第八十七話 援軍と約束
雪女の後ろから、次々と狼が飛び出てくる。雪女は後ろを振り返るが、ほとんど何もできない。突然の事で戸惑うか、焦りながら氷を出す。が、狼たちは全てヒラリと躱して、一匹も当たらない。
「やっと来てくれたぁ」とカミヤは言った。
狼たちは雪女を超えて、僕らを取り囲むように集まってくる。雪の上での軽やかな足音が聞こえる。最後に、一際大きな狼が現れた。小型トラックくらいはあるのではないかというくらいの大きさだ。枝川と瓜二つの姿だったが、微妙に毛の色が違う。
「約束の場所と違うぞ」
一際大きい狼が、カミヤに向かって喋った。やはり枝川とは違って、声が若干高めだ。それでも体が大きいから人間の基準からすれば低い部類にはなりそうだが。周りに、少し大きめの狼が四匹、護衛するように囲んでいる。明らかに狼たちを束ねるボス狼はコイツだろう。
カミヤは狼の首元に手を伸ばし、ワシャワシャと腕全体をワイパーのように動かして首野毛をモフモフする。
「この中に潜って寝たいわ。君が死んだら毛皮剥いで貰ってもいい?」
カミヤのデリカシーの欠片もない発言に、周囲の狼が警戒したようなイラついたような唸り声を上げ始める。
「しょうがないでしょ。こっちにもいろいろあったんだから」
カミヤは不貞腐れたように言った。
「コース変更したのによく気付いてくれたね。来る道に時々マタタビ置いてたりしたけど分かった?ヘンゼルとグレーテル作戦」
「いや、それは知らない」
ボス狼は答えた。
「村や屋敷の全体図を渡してくれていて、それを参考に周囲に同胞を配備していたから、異変があったとすぐに分かった。向かおうと思ったら、増援らしい雪女が歩き出していた。こっそり後ろをついて行った」
「よくバレなかったね。後ろって何メートル?」
「一キロくらいだ。姿が見えなくなっても匂いと足跡で追える」
「あぁ~、そういうの得意そうだもんね、君ら。ストーカーの素質あるよ」
カミヤは狼の首元に抱きつき、顔をうずめて息をいっぱいに吸った。「くせぇ!」と叫んで、すぐに顔を離してえずいていた。
ボス狼は満足そうに笑いながら、からかうように前足でカミヤに雪をかけた。
「お前らの位置はバレバレだった。派手に爆発してたじゃないか。話を聞いたんだが、アレはマンホールか?それに、さっきの氷山や、馬鹿みたいに飛び跳ねたり、つららを空中に飛ばしたりしてただろ。杖も光ってた」
「結果オーライだ」
僕と由紀は黙って狼とカミヤのやりとりを眺めていた。それにカミヤは気付いて
「あぁ」と言う。ボス狼を指差した。
「これ、枝川の後釜。今の狼男のリーダー。つまり、今のシロキバだね。名前はジャック。下の名前はロンドン」
「昔、遭難して会った人間の名前から取った」
そう言えば、狼男のリーダーは代々、シロキバと呼ばれているのだったなと思い出した。
シロキバは雪女の軍勢の方に目を向けている。雪女は二つの群れが合流して、一つの大きな集団になっている。それに向けて、シロキバは歯茎を出して唸る。牙は真っ白で、鮫の歯みたいに鋭くてデカい。唸るだけで、大太鼓を叩いているように空気が震えている。
「オオォォォォ!!」
大きな雄たけびを、シロキバは上げた。他の狼たちも、続けて吠える。辺り中に狼の声がこだまする。
「我が一族が雪女への恨みを忘れたことはない。ようやく、長年の恨みを晴らせる」
雪女は、そんな狼たちに冷たい視線を向けていた。狼たちは全員、歯を剥き出して唸り、目から敵意を露わにしている。
ワイングラスが、宙を舞った。いくつものグラスが回転しながら、中に入っていた赤い液体を撒き散らしている。僕は突然現れた物体に視線を奪われた。由紀も狼男も、雪女たちも同様だった。グラスは雪に埋もれるように落ちる。
