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第五十七話 メギドと早朝



「この矢、ちょっと重くないか?」


 僕は隣に立っているカミヤに聞いた。地面は芝生で、少し離れた場所にカラフルな的が立って並んでいる。アーチェリーの射場だった。僕達以外には誰もいなかった。


 二か月前の事だ。その日は、朝の四時半にカミヤが僕のアパートのインターフォンを連打して起こしに来た。無論、約束は何もしていない。いつもコイツは突然だ。

 寝ぼけ眼でドアを開けた僕にカミヤは「おはよう、気持ちのいい朝だね」と言った。キレそうだった。


 外はまだ真っ暗だった。太陽が昇る直前は水平線が白く滲むものだが、それすらない。そんな時間から僕はカミヤに連れられて、アーチェリーの練習をしていた。

 休憩がてらに「ついにできたんだよ、完成品が」と言って、妙な矢を渡されたのは昼過ぎだった。


「これでも大分抑えたんだよ?大丈夫、ちゃんと飛ぶから。試したし」


 僕は手に取った矢を眺め回す。少し重いが気になる程でもない。重いだけではなく、普通の矢より少し太さもある。

 明らかに見慣れた矢とは違っていた。僕が最も気になったのは、矢の外側に小さな穴が開いて並んでいることだ。この穴は矢の側面にビッシリ付いている。穴がないのは矢の先端と尻付近のみだ。僕は若干、集合体恐怖症気味だから少しだけ気持ち悪く感じる。矢の尻にはスイッチみたいなのも付いている。


「何なんだ、これは」と僕は思ったままを口にした。


「対雪女用の武器だよ。ついに完成したんだ」


 カミヤは僕の手から矢を取りあげた。


「じゃあ、使い方を説明するよ。まずこれは矢単体では使えない。矢筒とセットで使う。俺が今、腰から提げてる矢筒、君のヤツとは違うんだよね。ちょっと重くてデカい。それでさ、ここからコード伸びてるじゃん?太いの。これを矢の尻に接続する。ちゃんと右回りにカチッと鳴るまで回してね?すると、ほら、矢の尻のちっこいライトが赤く点滅する。見える?」


 僕はカミヤの腰の矢筒を覗き込む。確かに赤く点滅している。普通のLEDよりも大分小さいから、指で差されないと分からないだろう。しかも少し羽に隠れている。矢筒からは他にも未接続のコードが三本残っていた。コードの先端は細い金属が伸びて矢の中に入り込むようになっていた。


「これで七分くらい待つ。矢筒にはバッテリーが入ってる。これで中の温度を上げてる。この矢は俺が金に物を言わせて作らせた特注で、アルミニウム合金でできてる。ちなみに一応触れる所には断熱材や、弓とかにもガード付けてる。アーユーオケ?」


「おけおけ。雪女は熱いのに強くないって由紀から聞いたことあるけどさ、矢の中だけ?」


 僕は疑問を口にする。


「ノンノン。四十度とか五十度とかの次元じゃないんだよ。君、化学は得意?飽和水蒸気圧って分かる?空間に存在できる水蒸気の量の事なんだけど、温度が高くなるほど、飽和水蒸気圧も高くなる。つまり、温度が高くなるほど空間に水蒸気を詰め込むことができるんだ。中には水が入ってる。俺は可能な限り、水蒸気を詰め込んで一杯にしたいんだよ。まぁ、アルミの融点の六百六十度とかまでは流石に行かないけどさ」


 カミヤはテーテンスの式やら、指数関数的増加やら、難しい言葉を使い始めた。僕は文系だから、そういう理系チックな言葉を並べられてもチンプンカンプンだ。何を話しているのか全く分からない。日本語で喋って欲しい。


 こうしているうちに、矢の尻のランプは赤から緑に変わっていた。僕が「カミヤ、緑」と指差すと、カミヤは説明を止めて「おお、きたきた」と矢筒から矢を抜いた。いつの間にか右手にレザーグローブを付けている。


「このグローブを付けて、矢の尻を持つようにね。下手に側面持つと熱いから」


 グローブで矢の尻を挟んで、カミヤは矢を宙ぶらりんにして説明を再開する。ケーブルは矢の尻から自然に取れていた。細い金属は矢の中に入ったままな気がする。


「今はこれ、中は高温で蒸気が密閉されてる状態ね。その時にランプが緑色になる。それでさ、矢の周りにいっぱい穴開いてるじゃん。それで、これ見える?矢の先端近くに引っ掛かりがあるのよね。もし刺さったら、その引っ掛かりが刺さった奴の体でズレる。すると内側の金属も一緒にズレる。スライドして閉じてた穴が開くんだ。雪女の体の内側から蒸気と熱風が溢れ出る」


 矢の側面を指差して、つーっと這わせるように下へ動かした。 


「まぁ、大雑把に説明するとそんな感じだね。超簡単に言うと、ガスボンベを高温にしてガスの代わりに水蒸気を詰め込んでると思って貰えればいい。それで刺さったらこの辺の穴が一斉に開く。時間はそんなに長くない。それがネック。多分、二十秒くらいかな。分かった?」


「あぁ、分かったけど」


 なんとなくは分かったけど、これが自分に使えるのかと心配になる。


「練習あるのみだよ。ちゃんと慣れてね。あと、これもあげる。ついでに作った」


 カミヤは白いボールを手渡してきた。真っ白で雪玉のように見える。ちょうど手の平にピッタリ収まるサイズだ。


「北海道とか東北の雪の多い地域ではさ、積もってる雪に生石灰をかけて溶かすの。石灰は水と合わさると発熱するからさ。この中には水とカリウムが分離して入ってる。生石灰と比べ物にならないくらいカリウムの反応は強いんだよ。アルカリ金属の第三類の危険物で、それを粉々に砕いて石油の中に入れてる。勢いよく投げてぶつけるとボールが破裂して、中のカリウムと水が混ざりあって相手にかかる。そして激しく反応。火と蒸気を撒き散らす。石油も燃える。普段は衝撃厳禁ね」


