第六十話 六段とバイキング
朝食はバイキングスタイルで、様々な料理が並んでいた。僕たちは思い思いに皿を持って、好きな料理を取ってきてテーブルにつく。黒い四人用のテーブルで、僕の隣に由紀、正面にカミヤが座っていた。
一日半ぶりの食事だった。最後に食べたのは夜中の山登りの休憩でおにぎりを齧った時だった。昨日はホテルに入ってからずっと寝ていただけで何も食べていない。食べることを忘れていた。いざ目の前に食事を出されると空腹を思い出した。腹に食べ物が満たされていくと、だんだんと気が緩んできた。
和やかな食事だった。一流ホテルなだけあって、これまで食べたどんな朝食よりもおいしい。空腹感も相まっている。一つ隣のテーブルでは上品の老夫婦がクロワッサンを食べていた。平和そのものだった。
右側のガラスからは陽光が差していて、大きなシャンデリアが吊り下がっている。この空間と、脳裏に焼き付いている昨日の情景とが対比させられる。今、こうして呑気に朝食を取れているのが現実でないみたいだ。
「昨日はうまくいったね。あの強い雪女が出てきた時はどうなることかと思ったけど。あの時はちょっとヒヤッとした。強かったよね、アイツ」
カミヤはデザートの区画から取ってきたチョコケーキを食べながら言った。皿には他にもティラミスやプリンなどのスイーツが所狭しと並べられている。僕はフォークを回転させてパスタを巻いていた。
カミヤはケーキを頬張りながら、由紀にフォークの先端を向けた。
「ともあれ、六出の杖が手に入って良かったよ。ちゃんと持ってるよね?」
由紀はコクリと頷いた。
「今も?」とカミヤは尋ねる。
由紀は椅子に立てかけていたアルミケースを取り出して中を開く。内部のクッションに古臭い杖が埋まっている。物騒なものを今見たくはなかった。
一昨日の夜から、由紀はアルミケースに入れて常に持ち歩いている。ハイゼットの後部座席に無造作に置かれていたケースだった。少々運ぶのに不便で大きすぎるから、もっと適切なサイズの入れ物を買っても良いのではないかと思う。
カミヤは向かいの席から上体を乗り上げてきて、ケースを確認して「よし、いつも持っててね」と頷いた。
「今は使いこなせてないから、ちゃんと練習しなきゃね。でも六出の杖、強いよね。マジで。うまく使えるようになれば、俺に匹敵するかもしれない。序盤中盤終盤、隙がなくなると思うよ。でも、俺は負けないよ」
佐藤紳哉六段みたいな事を言って、カミヤは自分の椅子に引っ込んでいった。
もしカミヤが杖を含めて三つの氷具を使ったら手が付けられなくなるんじゃないかと思った。それを口にすると、氷具は相当力を消耗するので、普通の雪女では一つを使うことすら難しいのだと説明された。カミヤですらギリギリ二個で限界なのだと語った。
「なるほど」と僕は納得した。
ともあれ、ようやく帰れる。なんとか終わった。一旦、肩の荷が少し降りたような気がする。口をくくってない風船のように、シュルシュルと気が抜けて萎んでいく。
もう少しするとクリスマスだ。彼女ができて初めてのクリスマスなんて、期待するなという方が無理な話だ。イルミネーションを見に行きたい。せめて正月くらいまではゆっくり過ごしたい。
大学も何日か休んじゃったから、そろそろ復帰せねばならない。授業に連続で休み過ぎて不安になっている。
「はやく冬休みになんないかな」と僕は無意識に呟いていた。
それをカミヤは聞き逃してなかった。
「何言ってんの?まだ半分しか終わってないよ」
「……は?」
「もう一つあるよ」
「何が?」
「氷魂具」
「さっき取って来たじゃん」
「だから、もう一つあるんだよ。まだ半分」
「だから、さっき取って来て、また今度取りに行くんだろ?」
「だから、この旅路ではもう一つ取りに行く予定なの。この杖と、もう一個。このまま戻らずに、もう一個回収しに行くんだよ。まだ終わってないよ。キャンユーアンダスタン?」
僕はやっと理解が追いつく。打ちのめされる気持ちになった。持っていたフォークが指から零れ落ちて皿の上でカチャンと鳴った。
「まぁ、そう凹まないでよ。それに次の行き先はワクワクだよ?東北の岩手県、雪女の総本山だ」
雪女の総本山……岩手県……聞き覚えのある組み合わせだった。由紀の口から聞いたことがある気がする。必死に頭の奥から引っ張り出して関連性を思い出そうとする。しかしかなり昔の聞いた事で記憶がぼやけている。
由紀が息を飲む音が聞こえた。僕は隣の由紀の顔を見る。由紀はカミヤの方に黒目を固定していた。
「それって……」
「そう、由紀ちゃんの故郷。雪女の村に行くよ」
カミヤは弾んだような声を出す。
「銀霰姫に会いに行くよ」




