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第八十一話 蔵と放火


 カミヤはスキップしそうなほどに上機嫌な声音だった。話は止まらない。


「ほとんどの雪女はろくに屋敷の中に入ったことがない。銀霰専用みたいな建物だから。俺の方が確実に知ってる。あいつらがもう屋敷にはいないって気付く頃には、もう俺たちは外だ。ただ、距離はそんなに離れてないから、あんまりデカい声では騒ぐなよ」


「わかってるよ。というか、お前に言われたくない」


 地面の上から騒がしく踏み鳴らす足音が僅かに聞こえてくる。土かゴミの欠片が降ってくる。すぐ上では雪女たちが右往左往しているのだろう。まさか、真下を歩いているとは思うまい。

 やがて、スマホのライトが石の階段を照らした。横に道はなく、ここが突き当たりということになる。


 階段は数段しかなく、天井に四角い木の扉が張り付けられている。地下道に入った時と全く同じ物だ。カミヤは階段を昇って、下から扉を押した。扉は外側に開いた。

 冷たい空気が流れ込んできた。淀んだ地下の空気とは明らかに違う。清涼感がある。カミヤが階段を登り切って一番に地上に出て、由紀の次に僕も続く。最後の段から足が離れて地面を踏んで地下道から出た瞬間は、自由になれた開放感があった。


 そこは部屋だった。外ではない。砂も草も夜空に浮かぶ月も、雪も降ってない。

 スマホのライトを回すように照らす。部屋はかなり広く、いくつも棚が置かれてある。そこには扇子や座布団や、電池、虎の置物など、全く関連性のなさそうな物がズラッと並べられていた。

 僕の頭からクエスチョンマークがいくつも出てくる。


「ここは?」


「来る時に気になってた倉あったでしょ?その中」


 雪女の澄む集落から、屋敷まで歩いた時のことを思い出す。夕方の、二時間半か三時間くらい前のことなのに、一週間くらい前のことのように感じる。

 そう言えば不気味なくらがあった。この屋敷のある小高い場所に登ってくる道脇に、一つだけポツンと建っていた。


「あの蔵か……そんな場所に繋がっていたんだな。なんというか、不気味な場所だな。変な感じがする」


「おっ、やっぱり分かる?雪女の仲間入りをしたからかな?」


「いや、初めて遠目から見た時から思ってたよ」


「ここは氷具置き場だよ。由紀ちゃんは知ってるでしょ?」


 カミヤが聞くと、由紀はコクリと頷いた。


「入ったことはないけど」


 由紀はどこか緊張した面持ちだった。図書館のように並べられた本棚の周りをうろついていた。僕もゆっくり歩きながら棚に所せましと置かれた物を眺めていた。

 しかし竹とんぼや付け爪や人形などの古びたガラクタが見えるだけで、何がなんやら分からない気分だった。それらのガラクタもただただ不気味で、僕は指先だけでも触れてみる気は起きなかった。


「ここには歴代の銀霰姫の氷具が保存されてる」

 カミヤは棚と棚の間を縫うようにうろつきながら言った。

「不気味な雰囲気なのは、彼女らの怨霊が漂っているからなのかもね。魂の墓場ってヤツだ」


 この説明を聞くと、ここに存在する全ての物たちが僕を凝視していて、地獄に引きずり込もうとしているように思えた。棚から義眼が見えて、それが僕の方を向いていて目が合った。小さな叫び声を上げてしまった。早く出たいと思った。

 カミヤは僕のすぐ前を歩いている。さっきのビビった義眼を手に取って、お手玉みたいに手の甲で回して遊んでいる。しかし由紀の姿が見えなくなっていた。体を二周回転させて見回しても見つからない。


