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第八十二話 蜘蛛と泥棒


 カミヤは蔵の出口に向かいながら、時々目についた氷具をポケットやリュックに入れていた。


「春樹も気に入ったのパクっときなよ。役立つかもしれないし」


「僕は何を手伝えばいいんだ?」


 近くの棚に置かれてあったお手玉を手に取ってポケットに入れながら、僕は聞いた。


「できれば、蔵の前の道を突っ切って出たいんだ。その先にも道があって、そっちの方が近いし通りやすいからね。その偵察。蔵の裏は斜面が結構ヤバい。ほとんど崖。まぁ、降りられない事はないんだけど」


 蔵の出口らしき扉の前に来る。カミヤはほんの少しだけ引き戸を開けて、外の様子を覗いた。


「マジかよ。雪女が何人か歩いてんだけど」


 しゃがんでいるカミヤの上に顔を近づけて、少しだけ開いた引き戸の隙間に顔を近づける。

 蔵から道までは距離がある。村から屋敷までの道は幅が広い上に、その道から空地があって、すぐ後ろに林が生い茂っている場所に、この蔵はあった。明らかに空地にいると見つかりそうだった。


 手に燭台を持っているらしき三人が、道をうろついていた。蝋燭には蝋燭があり、その蝋燭が移動しているのが見える。

 あたりは暗く、蝋燭とちょうど雲に隠れてない月しか明かりと呼べるものはない。この蔵の扉を少し開けたからと言って気付かれることはなさそうだった。しかし、さすがに蔵の前の道を越して向こう側には行けないだろう。


「うわぁ、あいつらウザッ」カミヤは呟いた。「超邪魔なんだけど。今すぐ死ねよ、ゴミが」


 口悪すぎるだろ。いつものことだけど。

 僕はうろつく蝋燭を指差した。


「あの雪女が屋敷の方に行ったらササっと行くか?」


「そうだね。その間に誰か来てバレないことを祈りながら。別にあれだけなら殺してもいいけど」


「蔵の裏の方から逃げるのはやっぱり無理なのか?」


「まぁ、最悪そうなる。でも、ここにいるってのはまだバレてないだろうから、そのうちいなくなるとは思うけど。雪女たちは俺たちが屋敷にいるって思ってるからさ、皆、そっちに行くんじゃない?って俺は思うけど。その時がチャンス!」


 僕たちはしばらく待機することにした。とりあえず、倉の真っすぐ前にいる雪女さんが去るまでは出ることはできない。雪女がいるかどうかは蝋燭の明かりで分かる。その三人が去ったら、外に出て道を通らずに回り込んで様子を見に行く。


 屋敷の方と村の方、両方に注意を向けなければならない。片方は小高い丘だから、村の様子は丘から見下ろさなければならない。片方に分かれて見てきて、戻ってきて、大丈夫そうなら由紀を呼んで持ち物を回収して、一気に反対側まで駆け抜ける。


 僕とカミヤは倉の扉の前で息を潜める。小さく蝋燭が蠢くのを見ながら、雪女がいなくなるのをまだかまだかと待つ。後ろでは由紀が氷具を壊しているのだろう、断続的に物音が聞こえる。


「山には雪女はいないよな」と僕は尋ねる


「いないと思うけど。いたらクソだるい。タバコ吸いたい」


 僕とカミヤはひたすら待つが、雪女たちが去る気配はない。それどころか、先ほどまでは三人だったのに、いつのまにか七人に増えている。道の真ん中に集まっている。蔵の延長線上なので、少しだけ開いた引き扉の隙間からでもよく見える。


「何やってるんだろう」


「ホントそれな。はよ行けよ」


 増えた蝋燭は騒がしくうろついて、蛍が集まって飛び回っているみたいに見える。やがて七つの小さい光に、新しく八つの光が加わる。このあたりで、僕は何かがおかしいのではないかと思い始める。


「おかしいね」とカミヤも言った。「もしかして、バレてる?」


「いや、絶対バレないって言ってなかったっけ?」


「いや、だってさ」


 こう言い合っている間に、さらに十五個くらいの蝋燭が屋敷の方から合流してくる。蛍の群れだとすると大量で、遠くから小さい明かりが集まって蠢いているのは気味が悪い。


 やがて一斉に一方向へ進み始めた。ようやく動き出したかと思うと、雪女の軍勢が向かって来たのは僕たちの潜む蔵の方だった。草履を履いているのか、砂の地面との擦れる「ザッザッ」という音が近づいて来る。

