第四十話 チュロスと適当
カミヤがコーヒーカップに乗りたいと言うので、僕は園内マップを確認していた。その間、カミヤはマンゴージュースを買いに売店へ行っていた。
カミヤが戻って来る足音が聞こえたので、僕はマップを折りたたんでポケットにしまい、財布を取り出した。カミヤにマンゴージュースの金を渡そうと思ったが、カミヤは一つしか持ってない。
「どうかした?」とカミヤが訊ねた。僕は「なんでもない」と言いながら財布を戻した。僕のはないのかよ。
「それで、コーヒーカップってどっち?」
カミヤは聞いてきたが、僕は黙って歩き出した。カミヤが後ろからついてきた。
「君はいつぶり?」
カミヤはマンゴージュースを歩き飲みしながら聞いて来る。
「何が?」
「遊園地に決まってんじゃん」
僕は少し上を向いて青空を眺めながら記憶を遡る。
「あー……小学生、とか?多分」
「まぁ、そんなもんだよね。俺は好きでたまに来るんだよね。一人でも誰か連れてでも。テキトーな女に声かけて一緒に行ったこともあったな」
「テキトーな女って」
「いや、結構いるよ?タダで行けてメシまで奢るって言ったら。皆、結構ヒマなんだよ」
そんなものなのか?と思う。これまでの人生であまり女性という存在と関わったことがないから、世の女性たちがどのくらいのノリと尻軽さで生きているのか、まだよく分かっていない。知らない男についていくとか、ヤバいだろそれと思うが、まぁ面白がって行ってしまうのもいるだろうなと思ったりする。コイツむかつくけど美形だし。
「ワクワクするじゃん、遊園地って」
カミヤが続ける。
「非日常の雰囲気が漂っていて、その色は遊園地によって違ってるんだよ。世界観というかさ。大体、皆が楽しそうに笑っているし。まぁ、地方のは少ししょぼいのは難点だけどね。君は遊園地嫌い?」
「そんなことはないけどさ。そんなに好きなら僕とじゃなくて一人か、そのテキトーな女と行けば良かったじゃん」
僕だって一緒に来ているのがお前じゃなかったらこんなにテンションが駄々下がりではない。こんな隣で一人だけマンゴージュースを吸っているような奴でなくて由紀と来たかった。
カミヤが唇をストローから離した。噛んで歯形の付いたストローが色っぽいと思ってしまった。飲む姿もまた妙にエロい。一瞬の不覚を許した自分を恥じた。
「俺は君のこと、結構好きだけどね。かわいいじゃん」
ドキリとした。こいつは読心術でも習得しているのかと思った。その上で僕のことを弄んでいるのか。しかしこの言葉に茶化すような雰囲気は含まれていなかった。それがさらにカミヤが本気で言っているのではないかという疑念を増幅させ、入場口で女性グループが「BLだ」と騒いでいたこと、先ほど手を握ろうとしてきたことも思い出して、背筋がヒヤリとした。
コーヒーカップに乗ると、カミヤはハンドルを馬鹿みたいに回して、僕らの乗っているコーヒーカップは凄い速さで回転していた。コーヒーが入っていたら全部周りに撒き散らしていただろう。僕は途中で気持ち悪くなって、危うく朝ご飯を胃から撒き散らしそうになった。
コーヒーカップの後は次々と違ったアトラクションを巡った。僕はカミヤに「次はあれ乗ろうよ」と言って引っ張られるままだった。ベンチに座る暇もなかった。
僕は常にカミヤの様子に注意を払っていたが、カミヤは至って普通に遊園地を楽しんでいた。何を言い出すわけでもない。ジェットコースターでは両手を上げて叫んでいたし、お化け屋敷ではお化けに驚かされて尻もちをつき、メリーゴーランドでは馬に乗りながら写真を撮ってインスタに上げていた。
何か目的があるんではないかと訝しんでいたが、本当に、テキトーな女を暇つぶしに誘うように僕が誘われたのではないかと思った。こう思うと少し拍子抜けした。
本日三本目のチュロスを齧っているカミヤに向かって、僕は問いかけた。
「遊園地が好きなのは分かったけど、本当に遊びだけで来たのか?」
「んー、半々かな。何か話そうと思っても、他に誰もいなくて、二人きりの場所だと警戒するでしょ?緊張するし、怖がっちゃうかなと思って。まずは一緒に遊んで距離を縮めたかったんだよね」
確かに、喫茶店や大学のベンチ、自分の部屋ではまともに話せてないのは想像できる。
「真面目な話はね、真剣な顔をして話しちゃダメなんだよ。少しふざけるくらいがいいんだよね。最近は、ウォーキングをしながらミーティングする、みたいな企業もあるらしいよ。机を並べて一列に座っての堅苦しい会議なんて馬鹿がやるもんなんだよね」
カミヤはチュロスを食べきると、どこからか四本目のチュロスを取り出して握っていた。突然マジックを見せられたみたいに僕が無言で驚いていると、いつの間にかもう片方の手にもチュロスを握っていた。
「はい、おごり」と言ってカミヤは片方のチュロスを僕の方に差し出した。
「……どうも」
僕はお礼を言いながらチュロスを受け取る。
辺りは既に暗くなりかけていて、空は濃い青と灰色が混ざりあっていた。もうこんなに時間になるのかと我に返った。入場ゲートをくぐる前の日光や青空を思い出し、一日が終わろうとしている現在とのコントラストに少し寂しい気持ちが湧き出てくる。
そもそも、今日一日、カミヤと過ごした事自体が夢の中の出来事のように感じる。実は夢なのではないかと半ば本気で思って隣を見ると、カミヤは暢気そうにチュロスを食べている。確かに隣にいることを確認して、改めて不思議な感覚になる。というか、こいつは今日ずっと何かを食べている気がする。
やがてステージで炎を使ったダンスが始まるとアナウンスがあった。あと二時間もすれば閉園だ。僕たちは最後に観覧車に向かっていた。僕は一日振り回されてもう疲れきっていたから近くのベンチで座って待っていると言ったが、カミヤが一緒に乗りたいと駄々をこねた。
観覧車に乗り、籠の中で僕とカミヤは向かい合って座る。籠が高くなっていくと、カミヤはスマホを取り出して地上の写真を撮っていた。どんどん人が小さくなって、地面を蠢く虫のように見えてくる。僕は窓枠に肘をかけて頬杖をついて、下をボンヤリ見ていた。カミヤはステージ付近に集まっている人たちを指差して「見ろ、人がゴミのようだ」と、どこかの大佐みたいなことを言い始めた。
「じゃあ本題に入ろうか」と突然カミヤが言った。
背筋に電流が走った。完全に油断していた。今来るのかよ、と思った。どこにも逃げ場がないじゃないか。完全にやられた。カミヤの方を見ると、窓から下を眺めたままだった。




