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愛の薔薇

作者: 月見里 桜

愛の薔薇』

 子供の声が木霊する公園。緑の葉をつけた木々が等間隔で並ぶ。公園の中心には色とりどりの花々が咲く。その中に赤い薔薇が咲いていた。一輪の薔薇が可愛らしく咲いていた。とても小さな薔薇。今日、咲いたばかりの赤い薔薇。

茎にも無数の棘があり、触ったら真っ赤な血が流れるだろう。

 ‘今日は雨は降らないわ。だって、お日様がとても綺麗に出てるもの’

 小さな薔薇から人には聞こえない小さな、透明な声がする。赤い髪を頭の高い位置で二つに分けて結い、白いドレスを身に着けたハィリーンが小さく呟く。

 隣の赤い薔薇を見つめる。

 ‘もう、お姉様達ったら。まだ、寝ているの?’

 ハィリーンは小さな赤い薔薇の妖精だ。花の精とも言う。木には木の精がいて、花にも一輪一輪に精がいる。そして、妖精は人には見えず、聞こえず、触れないが世界を動かす一部である。

 ハィリーンは頬を膨らます。

 ‘お姉様、起きて。とてもいい天気よ’

 ‘ふぁー。あら、ハィリーン。おはよう’

 ハィリーンを見つめて欠伸をするお姉様達。もうすでに朝露は太陽で蒸発してしまっつた。お姉様達は小さな羽を動かして飛び立つ。

 ‘さぁ、お散歩しましょう。ハィリーン、あなたは羽が成長しきっていないからお留守番よ’

 ‘えぇー。もう、分かったわ。行ってらっしゃい。お姉様達’

 赤い薔薇が咲き誇る場所にはハィリーンだけが残った。ハィリーンはうーんっと伸びをする。そこに二十歳前後のスーツを身に着けた青年がやって来る。端正な顔立ち、すっきりと通った鼻筋が美しい青年。ハィリーンは思わず見とれた。胸がトクンと高鳴る。

 ‘綺麗な人…’

 でも、青年、バラクは涙を流した。その雫がハィリーンの薔薇の上に落ちる。また、胸が高鳴り、微かに疼く。ハィリーンは胸に手を置く。

 ‘どうして、泣いているの?どうして、悲しそうなの?’

 言葉にならない声で語り掛ける。バラクは膝を付いて顔を手で覆い泣きだす。ハィリーンは切なくなる。

 どうしたらいいのだろう。何をしたらいいのだろう。ハィリーンは思わず叫びそうになった。

 ‘あなたの役に立ちたい!’

 でも、バラクには届かない。ハィリーンは妖精だ。人間と交わる事はおろか、声さえ届かない。

バラクはぽつりと心情を話し出す。誰にも聞こえていないと思っている。けど、ハィリーンが聞こえている。小さな目から涙を流している。

‘あなたの事が知りたい!’

バラクは目の前の小さなハィリーンの赤い薔薇に触れて語りだす。

「私には好きな女性がいるのだ。名前も知らず、住所も年齢も何も知らない。ただ、町で見かけるのだ。でも、私とは天地ほどの差があるのは分かる。彼女は金持ちだ。身なりからそれが分かる。私には手が届かない高嶺に花だ。でも、一目でいい。彼女の目に映りたい。目の端でいいから彼女の目に映りたい。ああ。この思いは何と言うのだろう。寂しいのに求めずにはおれず、悲しいのにその姿を探してしまう。この思いの名前は恋!」

 ‘恋?’

 バラクは自嘲気味に笑い、立ち上がる。

 「って、薔薇に向かって何を語っているのだろう。さて、行くか」

 バラクはその場を立ち去る。でも、一人の妖精は涙を零していた。ハィリーンは両手を九の字の形に曲げて涙を受け止めて口に運ぶ。涙は甘く、とても甘美でこの世の物とは思えない。

 ‘何て甘い。これが恋’

 悲しみと喜びが混ざり合い、苦しいのにとても甘い。バラクは今、恋の苦しみに悶えている。どうすればバラクを恋の痛みから救う事が出来るだろう?

 ‘そうだわ。恋を成就させればいいのよ’

 でも、どうやって?

