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転校初日と、スケバンヒーロー

 私は水嶋栞菜、今日から鴇崎市に住むことになった普通の高校生だ。この街の商店街にお店を開くためにやってきて、引っ越し早々に隣のうどん若大将に荷物運びを手伝ってもらい、名物のうどんもご馳走してくれた。

 皆優しいし、これから楽しい青春を過ごせるのかな、そう思うと心臓がバクバクしてたまらない。きっと高校で素敵な出会いが待っている、そんな淡い期待を抱きながら教室のドアを開ける。

「それでは皆さん、今日からうちのクラスに転校してきた――」

 しかし私の視界に広がっていたのは、不良、不良、スケバン、不良! 一昔前に流行ったドラマのような世界がそこには広がっていた。

 当然、私のような一般人なんて簡単にやられてしまう。

「み、ミズシマカンナ……デス……」

 不良達の視線が熱く集中する中、私は自己紹介をした。もうこの時点で私の内心は帰りたい気持ちで押し潰されていた。

 当然、既に構築された輪の中に入ることもできず、私の新たな青春は出花を挫かれる結果となった。


 そんなお昼のこと。学食にも教室にも居場所がなかった私は、屋上に逃げ込み弁当を開いていた。本当なら誰かと食べて楽しい時間を過ごすはずだったのに。

 本当にこれでいいのかな、なんて自己嫌悪に陥っていた時のことだった。

「あれ、珍しく先客が居るじゃあねえの」

 顔を上げると、そこにはクラスで一際存在感を放っていたスケバンがいた。更に後から赤髪の男子生徒までやって来た。一瞬いるべきかどうか迷ったが、スケバンの威圧感に押し潰されそうだったので、私は逃げた。

 しかし、制服の襟を掴まれて引き止められた。

「おい待てって、アンタ新入りだろ? アタシらと仲良くしようって」

「え、あ、その……」

 はしたないことは承知だが、この時とてもちびってしまいそうだった。だってそうでしょう、めちゃくちゃ怖い人に襟を掴まれて、顔を近付けられているんだから。

 するとそこで、赤髪の生徒が彼女をあやした。まるでそれは、警戒状態の犬をあやす時のように。

「こらブラック、そう新顔を脅かすんじゃあねえッ!」

「ぶ、だからその呼び名は変身した時だけだって……」

 すると彼女は顔を真っ赤にして赤髪の生徒に掴みかかった。その光景がとても面白くて、私はつい吹き出してしまった。

「な、何笑ってんだよ新入り。見せ物じゃあないぞ」

「いや、二人とも何だかお似合いだなぁって」

 すると今度は、赤髪の生徒の顔も髪の色みたく赤くなった。

「そ、そうだった。俺、赤城塁。こっちは俺の相棒のブラックだッ!」

「だからブラックって言うな。アタシは鬼木、鬼木燈子だ。いいか、間違ってもブラックなんて言うなよ?」

 ブラック、もとい鬼木さんは私に圧をかけながら忠告した。

 ということは、赤城君はレッドかな。なんて思いつつ、私は自己紹介をした。

「改めまして、水嶋栞菜です。よろしくお願いします」


 それから私は、この街について色々と教えてもらった。商店街のうどん屋が美味しいこと、ちょっと不思議な喫茶店があること、そして――

「それでな、俺達この街を守るヒーローをやってんだッ!」

 二人がヒーローをやっているということ。とても楽しいお話だ……ん?

