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第七十九話 長生きとピダハン族


「長生きするコツって知ってる?」


 カミヤは煙草の煙を煙突のように吐きながら、僕に聞いた。一時間前の話だ。

 銀霰姫と由紀が抱き合いながら話し込んでいる間、僕ら二人は庭に出て、壁にもたれて座り込んで夜空を眺めながらダベっていた。カミヤの口から白い煙がゆらゆらと夜空に昇っていく。


 まだ、銀霰姫の悪しき思惑など知らず、呑気でいられた時の話だ。一時間半くらい前だろうか。


「いきなり何だよ。ちゃんと野菜を食べて、睡眠たっぷりとるとか?」


「そういうことじゃないよ。八十年とか、九十年の話じゃない。二百年とか三百年の話さ」


「ヘビースモーカーには無理な話だろ」


 こう言って僕は前を向く。カミヤの方を向くと煙草の煙が鼻から直に入ってくる。


「まぁ、そもそも人間の話じゃないんだけど」


 カミヤはこう言って深く息を吐いて、短くなった煙草を人差し指で弾いて前に投げた。目の前には、立派な夜の庭園が広がっている。


「皆、気がおかしくなるか、自殺し始めるんだよな。いいかい?幸せに生きる事ってのは、先を見ないことなんだよ。それか、起こった事をすぐ忘れる事さ。『こんな事、前にもあったな』なんて思った日には絶望するね。そう思うのが五回目だと気付いた時なんか最悪さ。人生ってのは六十年あれば十分なんだよ。ちょっと足りないっていうくらいのご飯が一番おいしいみたいにさ。七十年でほどほど、百歳は生き過ぎ、五百年なんて拷問さ。俺にとっては、だけかもしれないけど」


 カミヤは胸ポケットから煙草の箱を取り出して、二本目を吸い始めた。暇だとずっと吸うんだよな、コイツ。


「ん」と煙草の箱を僕の方に差し出してくるが「いや、僕はいい」と手を振って答えた。カミヤは不満そうに煙草を胸ポケットにしまった。


 再び、幸せそうに煙を吐きながらカミヤは酔っぱらったみたいに口を動かし始めた。


「幸せに生きるには、つまり頭を馬鹿にしてなきゃいけないんだよな。起きたことをすぐに忘れる。覚えててもいいことない。いつも現在を生きるんだよ。現代は頭の良い奴がもてはやされてるけど、俺からすれば逆だね。下手に頭がいいってマウント取ってる奴は幸せな馬鹿だから、そういう意味で羨ましいよ。君、ピダハン族って知ってる?」


「お前、煙草で酔ってんのか?」


「そりゃあいい、ニコチンで酔えるなら本望だ。うぇーい、煙草で乾杯!!!で、ピダハン族ってのは、アマゾンに住む狩猟採集民族だ。彼らには、自殺もメンタル疾患も、ネガティブな感情すらないんだ。世界一幸せな民族なんだよ」


「それがどうしたんだよ」


「彼らの言葉の中には、過去形と未来形がないんだ。現在形しかない。だから、未来の事をあれこれ考えて心配することもしないし、過去を振り返ったりすることもない。未来がないから仮定の話もない、つまり嘘も存在しない。彼らは常に今を生きてるんだ。『魚が取れた』『雨が降っている』ただこれだけだ。明日という単語も色の名前も必要ないから存在しない。

 ただ狩猟採集して、子供と遊んで寝て暮らす。毎日、朝起きたらこれをリセットして暮らす。俺は日本に生まれてしまって、国ガチャに外れたよ。日本の自殺率とかヤバいからな。ピダハン族の笑顔の写真見てみろよ。あんな笑顔する奴、日本で見たことない」


 カミヤは酔った調子でベラベラ話す。僕は話の筋が掴めなくて少しイラついていた。


「なんで今、そんなこと言うんだよ。まぁ、言ってる事の内容は分からない事もない気はするけどさ、なんで今なんだよ?」


「思い出したくなくても、どうしても思い出してしまう時ってのがあるんだよ。考えてしまう時ってのがあるんだよ」

 カミヤは悠長に続ける。

「現在だけを見ていられなくてさ。過去を見て、そこからまだ未来が続くのかって絶望してしまうんだ。そんな時に手軽に誰かいてほしいんだよ。それが最近というか、今回は君だったって話さ」


