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第五十三話 空き巣とレーザー


 僕と由紀は立って、茂みの中を走って奥の倉の方へ回り込んでいく。カミヤが暴れているおかげで注意はこちらに向いてないし、音も気にしなくていい。茂みの中を走っていった。


「大丈夫そう?」


「気付かれてはないと思う」


 倉の後ろにたどり着いた。ここからでも、カミヤの銃声は氷が衝突しあう音は聞こえてくる。倉は近くで見ると意外に大きかった。小さめの平屋くらいはあるかもしれない。


「かなり古びてるな。いつ建てられたんだよ、これ」


 建物自体は少々立派だが、それを構成する木材は完全に腐っているように思う。

 僕たちが今いるのは倉の裏側だが、扉は見当たらなかった。表に扉はあるだろうが、雪女とカミヤがすぐ向こうで戦っている。


「入るんなら前から入らなきゃいけないな。でも前に回るとバレるような」


「気付かれないかもしれないけど、微妙なところだね」


 僕はリュックの中に糸鋸が入っていたことを思い出す。しかし時間がかかりすぎるかもしれない。迷いながらもリュックを置いて取り出そうとしていると、由紀は壁にそっと人差し指を向けていた。


「何してるの?」と聞いても返事はない。


 指を押し付けているのではなくて、五センチくらい間隔が空いている。よく見ると、ピッキングのように鋭く細い線が指の先から伸びて、壁と垂直に交わっている。透明掛かっている水色だから、目を凝らさないと分からなかった。どうやら、そこからガラスを引っ掻くような甲高い音が出ている。


 由紀は指を少しずつ下げていく。指から出ている線も下に平行移動する。線が通った跡を残すように、壁の木が切れていた。壁の上を線が動くと僅かに木の屑と氷の破片が飛び散っている。

 高圧水流を使ったメスがあると聞いたことがある。極小の穴から圧力をかけて水を噴射し、その水圧で物を吹き飛ばしたり切断したりするのだ。ガラスや分厚い鉄も切れるらしい。これはレーザーのような氷のカッターだ。


 由紀は縦の一辺が終わると、次に横、もう一つ縦と、長方形の形に壁に切れ目を入れていく。切り終わると、切った部分の木が前に倒れて、人が一人入れるくらいの穴ができた。三十秒もかからなかった。


「便利だな。空き巣し放題じゃないか」


 僕はこう言い、由紀は小さくドヤ顔をして、穴を潜って中に入った。

 倉の中は月の光も蝋燭の明かりもなく真っ暗だったので、僕はリュックから手持ちのランタンを取り出した。来る途中でカミヤが使っていたのを預かっていた。倉の中がオレンジ色に薄暗く照らされる。


 僕と由紀は並んで部屋の中を見回した。中は広く、十畳はあるように思った。棚や座卓が置いてあるが、何も置かれてはない。ほこりが積もっていた。息を吸うと黴臭い匂いが鼻を突いた。


 壁の木も腐っているが、床の木も腐っている。所々、大きな割れ目がある。今にも抜けそうだ。足音を殺して慎重にひらひら歩いても、地面がギシギシと鳴って床が歪むのが伝わる。もう少し歪むと木が真っ二つに折れてしまう気がする。何十年放置すれば、ここまで劣化するのだろうか。


 ランタンを部屋の真ん中に置いて、僕と由紀は部屋を漁った。部屋の隅までは光が届かないので、スマホのバックライトを点けて、光で部屋を撫でるように向けていた。分厚い本や刀、蝋燭は置いてあるが、目を惹かれる物は見当たらない。


「それっぽいの、見つかった?」

 部屋の隅の漁っていた由紀が聞いてきた。


「今の所、何もない。そっちは?」


「こっちも同じ。こんな所に、探してる物があるのかな?本当に」


「貴重な物を置くような場所ではないね」


 別の区画を探そうと思って棚の方へ向かうと、棚の横にちょっとした凹みがあることに気が付いた。手をかけて横に力をかけると壁が横にずれた。ここが引き戸になっていたことに気が付いた。棚に半分隠れていて、分からなかった。