「え? 今、なんて?」

「だから、俺達この街を守るヒーローをやってんだッ!」

 大事なことなのか、赤城君は二回言った。まさか冗談でしょう、と苦笑いで誤魔化しつつ鬼木さんの方を向いたが、彼女は首を二回、縦に頷いた。

 つまりこのヒーローという話は、本当。冗談じゃなく、リアル、本気ということになる。

 しかし到底、信じることはできなかった。だって、ヒーローと言ったら変身ベルトを腰に巻いた奴とか、赤青緑桃黄の5色からなる「5人揃って」が代名詞のアレだ。若しくはシン的な巨人。現実にそんなものあるはずがない。

「あはは、二人とも冗談がお得意ですね……」

 もう、笑うしかなかった。いや、もはや出せる結論はそれしかなかった。すると二人は私が信じていないことを察して立ち上がり言った。

「まあ、百聞は一見にしかずって奴だッ! 行くぞブラックッ!」

「仕方ない、特別だぞレッド」

 二人は並んで立ち、変身ポーズを披露した。そして腕に巻いたおもちゃのような腕輪に手を翳すと、掛け声のようなものを叫んだ。

 すると二人の周りに闇のように紫色の煙とメラメラと燃える炎が現れ、二人を包み込んだ。

 何が起きたのか理解することが出来なかったが、気がつくと煙と炎の中に居た二人の代わりに、二人のヒーローが立っていた。片方は真っ赤なスーツに炎のようなシールドの付いたヘルメット。もう片方は黒くスカート付きのスーツで、三日月のようなシールド付きのヘルメットをしていた。完全に顔が見えないはずなのに、不思議と二人が赤城君と鬼木さんだったことは理解できた。

 あまりにも非現実的な光景に、私は夢かと疑った。でもあの時確かに炎の熱さを感じた。夢とするにはあまりにもリアルすぎる。

「な、これでアタシの言ってる意味が分かったろ?」

「は、はい……凄い……」

「だろだろ? ま、俺達でもこれがどう言う原理なのか良く分かんねえけど、細かいことは気にすんなッ!」

 流石にそれは無理がある。と突っ込みたかったが私はそれを堪え、大きく深呼吸をした。二人がこれを公言したとしても、私がこの件に関わることはきっとこれっきり。そう思っていた。

「そんで単刀直入に言うッ! 水嶋、俺達の仲間になれッ!」

「……へ?」

 理解できず、思わず変な声が出た。

 私がヒーローに? それも、転校初日に? そんなことある?

「いやいや、私なんて運動もからっきしですし、無理ですよ」

「そう言わずにやってみろって。ほら、アタシらの腕輪やるからさ」

 あまり乗り気ではなかったが、鬼木さんから強引にも新しい腕輪を付けられてしまった。二人とも新しい仲間ができることを期待しているようで、目を輝かせながら見ている。

 期待を裏切る訳にもいかず、私は二人がやったように変身してみることにした。

「変身ッ!」

 しかし案の定、変身することはできなかった。まあ地味な私がヒーローなんてなれる筈がない。これが普通の結果だ。そうは思いたかったが、何か拒否されているような気がして少しだけ悲しかった。

「やっぱり、私には無理みたいです。これは――」

 私は二人に腕輪を返すために外そうとした。しかしその時、黒い手袋に包まれた手がそれを阻んだ。

「いや、これはアンタに預ける。お守りだと思って持っときな」

「でも――」

 しかしその時、まるで狙ったかのようなタイミングでチャイムが鳴った。そろそろ教室に戻る時間だ。

 転校初日から遅れるのはマズイと焦った私は二人に頭を下げて、腕輪を装着したまま教室に向かった。


 午後の授業も終わり、放課後。私はお父さんのお店の準備を手伝うために、急いで帰った。

(それにしても、この腕輪がお守りねぇ)

 信号で立ち止まったところで、ふと昼に貰った腕輪を見てみた。全体的に金色で、二人が手を翳した所には水晶玉のようなものが埋め込まれていた。そういえばと振り返ってみると、二人の水晶玉は同じ色をしていたような気がする。鬼木さんは黒、赤城君は赤。