「あれ?由紀、どこに行った?」


 奥の方で足音が聞こえた。僕とカミヤは音の方へ歩いていく。棚を三つ過ぎて、さらに右に進む。隅にある棚を、由紀は真剣に眺めていた。


「そんな所で何してるの?」


「うん……もしかしたらあると思ったんだけど」


「あるかもって、何が?」


 僕が気になってつい尋ねると、由紀は少し困った様子だった。黙っておけばよかったと思った。


「お父さんの、氷具」


「あぁ、あるだろうね」

 カミヤが口を挟んできた。

「君の両親は両方とも死んだんだったね。母親は銀霰姫だったね。父親は氷の力が強かったから、天牢雪獄で氷具作らされて死んだんだよ」


「……わざわざ言われなくても、知ってるよ」


 由紀は不機嫌そうな声音でカミヤを睨んだ。


「春樹が知らないだろうからさ、説明してあげてるんだよ。春樹のために。君に言ってるんじゃないよ?」


「……」


「でも、俺は由紀ちゃんが知らないことまで知ってるよ。由紀ちゃんは、どうして親が殺されたか知ったの、村から出る前だよね。それが出る一つの理由にもなったんでしょ?」


「えっ?」


 僕は初めて聞く話に戸惑った。由紀はさらに不機嫌になり「わざわざ言われなくても、知ってるよ」と繰り返した。

 カミヤは続ける。


「でも、詳しい事までは知らない。実は父親は母親が銀霰姫になる前に連れ出そうとして、母親が死んだ後に処刑されたんだよ。君の両親、何で大人しくしてたか分かる?君と弟がいたからだよ。余計な事をすれば君らを殺すってね。言ってみれば人質だ。でも、おかげで君は百年は生きられた。吸血鬼みたいに親の命を吸って生きながらえているのはどんな気持ち?ねぇねぇ、どんな気持ち?」


「……それも、知ってる」


「あらま」


「あなた、本当に嫌い」


「君から罵られてもあんまり気持ち良くならないな」


 カミヤは不貞腐れたように言った。由紀はカミヤに嫌悪感を丸出しにした視線を送っている。


「外道だよねぇ、雪女は。やることがえげつない。俺の比じゃないよ。由紀ちゃんは今、そんな目線を俺に送ってるけどさ、雪女と対峙したらどんな目になっちゃうのさ」


 由紀は何も答えない。再び歩き出して、棚を物色していた。カミヤは諦めたような溜息をついた。


「まぁ、いいや。お母さんのピアスは回収して来たから後で渡すよ。今、ポケットの中にある。雪崩の箱は回収できたけど、杖は銀霰姫の近くに転がってたから取りに行けなかった。せっかく苦労して回収したのに。気に入ってたのになぁ。由紀ちゃんにとっては、遠くに転がったのがピアスでなくてよかったねぇ」


 カミヤの話をまとめると、つまり由紀は父親の形見を探しているということになる。この氷具置き場のどこかに、それは眠っている。どうにか見つけて、由紀が納得して欲しいと思った。


「探すの手伝うよ。どんなの?」


 僕は由紀に尋ねた。父親の形見がすぐ近くにあるのに、見つけられないまま去るなんて悲しすぎる。


 困ったように、カミヤは「そんな悠長な事してる場合じゃないかもしれないんだけどな」と呟いた。「むしろ、全部ぶっ壊して欲しいんだけど。踏みつぶすか、あの電柱みたいなぶっとい氷とか出してさ。ただの雪女なら簡単に勝てるけど、氷具持ったら一気に厄介になるからね。それを摘んでおきたい」


「探すついでに壊すよ」と僕は答える。


 カミヤは少し考えるそぶりをした。


「じゃあ、探すのはいいけどさ、春樹は俺を手伝ってよ。由紀ちゃんは見つけて違った氷具を全部壊しといて」


 由紀は小さく頷き、僕はカミヤに腕を掴まれて引かれて言った。棚をいくつも通り過ぎる。蔵の出口に向かっているのだろう。

 歩きながらカミヤは「一々壊すんじゃなくて、出る時に放火すればいいじゃん」と物騒な事を呟いていた。



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