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第七十話 皆殺しとダブルデート



 祭壇には、少し床の氷が分厚くなって高くなっている四角のステージがあり、その四角のエリアの両端に大きな丸が描かれている。その丸の中は何も描かれておらず、他の地面には訳の分からない模様が這い回っている。


 その両端の丸の間は通行量が多い道路の白線みたいに模様が薄れている。その丸と丸と間の道の両端に、一メートルくらいの高さの柱が立っていて、上に皿のような物が付いている。


 いつの間にか、その皿の上に青い炎が灯っていた。その炎は辺りに冷気を振り撒き、火花の散るようなパチパチという音ではなく、氷にヒビが入るようなピキピキという音を小さく奏でていた。

 銀霰姫は祭壇の方を見やった。


「そろそろ始めましょう。ここでゆっくり話していては、いつまで経っても終わりません」


「そうだね。じゃ、由紀ちゃん、ピアス外して。春樹は杖を出しといて」


 由紀は本当は外したくないのだろう、少し複雑そうな顔をして一瞬戸惑った。しかし左耳から両手の指先を当ててピアスを外し始めた。首を少し傾けているのが可愛かった。


 ピアスを外して、由紀はカミヤの手の平に置いた。カミヤは人差し指でピアスをつまんで目の上にあげて興味深そうに覗き込んでいる。


「ほら、見てよ春樹」

 カミヤは隣の僕を呼ぶ。

「ピアスの石、超綺麗だよ。なんかさ、中でキラキラした白いのとか濃い青いのとかが、ゆっくり渦巻いてるんだよ」


 僕もカミヤと同じように下から覗き込んでみる。カミヤの言う通りだった。銀河の星々みたいだ。渦巻きは雲が流れるように、見続けないと分からないくらいゆっくりだった。ずっと見ていると吸い込まれそうになる。これまで気が付かなかった自分がもったいなく思えた。

 カミヤはピアスを握ってしまった。ようやく目を一点から離すことができた。何も言われないと永遠に眺めてしまいそうだった。解放されて我を取り戻した後で、少し怖くなった。


 僕は由紀の方を見た。ピアスを付けてない由紀の姿を見るのは初めてかもしれない。何も付いてない裸の耳は妙に色っぽく感じた。

 カミヤの手には、箱、杯、ピアスが乗っている。僕は杖を取り出してカミヤに差し出している。


「改めて集めて見ると壮観だね。一つ一つが一瞬で何百人も殺せるくらいの代物だからね。ビビるよ」


 僕もビビっていた。一つでも怖いのに、四つを一カ所に集めるなんて正気じゃない。しかも一つは僕が握っている。

 由紀は祭壇と氷具を交互に見ていた。


「でも、祭壇の中央の道の脇に立つ柱の皿は六つあるけど。今、氷具は四つしかない。別に良いの?」


「六ついるよ。強力なのが四つあればいいんだ。左右に二つずつね。あとは、普通の氷具でいい。弱いのは駄目だけど。それくらいはあるでしょ?」


「もちろんです」


 カミヤが銀霰姫に聞くと、銀霰姫はニコリと笑った。廊下から摺り足の音が近寄って来た。案内役の雪女二人が、一つずつ手に何か抱えていた。

 一人は懐中時計で、もう一人は鬼の仮面だった。懐中時計の秒針は動いておらず、仮面の方は丸い目玉が飛び出そうな程出ていて睨みつけてくる。どちらも薄汚れていた。


「これで十分でしょう。多分、この二つは壊れるでしょうし」


 合計で氷具が六つになり、さらに凄みが増す。妖気のようなオーラが漂っているように思う。


「こうやって設置する氷具は触媒みたいがあるんだよ。化学反応を起こしやすくするみたいな物質の事だね。雪の力の受け渡しをスムーズにする。壊れるけど」


 カミヤと銀霰姫は氷具を三つずつ持って、祭壇の柱の皿に一つずつ置き始めた。

 氷具は青い炎に炙られる形になるが、燃えたり凍ったりすることもない。


「壊れるのか」と僕は抱いた感想を口にした。カミヤが答える。


「そりゃ、何回も酷使してりゃね。凄い氷具なら何回か持つけど、普通の氷具なら使い捨てだ。無限に使える物なんてこの世に存在しないよ。まぁ、雪の力に反応しなくなって、元の物に戻るだけだけど」


「だから、他の雪女には秘密なのです」銀霰姫が言った。「もし雪女をやめて人間になれるとバレて広まったら、大量の雪女が押しかけてくるでしょう。自分も人間にしろと言って。その度に氷具は生まれるでしょうが、強い雪の力を封じた氷具ではありません。明らかにこれらのような力の強い氷具を消耗し、数が足りなくなります。そしたら不満がたまります」


 銀霰姫は氷具を並べながら続ける。


「最初から教えないほうが良いのです。『希望がないからしょうがない』と、諦めて絶望の中に浸って暮らしてくれるのです。希望があればそれを折々に思い出して不満に思い、それが爆発したり喚き出すでしょう。何とか自分にしろと暴れ出すかもしれません。そうなると、私は彼らを皆殺しにしなければならなくなります。黙っておくべきなのです」


 サラっと一言だけ怖い事が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。


「私が知らなかったのはそういうことだったんだ」


 由紀は一人で小さく呟いた。

 そう言えば、由紀はカミヤから人間になれると聞いた時、嘘だと言って信じなかった。雪女の中でこの儀式が限られた者しか知らない秘密なら、由紀も知らずに、初めて聞いて疑うのは当然だっただろう。なぜ、カミヤが知っていたのかは分からない。


