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第八十九話 入れ歯とマジシャン


 先陣を切ったのは吸血鬼だった。


 釣り目の吸血鬼はグラスに人差し指を突っ込んだ。第二関節あたりまで指が浸る。やがて親指もワインの中に入れて、何かを引っ張り出した。親指と人差し指の腹で、真っ赤なナイフの刃の部分をつまんでいる。グラスの中のワインからナイフが出てきたように見える。マジシャンみたいだ。ナイフを出した後、グラスのワインは減っていた。


「雪女が氷を武器にするように、我々は血を武器にする。生命を力に変換する。地獄の力を引き出して使うなんて外道なことはしない。お前らは地獄に堕ちるべき一族だ」


 やはり、グラスの中はワインではなくて血だったようだ。薄々そうなのではないかとは思っていたが、酒やジュースではなく血を入れる奴なんか見たことがないから確証が持てなかった。グラスに血を注いで嬉し気に飲むなんて、地球上で吸血鬼くらいしか思いつかない?あぁ、こいつらがそうだったな。


 他の吸血鬼も同様に、血の武器を作り出している。ほとんどがナイフが短剣だ。彼らはそれらを一斉に投げた。赤く鋭い雨が真横に吹き殴っているように見える。

 雪女はつららを飛ばし返したり、ニラブダを使って氷の盾を作ったりしていた。それらにナイフは突き刺さった。だが、氷でさえも貫通する物も、いくつかあった。それらは雪女の腕は胸部に食い込んだ。


 ナイフは次々と雪女の群れに向かい、ザクザクと音を鳴らす。防ぐことも避けることもできなかった雪女に突き刺さっているらしい。ナイフの雨が止むと、体のあちこちに赤いナイフが刺さっている雪女がヨロヨロと二、三歩歩いてバタリと倒れた。 

 雪女たちが襲い掛かるナイフに目を奪われている隙に、吸血鬼たちは特攻する。両手の爪が伸び、雪女の喉元を切り裂く。鮮血が噴水のように飛び散る。


「月が綺麗だ」


 シロキバがこう呟いた。狼たちはタタッと軽やかなステップを踏んだかと思うと、吸血鬼に続いて走り出す。吸血鬼の手の爪を躱した雪女の首筋に噛みついたかと思うと、既に首の肉を引きちぎり、その勢いのまま斜め後方に肉を捨てている。肉は曲線を描いて遠くに飛んでいく。狼はすぐに去る。早い。首を歯型にえぐられて血をドクドク流して倒れた雪女の死体だけが残る。


 狼たちの連携は目を見張るものがあった。枝川の比ではない。全く別の種族の連携に見える。一匹が足を引っ掛けて転ばし、二匹目の背中側にいた狼が首に飛びかかろうとしたら、三匹目の狼が顔面に噛みついている。目玉に牙が突き刺さり、顔の骨も削れているのだろう、木の幹が引き裂かれるようなメリメリという音と臼を引く時のゴリゴリという音が混ざっている。


 雪女はおぞましい悲鳴を上げ、それが止むと狼たちは消え去る。雪女の死体だけが残る。






 一人の雪女の様子が明らかにおかしかった。空を見上げて口の中に手を入れている雪女がいた。嘔吐しているのか、口に手を当てて涎をダラダラ流している。手は濡れて、涎が首筋を伝っている。目は虚ろだ。

 何をしているのかと思って目を凝らすと、入れ歯を入れていた。入れ慣れてないのか、時々えずいている。入れ歯の歯は若干青白い。


 次なる獲物を探していた一匹の狼が、その無防備な雪女に目を付けたらしく背後に回った。後ろから徐々に忍び寄り、やがて音もなく飛びあがり、首筋に嚙みつこうとした。狼は小さく「死ね」と呟いた。

 雪女はゆっくりと狼の方を見やり、口を開いた。口の端が千切れそうなほど顎を開いて、空気を噛む。狼の首が切断された。


 僕はその一連の光景を見ていたので、唖然とさせられた。

 まだ、狼の歯は雪女に届いてなかった。だいぶん距離があった。しかし狼の首と体は分断されて雪女の前に転がっている。狼の首の上から突然、どこからか氷の板が何枚も落ちてきて、ギロチンのように狼の首を切断したのだった。


 氷の板は五枚くらいあった。全て、狼の死骸の周りに落ちている。氷の板はよく見ると、一つ一つ微妙に曲がっている。奥が分厚く、先が薄い。裏側には細かい溝が入っている。その形には見覚えがあった。歯だ。前歯だった。

