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第四十九話 温泉とカメラマン


 カミヤは車の案内ナビの目的地を三つ隣の県に設定していた。この県には有名な武将が建てた城が多くあり、その一つが目的地となっていた。僕が城の近くの駐車場に車を停めると、カミヤは助手席側の扉を勢いよく開けて駆けだして行った。


 僕と由紀も後から城の方へ向かうと、カミヤは高そうで本格的なカメラでシャッターを何枚も切っていた。


「いいねぇ〜。いいねぇ〜。すごくいいよ〜、うん。次はちょっとあっち向いてみようか」 

 カミヤはカメラマンのように一人で城に向かって話している。雑誌モデルを撮ってる設定かもしれないし、エロビデオのイントロかもしれない。どっちにしても話しかけるのは躊躇われる。かなり気色悪い。


 腕時計を確認すると、午後四時を過ぎた所だった。僕はカミヤに問う。


「……ここで、何かすることあるの?」


「何もないよ。城が好きなだけ」


 こいつは……と思った。若干回り道をさせられたが、意味ないじゃないか。

 でも、まぁいい。あと一時間もすれば暗くなり出して、それから三十分も過ぎれば完全に暗くなり一日が終わる。どのみち、そろそろ引き上げ時だっただろう。


 急に体の奥から解放感に溢れてきて、背伸びをした。ずっと座っていて腰と尻が固い。僕も少しそこらを散歩をしようと思って由紀の方を見ると、カミヤと同様に由紀もうっとりした様子で城を眺めていた。雪女は皆、城とか寺とか、そういうのが好きなのだろうか。


 三人で城の周囲を回りながら写真を撮った。城の入口の前に置いてあった札を見ると、城の中に入って見学できるのは午後五時までらしい。あと四十分しかない。だから急いで券を買って、速足で城の中を回り切った。何も記憶に残らなかった。ただ疲れただけな気がする。腹が減ってきた。


 ガソリンを補給して、カミヤの指示のままに道を進んでいくと大きな和風の建物の前に辿り着いた。門から入口までは石畳の道で繋がれていて、両脇に並べられた行灯がオレンジ色の光をボンヤリと灯している。


「温泉旅館?」


 僕は入口の文字を見て呟き、由紀と顔を見合わせる。由紀の頭の上からもクエスチョンマークが出ている。


「今日はここに泊まるよ」


 カミヤが僕たちの疑問に答える。


「ネットカフェかビジネスホテルか車に泊まるって言ってなかったっけ?」


「あれ嘘」


「また……」


 僕は呆れた声を出す。


「大丈夫大丈夫。ちゃんと三人部屋にしといたから」


「最悪じゃん」


 トランクを引っ張りながら幻想的な道を歩く。

 入口を入ると上品な仲居さんが秒で出てきて頭を下げてきた。僕もつられて頭を下げる。


 旅館は中も綺麗だった。木製の床に塗られたニスがてらてらと不自然なほど反射している。かと言って真新しさはなく、古風さが残っていて趣がある。

 入口に置かれていたパンフレットを一つ取って見てみると、非常に高級な所らしいことは分かった。そもそも僕は温泉旅館など、人生で来たことがない。初めて訪れる空気に萎縮してしまっていた。カミヤが一人受付に行って手続きをしている間、僕は飼い犬デビューして初めて人間の家に入った犬みたいに、ずっとキョロキョロと辺りを見回していた。


 部屋に案内される。仲居さんはおしゃべりな人で「どこからいらっしゃったの?」とか「大学生ですか?」と、僕たちにあれこれ質問してきて、全てカミヤが愛想良く答えていた。

 案内されたのは広い部屋だった。入った瞬間に畳の匂いに体を包まれた。窓から川が流れているのが見える。しばし、その部屋の豪華さに溜息をついた。滅多に経験しないことに、全てを忘れて興奮していた。