 ハィリーンはこの公園に咲く薔薇の中でも一番若い。咲いて間もない。お姉様達と違い羽がまだ完全には成長していない。

 ‘お姉様達に相談して…’

 ‘ハィリーンよ’

 静かで重みのある声が響く。一陣の風が吹き、煌びやかなドレスを身に纏い、金の髪を揺らし突然現れた。妖精女王、ティターニア。

 ‘女王様…’

 当然の事でハィリーンは呆けてしまう。ティターニアはこの世に生きている妖精達の母のような存在で、全ての妖精を束ねる者だ。

 ‘ハィリーンよ。そなた、恋をしているな’

 ‘え?私が恋?’

 ハィリーンは戸惑いながらティターニアを見つめる。 

 ‘ハィリーンよ。そなたの命と引きかえならば、先ほどの人間の青年の願いを叶える方法を教えよう’

 ハィリーンは身を乗り出して叫んだ。

 ‘本当ですか?’

 ‘ああ。でも、そなたは一度、死ななければならない’

 ‘かまいません。和菓子の票な小さな命であの人の恋が、望みが叶うならかまいません’

 ティターニアはハィリーンを手の平の上に乗せる。

 ‘そうか。お前は愛を貫くのだな’

 ティターニアは小さなピンのような物を取り出してハィリーンの左胸を刺す。

 ‘くぅ…’

 ハィリーンは唸った。小鳥のようにトクンと脈打つ心臓が停止する。ハィリーンはティターニアの手の平で事切れた。

 ‘ハィリーン。そなたの望みは叶うだろう’

 ティターニアはそっと呟いた。そして、ハィリーンを薔薇の上に乗せて小さな薔薇を血で濡らした。

 次の日。バラクは何時もの散歩にやって来た。何時ものように、決まったコースを進み、薔薇の香りを嗅ぎ、溜息をつく。胸の中はあの女性の事で一杯だ。どうやったら、あの女性の目に映る事が出来るだろう。

 「名前すら知らない愛しの君よ。どうすれば僕は君と話せる?どうすれば君の目に映れる?」

 バラクは両目に涙を溜めて、内心を吐露する。誰にも届かない一人の青年の思い。

 ‘大丈夫よ。あなたの願いは叶うわ’

空耳のようなか弱いささやかな声。バラクはその場を立ち去ろうとした時、目の端に光を見た。

 「おや?」

 それは赤い薔薇の花だった。とても小さくて、触るだけで崩れてしまいそうだ。儚い薔薇。

 「何故だろう。とても心惹かれるのは…」

 バラクは赤い薔薇を摘む。それをじぃっと見つめて天に掲げる。美しい青年と可愛らしい赤い薔薇。まるで、神に捧げ物を捧げる問うな神秘的な光景だ。バラクは赤い薔薇を胸のポケット入れて公園を後にする。

 摘まれた薔薇の後には。

 ‘ハィリーン’

 とすすり泣く小さな声が木霊した。ティターニアは目を閉じて口をつぐみ、ハィリーンの薔薇が咲いていた茎に自分の血を垂らした。

 バラクは賑やかな町の通りを歩いていた。町には朝の仕事に向かう人でごった返していた。所々で、朝の挨拶が聞こえる。バラクはそっと薔薇に触れる。

 「あっ」

 目に前にあの女性が歩いている。女性、ルイーゼだ。シルクのブラウス、ロングスカートにハイヒールを履いた上品な格好。ルイーゼは金のくせ毛を手で掻きあげる。そして、赤い口紅を付けた口元に笑みを浮かべる。

 バラクはルイーゼを見つめて呆然と立ち止まる。火の光を受けて赤い薔薇が輝く。ルイーゼは目を細めた。

 「こんにちは」

 バラクの心臓が高鳴る。もしかしかしたら、破裂するんじゃないかと思うほど、高鳴る。それにこたえるように胸ポケットに挿した赤い薔薇が魅力的に輝く。ルイーゼがバラクの横を通り過ぎる。その時、ルイーゼの切れ長の瞳にバラクの姿が映る。バラクは背筋を伸ばして緊張してしまう。ルイーゼが行ってしまう。