 僕の身長より少し低いくらいの氷の歯が雪女の前に現れたのだった。狼を切断した上の歯は前歯で大きく、下側の歯は小ぶりだった。数えてみると、上の歯らしいのが四枚、下の歯が六枚だった。狼を切断した時はまるで口の中のように空中に並んでいたのに、今は雪原の上に落ちている。


 雪女は裸足で狼の頭部を踏んづけた。

 吸血鬼の一人が、血のナイフを入れ歯の雪女に投げ飛ばす。雪女の前に巨大な前歯が一本現れる。ナイフは盾となった前歯に弾かれ、雪女には届かない。吸血鬼は舌打ちをした。


 別の吸血鬼三人が不敵に、入れ歯の雪女に近づいて行った。若い、男前な吸血鬼だった。すぐ後ろを狼が二匹付いていく。

 雪女が唇を上下に広げて、猿が威嚇する時のように歯を剥き出しにして見せる。U字型に連なった氷の歯が二組、雪女の体を纏う。雪女がUの真ん中の間に挟まる様な位置関係だ。歯の大きさは先ほどの盾ほどではなかったが、一つの歯がスマホくらいある。よく見ればそれぞれのU字は上の歯と下の歯だ。氷でできた歯の模型だ。


 一人の吸血鬼が笑みを浮かべながら、雪女の方へ駆け出した。手を開き、爪を伸ばす。そのまま真横に雪女の顔へ振り抜こうとする。

 雪女を回っていた上の歯と下の歯が回転する。そしてピッタリと噛み合わさる。吸血鬼の腕が噛みちぎられる。


 再び、雪女が吸血鬼の方を見て唇を開いて歯を見せつける。体の周囲を月のように回るU字型の上の歯と下の歯のセットがもう一つ増えた。それが途中でなくなっている右腕を握って叫び声を上げている吸血鬼をサンドイッチする。右側の首筋から肋骨と胸を通って脇腹にかけてを噛む。吸血鬼の体は二つに分裂した。


 吸血鬼をかみ殺した後の歯は、雪女の体の周囲に戻る。二組の歯が雪女の周囲をゆっくり回っている。一組は肩から腰のあたり、もう一組は膝のあたりに浮かんでいる。

 これを見て、後に続こうとしていた吸血鬼は立ち止まった。しかし、それは怯えによってではなく、怒りによるものだと表情で分かった。


 さらに一人の吸血鬼が入れ歯の雪女の方へ駆け出していく。手を開いて爪を伸ばす。僕はいくらなんでも無謀だと思った。

 入れ歯の雪女の背後から揺らぐ影が見えた。狼だった。いつの間にか雪女の背後に二匹回り込んでいた。獲物を狙う目つきをしている。三人はそれぞれ違った方向から一斉に攻撃を仕掛ける。


 しかし雪女は、吸血鬼の爪も狼の牙も、自分の周りを回る歯で受け止めた。一歩も動いてないどころか、微動だにしていない。


「アブダ」


 雪女が両手を上げて唱えると、何本ものつららが手の平から現れる。吸血鬼と狼は串刺しになる。

 勇ましく立ち向かった吸血鬼と狼は五人もいたが、あっという間に一人になった。

 最後の一人は激高して顔を真っ赤にしていた。


「許さん」


 こう言って、自らの右腕を長い爪で引っ掻き、その滴っている血を左手に滴らせる。血は左手で剣の形となる。

 吸血鬼は華麗に剣を振り回し、雪女を切り裂こうとする。雪女は盾のように大きな一本の前歯を出して壁にした。


 新たに上から降ってくる氷の前歯で噛を吸血鬼は剣でいなして避ける。先に殺された二人とは明らかに違う。剣を振り、それが躱されると左手で握りつぶすように雪女の頭を鷲掴みにしようとした。あの爪の生えてる手で握られれば、頭も顔もズタズタになるだろう。雪女はギリギリの所で避ける。

 吸血鬼は途中で吸血鬼は横から斬るよりも突きの方が歯で防がれにくく有効だと気付いたらしく、突きを頻繁に繰り出していた。途中から雪女の方は防戦一方だった。


 僕が「手助け方がいいだろうか」と言ったら、釣り目の吸血鬼が手で制して止めた。「これはもう、彼の戦いです」

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