第四十七話 ポッキーとスライム
僕たちの乗った車は高速道路を走っていた。真っすぐに開けた道に日の光が差し込んでいて、そこを突き進んでいくのは爽快だった。
運転席には僕が座ってハンドルを握っていた。助手席にはカミヤが、後部座席の左側に由紀が不満そうな顔で座っていた。
かれこれ、出発して一時間十五分が経過しようとしている。車内の会話はなく、景色は気持ち良いのに車内の空気は重い。
「なぁ」と僕は隣のカミヤに聞いた。
「うん?何?」
カミヤは窓枠に肘をかけて窓の外をボンヤリ見ていた。手には、来る途中のコンビニで買ったカフェオレのカップにストローが刺さっている。
「何でお前が助手席なんだよ」
「別にいいじゃん。ポッキー食べる?」
カミヤはポッキーを二本つまんで僕の方に差し出してきた。遠足気分かよ。頬にポッキーを突き刺すな。僕は黙ってポッキーを貰って、音を立てて齧る。
「貰うんだ……」と後ろで由紀が呟いた。
由紀は集合した時は、コートを羽織り、マフラーを巻いていたが、車内は暖房が効いているのでどちらも外している。両方とも折りたたんで、ひざ掛けのように乗せている。そもそも雪女に防寒具は必要なのだろうかと思ったが、これを口にするのはやめておいた。
コートの下には白いセーターを着ていて、これもまた萌えだった。黒いパンツは細く長い足を際立たせていて、靴は茶色いショートブーツを履いている。女の子は薄い夏着より冬着の方が可愛く見えるに一票。
「俺に後ろの席に行けって言うの?あの雪女の隣なんか、怖くて座れないよ~」
カミヤはヘラヘラして言った。
社内の空気は外と同じように凍り付いていた。僕はカミヤの調子に慣れてきていたが、由紀とカミヤは犬猿の仲だ。だから由紀は不機嫌そうなまま黙っている。いくら可愛くても、その表情まで明るいとは限らない。
「後部座席まで凍り付くよ~。ただでさえ外は九℃なのに、車内までこれ以上冷たくしたいの?」
「……」
空気の読めないカミヤはこう続けて、車内の温度をさらに下げる。あえて空気を読んでいない説がある。多分、というか絶対そうだろう。
出だしから、車内は地獄の雰囲気が漂っていた。
……運転している車の車種は、派手な赤色のミニバンだった。後ろにはゴタゴタと荷物が山積みになっている。僕と由紀が持ってきた、着替えなどが入っているトランクもあるが、ほとんどは元々置いてあったカミヤの所持品だ。「ネクロノミコン」「ポポル・ヴフ」という意味不明な本やフライパン、エロDVD、工具、ラジオ。これらがバックミラーで後ろがギリギリ見えるくらいまで高く積まれている。
カミヤは煙草を吸いだした。少し長く一緒にいたけれど、こいつはヘビースモーカーだ。一日に一箱は当然のように吸う。銘柄は大体「CAMEL」を吸ってるが、時々「ラッキーストライク」や「キャスター」なども吸っている。もっとも、僕は煙草を吸わないから箱の外装の違いしか分からない。
助手席側の窓だけ少し開ける。肘をかけてたそがていたカミヤは、突然に窓が動いてガクンと体がずれて少しビックリした様子だった。ちょっとした嫌がらせは成功した。車は85キロで走っているので、大量の空気が車内に入ってきてうるさくなる。
「寒いんだけど」
「パーキングまで待たないからだ」
文句を垂れるカミヤに、僕は車内に流れ込んでくる空気のように冷たく言い放った。
由紀はコートを羽織り直しながら、体を前に寄せてくるのがバックミラーで見える。頭のすぐ後ろから声が聞こえる。
「というか、運転うまいね。練習してるとは聞いてたけど」
「そうかな」
少し褒められただけで僕は嬉しくなった。自分の事ながら犬みたいに単純だ。尻尾を振り出す。
カミヤと契約してから、僕はコンドーの代わりとして色んな事を仕込まれた。その一つが運転だ。由紀が再び大学に来るようになった次の日には勝手に自動車学校に通うことになっていた。カミヤに入学金を渡されて、空いた時間に授業を詰め込んで、最短で免許を取得した。
今度どこかドライブにでも行こう、と言おうとすると、カミヤが横から入ってきた。
「毎日、夜にドライブさせてるからね。そりゃ、上手くなるよ」
由紀は絶句した。僕はヤバイと思った。この約三か月、カミヤと一緒にいて、由紀の電話やラインに何時間も気が付かないということが多くあった。忙しかったし、なんとなく、由紀にカミヤとこんなに一緒にいるとは言ってなかった。
数秒の後に、由紀は「いつの間にそんなに仲良くなったの?」と低い声で聞いてきた。僕は真顔で黙っていた。浮気を問い詰められている気持ちになる。冷や汗が出てくる。由紀は後部座席から僕をじっと見つめている。瞬きしよ?
車内が凍り付いたみたいに寒くなる。由紀は不機嫌そうな顔でシートにもたれて外を見ている。ちゃんと言わなかった僕が悪い。が、忙しかったので仕方がないと夫のような言い分を考えて、でもやはり謝った方がいいだろうかと思い直すが、今は怖くて謝れない。
「いや~、それにしても、三か月にしてはよく仕上がった方だよ。平和に家の中で飼いならされた犬は野性を失って狩りを忘れるけどさ、外に放り出したりしばらく訓練すれば野生の勘が戻って来るんだ。人間も同じなんだよね。才能あったんだよ、君。今度一緒にサバンナ行く?」
「行かねぇよ」
カミヤは当初、「パシリはいろんなことができなきゃ駄目だよ」と僕に言った。
運転だけでなく、色んなことを教えられた。頻繁に、ジムに連れて行かれてトレーニングさせられたり、カミヤが編み出したというムエタイと空手とジークンドーを混ぜたような独自の格闘技まで教わった。体育会系でない僕にこれらは辛かった。しかし弱音を吐くと、すぐ二言目に「契約」というカードを切られた。
この二か月は本当に忙しかったが、確かに多少は身体的に強くなった自覚はある。誰かと戦いたいわけでは全くないが。
昨日、カミヤは僕を見て、「完全にコンドーの上位互換だね。いい買い物をした」と満足そうに言っていた。
最近は週に二回ほどコンドーの見舞いに行った。コンドーは全治まではかなりかかるそうだった。
「カミヤの相手は大変デショウ?」と聞いてきた。
「骨が折れるよ。全身の骨が粉々に砕けて、スライムになりそうだ」と言っておいた。
見舞いに行くたびに、コンドーはカミヤに対する様々な愚痴を僕に聞かせた。僕はそれを聞いて、そんなに骨が折れる奴の相手をしなければならないのかとげんなりした。