 バラクは一筋の涙を流して。

 「十分だ」

 とぽつりと言葉を零した。胸の薔薇は役目を終えたかのように萎み、枯れてしまった。一枚の花弁が道の上に落ちた。

 「おや、花が…」

 バラクは枯れた薔薇に一つの口づけを落とした。すると、バラクの胸に何かが、棘のような物が刺さったように、鋭い痛みが走る。大粒の涙が零れる。それは、死んだハィリーンを痛むようにバラクの両目から流れた。

 「どうして…こんにも悲しいのだ…」

 バラクは首を傾げる。それをティターニアが見つめていた。

 風が吹く。髪を押さえるバラク。何時も間にか胸に挿していた赤い薔薇が無くなっていた。その薔薇はティターニアが持っていた。

 バラクは家に戻り、ルイーゼと赤い薔薇について考えていた。

 「もしかして、あの女性の目に僕が映ったのはあの小さな赤い薔薇のお陰か?」

 ハィリーンの愛が起こした奇跡だった。

 ティターニアがふぅっと枯れた小さな赤い薔薇に息を吹きかける。すると、みるみる枯れた花弁が蘇り、美しく咲き誇る。赤い薔薇にはハィリーンが胎児のように手足を折って眠っていた。赤い髪、白いドレス。死ぬ前のハィリーンだ。

 ‘ハィリーンよ、目覚めなさい’

 ティターニアあ歌うように言う。

 ‘ん?’

 ハィリーンが声を漏らす。

 ‘ここは…?’

 ‘お前の薔薇が咲いていた場所だ’

 ‘ティターニア様、私、’

 ‘お前の復活が許されたのだ。本来、妖精が人間に恋すると相手を殺すか、自分が死ぬか、悲劇で終わる。私も一人一人の恋に関わらないが、お前はまだ何も知らない無垢な子供だった。それで私も気になってしまったのだ。ハィリーン、お前は愛に殉じだ。よって、お前の復活が許されたのだ’

 何時に間にかハィリーンは人間の大人サイズに成長していた。

 ‘私…’

 ティターニアが微笑む。

 ‘お前はこれから、赤い薔薇を司る存在、大妖精として、小妖精達を守るのだ。愛に殉じたお前なら小妖精達を守れよう’

 ‘はい。守って見せます’

 喜々と言うハィリーン。小さな赤い光がハィリーンに集まり、寄り添った。


『赤い薔薇VS青い薔薇』

 ヨーク公園。子供が遊ぶ遊具にベンチ、たくさんの植物が植えられたどこにでもある公園だ。だが、ヨーク公園には他の公園にない物があった。それは薔薇だ。世界的にも珍しい青い薔薇に始まり、白い薔薇、赤い薔薇が植えられている。

 青い髪に青い目、青いドレスを身に纏ったエイリーンが髪をかき上げる。

 ‘あーあー。今日も暇ね。退屈だわ’

 尊大な物言いをするエイリーンは青い薔薇の大妖精だ。小妖精を守るのが仕事だ。隣に咲く赤い薔薇のハィリーンは小さくぽつりと言う。

 ‘いい天気’

 ‘えっ?ハィリーン何か言った?’

 ‘ええ。いい天気って言ったわ’

 エイリーンはこめかみに青筋を立ててハィリーンに食って掛かる。

 ‘はぁ。天気がいいのは何時もの事よ。春になるんだから暖かくなるのも当たり前よ。いい?ハィリーン。あんたは元小妖精。私は生まれながらの大妖精。格が違うのよ!それに、あんたは赤い薔薇。愛を司ってるわよね?’

 ハィリーンは少し落ちるかなさそうに言う。

 ‘そうよ’

 エイリーンはにやりと笑う。

 ‘私は奇跡を司ってるわ。ねぇ、そうよ。そうだわ。ハィリーン、愛と奇跡、どちらが上か勝負しない?’

 ‘勝負?’

 ハィリーンは口をつぐむ。でも、エイリーンをじっと見つめて微笑む。

 ‘愛も奇跡もどちらも尊いわ。競う必要性はないわ’

 エイリーンはハィリーンを睨みつける、

 ‘あら。逃げるの?’

 ‘…’

 ハィリーンは黙る。

 ‘まぁ、元小妖精だものね。私に勝てる訳ないわ’

 ハィリーンは胸に手を置いて何かを確認するように目を閉じる。

 ‘分ったわ’

 エイリーンは口の端を吊り上げる。

 ‘そう来なくちゃ。愛しか司らない赤い薔薇のあんたが、神の軌跡を司る青い薔薇の私に勝てる訳ないけどね!’

