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第五十五話 六と翼


 僕はその杖について、カミヤから何も聞かされていなかった。カミヤは「六出の杖」と名前を言ったから知っていたのだろう。しかし言い方や反応からして、ここにあるのが六出の杖であると知っていたわけではなく、何かあると知っていて、それを出して見ると六出の杖だった、という方が正しい気がする。


 氷魂具がいくつか存在するとしても、それを一つずつ説明するなんて面倒臭くて退屈そうなことは、カミヤの性格からしてするわけないだろうことは容易に想像していた。実際にしなかった。


 だが、由紀は杖のことを知っていたのだろうか?由紀は何も言ってなかったから知らない気がする。由紀は氷魂具の話になると、いつも黙ってしまうのだ。


 そもそも、氷魂具という存在自体、カミヤから教えられるまで知らなかったのかもしれない。だったら、今持っている氷魂具は由紀にとって初めての物だ。何がどうなるか分からないが、ぶっつけで使うことになってしまう。


 崩壊した倉の上の炎は徐々に燃え広がり、一部では火が高くなっている。ここは既に隠しきれない程明るい。全焼は免れないだろうと思った。


 僕は火の海に取り残されないように、裏の林の方に走って逃げた。さっき由紀と雪女が戦っていた場所だ。反対に今は、燃え盛る瓦礫に立っているのは由紀と雪女の二人だ。彼女たちは間合いを空けて睨みあっている。


 由紀は杖の真ん中より少し上を持ち、六つに分かれている持ち手を雪女の方へ向けた。


「キィィィィン」という金属音が響いてきた。トライアングルか鉄筋の音に似ている。その音は止まることも小さくなることもなく続き、むしろ大きくなっていく。


 音に呼応するように、持ち手も白く輝き始めた。光は一点に集まって膨らみ、明るさを増していく。澄んだように輝く白い光は綺麗だった。

 金属音が途切れたと思った次の瞬間、轟音が響いた。同時に、杖の持ち手に集まっていた白い光が一瞬激しく光った。轟音と共に風が吹き、僕の所まで届いて髪がなびいた。


 一筋の白い光が、空気中に現れていた。杖の先から太い直線が空間を渡っている。辺りが暗闇に囲まれている分、白い光が際立って見える。パッと閃光のように光り、その光の強さに思わず目を瞑った。昔にテレビで見た、隕石が大気圏で燃え尽きる瞬間に光を発して地上を照らす映像を思い出した。


 やがて光線は薄く細くなり、プツリとキレる。辺りは再び暗くなる。静寂が訪れる。


 光線は雪女に命中には当たらず、すぐ隣を逸れていた。雪女がとっさに避けたようにも見えた。しかし、その雪女の先に別の、カミヤが相手をしていた雪女が二人いた。一人は胸に、もう一人は脇腹に穴が開いていた。完全に貫通しており、体を通して向こう側の景色まで見える。二人は地面に倒れた。


 僕も由紀も、雪女たちも、全てが動きを止める。時が止まったみたいだ。


「話には聞いていたけど初めて見た。すごい威力だね」


 他の人が全員呆然としている中、けらけらと笑いながらカミヤが言った。


「六出の杖の能力は、自分の氷を杖先の一筋に集中させ、光線の形にして一気に射出するというもんだよ。その白い光は一瞬で前方に存在している全てを消し飛ばす。触れた物は跡形もなくなる。おっかないね。メンヘラに持たせてはいけない凶器ランキングで、ぶっちぎりの第一位だ。殿堂入りだよ」


 白い光線は二人の雪女の胴体を貫いてから、奥の林にまで穴を開けていた。どこまで深く空洞が続いているかは暗くて見えない。少なくとも、そこまで百メートルはあるだろうし、その上、奥の林から木々の倒れる音が聞こえる。


「凝縮させる分、密度も高いからね、杖を向けた前方、半径約二十センチを円状に全てを消しつくすし、速度も瞬間的だ。攻撃力だけで言えば、最強かもしれないね。さながら氷の大砲だ。使いこなせばマジでヤバい奴になれるよ。あぁ、もう既にヤバい奴だったね。あっははは」


 この場にいるカミヤ以外の全員が、呆然として杖を見つめていた。空気が固まっている。杖はただのボロ木のような外見のまま、何の音も光も出さずに由紀の手元に収まっている。





 最初に動き出したのは、由紀と対峙している雪女だった。由紀の方へ一歩踏み出した。


 これまでは無表情に目が見開いているだけだったのに、顔に憤りが混じって阿形像のように異様に崩れた形相になっている。眉が吊り上がっているだけでなく上唇まで引きあがって、ボロボロの歯が露わになっている。