「やれやれ……ロンドンよりも南にあるはずなのに、日本はここまで寒いのですね」
「標高が高いからでしょう」
「若い女の太ももの付け根から出た血が飲みたい」
左から、コートを着て帽子を深く被った男たちがゾロゾロと歩いてきた。先ほど狼が来た方向だ。隣に狼が何匹もついている。狼に乗ったままの男がいた。狼から降りている最中の男もいた。彼らは狼に乗ってここまで追いついて来たのだと分かった。
男たちは全員、狼から降りて雪を踏む。分厚い黒色のブーツを履いている。彼らは目深に被った帽子の淵を上げて、雪女の方を見やった。顔を見る限り、全員外国人だ。髪の色も金髪だったりする。背も高い。
「まぁいい……ついに革命の時が来た。こんなに昂るのは、フランス革命ぶりだ。二百か三百年ぶりだ。ひたすら耐え忍んだ苦難の時期も今、ようやく終焉を迎える。先祖たちに見せたかった」
「我々、吸血鬼の時代が再び訪れる。乾杯」
「乾杯」
彼らは胸元から小さなグラスを取り出して、カチリと鳴らしあう。一番最初にグラスを掲げたのは、ひどく釣り目の男だった。グラスの中にはいつの間に注いだのか、赤い液体が入っている。飲んでいるのはワインなのか血なのか分からない。
飲み終わると、目を見開いて雪女たちを見やる。
「お前らの血を存分に啜ってみたい……」
男たちは自分たちの事を吸血鬼と呼んだ。隣の由紀が「なんで、吸血鬼がこんな所に……」と呟いた。
カミヤが「復讐できるかもと言ったら二つ返事でついてきたよ」と答えた。
「……世界を支配するのは、気高き紳士である我々こそ、最も相応しい」
釣り目の吸血鬼は、グラスに残っていたワインを飲み干した。カミヤは笑いをかみ殺そうとしたが無理だったようだ。肩を震わせている。
「実は、愉快なナルシスト鮮血マニア共と、脳筋馬鹿オオカミに声をかけて主導したのは俺じゃないんだ。君たちの相手で忙しかったからね」
一瞬、頭にコンドーの顔がよぎったが、彼は今病院にいるはずだ。あの怪我ではあちこち歩き回ったりできるのはまだ当分先だろう。
「お前じゃないって、こんな物好きな事を手伝う奴なんていないだろ」
「いるんだなぁ、それが」
「元気か?」
こう言って、何者かが狼と吸血鬼から割って出てきた。タンクトップを着て、半ズボンにビーチサンダルを履いている。夏に海水浴に来たような格好だ。時期も場所も完全に間違えている。肌は日焼けして、髪はスポーツマンのように短い。表情が生き生きしている。
「最澄?」
僕と由紀が同時に疑問形で問うた。
必死で目の前の人物と、記憶の中の最澄とを結びつけようとするが、難しかった。一から九割三厘くらい違っているが、言われてみれば面影はある。声も同じだ。
「この夏、俺はサーファーだった」
最澄は言った。
「俺は雪が嫌いだ。氷を出したり、雪を降らせたりなんて、二度とするもんかと思った」
「……だったら、どうしてこんな所へ?」
由紀が聞いた。
「それに、最澄が狼男と吸血鬼に声をかけてくれたって」
「だから、これで最後だ。俺も俺自身にケリを付けたいんだ。コイツらを殺して自由になる。あと、受けた恩を返すのが俺のポリシーだ。受けっぱなしは気持ち悪い。それ以上の理由なんてない。『なんで?』っていう質問は意味がない。そもそも、俺を救ってくれた、実の姉を助けるのに特別な理由がいるか?」
最澄はこう言い放った。かっこいい。イケメンすぎる。僕がもし女だったら確実に惚れている。うっとうしい髪も切って爽やかになってるし。
「さぁ、これで陣営は出そろった」
カミヤが待ちきれないという様子だった。