「怖いな」


 ビビって今すぐ手から離して地面に落としそうになる。ギリギリセーフだった。危なかった。心臓に悪い。

カミヤは僕のビビった顔を見て「そこは落とせよ~、つまんないな~」と言いながら愉快そうに手を叩いて爆笑していた。目の前で笑っているコイツにぶつけてやろうかと思った。

 カミヤは引き笑いを続けながら、雪玉を指差す。


「まぁだから、近づかれたらこれ使うといいよ。でも、これはあんまり頼りにならない気がするな。せっかく作っといてなんだけど」


 カミヤはつまらなさそうに説明を続ける。


「投げても多分、動ける奴には簡単に防がれるか避けられるだろうし。それに試してみたけど、矢の方が効く。シンプルな水蒸気が良かったのかな?なんでだろ?あいつらの体は正直、俺もよくわかんない。妖怪だし。このボールもいい加減に作ったから改良の余地ありだね。これはサンプルで、また今度あげるよ」


「それまで、これをどうしろと?」


 絶対に家に持って帰りたくはない。


「近距離系の武器だと絶対負けるしね。あんまり重かったら動く時しんどいし、音とかの問題もあるし、誰でも使えたほうがいいし。悩みは色々あるんだよ、人生」


 僕は両手にボールを乗せたまま固まっていた。あとで、人気のない安全な場所でお試しがてらに消費するしかない。それかこっそりカミヤの鞄に入れておくか。

 とりあえず、ボールを弓のケースに入れて、少し離した場所に置いた。幸い、今日は誰もいないし、今いるのは一番左の的だ。ここを超えてさらに左に行く人はそういない。目も常に届く。


 戻ってくると、カミヤは地面にしゃがみ込んで煙草を吸っていた。箱には「LUCKY STRIKE」と書かれていた。


「ダメージが大きくなる方法を探して、今の一番と二番がこれだった。他にも作ってるけど。効果は抜群だよ。何にでも得手不得手というのはあるもんだ。狼男は月が出ているときは得意で、日光が苦手なみたいにさ。雪女は冬が得意で熱に弱い。雪が熱に弱いのは当たり前なんだけど」


「熱とか蒸気は苦手って言っといて、煙草は吸うのかよ」


 カミヤはフーッと煙突みたいに口から煙を吐く。僕は煙が自分の方に寄ってこないように手で仰ぐ。


「それにしてもラッキーだよ。君が弓道やってて。高校の部活だよね?」


「うん、三年間。県大会で入賞して全国大会にも行った。懐かしいな。大学ではやってないけど」


「何でやんないんだよ。もし弓がなかったら、あの自己防衛策があの燃える雪玉だけになってる所だったよ」


「確かに、それは心もとない」


 十月の始めから、僕はカミヤからアーチェリーを教わっていた。毎日最低五時間は強制的に練習させられた。今日みたいに早朝に突然来るときもあるし、夜の一時に来る時もあった。休みの日に一日中こればかりやっていた日もあった。あと、カミヤは教えるのが革命的に上手かった。


「弓道もアーチェリーも基本は似てるよ。共通項は多い。どっちかをかじってたらすぐに上手くなるよ」


「確かに弓道やってたから結構勘は掴めるけどさ、冬までだとあまり時間ないじゃん」


「三か月もあるじゃん」


「それまでに上手くなれるかな?弓道は最初の五か月くらい素引きだったんだけど。矢もちょっと違うしさ」


「矢がちょっと重い分、強い弓を引いて貰うけど。というか正直、弓道の方がアーチェリーよりもムズイよ。アーチェリーは初心者でも結構すぐ当たる。弓道は当たるか当たらないかで、アーチェリーはどれだけ真ん中に当てられるか競うんだし」


 それからカミヤは弓道とアーチェリーについて煙草二本分の話をした。

 弓道とアーチェリーはそもそもの目標が違うらしい。弓道は道具が簡素で、人の技術で的に当てようとする。武芸の要素が強い。アーチェリーは命中精度を上げるために道具が進化している。照準器が良い例だ。弓道はアーチェリーよりも人の技というイメージらしい。弓道は泥臭いしデカい。だが、僕は弓道の方が好きだ。

 その上、このアーチェリーには見たことない、カミヤのお手製の金属製の道具がくっついていたりする。それを眺めているとカミヤが言った。


「ていうか君、弓道やってたんだよね?知らなかったの?」


「弓道しか触れたことないんだよ」


 カミヤは吸い終わった煙草を地面に捨てて踏みつぶした。


「まぁ、教えるのは俺だから心配しなくてもいいよ。筋も悪くない」


 腹の鳴る音が聞こえた。僕ではないとすると、カミヤしかいない。そろそろ昼が過ぎてくる。早朝から何も食べてないから、僕も腹が空いている。

 カミヤは立って背伸びをした。


「ちゃんと練習するんだよ?それがあの子を助ける時が来るんだから。しくって後悔したくないでしょ?後で後悔するんなら、その気持ちを今頑張る原動力にするんだよ」


「言われなくても、そのつもりだよ」


「弓は人類が二万年前から使っていた、相棒のような道具だよ?これを使えないなんて人間じゃないよ?」


「分かってるって」


「じゃあ、昼飯を食ったら練習再開ね。ちなみにこの矢の名前を付けたんだ。何て言うと思う?」


「知るわけないだろ」


 カミヤは僕の方へ一歩近づいて、耳元で囁いた。


「『メギドの矢』だ」



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