 エイリーンは自慢げに声を上げて笑う。ハィリーンは静かに目を閉じていた、そして小さな唇を震わせる。愛の薔薇、争う物ではない。ただ、自然の一部として咲くのが役目だ。時折、人に笑いかけるぐらいが楽しみだ。

 ‘ハィリーン、逃げないでしょうね。’

 ‘ええ。逃げないわ。エイリーン、勝負の内容は?’

 ‘女王に決めてもらいましょう’

 妖精女王、ティターニア。妖精達を守り、導くのが役目の存在だ。

 空に月が登る。薄い雲が空に浮かび、公園は静かに眠りについていた。そこに二頭の馬が引く馬車がやって来る。細かい細工が施されている馬車。小さな妖精達が囁きだす。

 ‘ティターニアよ。女王様がやって来たわ’

 ‘今夜も素敵なドレスを身に纏ってやって来たわ’

 ティターニアは杖を突いて馬車を降りてくる。すると、馬が嘶き、前足を空高く持ち上げる。従者はたずなを引く。

 ‘ティターニア、我らは先に行っていますよ’

 ‘ああ。先に行きなさい’

 杖でドンと地面を叩く。すると、花々が咲き乱れて薔薇の所まで道が出来る。ティターニアは赤い薔薇と青い薔薇を見つめる。

 ‘ハィリーン、エイリーン。現れなさい’

 ドレスの裾を両手で持ち上げて頭を垂れる二人。

 ‘ごきげんよう。ティターニア’

 ‘良い、夜だな。二人とも’

 ティターニアは二人を見つめて告げる。

 ‘愛の薔薇と奇跡に薔薇が競うそうだな。二人とも分をわきませろと言いたいところだが、勝負を認めよう’

 ハィリーンとエイリーンは更に深く頭を垂れて礼を言う。

 ‘ありがとうございます’

 ティターニアは杖を高く持ち上げて天を突く。そして、地面を打つ。すっと目を細める。

 ‘勝負の内容はバラクという青年の恋を実らせる事だ’

 ハィリーンははっと顔を上げて驚いた表情になる。

 ‘バラク…’

 まだ、ハィリーンが小妖精だった時、命を懸けて愛した人間。左胸が疼き、高鳴る。ハィリーンは胸を手で押さえる。

 ‘いいか。二人とも’

 ‘はい、ティターニア’

 次の日。朝早く。朝露に濡れた公園の植物。エイリーンは姿を現して左手の人差し指を薔薇の棘で突く。つぅっと赤い血が流れる。自分の薔薇、青い薔薇に血を垂らす。

 タイミングよくコートを着込み、スーツを着こなしたバラク、ハィリーンの思い人がやって来る。早朝の公園散歩がバラクの日課だ。エイリーンはバラクに呼びかける。

 「そこ行くあなた」

 「僕かい?」

 「ええ。もしよければ、この青い薔薇を一輪、持って帰りませんか?」

 エイリーンは青い薔薇をバラクに差し出す。

 「家に帰り、花瓶に生けなさい。そして、枯れそうになったら押し花にしなさい。そうすればあなたに幸運が訪れるでしょう」

 バラクは薔薇を受け取る。エイリーンは姿を消し。

 「幸運か」

 バラクは呟く。

 家に帰り、言われた通りに花瓶に生ける。すると、その日から幸運がやって来た。仕事が上手くいき、恋も順調に進んだ。ルイーゼとバラクは結婚する事になった。百八本の赤い薔薇をルイーゼに贈った。

 「私は君を愛する。だから、どうか、私の愛を受け取ってくれ」

 ルイーゼは赤い薔薇の花束にキスを一つ落とす。

 「はい。私もあなたを愛します」

 ルイーゼとバラクの生活は順調だった。ハィリーンは瞼を閉じて静かに涙を流した。エイリーンはハィリーンを豚で見るように見つめて嘲笑う。

 ‘ハィリーン。お前の愛に何の力がある?ただ、見守る事しかできず、助ける事も出来ない’