 カミヤは煙草をさらにもう一本取りだして火を着けた。


「あとは煙草を吸う。そういう、どうしようもない時にはさ。君にも必要になる時が来るよ。酒とか煙草ってのは幸せな時は飲みたくならない。嫌な事があった時や、それに頭を占領された時に、未来や過去を忘れるために、飲みたくなるんだよ」


 僕は相槌を打つのを止めていた。相手をしてやっていると、コイツは永遠に勝手に話しているんじゃないかと思った。酔っ払いに絡まれている気持ちだ。

 カミヤは煙草を十秒以上咥えて、それから「は~っ」と大量の煙を吐いた。限界まで肺に煙を溜めていたらしい。温泉に浸かっている時みたいに幸せそうな顔をしている、


「ねぇ、岡真史って知ってる?」


「まめしばかよ、お前。本当に何なんだよ。いつまで続くんだよ。疲れてるんだよ、こっちは」


「いいじゃん、どうせ待ち時間なんだからさ。岡真史は詩人なんだけどさ、十二歳で自殺しちゃってるんだよね」


「若いな」


「若いんだよ」


「子供じゃん」


「子供なんだよ。子供なんだけど、彼の残した詩を見ると、そこらの大人よりも繊細な、というか大人が遠くの昔になくした感性を持ってるって分かるんだよ。レノン顔負けだ。

 でも、純粋で繊細ってのは最悪の組み合わせだと思うよ。神って奴は残酷だ、人の心を持ってないに違いないね。彼はそれで死んでしまったんだ。あの子供は、八十年も生きて全て知った気になってる老害ジジイよりも、人生について分かってるだろうね」


「ふぅん」と言いながら、僕は夜空に浮かんでいる星々を一つずつ数え始めた。


「そこら辺の自分勝手で暴力的な子供とは明らかに違ってるんだ。彼らは鈍感なのさ。でも悩まずに生きている。つまり、盲目ってのは幸せなんだよな。あらゆる事に関してね。正義とは言わないけどね。少なくとも、幸せに生きるってことに関しては、無自覚に生きるってことが重要だ。さっきも言ったけどね。分かりすぎると死んじまうよ」


 二十五まで数えた。


「本当の事を知って、余計なことを考えすぎるってのは不幸の入り口なんだよ。ピダハン族の幸福が証明してる。死にたくなる時ってのは現実の嫌な点を見つめて頭の中でそれが膨張している時なんだ。逆にその真実とかけ離れた夢を見てる時ってのは幸せなんだよ。恋愛と同じだ。好きっていう幸せな夢を見てる。君は現実を見てるかい?春樹。君は今、どっちだい?」


「今の僕の顔に目を向けてくれ。うんざりした表情が見えないか?」


「そう、俺も盲目、君も盲目、恋は盲目。ナイスだよ、春樹。百点だ。今、君は全てが見えてると思ってるかもしれない。でも、見えてない。自分が盲目ってことを自覚しなよ?」


 何を言っても無駄だなと思った。カミヤの方を見て言った後に再び夜空に目を移したが、どの星を何個目まで数えたか分からなくなった。


「ちゃんと聞いてる?」


「うざいな。俺はお前じゃない。ちゃんと考えてるさ」


「何も考えてない奴に限ってそう言うんだよ。いや、考えちゃ駄目なんだ。感じるんだよ、ハートで」


 カミヤは自分の胸をドンドンと叩く。

 また、タバコが短くなったらしかった。カミヤは前方の庭園に火が付いたままの吸い殻を投げ捨てる。そしてまた新しく煙草を取り出す。

 カミヤは僕に新しい煙草を差し出してきた。


「ん」とカンタが傘を押し付けるように煙草を押し付けてくる。


「だから吸わないよ。由紀が煙草嫌いって言ってたし」


「お前も吸いたくなる時が来るからさ。持っとけって。その時に俺のこの雑談を思い出せ」


 断っているのに、カミヤはライターと箱をポケットに無理矢理ねじ込んできた。


「煙草を吸うと、そんなモヤモヤがスッとする。これがなきゃ、俺は全てが嫌になって死んでるよ。コイツが俺を生かしてくれてるんだ。つまり煙草は健康に良いんだ。だから、俺が煙草を吸うことは正しいんだ」


「結局、それが言いたいだけだろ」


「バレた?」


 カミヤはいたずらが発見された時みたいに舌を出して、おどけた顔をした。



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