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第五十二話 諭吉とモーツァルト


「分かり切ってることだけど、あいつら邪魔なんだよね。洗面所の物干し棒くらいに。狭くなるし、あの場所じゃ乾かないし、意味あんの?あの棒いる?イライラすんだよね。あれと同じくらい邪魔。全員、三秒後に突然死んでくれないかな」


 カミヤは嫌なことを思い出したみたいに、ため息をついた。


「ほら見なよ。最低でも、どかさなきゃいけない。あの倉まで取りに行くのに、全くバレないようにするってのは無理だろうね。あれだけ数がいて、歩き回ってるんだから。まぁでもね、実は作戦は考えてたんだ」


「作戦?」


 僕と由紀はカミヤを見つめる。どうせ、ろくなもんじゃないと期待はしないでおく。


「一言で説明すると、俺が暴れる。以上」


 期待しないでよかった。由紀は期待してしまっていたのか、落胆した表情だ。

 カミヤは続ける。


「たまには実力を出さないと、体とか勘が鈍るんだよね。由紀ちゃんみたいに。鍛錬をやめたらすぐにクソザコになっちゃうからね。たまには頑張るようにしてるんだよ。昔、そのためにロシアのとあるマフィアを全員ぶっ殺した事もあったな」


 カミヤは遠い目をして言った。そう言えば、コンドーがその瞬間に立ち会ったと言っていた。そんな理由だったのか。


「暴れるって、一人でか?あいつらは人じゃないんだろ?お前でもヤバいんじゃないのか?」


「心配してくれるの?ますます好きだわ、マジで付き合おうよ」


 僕が疑問に思って問いかけると、カミヤは嬉しそうに声を高くした。聞こえるかもしれないから静かにしろと最初に言ったのはコイツだ。


「相手は全部で三十匹くらいだし、まぁ、大丈夫でしょ」


「匹って、そんな虫か動物みたいに」


「人じゃないって、さっき春樹が言ったんじゃん。実際、人じゃないし」


「そうだけどさ……一人で相手するのに三十は多くないか?いくらお前でも」


「そうだねー、あれだけいたら一匹か二匹くらいはそっちに行っちゃうかもしれないね。できるだけそうはさせないつもりだけど。そうなったらプランBね。由紀ちゃんがそいつの相手をして、春樹が林を迂回して裏から回って、倉の後ろから回って入る」


 カミヤは倉を指差した後、その指を横の茂みに向ける。


「ちょっとぐらい時間かかってもいいし、俺が引き付けるからさ。俺と由紀ちゃんが相手してる時にもう一人いるなんて思わないだろうし。あいつら、そんなに頭良くないし」


 カミヤはおもむろに立ち上がり、手を体の後ろに組んでストレッチを始めた。僕はその姿を地面に這いつくばったまま下から見やった。


「まぁ大体そんな感じ。いったん別行動だ。OK?じゃあ、GO!!!」


 こう叫ぶと同時にカミヤは茂みから飛び出して、雪女の群れの中に突っ込んでいった。


「大丈夫かな?ああは言っても」と由紀は心配そうに呟いた。


「あいつなら心配はいらない……ような気はする」と僕は答えた。


 カミヤは一目散に走る。土を蹴る音が連続で鳴る。足音を隠すつもりもない。

 雪女たちは音に気づいたようで、一斉に振り向いた。全ての虚ろな目がカミヤ一点に注がれる。


「グッモーニン」


 カミヤはこう言って背負ったままのリュックに触れたかと思うと、投げナイフを両手の全ての指の間に挟めていた。野球選手がスライダーを投げるように、右腕を横から振り抜く。

 投げナイフが数本、カミヤの手から空気を切り裂くように飛ぶ。刃先が前方を向いて真っすぐ飛んでいる物もあるし、回転している物もある。


「ザクッ」という鈍い音が何度も響いた。キャベツを包丁で切断する時の音に似ていた。


 ナイフが、雪女の脳天に突き刺さっていた。回転していたのが胸にえぐり込むように刺さっていたのもあった。何人かの雪女が地面に倒れる。


「何百年生きても終わる時は一瞬、諸行無常ここに極まれり……」


 カミヤはタップダンサーのようなステップを踏み、飛び跳ねて蝶のように舞う。そして左手を羽ばたくように大きく振る。持っていた投げナイフが雪女に群れをなして飛んでいく。ザクザクと音を立てながら雪女の顔や体に突き刺さる。

 雪女の中には悲鳴をあげる者もいた。血を流し、両手で顔を覆い、倒れる者もいた。しかし刺さったことに気が付いてないみたいにカミヤの方を凝視している者の方が多かった。


「アワァライフ、トゥゲザ」


 カミヤはスターティングオーヴァーを口ずさみながら、リュックを地面に下ろして中を漁り始めた。出してきたのはマシンガンだった。それを雪女の方に向けて掃射する。銃音が響き、自分でも銃音を口で言っていた。