 でも私のは、無色透明。何色にも属していなかった。

 変身もできないのに、これが本当にお守りになるんだろうか……

「ま、いっか。気にしない気にしな――」

 と、その刹那。私の首に太い紐のようなものが絡みついてきた。

『死にたくなかったら大人しくしろ』

 野太い男の声が聞こえ、首元にナイフを突きつけられた。しかもその剣先を首に押し付けられ、私の首からツーっと血が垂れていく。

 痛い。でも叫んだら殺される。そんな恐怖で体が強張り、私は何もできなかった。

 男は強盗のように目出し帽を被っており、後からやってきた警察達に私の現状を見せた。

『この小娘の命がどうなってもいいのか?』

 警官達は銃を構えているが、人質となった私が邪魔で発砲できずに困っていた。こんな状況じゃ、生きて帰る方法はもうないに等しい。

 折角鴇崎での楽しい時間を過ごそうとしていたのに、今日が転校初日なのに、私が何をしたって言うの? なんか悪いことした?

 分からない、怖い。助けて。誰か、お願い。

 心の中で必死に叫んだが、当然誰も助けてはくれない。首から血が垂れ続け、恐怖から意識も遠のいていく。私はもう、このまま死んじゃうのかもしれない。

 ごめんお父さん、私手伝いに行けないかも……

 私は完全に死を悟り、自分の不幸な運命を呪った。でもその時、奇跡が起きた。

「水嶋を放しやがれぇーーーーッ!」

 空から赤い彗星が落下してきたかと思うと、それは男の顔面に目掛けて強烈なパンチを放った。

 更に怯んでいた所に、信号の向こう岸から走ってきた黒い人が背中に回ってエビ反りを食らわせた。

「うらぁぁぁぁぁっ‼︎」

 とてもカオスな状況に、私も警官も、そして野次馬も目をパチクリと瞬きさせていた。

 しかし二人のヒーローを見た時に、私の心はスッと晴れた。何故ならその二人は、鬼木さんと赤城君だった。

「大丈夫か新入り?」

「二人とも、どうして……」

「知りたい? それはズバリ、コイツのお陰だッ!」

 赤城君は言いながら、私の腕輪を指差した。そう、あの時くれたお守りだった。つまりお守りのおかげで私は助かったとのことだ。

 そう思うと、今まで怖くても我慢していた気持ちが爆発して、ついへたり込んでしまった。

「こ、怖かったです〜‼︎」

「お、おい栞菜! アタシのスカートで涙を拭くんじゃあねえ!」

「だって、だって〜!」

 初めて会った時に感じた威圧感もどこへやら、私は鬼木さんの足にしがみ付いていた。今思えば迷惑なことをしたと反省しているが、鬼木さんは嫌な顔せず私の頭を撫でてくれた。

 その優しさはスケバンみたいな厳つい見た目からは想像もつかないほど。更に赤城君も、私の背中をさすってくれた。

 しかしその後ろで、さっきの強盗が嫌な念のようなものを集めて覚醒した。男は人の姿から蛇のような頭の怪人に変身し、周りの警察官を鞭のようにしなる腕で薙ぎ払った。

「しぶとい野郎だよ全く。覚悟はいいか、レッド」

「ああ、ブンブンバンバン、気張って行くぜッ!」

 すると二人はさっきとは打って変わって、本気で怪人との戦闘を始めた。

 しなる腕を避け、口から吐く謎の液体を警官の持っていた盾で防ぎ、そして隙のできた所に二人の拳を打ち込んだ。

 しかし怪人は二人の攻撃にびくともせず、最も簡単に二人を殴り飛ばした。その威力は凄まじく、身体を打ち付けた壁や道路に、まるで隕石が落下したような凹みを作るほど。

 顔全体がヘルメットで覆われているが、その中が吐血で酷いことになっているというのは、想像に難くなかった。

「鬼木さん! 赤城君!」

『無駄だ。無敵の俺様にガキ共が勝つなんて、道端に落ちてる宝くじが1等だったみてーにあり得ねえんだよォッ!』

「新入りッ!」

 怪人は私の首を掴むと、そのまま上に持ち上げた。刻々と意識が遠のいていく中、二人の叫び声が聞こえくる。でもそれは、水中にいる時のようにこもっていて、よく聞き取れない。