 雪女はフラフラと一歩二歩と歩いたかと思うと地面を蹴り、急激に速度を上げて由紀に接近する。


 由紀は杖を前に向ける。杖が一瞬点滅したかと思うと、空気中に白い光が渡っている。

 二発目の杖は最初の一発目よりも溜めの時間が短くなっていた。一回使って慣れてきたのかもしれないが、一発目よりも光線が若干細い。


 雪女は杖が少し光った瞬間に、横に体を逸らしていた。真っすぐ由紀の方に突進していたのに、急に右に動く。光線は雪女の左を通って行った。雪女は唇の端を僅かに上げて笑った。


 そもそも雪女が体を逸らして避けようとしなくても当たっていなかったように思う。由紀と雪女とはまだ距離がある。杖の前方百メートルを全て消し飛ばすとしても、その消し飛ばす範囲は狭い。前方には長いが、縦横の面積は狭い。だから、遠くで素早く動く相手に当てることができない。


 再び、杖の先端が白く球状に光る。由紀は駆けてくる雪女に杖を向ける。今度は溜めの時間が長い。鉄筋のような金属音が鳴り響き、光もバスケットボールくらいに大きくなる。さっきは野球ボールくらいだった。


 白く太い光線が空間に現れる。本当は杖から林の奥へ伸びているのだろうが、早すぎて瞬間的に現れているように見える。瞬きして気が付いたら、倒れた柱のような形状の白い光が空気中に既にあるのだ。


 光線が空気に溶け込むようにゆっくり薄れて消えると、その光に重なっていた物が全て抉り取られている。奥の林の木には洞窟のような穴が三つ開いている。三発目はカミヤと戦っていた雪女の一人に重なり、右半身が空気になっていた。


 三発目も雪女はかわした。手の平から氷の波を地面に向けて出した。氷の波が地面に衝突して雪女の体を持ち上げ、その推進力で高く上がる。氷を出し続けて相当高く昇り、影しか見えなくなる。


 雪女は杖が向いた時に警戒しているのだった。光線が出るまでに一秒か二秒ある。その間に今いる場所からできるだけ横か縦に逸れようとしているように思う。由紀は発射する時に負荷がかかるのか、動かない。


 由紀は杖を上に向け、四発目を溜めの時間なしで撃つ。が、光は夜空の虚空を渡って数秒後に消えるだけだった。


「当たらない」


 悔しさと絶望の混じった声音で由紀は言った。


「まぁ、練習しないと難しいだろうね。素人が銃を使っても、十メートル先は絶対当てられないみたいなもんだね」


 他人事のように呑気な声が聞こえる。カミヤが由紀を真っすぐ見て言った。雪女の群れから完全に背を向けている。


「はい、ここにアメリカ警察の拳銃射撃命中率のデータがあります。これによると、二メートル以内でも動かない的に当てられるのは三十八パーセントです。二メートルから七メートルで十七パーセント、七メートルから十五メートルで九パーセントです。まぁ、拳銃は反動がでかくてコントロールしづらいですからね」


 カミヤは右手をピストルの形にして、パンと撃つ仕草をする。一人だけ遊んでいるようでイラつく。


 でも確かに、由紀が杖から白い光を発する時には爆音が響いている。銃か大砲に近くて、反動でぶれるということは関係しているだろう。しかも使い始めたのはさっきからだ。狙いをどうつければいいかも捉えられてないだろう。


 僕は高校の時、弓道部だった。的と射手の間は二十八メートルの距離があって、本当に上手い高校生だと八割九割当てる。当てる数で競うのではなく、ミスする少なさで競う。それと比較すると、当たる方が少ない銃の難しさは桁違いだろう。おまけに的も横に動くし、距離も変わるし、反動も大きい。


「当たれば即死で勝ちなんだけど、それが当てられない」


 楽しそうに言うカミヤの背後から、雪女が足音を殺してヒタヒタ歩いて近づいてきた。氷でできたナイフを手に持っている。


「キェェェェェ」

 叫びながら突然走り出し、ナイフを振り上げながらカミヤの背後から飛びかかった。


 僕はカミヤの名前を呼ぼうとした。カミヤは全く気付いてないように見えた。しかし「カミヤ、後ろ」と口を開きかけた時には既に決着はついていた。

 カミヤの背後の地面から、吹雪が垂直に噴き上がった。温泉か石油が発掘されて噴水を作るように何メートルも噴き出して、雪女を巻き込んだ。雪女は空中に投げ出され、あっという間に暗い夜闇の彼方へ消えていった。