「ババババ、バッバッ、バババババ、バッハ。モーツァルトではないぜ~」


 無数の連射された弾は雪女に命中する。雪女たちの体から血飛沫や肉片が弾け、衝撃で体が揺れる。


「アハハハハハ!ペンは剣よりも強し銃弾は氷よりも強し!文明の利器の前では妖怪の術など無意味なのだよ!お前ら過去の遺物ゥ!ネアンデルタール人!」


 カミヤは叫びながらマシンガンを連射し続ける。ドチュドチュと音を立てて弾丸は雪女を貫通する。

 しかし雪女の体を貫いていた生々しい銃弾の音は、ガキガキガキという硬質的な音に変わる。


「(。´・ω・)ん?」


 これにはカミヤも違和感を感じたようだった。

 雪女たちとカミヤとの間に分厚い氷の壁が地面から出てきていた。これが銃弾を弾く盾となっていた。


「……でも、なかったみたいだね。」


 カミヤは氷の壁にマシンガンを撃ち続けるが、壁は欠けて微小な破片が飛び散ることはあっても、崩れたりすることはない。やがてマシンガンはカチカチという弾切れを知らせる空しい音が鳴るだけとなった。


「すみません、さっきのやっぱなしで。調子に乗ってました。本当は尊敬してます。いやマジで」


 雪女は隠れていた氷の壁の後ろからゾロゾロ出てくる。カミヤはそれを見て一歩後ずさった。

 マシンガンに撃たれて地面に伏していた雪女も起きだしてくる。


「殺せたのは六匹に一匹ってとこか。生命力ヤバいね、ゾンビじゃん。やっぱ、こんな猿の作ったおもちゃじゃ駄目か~。足止めにもなんない。クソ以下じゃん、こんなの」


 ブツブツ言いながらカミヤはマシンガンを見やる。「ん?」とカミヤは首を傾げ、一歩後ろに飛びのく。


「ボコッ」と音と共に地面から鋭いつららが突き出してきて、カミヤを刺そうとした。寸での所でカミヤは串刺しにならなかったが、マシンガンはつららに当たり、曲がって遠くに飛んで行った。その放物線をカミヤは目で追っていた。

 しばらく呆然としたように立ち尽くした後、カミヤは雪女を睨みつけた。


「ざけんなてめぇ!何で壊してんだよビチ糞が!お気に入りの銃だったんだぞ!」


 雪女が一人、横からカミヤに飛びかかろうとした。カミヤは受け身を取り、雪女は地面に押しつけ、顔面を殴りつけ始めた。振り下ろした拳が雪女の顔に直撃する。そして拳を振り上げ、また下ろす。やめる気配はない。


「てめぇが男だったら、股にぶら下がってるその短けぇ銃を玉ごとぶち抜いてる所だぞ!」


 また別の雪女が後ろから襲ってきた。カミヤは素早く避けて後ろに回り込み、肘を襲い掛かってきた雪女の首にかける。「ボギッ」という音が辺りに響く。首の骨を折ったようだった。雪女の腕がダラリと垂れる。

 カミヤは雪女の体を足元に捨てて、夜空を見上げる。


「いいねぇ。久しぶりに殺しあうとゾクゾクする。生きてるって感じがするなぁ。これは一種の麻薬だよ。最高にハイだ。あぁぁっ気ん持ちいぃ!イキそう!!」


 夜空に向かってカミヤは叫ぶ。顔や首に返り血がついていて、皮膚を伝いながら下に流れていく。

 カミヤはフラフラと三歩ほど歩いて、落ちていたナイフを拾った。そのナイフを雪女の方に向けた。


「死なないサンドバック、一体くらい欲しいな。君たちの中で立候補いる?」


 再び、カミヤは雪女の群れに飛び込んでいく。ナイフで雪女を切り刻み、腰に隠し持っていた銃で脳天をぶち抜き、首の骨を折る。

 雪女は銃で撃たれても死なない。よろけながら復活する。しかしすぐに傷が治るわけではない。首が変な方向に回っても、頭に穴が開いても、腕が千切れそうになっても、悲鳴をあげながらカミヤに襲い掛かる。それをカミヤは笑いながらさらに傷つける。


「あいつ、すごいな……」


「うん……」


 僕と由紀は呆然として見入ってしまっていた。

 強いとは聞いていたし、カミヤ自身も隠さず言ってたが、実際に目にしたのは初めてだった。ここまでとは思わなかった。昔、傭兵をしていたことがあったと言っていたのを思い出した。


「それにしても強すぎない?ヤバ過ぎだろ」と僕は呟いた。


 カミヤは近づいてきた雪女の顔に粉雪を吹きかけて煙幕代わりにする。雪女が視界を失っている間に身を屈めて走って足を切り裂く。飛んできたつららを他の雪女の死体を持ち上げて壁にして、その後ろから銃を撃つ。弾が切れると、つららを飛ばしながら弾を込める。現代兵器と氷をうまく使いこなしている。ハイブリッドだ。


 そもそも、カミヤは強そうには全く見えない。身長は僕と同じくらい、百七十センチあるかないかくらいだ。筋肉も付いているとパッと見て分かる程でもない。

 しかし動きが俊敏で、小回りを利かせている。相手の全ての動きを合気道みたいにいなす。半端でないテクニックなのだと分かる。技術が至高の域に達していると僕でも感じる。熟練の技と野生の勘が、カミヤの中には同時に存在している。


 僕はカミヤの戦う姿を美しいとさえ思って、見惚れてしまっていた。戦場で舞っている。血が飛び散り悲鳴は止まないが、その中でカミヤは美しい舞踏を広げている。その美しい舞によって、これらの阿鼻叫喚が生み出されているのだと思うと、僕は妙な高揚感を感じてしまっていた。


 由紀が「はやく移動しよう」と言った。

 僕はようやく我に帰った。自分でも危険な領域に意識が持って行かれかけているのに気が付いて、少し怖くなった。



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