第二十八話 ヘンゼルとグレーテル
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ふざけやがって。この光は一体、どこから湧いて出てきやがったんだ。
体の表面がえぐられるように痛い。痛みの感覚に意識が集中して「熱い」と感じる。体を引きずることしかできない。人間と狼の筋肉が混じっているからか、上手く腕が動かない。
誰がこんなことをしやがったんだ。考えられる人物候補を順番の頭の中で列挙していく。仲間の狼はありえない。共に苦しんでいる。雪女とあの人間もありえない。とすると……
「おい!カミヤ!いるんだろ!どういうことだ、これは!出て来い!」
俺は大声で倉庫の上まで聞こえるように声を張り上げる。人間の声帯も人間に戻り開けているのか、狼に変身した時のように大声は出ない。
何度も声を張り上げたが、返事はない。あいつ、ここまで協力しておいて、裏切ったのか?どういうつもりだ?何を考えている?
地面に伏して悶えていると、目の前に人間の頭くらいの大きさの氷の塊が転がっている。
俺は茶色い毛の生えている手でそれを掴み、仰向けになった。そして天井に向けて投げつけた。
氷の塊は直線を描いてライトに命中した。本当は隣のライトを狙ったのだが、結果オーライだ。ガラスが割れてバラバラと地面に落ちてくる。明るさが少しだけ弱まる。
また別の氷の塊を掴んで仰向けになる。投げる。今度は外れた。先ほど割れたガラスの破片が目に入る。掴む。
これを見ていた他の仲間は同じように氷や、近くにある物を投げ始めた。俺を含めて七人でそれを繰り返して、ようやく半分ほどのライトを壊すことができた。
よろけるように歩きながら出口に向かう。外に出ると、倒れるように仰向けになった。
月が真っ暗な夜空に浮かんでいる。今日は特に大きく、円の輪郭まで光を発している。
これを見ると、さっきまで瀕死にように近かった思える俺の体から、みるみる活力が湧いてきた。今日が満月で本当に良かった。
力と共に、怒りもふつふつと湧き上がって来る。
ふざけやがって。絶対に許さん。この俺をコケにするなど。雪女の方はとっ捕まえて、散々いたぶってやる。死ななかったらいいんだ。人間の男の方は今日の夜食にしてやる。八匹で人間一人だと少ないから、カミヤも一緒に添えてやる。
車の方から仲間が話している。顔を向けずに、耳だけ傾けて会話を聞く。
「なんだ、これ……車のタイヤが全部パンクさせられてるぞ」
「二台とも、前輪も後輪もだ。誰が。クソッ」
とことん、馬鹿にしてくれる。
俺は溜息をついて、こう言った。
「そんなもの、必要ない」
再び、俺は狼へと徐々に姿を変えていく。突然に強い日光を当てられて、強制的に急激な、人間への戻りを行わされたから、一回目よりも時間がかかった。
月を見つめていると力がみなぎって来る。体に光が当たると、痛みも和らいでくる。
俺は再び、狼の姿になった。さっき倉庫で変身した時と状態は全く変わらない。むしろ、真夜中に近づいている分、体が大きくなっているように感じる。
仲間も狼の姿になり、辺りを嗅ぎまわっている。臭いから手がかりを探そうとしているようだ。
「この辺りから、豚肉の血を塗りたくった臭いがする」
一匹がこう言うと、俺たちはその辺りに集まり、臭いを嗅ぐ。確かに、薄まっているが狼の本能を沸き立てる臭いが空気中に残っている。ここから、駐車場を抜けて行っている。
タイヤか車に豚の血を塗りたくっているのか?そして地面にも豚の血がポタポタと落ちてれている。そしてそれは道路に出ても続いている。数秒ごとに、自動で豚の血を地面にポタポタと滴下しているのか?ヘンゼルとグレーテルが迷子にならないよう、数メートルごとにお菓子を千切って落としたみたいに。そんな機械を、まさかアイツがお手製で作ったのか?確かにアイツは機械には強いが。まるで、俺たちに匂いを辿って追えと言わんばかりに?
地面にはタイヤの跡が付いている。俺たちの車ではない。靴跡もあった。三人分だ。三島と、雪女と、あの男に違いない。それに三島の血が地面に小さくポタポタと落ちていて、干からびている。この場所にあった車に乗ったのは三人に違いない。
そこまで時間は経ってない。一つ気になるのは、明らかに俺たちを誘導しようとしている奴がいる。
「カミヤ……何を考えている?」
しかし行くしかない。三島を探すために全員で散開する手間が省けた。
俺は周りの狼たちを見回して言う。
「今日みたいな絶好のチャンスは、恐らく、なかなか訪れない。今日のうちにケリをつけるぞ」
返事をするように、狼たちから遠吠えが聞こえる。元々、遠吠えというのは『今から狩りを始めるぞ』という合図だ。今の状況に、これらの遠吠えはしっくりくる。
俺たちは群れを作って、夜の街へと駆け出した。
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