第191話 乙姫さまの昔話・その二
とある始まりの建国記
1000年前_____
そして王子が待つ事12季節と1185夜。
それだけの季節と夜が過ぎましたが、必ず戻ると言って海に戻った乙姫さまは未だ王子の元には戻られません。
人々は王子に新たな国の建国の為、力ある後援者の子女を娶るように促す声がありました。
ですが彼は、それでも彼女を信じて待っていたのです。
何故なら王子には、乙姫さまが戻るという確かな確信がありました。
それは彼女が残した約束があったからです。
(父たるアーデ・ラテーナ様に聞いてまいる。暫し待っておれ。必ず再び相見えようぞ。アイル・ビー・バックじゃ)
そう信じて待つこと更に12季節と1185夜。
約六年の歳月が流れ、王子は21歳になっていました。
四島には王子の亡国の国民達が多く集い、急速な発展を遂げていました。
様々なインフラや町作りが行われ、いつしか立派な交易都市が幾つも完成していたのです。
実は島には、織姫さまが王子に伝えたとある事業が有り、これが大きな収益源となり大陸と交易する事で膨大な富の恩恵を受けていました。
それはアコヤ貝を使った《真珠養殖事業》。
当時真珠は自然からの贈り物《海の宝石》として高い評価がありました。
しかしそれがアコヤ貝の中で作られる事は人間達には知る術もなかったのです。
つまりこれが乙姫さまから王子への、大きな贈り物だったのでした。
こうして本来人が知り得ない技術を独占した島は急速な発展を遂げ、世界中から富が集まる交易国家として順調に成長していきました。
数年後、遂に王子は人々の熱望から押し上げられ、新国家の王に即位しました。
新国家の名は亡国の名前を取り《海洋国家ガルシア》となりました。
初代国王は《ウィリアム・フォン・ガルシア》。
流れるような金髪に健康的に日焼けした褐色の肌。鋭く青い眼光と品のいいアゴ髭。
その姿にかつての弱々しい姿はなく、威風堂々とした王の風格になっておりました。
人々は王の即位と建国を祝い、王国の全ての町では三日三晩のお祭り騒ぎとなったのです。
沢山の弔問客から多くの祝辞が届きました。
しかし、国全体が大きな祝賀ムードになっている中、ウィリアム王の心は一人満たされる事はありませんでした。
その理由は分かってました。
乙姫さまの約束が未だ果されないからです。
彼女は別れの間際、確かに王に伝えたのです。
《必ず再び相まみえようと》
即位した王はすでに27歳。
この世界の婚姻適齢期からは遅い年齢になりつつありました。
もちろん、これまで沢山の婚姻話はありました。
当然王ですから、そのお世継ぎ問題は国家存亡に直結します。
側近や有力者達は気が気ではありません。
当然ながら王に世継ぎをもうける責務を解き、早々の妃を娶る事を願い出ました。
されど、それでも王は乙姫さまを待つと言い、彼らの言葉を受け入れようとはしませんでした。
そんな折、とある大陸の小国がガルシアに同盟を求めてきました。
その国はウィリアム王の亡国となった母国と昔から同盟関係にあった国でした。
小国の王は当時、ウィリアムの母国に隣国が攻め込んだ時、同盟の盟約に従い兵を出しました。
しかしながら小国は遠方にあり、ウィリアムの母国に兵が到着した時、既に帰趨は決していたのです。なので、その兵は戦わずに引くしかありませんでした。
小国の王はその事に引け目を感じ、ずっと亡国の王族の生き残りを捜していたのです。
こうしてウィリアムの所在を知った小国の王は、直ちに海洋国家ガルシアに使者を送ったのでした。
そして小国の使者は、現在の大陸の状況をウィリアム王に伝え語ったのでした。
現在の大陸は、あのウィリアム王の母国を滅ぼしたかつての隣国が軍事大国となっていて、大陸中の国々に侵略の限りを尽くしていたのです。
そんな中、ウィリアム王の出自を知った小国の王は、もう一度かつての亡国のように同盟を結びたいと願い出たとの事でした。
そんな事情を知ったウィリアム王は、当然拒むべくもありません。
こうして建国の祝賀は合わせて、小国との同盟提携の祝いとなりました。
この事情を知った国民達は、王の決定を心から支持しました。
「これを期にお頼み申す。これは今回、王のお世話係として連れてきた我が娘。来年で13歳になり申す。お側に置いてやって下され」
「いや、私にそんな世話係など、は⋯⋯⋯?!」
数週間後、小国の王がガルシアを訪れました。
その傍らにはベールを被った王の娘を連れていました。
彼の王の意向は同盟の証として自身の娘をウィリアム王に嫁がせる事。
口上を聞いたウィリアムは、呆れたように首を左右に振りました。
自身には想い人がおり、その人以外の婚姻は考えられない、と日頃から言ってきました。
対外的にも国内的にもです。
にも関わらず、この建国祝賀の中、同盟の証という理由付けでタイミングよく遠方の王族の訪問を合わせられた状況。
国内側からのお膳立てがなければ、日程を合わせられる筈もありません。
これは家臣達の画策による一連のお妃候補紹介の続きかと苦笑したウィリアム。
小国の王の意図を理解し、最初からその様な申し出は断るつもりで応答しようとしました。
だがウィリアムは、紹介された王の娘を見て目を見開いたまま身動きができません。
その瞬間、彼は乙姫さまと別れた後に止まってしまった時が、たった今動き出した気がしたのでした。
そこには小国の伝統衣装を着た小さきそれは美しい娘が立っていました。
腰まで長い艷やかな黒髪。
黒曜石のような、それでいて強き輝きの瞳。
透き通るように白き肌と愛らしくも整った容姿は、凡そ神が作り給うた芸術品のようでありました。
「娘の名は乙姫と申す。どうぞ、末永くお願い致しまする」
嫁ぐには今だ幼いであろうが、それは乙姫さんが成長すれば、そうなるであろう理想の姿。
まさにウィリアムにどストライクな女性だったのでございます。




