第七十三話 親友と演技力
「さきほど話したように、私は銀霰姫を背負い、そして由紀を逃がすと決意しました。その間の自らの辛い境遇を、私はあなたとの美しい思い出で癒していました。それだけが支えと言っても良いほどでした。
しかし死期が近づいてくると『私が死ぬことになったそもそもの原因は誰だ?』という思いが頭の中に浮かぶようになりました。美しい思い出を振り返る時間はやがて現実に戻るたびに恨みが不随するようになり、最終的に恨みだけの時間となりました。
何度も、全てを許そうとしました。しかし『私を見捨ててこんな状況にしたのはあの女なんだ!』と思うと、頭に上ってくる思い出はだんだんヘドロみたいに濁ってくる。そんな物を頭に流し込まれてると頭の中が腐っていく気がして、やがて吐き気が止まらなくなりました。
もう、自分だけではどうにもできなくなっていました。実際に会って話せば、恨みが薄れるかもと思いました。私がそのうち死ぬことは既に確定事項ですから、それまでを肯定的な気持ちで生きたいのです。
今日はその最後のチャンスだと思ってました」
銀霰姫は優しい表情で話し始めていたが、だんだんと表情は苦痛に塗れたものへと変貌していく。過呼吸みたいに、息を大きく吸い過ぎたかと思うと小刻みなリズムの呼吸に変わったりした。
ここまで言い切ってから一拍置いて、こう叫んだ。
「でも無理だった!違った!たまりにたまった恨みは爆発寸前にまで膨れ上がっていたんだ!
今日会って、全部分かった。許すなんてできない。五百年も生きたけど、最後の最後で私はあなたに最悪な形で終わらされるのは変わらないんだ!
ここまで強烈な感情を抱いたのも久しぶりだ。久しく空だった皿に、料理が一つ落とされた。今の私にはそれだけが感じられる全てだ。受ける感情のインパクトが、大きく増幅されている。この五百年間で一番生き生きしているとすら感じられる……
今の私は、復讐こそが生きがいなんだ。お前が私に裏切られて絶望し、銀霰姫を押し付けるまで、頭に憑りいているこの呪いは消えない。もう、それでしか終わらせられない。ここまで終えて、私はようやく許すことができる。
私が死ぬまでの少しの間、本物の親友に戻ってください。くれたものをお貸しするだけです。できますよね?親友なのですから」
銀霰姫は再び優しい表情に戻り、柔らかな笑みを由紀に向けた。由紀にを指していた人差し指を拳に収めて、上下を反転させて開く。恍惚とした表情をして由紀に手を差し伸べた。
由紀は顔を強張らせていた。唇が小刻みに震えている。
「そんな……さっき、私のためにって言ってくれたじゃない」
「お前が裏切らなかったらなぁ!!!それで全てが変わったんだよ!!!」
銀霰姫はキンキンと鼓膜に響く声で叫んだ。
「少し甘い言葉を試しに言ってみたら、これだ!何を勝手に許されようとしてるんだ!これも、イラついたポイントだった!ふざけるなって話だ!私にしでかした自分の罪の重さを自覚しろ!!蛆虫が!!
……私がどうやって銀霰姫にされたか知ってますか?知らないでしょうね。見てなかったのですから。
羽交い絞めにされて捕らわれて、逃げられないように手足を縛られて、今、お前が立っている丸い紋章の上に転がされた。解放されたのは全てが終わった後だった。それからずっとここに閉じ込められている。
そうだ……きっと私は待ってたんだ、この時を。多分、私の中の一番奥に住んでる人格は、最初っからこうするつもりだったのかもしれない。
本当は知らずに銀霰姫を押し付けてやった後に全てをバラして、絶望した顔を眺めるつもりだったが、もういい」
「それにしても、たいした演技力だね」
カミヤはこの場に全く相応しくない、感心するような響きの声で言った。
銀霰姫は由紀からカミヤの方に視線を移した。
「本気で逃げられたら追えないかもしれない。安心しきった獲物ほど仕留めやすい。でも、お前のせいでおじゃんだ。カミヤ、お前は後で絶対に殺す。死人に口なしと言うのだから、もうすぐ死ぬ半分死人のお前はもう黙ってろ。怯えながら死ぬ覚悟をしてるといい。その減らず口が永遠に開かなくなるのも、もうすぐだ」
「いつか死ぬんだから、今のうちにいっぱい喋っておくんじゃん。俺は死ぬ直前にこそ、人生で一番お喋りになりたいね。やりたいことはやっておかなきゃ」
「これ以上、お前と話しても無駄だ」
銀霰姫は切り捨てるように言った。カミヤは「しゅん……」と自分で擬音語を言って、少し寂しそうな顔をした。
銀霰姫は何か思い出したように「あぁ」と言って話を続けた。
「さきほど、演技と言いましたね。そう、その通りです。由紀、お前には私と同じ目に遭わすと決めたんだ。この程度の裏切りでも、私が味わった気持ちの二百分の一でも分かったか?これから、残りの百九十九を与えるつもりだ。
信じてたのに、裏切られたんだ!どんな気持ちだった?!全部、お前が私にしたことだ!
美しいことを言われて、涙を流して、さぞ気持ち良かっただろう?今はどうだ?絶望か?憤りか?どっちにしても、最悪な気持ちだろう?『なぜ?』『どうして?』そんな気持ちでいっぱいだろう!?
それを味わせてやりたかった!どうだ?お前が私に与えた目の前が真っ暗になるような衝撃は!
私がお前の手を引っ張って鳥のように空を飛び、雲の上から眼下に広がる綺麗な景色を見せてやってから、地面めがけてその顔を思い切り殴りつけてやりたかったんだ!
そうやって、お前の感情をぶち壊してやりたかった!それが私の攻撃する理由だ!
人を呪わば穴二つと言うが、私の穴はもう掘ってある。お前も、地獄に引きずり込んでやる……」
ここまで銀霰姫は息継ぎもせずに、一気に言い切った。最後の一言以外、終始大声だった。マラソンの直後のように、肩が大きく上下して息が荒い。
目は食いつくように由紀の方に固定されていた。瞼が大きく見開き、血走った白目に黒目が浮かんでいるのが見える。まるで、黒目の中央から銛が伸びていて、それが由紀に突き刺さっているかのようだった。
由紀は何も答えなかった。いや、何も言えないのだろう。僕自身も、銀霰姫の強烈な感情の吐露に圧倒されて、体と頭が硬直してしまっていた。
「最高だ……」
カミヤが恍惚とした声音で呟いたのが聞こえた。