 この消費する氷具も、恐らく銀霰姫が自分が銀霰姫になるという条件で、由紀を助けるために調達したのではないだろうか。自分を犠牲にし過ぎじゃないかと思うが、それができる人や、そこまでの思いを持ってしまった人というのは存在する。

 銀霰姫は鬼の仮面を皿に引っ掛けるように置いた。


「それにしても、あなた、春樹、カミヤと仲良しですね。よく仲良くできますね。尊敬に値します」


「仲良しではないです。来月には縁が切れてます」


「え~」

 カミヤは不満そうに子供のような声を出した。カミヤは全ての氷具を皿に置き終わっている。


「準備完了です」

 新霰姫もこう言った。


 準備と言ったから難しい事をするのかと思ったが、置いただけだった。本当に簡単だった。





 銀霰姫は由紀の方を向いた。目が少し潤んで表面が小さく光を反射させていた。


「ついに叶うのですね。ずっと言ってましたもんね。できることなら人間になりたいと、昔っから」


 由紀の前まで歩いて行って、銀霰姫は「懐かしい」と言ってフッと笑った。由紀の手を取り、両手で優しく包んだ。そして自分の額を当てた。


「私は近いうちに、マカハドマを吉乃に渡して死にます。これが本当に最後です。私の事は忘れて、最高に幸せになってください」


 由紀は泣き出しそうな顔になり、再び銀霰姫に抱きついた。

 本当に信頼しあっていたんだな、と思いながら僕は二人の姿を見ていた。僕まで泣き出しそうになっていた。二人のこの信頼はひたすらに美しかった。僕はこんなシーンに弱いんだ。映画とかを見てても簡単に泣いてしまう。ましてや目の前でされると、どうしようもない。


 だが、当事者でもない男がびょおびょお泣き出しても、戸惑わせて水を差すだけだと思ったから我慢していた。一滴でも涙を許すとダムが決壊したみたいに目から溢れだしてしまいそうでこらえていた。こんな最後の別れみたいなシーンが一番、目にくる。

 この二人ならいつまででも見ていられるし急ぐ事でもない。だが、僕の目の限界の方が心配だった。


「少し羨ましいな」


 僕は隣のカミヤに小声でささやいた。


「何が?」


「いや、こんな無条件にお互いを思いやれる相手がいてさ。親友、と言っても足りない。新しく名前を付けても良いくらいだ。こんな尊い関係はありふれた言葉では表せない」


「あの子たち程じゃなくても、君にもそういう人はいるんじゃないの?」


 カミヤにこう言われて、僕の頭に思い浮かんだのは弘の顔だった。僕の一番信頼できる相手だった。

 目の前の由紀と銀霰姫を眺めていたからかもしれないけれど、早く会って話したいと思った。そう言えば、彼女の音々さんも一緒に遊びに行こうと約束もした。由紀も連れて四人だと楽しいだろうな。


 実は、クリスマスシーズンに入った頃にダブルデートをしようと、弘と一緒に計画を立てていた。クリスマスまでに帰れるか気にしていたのはそのためだ。

 そう考えれば、今日ここで全てを終わらすことができて良かったのかもしれない。どんなにゆっくり帰ってもクリスマスまでには間に合う。あらゆる憂いが解消されて、爽快な気分でクリスマスと正月を迎えられる。


 この旅の道を、いつか弘と一緒に旅行してみたいと思った。殺伐とした目的でなく、今度は純粋に楽しむために、アイツと一緒に来て見て回ってみたい。

 早く帰りたくて仕方なくなってきた。帰ったら真っ先に会おう。アイツの顔を見るとなんだか安心するんだ。

 いつか、由紀や僕の身に起こった事を「実は……」と言って、笑って話せる時が来るかもしれない。信じてくれるかは分かんないけど。


「では、由紀はここに立ってください」


 銀霰姫が由紀の手を引っ張りながら祭壇に歩いて行った。上の空だった僕は、ようやく意識を取り戻した。由紀の目は赤く腫れて、頬は湿っていた。

 銀霰姫は祭壇の右側の円形の模様を指差して、その丸の中に由紀を立たせた。由紀は地面の模様を見回しながら、落ち着かない様子だった。


「儀式はすぐに済みます。痛くもありませんし、体が傷つくこともありません。心配しなくても大丈夫ですよ」


 由紀はホッとしたように息を吐いた。銀霰姫はそんな由紀の様子を、我が子を愛しく思う母親のような目で見ていた。そして背を向けて祭壇の左側にある丸の方に歩いて行った。

 僕は、ついに危険とは無縁の平穏な日々が訪れるのだと思って、感無量だった。


「ん?ちょっと待って。おかしくない?」


 カミヤがこう口にした。

 僕は左隣を見る。カミヤは真っすぐ銀霰姫の方を見やっていた。


「うん、やっぱりおかしい。記憶を辿っても、論理的にも。イッツ、ストレンジ」


「何がおかしいんだよ」


「ねぇ、君がそっち行くの?」


 カミヤは銀霰姫の背中に喋りかける。銀霰姫は背を向けたままピタリと足を止めた。


「違うくない?そこに行くのは君じゃないでしょ?おかしいよね?ほら、こっちこっち」


 こう言ってカミヤは銀霰姫に手招きする。僕と由紀は銀霰姫を凝視していた。

 銀霰姫は動きを止めたまま動かない。後ろを向いているので、顔の表情も伺えない。


 気が緩み切っていた僕の背筋に、ゾワッと気味の悪い寒気が走った。



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