 由紀にも戸を開ける音は聞こえていたようで、驚いた様子でランタンを片手に走ってきた。そして二人で引き戸の向こうの部屋に入った。

 その部屋は寒かった。入った瞬間に地面から冷気が漂ってきて足に纏わりついた。

 六畳ほどの部屋の中央に、透明の容器が置かれてあった。そこそこ大きい。僕のアパートに置いている箱形のヒーターくらいの大きさはある。


「これだ」と僕は呟いた。


「うん。多分、というか絶対そう」


 ケースの中には何か入っていて、近づいて見てみると、古びれた杖が入ってあった。持ち手らしい方は太く、先になるにつれて細い。長さは五十センチくらいに思える。昔、身体測定で座高を測った時は九十センチだったから、足の長さは八十センチになる。この杖が大体膝よりちょっと長いくらいに思えるから、そんなものだろうと当たりを付けることができた。


 ガラスのケースに入れられて大事に守られているから「これだ」と分かるが、正直、目を凝らさないと枝の切れ端としか思えない。ガラクタ同然に見える。さっきまで山の中を歩いて来て、途中にこんな木の棒が落ちていても、折れ木だと思って踏みつけて行く自信がある。そして五秒後にはもう覚えてない。そんな杖だ。


 カミヤが持っていた氷魂具は小箱と杯だった。次は杖かと思えば、分からなくもないが。そういえば小箱も杖も変色するほど古臭かった。全部古臭くて、杖も同様なのだろうか。


「このケース、どうやって外すんだ?地面に固定されてるのか?被せられているだけか?」


 はやい所、この杖を回収してしまいたい。僕はケースを見回し、腕を広げて掴んで上へ引っ張る。


「って、冷たっ」


 思わず手を離した。由紀は怪訝そうな目で僕の方を見る。僕は手を擦りながら呟いた。


「これ、ガラスじゃない。氷だ」


「氷?……本当だ」


 由紀はケースに手を当てて言った。

 ケースはガラスだと思い込んでいたが、これは氷でできていた。ランタンを上に置くと、ケースに光が当てられ、分厚い氷で内部の空間が若干霞んでいるのが分かる。ケースの表面を白い靄が漂って地面に流れて行っている。部屋に入った時の足元の冷気の正体はこれだったのだ。


 しゃがみ込んで床と氷のケースの接触部分を見てみると、溶接されたみたいに淵の部分だけ盛り上がっていた。床に一緒に接着させられていて横にずらすことすらできない。氷のケースですら重そうなのに、床に固定されていると持ち上げようがない。


「多分、普通に外すのは無理だ。割ろう」


 数秒間考えた後に、僕は言った。

 金槌をリュックから取り出した。そして氷のケースを叩いたり、床との境界をドライバーで突き刺そうとする。僅かに欠けて粉が飛んだりはするものの、ほとんどダメージはなかった。ヒビも入らない。時間をかければ何とかなるかもしれないが、何時間後になるか分からない。そもそも、できるかも分からない。結局できないかもしれない。


「由紀、さっきのやつもう一回できる?」


「さっきの奴って?」


「この倉に入って来る時の、指から出した細い糸みたいな壁を切って穴を開けた奴」


「ああ。やってみる」


 由紀は思い出したように頷き、僕と場所を交代してケースの正面に立った。そして片膝を立ててしゃがみ、右手の人差し指を氷のケースに向けた。

 指の先からレーザーのような薄い水色の直線が伸びると共に、黒板を引っ掻く音に似た音が響く。

 直線は氷のケースに当たる。由紀は指を平行に移動させる。が、由紀は難しい表情をしていた。


「これ、すごく硬い」


 由紀は力を入れる。線が少し太くなり、線の表面の氷の流れが見えるようになる。しかし切れる以前にケースに通らない。


「これ多分できない。どうしよう」


 由紀は弱音を吐いて僕の方を見た。僕は少しの間黙った後、部屋の外へ駆け出した。


「どこに行くの?」と由紀の不安そうな声が聞こえた。


「ちょっと待ってて」



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