 ハィリーンはエイリーンの挑発を受け止めず、ただ静かに小さく、一輪の花のように口元を綻ばせた。

バラクの店は花屋だ。毎日、花が飛ぶように売れて、店の経営は順調だった。バラクは特に薔薇を好んだ。公園でエイリーンから貰った青い薔薇が枯れたら、本の間に挟んで押し花にした。

青い薔薇の花言葉は、神の奇跡。バラクには大妖精の加護が働いていた。

 ハィリーンは毎日公園にやって来るバラクを優しく見守っていた。その様子を見つめていたティターニアはハィリーンに告げる。杖に先端をハィリーンに向ける。

 ‘ハィリーン。お前のバラクに対する愛は本物だ。番の女に嫉妬せず、ただ見守っている。ハィリーン、お前を人間にしよう。そして、バラクの元に行け’

 ハィリーンは息を飲む。心臓がきゅっと音を鳴らす。両目に大量の涙を溜める。

 ‘はい。はい!私は人間になります’

 そう言うと、ハィリーンの髪が赤から黒に変わりの、目の色も黒くなる。貧しい町娘になった。

 「ティターニア。ありがとうございます」

 一輪の赤い薔薇を持ってハィリーンは駆けだした。

 バラクの妻、ルイーゼは浪費家だった。稼いだ端から浪費して、アクセサリーを買い、次々に使い出した。神の奇跡も人の欲を抑える事は出来なかった。その内、店も店舗を増やしたために経営が悪化した。ルイーゼとは離婚した。ルイーゼの浪費癖に我慢できなくなった。離婚届にサインと判子を押すだけで終わってしまった。

 何が彼女にバラクは心惹かれたのだろう?子供も出来ず、残ったのは借金と一店舗になった花屋だけだった。始めの頃はルイーゼの事しか考えられなかったが、自然、時がつれて忘れていった。

バラクは忘れるまで自問自答した。私は本当にルイーゼを愛していたのかと。その内。悲しみも薄れた。

 「あ、青い薔薇は」

 枯れて栞にしたのを思い出した。本のページとページの間に挟んでいる青い薔薇を取り出して、悪態をつく。

 「何が、神の奇跡が訪れるだ。不幸しか来なかった」

 ぐしゃっと丸めてゴミ箱に捨てる。

それから、数か月が過ぎた。ある日の事、朝から町を靄が覆う。昼頃に靄が晴れた時だった。継ぎはぎだらけの服を着て、赤黒い色をした髪を二つに分けて結った十六、十七歳の少女が赤い薔薇を一輪手にしてやって来た。

 「何かお探しですか?」

 ふるふると首を振る。少女の目は赤く燃えるように光っていた。

 「私はハィリーン。あなたをずっと前から思っていました」

 ばっと頭を下げて赤い薔薇を差し出してくる。驚いたバラク。

 「そんな事突然言われても…困るよ」

 「分かっています。でも、この赤い薔薇だけは受け取ってください」

 バラクは目を細めて赤い薔薇を受け取る。

 「ありがとう」

 「いいえ」

 ハィリーンはその場を去ろうとした。けれど、バラクが手を掴んだ。この少女が誰か分からないが、そうすべきだと思ったのだ。

 この少女ハィリーンは公園の赤い薔薇を司る大妖精のハィリーンだ。

 ハィリーンはティターニアと賭けをした。もし、バラクに愛されたら人として長寿を得るが、もし、愛されなかったら短命だと。

 そして、ハィリーンはバラクに呼び止められた。賭けに勝った。

 「もし、良かったらお茶していくかい?」

 「いいんですか?」

 「勿論。こんな僕を好きと言ってくれたから」

 その後、二人は互いを思い合い、愛し合い結婚した。そして、子供が生まれた。ハィリーンは愛を得た。

 公園にて。

 ‘もう、一体どうして、バラクは青い薔薇を捨てたの?’

 エイリーンは悪態をつく。その綺麗な顔に怒りを浮かべて怒鳴りまくる。

 ‘人間っえ馬鹿ね。奇跡より、愛を選ぶなんて’

 ティターニアが現れてエイリーンを諫める。

 ‘お前の奇跡は人の欲を増加させてバラクを破滅させた。だが、ハィリーンはそんなバラクを最後まで愛し、支えたのだ’

 ‘…’

 俯くエイリーン。手を叩き、ふっと口元に笑みを浮かべて、ハィリーンに賞賛を贈った。


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