 視界も黒い部分が増えてきて、立ち上がる二人の姿もすぐに見えなくなってしまった。

 今度こそ私は死ぬんだ。諦め掛けたその時だった。

 神経が研ぎ澄まされたせいか、頬を伝う涙の感覚が普段の数百倍も冷たく感じた。その瞬間、私の頭が爆発したかのように活性化した。

「チェンジ! ウォーターエレメントッ!」

 一瞬脳裏を過った掛け声を上げた私は、怪人の拘束を自力で解いて腕輪に手を翳していた。

 するとどこからか荒波が押し寄せて、私の体を包んだ。二人のような水色のスーツが纏われ、頭も滴を模したシールド付きのヘルメットで覆われた。

「……な、何これ?」

「おおッ! おおッ! やったじゃあないか水嶋ッ! いやブルーッ!」

「やっぱり、アタシの目に狂いは無かったみてーだな」

 なれちゃった。私も、ヒーローに。未だにこの状況を理解できなかったが、何だか心の底から勇気が湧いてくるような気がした。今なら何だってできる。例えば目の前の怪人を懲らしめる、とか。

「じゃあレッド、ブラック、反撃開始と行きましょうッ!」

「「おうッ!」」

 掛け声を上げ、私達は反撃に出た。一人より二人、二人より三人。怪人は一人増えたことで戦況が悪化し、さっきとは逆に手も足も出ない状況になっていた。いや、そもそも蛇に手や足はない。

 レッドは炎の拳で怪人の体を焼き、ブラックは重力の掛かった拳で怪人を倒れ伏させた。その姿は、完全にトカゲだった。思わず笑いそうになったが、そこでレッドが声を掛けた。

「ブルー、お前の一撃を喰らわせてやれッ!」

「は、はいっ!」

『そうはさせるか……この小娘が……』

 しかし怪人は往生際悪く私の足に腕を巻きつけた。その感触はくすぐったかったのだが、ゾワゾワっと全身を悪寒が包み込んだ。

 その瞬間私は我を忘れてしまい、誰にも見えない速度で腕輪に手を翳していた。

『エレメンタルバースト!』

「触らないでください、この変態ッ!」

 引き寄せられる勢いを利用して、私は怪人の顔面に拳を叩き込んだ。だが、運動に長けていない私の攻撃力は低く、ペチッと弱そうな音が鳴った。

 私も二人も、そして怪人も呆気に取られている。とその刹那、私の拳からとてつもない水圧のレーザーが放たれた。それは怪人の頭を消し飛ばし、その先にあった信号機をもへし折った。

「……嘘」

「え、レッド……何あれ……」

「水の戦士だから、水が出たってことだろうけど……そんなことありかよ……」


 でも、勝ちに変わりないし、まあいっか。


 それから怪人だった男は無事逮捕され、私達にも平和が訪れた。

「いいかブルー、アタシだって負けねぇからな!」

「俺だってッ! 覚悟の準備をしておけよッ!」

 そして、新しく愉快なライバル、もとい友達もできた。赤髪の元気な赤城君、根は優しいスケバンの鬼木さん。その正体はヒーロー。そして私も今日から、そのヒーローの一員になる。

「よーしッ! じゃあ今日は歓迎会だッ! ブラック、いつもの場所でいいよな?」

「ああ。若大将のうどん屋、早く来いよなブルー!」

「若大将って……ちょっと、待ってくださいよ〜!」

 きっとこの先、とても強い怪人が現れるだろう。でも私達は、力を合わせて乗り越えていく。そんな壁に比べたら、学園生活の悩みなんてちっぽけだ。

 こうして、私の新生活はちょっと奇妙な形でスタートしたのだった。


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