第八十四話 スキーとレース
僕たち三人は倉の裏に回った。倉の裏は林になっていて、少し歩くと、急すぎる傾斜の坂があった。相当に雪が積もっている。雪女の里の領域からは外れているのだろう、いつの間にか降っている雪も強くなっている。
赤い光が薄く手を照らしているのに気付いて、ふと後ろを見ると、倉は燃え始めていた。既に右側は炎を纏いかけている。カミヤは穏やかな目で炎を眺めながら「全ての氷の魂よ、浄化され、滅したまえ」と唱えていた。
僕は一歩踏み出した。雪に足が沈むことはない。来る時は由紀とカミヤの後ろを歩かなければ体が沈んでいきそうだったが、今は自分の力で立つことができる。カミヤと由紀がアドバイスをくれた。足の裏に少し意識を向けて、手から氷を出したときに近い感覚を向けていれば普通の地面と変わらずに歩ける。
物を掴むのと同じだ。どうやって指を曲げているのか自分では説明できない。由紀やカミヤが氷を出しているのを傍から見ていた時は、どういう感覚なのだろうと思ったこともあったが、できるようになってしまった今は何も考えずにできる。どうやってるのか聞かれても説明できない。
「トップスピードで逃げるよ。春樹、君、スキーやったことある?」
慎重に降りていたカミヤが急に坂に飛び出すように駆けだした。というか、何でスキー?
「小学校のスキー教室が最後だけど」
「じゃあ大丈夫だね」
何が大丈夫なのか。コイツが大丈夫だと言う時は大丈夫でないことの方が多い。
カミヤは傾斜が急な坂へ無遠慮に踏み出す。そしてすぐに速度を上げて滑走していく。転ぶことはなく、かなり早い。
由紀もカミヤに続いて、坂へと踏み出す。すぐに速度を上げて駆けていく。
二人に続く気持ちで、僕も一歩進む。足元の雪に沈んでしまわないように気を付ける。しかし、地面は雪なので滑る。斜面でスピードが出過ぎる。あっという間にスピードが出過ぎて追いつくが、止め方が分からない。派手にこけた。
仰向けで倒れている僕の元に由紀はやってきて、僕を覗き込んだ。
「手の氷を操る感覚を足にして、足元の雪を前から後ろに流していくの。そうすると前に進めるしスピードが出る。バランスを崩しかけたら逆をして、体を戻す」
説明してくれても、ピンとこない。こういうのはいくら言葉で説明されても体で分からなければ永遠にできない奴だ。
簡単だと思っていたができない。スキーの要領らしいが無理だ。地面を歩くのは問題ないが、こっちは苦労する。
倒れかけて「うおぉぉあ」と変な声が出る。「これはちょっとコツがいるから難しいかもね」カミヤがケラケラ笑いながら言った。「手を引いて貰いなよ」
僕はしばらく由紀に手を引いて貰いながら坂を滑った。手を繋ぐのは久しぶりで、状況も忘れてドキドキしてしまう。
カミヤは少し前で飛び跳ねたかと思うと空中で一回転したり、絶妙なターンを見せつけてきたりする。その度にドヤ顔を向けてくる。
足元はまだグラグラするが、だんだんと足元の感覚が分かってきた。どうすればどのくらいのスピードが出るのか、スピードを落とすことができるのかが掴めた。由紀の手を離して貰っても、なんとか滑ることができた。
由紀も「うまい」と言ってくれている。カミヤも柄にもなく「まぁまぁじゃん。やっぱり君はスジ良いね」と褒めてくれる。
さらにスピードを上げて三人で雪の斜面を駆け抜ける。慣れてみれば簡単で、スキーと案外変わらないのかもしれない。それに、風を切りながら素早く雪の上を滑るのは気持ちがいい。
かなりスムーズに進み見過ぎて、行きとは比較にならないほど早く帰れるのではないかと思った。行きは登りで帰りは下りだからかもしれないが。しかし、この道がかなり遠回りになるみたいな事をカミヤが言ってたから、そこまで変わらないのかもしれない。
雪も降っているが、前が全く見えないというほどでもない。暗いが、一番先頭を進むカミヤが手に持っている。氷具なのだろう、青白い明かりが灯っている。それが広く前を照らしていて辺りは結構よく見える。
「ザァッ」という音が後ろから聞こえた。雪崩が起きたのかと思って振り向いた。
後ろを見ると、大量のオレンジ色の明かりが雪の斜面を駆け降りてくる。僕らの通ってきた後を辿ってくる。すぐに雪女だと分かった。
雪女たちもスキーをして追いかけてきている。姿は見えないが間違いない。明かりは松明だろう。軍団と言ってよいほどに数が多い。
「マジかよ、しつこすぎるだろ」と僕は思ったままを口にした。
「彼女たちも必死なんだよ」カミヤは答えた。「向こうは必死に追いつこうとする
し、こっちは逃げ切ろうとする。どうなるかな?スキーレースってのもなかなか面白そうじゃん」
「面白くねぇよ」




