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第三十六話 リズムとセールス


「ヘイヘイ!」


 カミヤはリズムに乗せながら散々歌った挙句、結局誰も途中から入ってくれなかったのを不満そうにしていた。


「ノリ悪いな~。特に男のキミ、モテないでしょ?」


 教師が生徒を注意するように僕は指を差される。

 さっきからカミヤがベラベラ喋り立てて騒いでいるが、踊るように体が動く度に、後ろで枝川が転がっているのが目に入る。吐き気が戻って来る。

 由紀が、ようやくおずおずと口を開いた。


「もしかして……これ、全部あなたのせい?コンドーが助けに来てくれたのも、狼男が襲って来たのも、あなたのしわざ?」


「うん。そうだよ」

 カミヤはしれっと答えた。

「まぁ、そんな怖い顔しないでよ」


「どうして、こんなことするの……」


「どうしてってそりゃあ……全部、君たちに会うためだよ」


 カミヤが僕らをジッと見つめる。

 その目を見て、僕は何か恐ろしいものに襲われる感覚がする。

 目が虚空なのだ。真っ黒に渦巻いている。沼みたいに底が見えない。およそ人間らしい配色がない。何を考えているのか、どんな感情を持っているか一切読み取れないのだ。


「キミの弟が会いに行くように居場所をリークしたのも俺。狼男を向かわせるように提案して仕向けたのも俺。全部、俺」


 カミヤは屈めていた体を立たせて伸びをする。


「前戯みたいなもんさ。キスもクンニもないセックスなんてつまんないでしょ?あいつらはバイブね」

 カミヤは後ろの死体を指差して言った。

「なかなか興奮したよ……良い品物だったね。リピートしたいくらいだ。本番を盛り上げるための道具としては最高だった。女だった頃なら濡れまくってビチョビチョだよ。あぁ、俺、性転換してるんだけど」


 こう言いながら、カミヤは「はぁはぁ」と息を荒げていた。恍惚とした表情で頬を赤く染めている。


「そして、これから生挿入だ……準備はいいかい?……」





「お前は、何を言ってるんだ?」


 僕はようやく口を開いた。由紀も「どうかしてる」と言った。

 枝川の時とは比較にならない程の警報が頭の中で鳴り響いている。こいつは関わっては駄目な奴だ。一刻も早く去ろうと思った。

 これを由紀にそのまま伝えようと思ったが、先に由紀が僕に話し始めていた。


「もう、行こう。変な奴にこれ以上関わりたくない。どうかしてる」


 僕は頷いて同意した。由紀は苦しそうに力を振り絞って立ち上がった。少しふらついてはいるが、歩けるようだった。僕は彼女の右側に立って肩を貸そうとした。


「あ~あ~、いいのかい?僕は君たちを助けに来たんだよ?」


「……助けに?」


 無視した方が良かったのだろうが、聞こえてきた言葉につい反応してしまった。相手が詐欺師だったら思う壺だっただろう。実際、カミヤからしたら思う壺だろう。

 カミヤはニヤリと笑い、手を僕たちの前に広げた。


「そう!助けに!言ってみれば俺は救世主、キミたちのメシア様なんだ!」


 生き生きとした声音でカミヤは語りだす。左右の手の指を交差させて顎の前に置き、お祈りのポーズをとっていた。そして片目を薄く開けて僕を見やった。


「特に男の方。キミ、これが終わったら、近いうちに別れるつもりなんだろ?」


「そうなの?」


 由紀が僕を見つめて訊ねた。僕は否定できず、何も言えずに唇を噛む。

 カミヤはさらに嬉しそうな顔をして続ける。


「その解決方法を、俺はプレゼンしに来たのさ!どうだい?気になってきただろう?」


 カミヤは指を右手の一本だけ立てて、秘密を告白するように言った


「聞いて驚くよ……いいかい?俺はね、雪女を人間にする方法を知っているんだ」


 由紀の目が見開く。


「嘘……そんなのありえない」


「それはキミが知らないだけさ。実験もした」


「私はそんなこと聞いたことがない」


「歳をとってるだけで探求してない奴には何も分からないさ。セネカの『人生の短さについて』を読んだらいい。長く生きてきたことと知恵があることを一緒にすることの弊害が分かると思うよ……まぁ、セネカっていうオッサンはどうでもよくて」


 ふぅ、とカミヤは一息ついた。


「俺は、調べたんだ。長い時間をかけて。確実に治せるよ。病気みたいな言い方をするけどね。男に二言はない」


 由紀は目を見開いていた。「ありえない……」と再び呟いた。


「大変だったね、正直」とカミヤは言った。「で、どうする?話を聞いてから決めてもいいんじゃない?無理だとか馬鹿げてると思ったら、そこでバイバイすればいいんだからさ。ものは試しだよ」


 カミヤはセールスマンのように提案する。その言葉の流れ方は自然で筋が通っていると思わせられるような響きがあった。気を抜くとすんなり信じてしまいそうになる。昔にそのような仕事をしたことがあるのかもしれない。


 由紀はまだ迷っていた。信じていいものかどうか。意見を求めるような視線を僕の方に向けてきたが、僕はこの問題について全くの無知だった。だからとっさに気の利いたことは何も言えなかった。由紀は雪女から人間になりたいのだろうか、と確認してみたい段階だった。

 ダメ押しと言うように、カミヤは言葉のパンチを浴びせる。


「ここで断ったとして、またモヤモヤしながら暮らすの?その男が離れてしまった後も?後悔しない?その感情、散々味わったんじゃないの?また味わいたいの?後で『あの時、カミヤに付いて行ったらどんなに生活が変わっていただろう』と思ったりしない?また繰り返すの?何十年も?」


 絡めとるような言い方でカミヤは畳みかける。

 由紀は息を飲み、カミヤを見据える。


「何をどうするつもりなの?方法を、具体的に教えてくれる?」


「ここでは無理だね~。複雑だから説明すると長くなるし。まず、俺と一緒に来るって言って貰わないと。約束してもらわないと」


 由紀は何も言わずに黙っていた。


「どうする?」

 コンビニに行くのを提案するように、カミヤは首を傾げて訊ねる。


 由紀はまだ迷っている。カミヤは溜息をついた。


「九、八、七、六、五、四」


 カミヤは突然カウントダウンを始めた。


「ちょっちょっと」


 僕はつい焦った声を出す。しかしカミヤは止めない。


「さーーんっ、にーーぃっ、いーーーーち、ぜ」


「行くわ」


 カウントダウンが終わるか終わらないかの所で、由紀は返事をした。


「そうこなくっちゃ」


 カミヤはニヤリとした。

 キャッチセールスに引っかかる瞬間を目撃したような気分だった。



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