーーーー》
⚫任務内容
① 妖精女王は不完全な結界技術を人間に渡し、自国にある完全な結界技術を秘匿した。その為、人間国家は多大な犠牲を強いられており、その賠償として完全なる結界技術の公開を要請する。
② ①の条件が満たされない場合、我が国は神の森不可侵の盟約を反古とする。そして妖精国に侵攻し其れを実質支配せよ。
③ ①完全な結界技術の公開が履行されるまでの暫定期間において、現行結界性能を高いレベルに改良する。
方法は良質な魔石の供給を行う。
良質な魔石は聖獣の魔石が最適であるとの事が分かっている。
聖獣の魔石は魔物の魔石や鉱山産魔石より良質で、結界範囲と結界維持期間の大幅な改善が期待できる。
よって神の森への行軍時、適時に聖獣を狩り本国へ送れ。
なお、妖精についても聖獣以上の良質な魔石を産出するとの極秘情報がある。
状況次第で入手に尽力せよ。
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部隊長たる侯爵は悪寒が走った。
淡々と自国の持論を展開し、冤罪とも思える罪状を上げ侵攻の正統性を語る文言。
何処までもそれは一方的で、そこに恩人たる妖精女王に対する敬意も先人達が救われた事に対する感謝も何もない。
王命は事実上の妖精国侵攻計画に他ならなかったのである。
そして王を諌めようと侯爵が口を開きかけた時、はたと気づき彼は口を噤んた。
おかしいのだ、この侵攻計画は。
理由は妖精国に対する文面である。
先ず妖精国の存在はまだ確認されていない。
存在自体は確実視されているが、妖精女王にしても100年前の人物である。
今だ存命かも分からない。
だからこその神格化であったのだが、王命は妖精国の存在を断定し、冤罪内容も当事者に当てた様な内容である。
そして一番分からないのが、聖獣と妖精の魔石への言及だ。
聖獣狩りは人間国家では禁忌とされ、近隣国も含め、これまで堅く守られてきた。
だが王命では、その魔石は《良質》だと断定している。
これは盟約で聖獣狩りが禁忌とされていた中、王はその魔石を結界の仕組みに組み込み、実際に運用確認したと暴露したようなものだ。
ラベンダー王国は、教会や他国が禁忌とさえしている聖獣狩りを既に行っている事になる。
そればかりか妖精に魔石がある事など、誰も知らない話であった。




