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第五十九話 太陽と嫌がらせ


「ちょっと見せて。これ」


 目の前で起こった雪崩に唖然としている僕たちをよそに、カミヤは言った。由紀の持っている六出の杖をヒョイと手に取って角度を変えながら眺めている。


「へぇ、初めて見たよ。ボロいとは言われてたけど、思ってたよりも三倍くらいボロッちいね。ゴミにしか見えないよ」


 こう言いながらカミヤは笑った。僕たちは全く笑わなかった。

 カミヤは由紀に杖を返してから、来るときに背負ってきたリュックを拾ってきた。雪崩に流されてなくてよかった。そのリュックの中を漁り、二つ目のランタンを取り出して明かりを点けた。


「なんとか杖はゲットはできた。できなかったら困るんだけど。さぁ、早いとこずらかろう」


 僕と由紀は頷いた。この場から一秒も早く離れて安心したかった。

 来る時に通った道は途中まで雪崩で埋まってしまっていて、大きく回り込まなければならなくなった。雪崩に埋もれた雪女がいつ出てくるかと警戒しながら歩いた。


 完全に体力は限界で、意識は朦朧としていた。後になって思い返すと、何も考えずにただ無理矢理に足を動かしていたことしか記憶になかった。ひたすら早く山を降りたいと願っていた。由紀も似たような感じだった。


 森の中で夜が明けて、木々の隙間から太陽の光を見た。鳥が囀り、草木が光の中で明るい緑色を取り戻す。


 ようやく車に戻れたのは完全に日が昇っている、もうすぐ昼になるという時間だった。空は僅かな薄い雲が伸びているだけで、快晴の青空が広がっていた。寝不足で目がショボショボしているのに光が眩しいのは太陽の嫌がらせかと思った。


 運転席に乗り込んで座席に座った時は、疲れが吹き出てそのまま寝てしまいそうになった。無事に戻って来れてホッとしたのもあった。一刻も早く寝たい。由紀も同じ顔をしていた。カミヤはあれこれ喋っていたが、疲れてはいるみたいだった。少しテンションが低かった。


「帰る時に事故起こさないでよ」

 カミヤは助手席のシートベルトを絞めながら言った。


「ちょっと、休んでからでもいい?」

 僕は暖房の前に冷えきった手をかざしながら答える。由紀は破れた服を隠すようにコートを羽織ってから、魂が抜けたような顔をしてペットボトルの水を飲んでいた。

 カミヤは無情に答える。


「駄目。絶対ここで夜か夜中まで寝ちゃうでしょ。体バキバキになるし。俺はいくら疲れていても、風呂に入ってからフカフカのベッドの上じゃなきゃ眠れないんだ。ほら、ギアをドライブにして」


「マジで言ってる?」


 心の底からしんどい。確実に人生でベストスリーには入るくらいにしんどい。無駄だと思いながらも懇願してみるが、受け入れられなかった。僕はほとんど焦点の合ってない目を前に向けて車を走らせた。





 疲労困憊の僕と由紀とカミヤを乗せた車は、すぐ隣が崖だったりする山道をたっぷり時間をかけて降りて市街地へと向かった。

 カミヤからホテルに行けと指示された。一流の高級ホテルを予約していると聞いていた。普段の僕なら興奮していただろうが、音が左耳から入ってきて右耳から抜けるだけで何の感情も湧き上がらなかった。蚊の鳴くような声で「へぇ」と返事をした。


 ナビの声に従って車を進める途中で、三回ほど事故するかと思う場面に遭遇した。いずれも急ブレーキを踏むことで万一を逃れた。速度を落として運転しようとすると後ろの車からクラクションを鳴らされた。


 夕方になるかならないかくらいの時間にホテルについた。カミヤがチェックインをしている間、周りを見ようとした。内装は素晴らしく豪華だったと思うが、目を開けるのに必死で覚えてない。部屋は十七階で、エレベーターの中で立っている時間さえ辛かった。


 広くて豪華な部屋だったが、部屋に入った瞬間にベッドを探した。カミヤは風呂場に行き、僕はベッドに寝転んで布団を首元に引き寄せて目を閉じた。由紀も僕の隣のベッドにモゾモゾと潜り込んだ。


「汚いよ」とカミヤが言ってきたが無視した。遠くからシャワーの音が聞こえ始めて、それがどんどん遠くなっていった。そこからは何の夢も見ず、意識は完全な暗闇の中だった。


 次に目を覚ました時は次の日の八時前だった。カーテンの隙間から日が出ているのが分かる。何時間寝たのか計算しようとしたがやめた。

 部屋の中は暗くて、由紀もカミヤも寝ているみたいだった。まだ頭がボーっとするし、歩きすぎて足が痛い。


 僕は今更、二日連続で同じ服を着ているのが嫌になって風呂場に行く。バスタオルが二枚使用されていた。部屋の机を見ると由紀の汚れた服が置かれている。途中で由紀は起きて風呂に入ったのだと知った。臭いのは僕だけだ。今更、少し申し訳なくなる。


 シャワーを浴びながら昨日、いや一昨日の出来事を反芻する。まだ鮮明に残像が頭に残っている。まだ少し神経が張っている。

 風呂場から出ると、カミヤと由紀は起きていた。テレビが点いていてニュースキャスターの声がする。カミヤはニュースを眺めながら「おはよう」と言った。由紀は眠そうな目をしたままベッドの上に座っていた。


「朝食の時間があるんだ。早く行こう」とカミヤが言った。



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