 部屋に置かれていた浴衣に着替えると、カミヤに「風呂行こうよ、風呂」と誘われて手拭いを持って三人並んで浴場へ歩いた。

 あれ?何しに来てるんだっけ?と脱衣所で服を脱いでいる時にようやく我に帰った。





「あ~、生き返る~。ちょっと前まで死んでたわ~」


 カミヤはこう言いながら、湯の中で四肢を広げて全身をだらけさせている。僕たちは露天風呂に入っていた。


 僕たちは掛け湯をした後、すぐ露天風呂に来た。ゴツゴツした石で作られた広い堀の中に、若干白みがかった湯が溜まっている。地面や屋根に柔らかいオレンジ色の灯りが不規則に置かれて、湯気が水面を漂って冬の空気に溶け込んで行くのが見える。木の筒から湯が少しずつ流れ落ちて来ているチョロチョロという音が聞こえる。客は他に二、三人いた。


 実は部屋にも小さな露天風呂は付いていたのだが、どうせならでかい方に入りたいとカミヤが言ったのだった。

 風呂を見つけるや否や、カミヤは我先にと走り出した。プールのように飛び込んだので、水が飛沫を上げながら「ザブン」と大きな音を立てた。僕は顔をしかめる。風流とは全く縁遠い奴だ。水面にくっきりとした波紋が広がって行く。


「疲れた体に染み渡るよ~」


「お前、今日は座ってただけじゃん」


 十二月の真冬の夜空の下で、裸で立ったままでいるのは辛すぎる。ビビるくらいに寒い。既に体の表面が冷たくて固くなっている気がする。僕は滑ってコケないように気を付けながら若干早足で露天風呂に向かった。

 そもそも、カミヤは男湯なのかと思う。見た目は男だが、髪を長くすれば女でも通用しない気がしないでもない。元々は女だとか、ゲイだとか言ってたから、少しばかり身の危険を感じる。


 体つきは筋骨隆々というわけではないが、しなやかに引き締まっている。局部はタオルを巻いて隠されているから、ついているかどうかは確認できない。まぁ、女風呂には由紀がいるから、そっちに行かれるよりは断然良い。

 湯に揺蕩うカミヤを横目に、僕は足の先から少しずつ湯の中へ入っていく。想像よりも結構熱めだ。体を湯に沈めながらゆっくりと息を吐く。


「はぁぁぁぁ……」


「ジジイかよ」


「何百歳のお前に言われたくないよ」


 僕はまだ二十年も生きてない。カミヤは前に八百とか言っていた。本当か嘘か分からないし確かめる術もないが、本当だとすると四十倍は違うことになる。本当に、お前に言われたくない。そんな存在が隣で風呂に入ってると思うと現実感がない。


 首元まで湯に体をつける。全身の力が抜けて、湯の熱さが冷えた体の芯に染み渡って来る。手で湯をすくってみると少しとろみがある気がする。当たり前だが、やっぱり安アパートの風呂とは違う。果てしなく気持ちがいい。「極楽極楽」とはこのことだと、最初に言い始めた人の気持ちが分かる。


「いい湯だね~。飲み干したいわ」と隣で聞こえたが、無視した。


「一緒に体洗いっこする?」と隣で気色悪いことを言ってくる声が続けて聞こえたが、これも無視した。


 こんな良い温泉に入れるのは次はいつになるか分からないから、しっかり堪能しておこうと思っていた。頭がぼんやりしてくる。


「おごりにしては豪勢すぎるな……前から思ってたけど、すぐ新しく車とか武器みたいなの買ってるけど、その金ってどっから出てるの?」


「土地持ってんだよね。金貸して利子とかもあるね。まぁ長年、歴史とともに生きてりゃ、そんな物の一つや二つはあるよ。」


 こんな時に限って嫌味がないのが逆に嫌味に思えてくる。そう言えば前にマンションを何個か持ってて、それに放浪するように回って住んでるって聞いたのを思い出して、納得する。

 前に独自の格闘術を教えて貰っていた合間にさりげなく聞いた時は「内緒♡」と言って教えてくれなかったのに、今日はあっさり教えてくれる。温泉でリラックスしているからだろうか。一貫性がない奴だな。


「金がないより良いじゃん。最悪だよ?あのギスギスした感じで車中泊とか廃墟みたいなホテルに泊まると深刻さは五倍増しだよ。後で大変な思いは散々するんだから、今くらい楽しんで未来の恐怖を紛らわせておかないと」


「そうだな」


 最後の方に少し怖い言葉が聞こえた気がしたが、賛同しておく。


「それより、この湯を全部凍らせてスケートできるけどやる?」


「やらないよ。おい、平泳ぎすんな」



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