第三十九話 BLと遊園地
二限目が終わり、今日はもう講義はなく、午後からは休みという状態だった。弘はサークルがあると言って去り、カミヤは用事があると言って解散した。カミヤが僕に付いてこないで本当に良かった。
僕は夕方から家庭教師のバイトが入っていた。それまでは時間がかなりあったはずなのだが、食堂前のテラスに座って考え事をしていると気付いたら夕方になっていた。
頭の中で三角形を思い浮かべ、その頂点に僕、カミヤ、由紀を配置する。僕と由紀の間に両矢印を引き、その上に♡を置く。そしてカミヤから由紀に「手助け」、由紀からカミヤに「信頼?」を付け足す。
……今のところ、どう見てもカミヤは信用できない。さらに変な事を笑顔で持ってきそうな気がする。
僕は頭のキャンパスに、もう一つ新たな三角形を追加して、その頂点に僕、弘、カミヤを配置した。僕と弘は友達だ。弘はカミヤを友達と思っている。しかしカミヤは弘をどう思っているのだろう?あいつはいつ弘を殺してもおかしくない気がした。弘に雪崩の箱を貸した時の顔を見て確信した。後々、僕を人質にとって口封じをしたり脅迫するつもりなのかもしれない。
これらの関係図の中で、僕とカミヤだけが「?」だった。何と言えば良いのか分からない。僕からすれば、どう考えてもカミヤが全ての元凶としか思えないことだけは確かなのだが、「嫌い」という矢印では足りない気がする。「憎しみ」でもない気がする。モヤモヤする。
結局、今日の残りの時間で、こういうことばかりやっていた。由紀からは何の返信もない。
僕は、あれこれ考え込んで気が滅入っていた。家に帰らずにまだ外にいて良かった。家にいると余計に気が滅入るからだ。
鱗雲が波打つように濃淡をつけてオレンジ色に染まっている。カラスが群れを作って鳴きながら飛んでいる。何百回と見た夕方だった。
そろそろ行かなきゃな、と思って僕は歩き始めた。由紀への心配が頭をよぎった時にちょうど、ポケットの中でスマホが震えた。着信だった。一瞬、由紀かと思ったが違った。画面には「加藤」と表示されている。
今、地球上で一番電話をかけてきて欲しくなかった奴からの電話だった。
僕は一息ついて、覚悟を決めて電話に出る。
「もしもし」
子供が父親と手を繋いでウサギみたいに飛び跳ねながらスキップして、僕のすぐ横を通り過ぎて行った。三メートル先では四人組の女子大生らしき集団が甲高いはしゃぎ声を上げていた。遠くからジェットコースターの滑走する音と悲鳴が聞こえてくる。
……僕は遊園地の入場口に立っていた。
待ち合わせは十一時半だった。僕は十五分前に到着した。天気は憎たらしいほどの快晴で、僕は券売機から少し離れた壁にもたれてボンヤリしていた。
「おまたせ!」とこちらに向かって叫ぶ元気の良い声が聞こえた。
カミヤが手を振りながら走って来る。目の前まで来て止まって息を切らしている。
「待った?」
「ううん、今来たとこ」
僕は時計を確認しながら答える。時間ピッタリだった。
カミヤは少しダボ付いた黒いズボンに胸元の開いたシャツという格好だった。メガネはかけてない。その代わりにネックレスをして帽子を被っている。真面目そうな雰囲気はない。 目つきの鋭い、短髪のイケメンに見える。後ろの女性グループの何人かもカミヤの方をチラチラと見ていた。
僕はチノパンにTシャツというシンプルな格好だった。少し肌寒いような気もしたからワイシャツを羽織ってきた。
「なんかデートみたいだね」とカミヤは照れたように言った。
「僕もちょっと思ったけど、次にそういうこと言ったら帰るからな」
「冗談だって」
カミヤはケラケラと笑っているが、僕の頭には一つの心配がふと浮かび上がって来る。
「お前、もしかしてゲイとかじゃないよな?」
僕は少し身を引く準備をしながら訊ねる。カミヤはまだ面白そうに笑っている。
「ちょっと~、そう警戒しないでよ」
「というか性転換してるって言ってなかったっけ?」
カミヤはあまり深堀りされたくないのか、聞こえてないフリをして券売機の列に並び始めた。カミヤの横に立って、僕は前のカップルがイチャついているのを眺めていた。何で、隣にいるのがコイツなんだよ。
「大体、何で遊園地なんだ……しかも男二人で」
「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ。楽しんで行こうよ。今日は仲良しってことでさ」
こう言いながらカミヤは僕の手を握ろうとしてくる。僕は身の危険を感じて、その手を振り払う。
「マジでやめろ」
「春樹が……初めてなんだからね……」
カミヤが女性っぽい声音で見つめてくる。ふざけているのだろうが気持ち悪い。
「マジでやめろ」
後ろに並んだ女性が興奮して小さく叫び声を上げていた。「やばい、BLだ」「まさかのあっちが受け?」と言って、はしゃいでいる。僕は全てにイラつく。
昨日の夕方、突然カミヤから電話が来た。
「もしもし。元気?」
「……何の用だよ?」
「明日ヒマ?ちょっと二人で会えない?」
「二人で?」
声には出てなかったと思うが、顔に嫌悪感が滲んでいたと思う。行きたいわけがない。迷いは全くなかった。適当な嘘をついて断ろう。
「明日は……」
「土曜日だし、大丈夫だよね。何かあっても、先約を断らせるけど」
二人の間を無言が横切る。踏切の待ち時間で電車が過ぎるのを待つように、自然な時間が経過するまで数秒間の沈黙が生まれた。僕にとっては逃れられない運命へのカウントダウンだった。行きたくない。無言が通過し終わると、カミヤはフッと笑った。
「決定ね。詳細はまたラインで書いて送るから」
「最初からラインでいいじゃん」
お前の声は聞きたくなかったよ、とは思ったが言わなかった。
「だって、ラインだったら君、無視しそうだからさ」
多分、無視していただろうと思う。そして三日後くらいに「ごめん寝てた」って送っているだろう。
「じゃあ、デートなんだから張り切って来てよね」
「デート?」
聞き返した時にはもう電話は切られていた。
少し後に、集合時間と、遊園地のホームページのURLが送られてきた。最後に「もちろん、由紀ちゃんには内緒ね」と付け加えられていた。