「足元注意だよ」


 地面からの突然の吹雪はすぐに止んだ。吹雪の発生源、カミヤのすぐ後ろの地面には白く丸いものが落ちていた。杯だった。


 雪暮れの杯。遊園地での出来事が記憶から蘇る。雪の力を転送する能力を持つ氷魂具。遠隔から氷を出すことができる。カミヤは雪崩の箱も持っている。箱と併用して、吹雪を垂直に出したのか。

 吹っ飛ばされた雪女が空から落ちてくることはなかった。夜空に消えたまま見失った。隣の山に墜落しているかもしれない。もしそうなら数日は遭難することになるだろう。


「邪魔しないで欲しかったな。いいとこだったんだからさ」


 カミヤはイラついてように雪女の群れの方を向いて、右腕を胸の方へ引っ張った。地面に落ちていた杯が浮いてカミヤの手元に収まる。

エスパーが遠くの物を引き寄せたように見えた。僕は驚く。何をやったんだ?いくらカミヤでも念力は使えない。


 雪暮れの杯はカミヤの手の周囲を、地球の周囲を回る月のようにクルクルと旋回する。手首の動きを見て、ようやく合点がいった。糸を付けている。


 カミヤは杯をキャッチする。カミヤは杯を持ってない方の手の平を前方に向けて指をパチンと鳴らす。手の周りに円錐の形をしたつららが、八本形成されていく。氷でできたパーティー用のクラッカーのように見えた。一瞬だけ想像した楽しい雰囲気とカミヤの醸し出す物騒さがアンマッチだった。

 つららの鋭い先端は雪女たちの方を向けられており、一番手前にあるつららの円錐の底をカミヤは指で愛でるように撫でていた。


「行け」


 カミヤの命令で、つららが雪女の群れに発射される。

 雪女たちは素早く身を逸らして飛んでくるつららを避けた。生き残っている雪女たちは身体能力まで高いようだった。普通の人間だと間違いなく串刺しになっているだろうに、凄い反射神経だと思った。全て避けられる。


 つららが全て雪女たちの後方を空しく過ぎ去って行く。僕は失望する。

 しかし、雪女たちが立っているちょうど真ん中に、白くて丸い物が漂っていた。僕は何かのゴミか冷気か、つららの破片が飛んでいるのかと思った。


 それは何秒も空気中を漂っている。確かに何か飛んでいる。目を凝らすと、杯だった。

 つららに杯が紛れ込んでいたのだ。杯はゆっくりと、雪女の間を漂っている。ピキピキと小さく音を立てて、杯の表面が凍っていく。

 瞬間、杯から鋭く長い氷が五本、突き出た。それぞれの先端が雪女の胸や頭を貫く。腕を切り飛ばされた者もいた。


 中央の円から四方八方に先細った剣状の氷が伸びているのは、花に似ていた。花びらの先端に雪女が突き刺さっている。


「一見弱そうな氷具も使いようさ。力でゴリ押すんじゃなく、知恵を付けて工夫する能力は人間に見習わなきゃね。力でのゴリ押しはいつか負ける。恐竜やネアンデルタール人みたいにね」


 カミヤは口癖のネアンデルタール人を使う。大好きだな。

 雪女の数は最初と比べて、いつの間にか三分の一以下になっている。雪女たちは目を見開いてカミヤを凝視している。明らかにキレていた。


「おぉ、こわ」

 カミヤは笑って言った。

「まぁでも、顔は怖くても身の危険は感じないな。君たちは弱いからね。ネズミがいくら集まった所でゾウには勝てんよ。由紀ちゃんが相手にしてる奴がセットだったらキツかったかもだけど、それはあの子に任せるとして。それにしてもネズミってのは、君たちにピッタリの動物だ。薄汚いドブネズミはね」


 カミヤはクスクス笑いながら右手を胸へ引っ張る。杯がカミヤの元に帰ってきて、再び右手の周りを衛星のようにクルクル回る。左手では人差し指と中指で雪崩の箱を挟んでいる。


 旗がはためくような音がした。カミヤの背中から氷の塊が現れた。パキパキと音を立てながら形が形成されていく。由紀から現れる氷のクラーゲンは何度か見たことがあるし、最澄の氷の波も見たことがあるが、カミヤの物を見るのは初めてだった。


 それはまさに、天使の翼だった。ちょうど肩甲骨の辺りから、左右に二つの分厚く広い氷を、背中から包み込むように纏わせている。


「カカバ」


 カミヤは意味不明な呪文を唱えた後、氷の翼を広げて一度羽ばたかせた。再び旗のはためく音が聞こえる。背中から生えている大きな翼が露わになる。


「せっかく面白くなってきてるんだ」


 カミヤは雪女の群れの方へ歩きながら言った。


「そこの劇を邪魔しちゃいけないよ。君らは俺が制圧する」





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