第六十九話 牢獄と四字熟語
四方八方が氷の壁で囲まれただだっ広い部屋の半分に、巨大な祭壇がある。祭壇の周囲の盛り上がったステージには丸や文字などが入り組んだ模様が描かれている。
これを、銀霰姫は「天牢雪獄」と言った。
カミヤが白い息を吐きながら「見るの久しぶりだなぁ」と感慨深そうにしていた。
「天牢雪獄の意味わかる?豪雪のせいで周囲や自分が埋もれてしまって、身動きが取れなくなった状態を天が作った牢獄として見たっていう言葉だね。ちゃんと存在する四字熟語だよ?」
「へぇ……」
僕は適当な相槌を打って辺りを見回していた。
カミヤは呆れたような溜息をついた。
「マカハドマも知らないし、天牢雪獄も知らないし、君は本当に常識ってものを何にもしらないんだね」
「雪女の常識と人間の常識を一緒にするなよ」
氷が現れた時は部屋中に響くような振動があったが、もう止まっている。今の状態が完成形なのだろう。銀霰姫は祭壇の前から僕たちの方を向いた。
「これは、この世に存在する氷具の中で、間違いなく最大で最高峰の物です。我々雪女でさえ、見たことのない者の方が大多数です。人間がまともに見るのはいつぶりでしょうか」
「この貴重さ分かる?」
カミヤが僕に言った。
「この地球を暖かくしている雪女という妖怪が作り上げた、日本、いや世界の中で一番の道具なんだよ?地球の核と言ってもいいかもしれない」
博物館で説教をされてるみたいな気分になった。展示物の前でウンチクを垂れ流されて「知らないの?」と見下されている気分だ。カミヤと銀霰姫とは絶対に一緒には博物館に行きたくない。由紀とは行きたい。
二人は感極まったのかベラベラこの部屋の歴史を語っているが、同時に話すので騒音にしか聞こえない。僕の耳は蓋が閉じてしまって、言葉が脳まで届くことはなくなってしまった。
しかし銀霰姫のある一言が、蓋をぶち破って耳に入ってきた。
「何人もの銀霰姫が死ぬ時に自らの雪の力を注ぎ込んで作り上げた氷具……」
「死ぬ時に作り上げた?」
僕は気になった箇所を復唱した。
「うん」とカミヤが頷いた。
「あなたは、氷具がどうやってできるかを知っていますか?」
知ってるわけないだろ、と思いながら僕は首を横に振った。
「銀霰姫が次の者に受け継がれる時、体内に宿しているマカハドマも移すのですが、その時に元々の銀霰姫の中にあった雪の力が漏れ出す事があるのです。
漏れ出すといっても、マカハドマによって膨れ上がり、銀霰姫になってから気軽に使えずに蓄積された雪の力です。この部屋から漏れ出すと、良くて何か月も大雪が続く、悪くて地球の三分の一土地の気温が25度下がると言った位です。
こう言ってみると、漏れ出すというよりも暴走や暴発に近いかもしれません。それを防ぐために何か物を持ってきて、その対象物に雪の力を注ぎ込むのです」
「質量保存の法則って知ってる?無から有は生まれないし、逆も然り。なくなったと思っても見えないどっかに行ってるか、隠れてるか。それと同じだよ。エネルギーにも同じように保存則があり、勿論、雪の力にもあるのさ。
凄い神経質な行為なんだよ。失敗は超怖い。危険な薬品をビーカーからビーカーに移す時は、静かな場所で、慎重に、器具を使ってじゃないとね。撒けた薬品とビーカーの内側に付いてる薬品はふき取って置かなきゃいけない」
カミヤの補足に銀霰姫は静かに頷いた。
「当初は毎回、この近辺の山々を氷漬けにしてたらしいですが、この天牢雪獄が完成されてからは大きな失敗はありませんけどね。自分の残りの雪の力を全て出し切り、受け皿に氷具にすることで、銀霰姫は静かに死んで行けます。
雪の力が注入されてできた物は全くの別物で、氷魂具、略して氷具と呼ばれます。これは生前の銀霰姫の思い出の品であることが多く、ある物は扇で、ある者は口紅で、ある者は草刈り鎌だったりします。そしてこれらは、元々の物とは全く違った性質を示すのです」
銀霰姫は丁寧に説明してくれた。
最後の方については既に嫌というほど身をもって知っている。六出の杖と言い、カミヤの箱や杯と言い、もうこれ以上は見たくもない。だが、銀霰姫の言葉からすれば氷具は性能の差はあれど、他にもまだまだあるのだろう。
草刈り鎌の氷具なんて、聞いて身震いした。鋭い氷との組み合わせは悪魔的に思えた。鎌の部分が氷を纏って巨大化して死神の鎌みたいになるかもしれないし、草刈り鎌を相手に向かって振ると鎌の形をした三日月形の氷が飛ぶのかもしれない。
「何ビビってんの?」とカミヤはニヤニヤしている。
由紀は物珍しそうに、壁を手で触りながら部屋を何周もしていた。
銀霰姫は僕に説明を続けてくれている。
「つまり、氷具とは銀霰姫の雪の力が宿った物。氷具とは略称で『氷魂具』が本当の名称です。魂という字が真ん中に入っているのは、銀霰姫が自分の力を注入して息絶える様が、まさに魂を吹き込んでいるようだからです。それは全て、雪の力の受け渡しができるこの天牢説獄で行われています。天牢雪獄は代々、銀霰姫の氷具として受け継がれ、銀霰姫はそれを守ってゆく義務があります」
僕はようやく、銀霰姫とカミヤがこの部屋を歴史ある貴重な部屋だと熱弁していた理由が分かってきた気がした。