 雪女は蔵の前で止まった。少し距離を開けて扇状に広がり、倉の前方を隙間なく塞いでいる。


 カミヤは「えっ?いるんだけど」と言った。「君、あいつら呼んだ?」


「呼ぶわけないじゃん」


 僕は信じられないという気持ちで答える。


「なんでなんだよ。ここに来るまでは誰にも見られてないぞ。マジだりぃわ」


 ふざけんなぶっ殺すぞ、とカミヤは悪態をついている。

 僕はもう一度、外を覗くように見た。雪女は一気に倉の中へ攻め込んで来たりはしない。陣形を保ったままジッと待機している。まだ追加で応援が来るのだろうか。


 陣形の中央、倉の扉の真向いの雪女が何かをもてあそんでいるのが見えた。小さく赤い光が点滅している。


「おいカミヤ、あれ」と僕はカミヤに指し示す。カミヤは「おん?」と言いながら外に目を向ける。


「……そういうことか」カミヤは呟いた。「センサーが設置されてたんだよ。あれは受信機だ」


「雪女がセンサーって、何でそこまで分かるんだよ」


「昔、結構な昔に、俺が買ってきたんだよ。屋敷の周囲に取り付けるって言われて。他の妖怪から襲撃を警戒するためだって言ってたけど、三分の一は銀霰姫が逃げないようにするためだと思う。俺が専門店で買ってきて付けたから、場所は全部分かってた。前のこと過ぎて忘れかけてたけど」


「場所が分かって避けてたんならバレてないんじゃ」


 カミヤの頭はおかしいが、かなり切れるのは知っていた。自分で取り付けて、そこを通るなんてヘマは、コイツなら三日徹夜して酒を存分に飲んだ後でもやらない。


「確かにセンサーのある場所は避けて逃げて来たけど、設置場所を変えてやがったんだ。あのババアだ。秘密の地下道の事を知ってやがったんだ。それでセンサーをあの逃げ道の前に移動させてやがったんだ。それしかありえない」


「地下道はカミヤしか知らないんじゃなかったのか?」


「俺は教えてない。執念で見つけたんだろう。俺らを取り逃がすまいと、屋敷の隅々まで這いずり回って。あの屋敷は蜘蛛の巣みたいなもんだったんだ。あのババアの。引っ掛かった獲物は逃さない。僅かな穴さえも埋める」


 死を待つまでの有り余る時間で、銀霰姫はそんな事をしていたのか。しかし、目を血走らせて由紀を道連れにすることだけが全てだと言っていた。それほどの怨念に近い感情を抱いていて、一度引っ掛かったのに逃げられることなど、銀霰姫からすれば絶対にありえないだろう。


 入ったからには逃がさない。そのためには時間を惜しまない。カミヤの言う通り、あの屋敷は銀霰姫の蜘蛛の巣だったのだ。あの廊下は糸だ。獲物を引っ掛け、その獲物に向かうために伝う足場だ。蜘蛛が捕食するために一つ一つ練り込まれた糸を絡ませてネットを作る姿と、銀霰姫が廊下を這う姿を重ねてゾッとした。


「あの抜け道を自力で見つけるとか、ちょっと引くわ。見つけた時の『二チャァ』って笑う顔が目に浮かぶよ」


 カミヤは口の端を引きつらせて言った。


「ともかく、最悪だ」


「由紀はまだ囲まれてること知らないかもしれない。ちょっと呼」


 爆発音が響いた。床が地震みたいに揺れる。室内が白く照らされた。僕はバランスを崩して倒れた。

 白い光は右上から発せられた。天井の角の方を見ると、ごっそり消え落ちていた。光はだんだん薄くなり、夜空が見えた。少しずつ雪が入り込んでくる。


 この光景はどこかで見たことがある気がした。思い出すのに時間はかからなかった。六出の杖の発射する光線が、蔵の隅を吹き飛ばしたのだ。


「杖、持って来てるじゃん。拾って来たのか、銀霰姫が渡したのか?というか倉が壊れてもいいのかよ。チッ、クソがよぉ」


 カミヤが外を覗きながら言った。僕は倒れた体を起こしてカミヤの示す方を見る。

 雪女の一人が杖を持っていた。杖の先端はまだ白く光っているが、やがてその光は闇に溶け込むように消えていく。


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