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第190話 乙姫さまの昔話・その一

◆とある始まりの建国記

1000年前_____



むかしむかし在るところに海の上で泣いておる幼子がおりました。


幼子は(いくさ)に負けたとある国の王子で、その国は隣国に攻め込まれ滅ぼされてしまったのです。


家族も友人もその全てを失った幼子は、忠実な家臣の助けにより小舟で海に逃げ延びたのでした。


そうして、たった一人になった幼子は、逝ってしまった人々を想い泣き続けました。


幼子の足元には涙で水溜まりができ、小舟の中は幼子の涙でいっぱいになりました。


それでも泣き止まない幼子。

やがていっぱいの涙は小舟の外に溢れ、海に流れ出ていったのでございます。


幼子の国の王族は代々、その身に《水の権能》を持っておりました。

本来は適切な水を生み出すはずの権能は、幼子の悲しみからくる無意識の発動により、無尽蔵に涙を生み出していたのでした。


こうして涙は海の塩分を濃くしていき、だんだん海は塩辛くなっていきました。

ですが幼子は、今だ泣き止む気配もありません。


ますます塩辛くなる海の中で、魚達は緊急会議を開きました。



鯖((このままでは塩辛くなり過ぎて我らは海に住めなくなる。誰か幼子を慰める事は出来ぬものか))

イカ((このままでは生きながら《イカの塩辛》になってしまうよ))

鰯((私も《アンチョビ》にはなりたくないわ))



魚達は思案しましたが、どうしても幼子を慰める方法が分かりません。

行き詰まった魚達は海の支配者、竜宮城の乙姫さまに事態の解決をお願いしました。


魚達の陳情を受け小舟に向かった乙姫さま。

さっそく泣き止まない幼子に声を掛けました。



『これ、そこな幼子。あまり泣くでない。何がそんなにも悲しいのじゃ?』

『家族も友達もみんな逝ってしまいました。私は一人で寂しくて泣いているのです』

『それは何とも不憫じゃのう。ならばどうじゃ。妾が友達になってやる。それでどうにか泣き止まんか』

『貴女が?』

『うむ。海の支配者たる妾が直々に友達になってやるのじゃ。誇るが良いぞ』

『僕は一人ぼっちじゃないの?』

『そうじゃ。妾がずっと友達じゃ。さすれば寂しくはなかろう?』

『うん』

『ふふん、やっと笑ったの。お前は泣いてるよりも笑った方がいい顔じゃ』



こうして海の支配者たる乙姫さまと、とある国の幼い王子は友達になったのです。


乙姫さまは、泣き止んだ幼い王子を隣国の手の届かぬ大陸から離れた四島からなる島に上陸させ、そこで面倒を見る事にしました。


それから数年が立ち、乙姫さまの手厚い援助もあって幼い王子は立派に成人を迎え,、青年になっていました。

その頃には二人の親密さは深くなり、お互いを大切に思う間柄になっておりました。


乙姫さまは悩みました。

無尽蔵に涙を生み出す規格外の魔力を持っているとはいえ、王子は人間であり女神の一柱たる自身とは比べられもなく生きる時間が違うのです。


お互いの気持ちに気づきながらも、いつかは別れの時が来るのは避けられない事実でした。


乙姫さまは来たるべき別れの日に備え、王子が一人でも生きていけるようにとの願いから、海の事や人が決して知り得る事のないような情報まで、彼女が知り得るあらゆる事を教え伝えていきました。


王子は乙姫さまが教える膨大な情報を、まるで水が砂に吸い込まれるが如く瞬く間に自分のものにしていったのでした。


その頃には王子の母国を生き延びた元国民達が乙姫さまの手配もあって島に集まり、彼を擁立して新たな国の建国を目指していました。


ですが王子はその動きを苦々しく思っていました。

王子にとっては国も民も必要ありませんでした。

乙姫さまとの二人だけの生活が何より大切だったからです。



『乙姫さま、待っていた』

『おお、ウィリアムよ、すっかり大きくなったのう。今ではよい好青年じゃ。国もうまく立て直す事が出来そうではないか。あっぱれな事よ』

『みんな乙姫さまのお陰だ。貴女は僕を励ましてくれて沢山助けてくれた。そして様々な支援をしてくれた。逃げていた国民も戻ってこれたし、皆が感謝している』

『妾は何もしておらん。全てはそなたの人徳と才覚、そして多大な努力による結果じゃ。お主自身の力よ』

『それも乙姫さまがいたから頑張れたんだ。今の僕があるのは全て貴女のお陰だ。これからもずっと側にいて欲しい』

『⋯⋯それは叶わぬ事なのじゃ。妾とお主では生きる時間が違う。妾がこの地にいられるのはほんの一瞬の泡沫(うたかた)の夢。本来お主と妾の時間は交わる事はなかったのじゃ。あと数日でお主とは逢えんようになる』

『では僕はまた涙の日々を送る事になる。もう、貴女の居ない生活は考えられない』

『バカな事を。それでは元の木阿弥(もくあみ)じゃ。男のくせに女々し過ぎじゃろ。はぁ、じゃが妾も思うところがないではない。人間として地上に残る方法が無いか、父たるアーデ・ラテーナ様に聞いてまいる。暫し待っておれ。必ず再び相見えようぞ。アイル・ビー・バックじゃ』



こうして乙姫さまは王子と共に人として生きる術を得る為、創造神アーデ・ラテーナに会うべく暫しの別れを王子に伝えました。



必ずの再会を約束して。


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