第四十二話 バイクと美人
僕はバイクの後部座席に乗っていた。黒色の中型のバイクだった。夜の道路を豹のように走り抜けていく。風が体に当たり続ける。
腕を運転している人物の腹に回している。ヘルメットで背中しか見えない。それはカミヤだった。
かれこれ、二十分はこの体勢でいる。
「この杯はもう一つ能力があってね、でかい杯に酒を注いで溜めるみたいに、雪の力を一週間までなら電池みたいに溜めることができるんだ。実は一週間前から準備してたんだよ。溜めた氷を一気に『ボンッ!!』……一週間、不眠不休でこれしかしてないよ。だから体が怠くてさ、オナニーした後みたいだ」
カミヤはこう説明しながら、中から悲鳴の轟く遊園地から出ると「送ってあげるよ」と言って僕にヘルメットを投げつけた。
僕は行きは電車とバスで来ていた。帰りの時刻表を調べてもいた。しかし遊園地の中の騒動を考えると、もしかしたら定刻通りに遊園地からバスが出なくなるということもありそうだった。
既にカミヤはバイクに跨って、エンジンを吹かせていた。はっきり言って一緒に帰りたくないが、僕は大人しくカミヤの後ろに乗ることに決めた。不毛な言い合いの末に押し切られる未来が見えた。
僕はこのむやみにうるさい乗り物が苦手だ。近くを通るだけでつい顔をしかめてしまうほどだ。しかも今から運転するのはこの男だ。そもそも本当に男なのか分からない。
そう、男なのか分からない。だからカミヤの体に腕を回す時、少しだけ躊躇ってしまう時間が生まれた。カミヤはよく見なくても明らかに美形だった。中性的な顔は妙に色っぽいし、体型はスラッとしてるし、髪を伸ばして少し化粧でもすればクールな美人で通りそうである。
バイクの後部座席に乗るのは初めてのことだった。腕をカミヤに巻きつけても、気を抜いて緩めると体が後ろに倒れて道路を転がることになるのではないかと不安になった。カミヤが遊びで僕を後ろに突きとばすかもしれない。
もしも今、この事を口にすると「そんなことしないよ」と笑うだろう。だんだんカミヤの言うことが分かってきた気がする。分かりたくなかった。自分の頭が心配になってくる。
カミヤは僕の心配もよそにしてスマホを確認していた。
僕は遊園地の方を眺めていた。入り口のゲートにまで雪が積もっている。氷漬けの遊具は遠くから見ると、氷の彫刻のように見えて不謹慎だけど綺麗だった。まだ騒ぎ声が聞こえていて、入口を出た駐車場では避難するように出てきた人々が集まっていた。
「遊園地の氷、溶かせないのか?」
「冷凍庫にヒーターが付いてると思う?」
カミヤは答えた。
「表面が薄く凍ってるくらいさ。誰も死なない程度には加減してるよ。そのうち溶けるでしょ」
バイクは僕たちの住む市内に入った。もう夜は遅い時間になりかけていた。
時々、カミヤはバイクを止めて休憩した。「もう今日はホテルで泊まる?」と聞いて指し示してきたのがラブホテルだったので、無視するというのが二回ほどあった。
カミヤは十五分おきくらいに止まろうとする。そして三十分以上休む。そんなことを繰り返すから、なかなか進まなかった。
「俺、運転嫌いなんだよね」とカミヤは言った。じゃあ何でバイクで来たんだよと思った。
コンビニに寄ってコーヒーを飲むというのも何回かあった。出口の横で僕とカミヤは並んでいた。深夜のコンビニでたむろするなんてヤンキーみたいだなと思った。もっともヤンキーは主に夏に湧く生態があるから、時期は少し過ぎている。
カミヤの言葉に適当に相槌を打ちながら、はやく家に帰って一人になりたいと願っていた。好きなだけベッドで布団に包まっていたい。
最寄り駅まで着いたら、カミヤは無事に僕を解放してくれた。カミヤは「おやすみ」と手を振って再びバイクを走らせて行った。
アパートの自室に戻ると、疲れがドッと溢れてきた。シャワーを浴びる気力も手を洗う気力すらもない。普段なら絶対にしないのに、着替えないままベッドに倒れ込んだ。
幸いなことに明日は休みだ。今日は好きなだけ寝られる。
しかしスマホで時刻を確認すると、もう十一時を過ぎていた。あと一時間もすれば日付が変わり、明日が月曜日になる。学校がある。
結局、由紀に何と言えばいいんだ。答えは出てないままだ。今日の事をどう説明すればいいんだ。そもそも、月曜日に由紀は来るのだろうか。
……今、由紀は何をしているのだろうか。




