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第二十七話 カナダと紫外線


 外に出ると、来た時にはなかったハイゼットが停められていた。四人分の席があって、後部に軽トラみたいに荷物を積むことができるスペースがある。そこにはさっき枝川たちを苦しめた照明が二つと、工具入れのような箱が置かれてあった。


 既に、由紀と正体不明の男が乗り込もうとしていた。僕も由紀の後から後部座席に乗り込む。由紀が右側に、僕が左側に座る。男は運転席に座り、エンジンをかける。


「危ない所デシタ……」


 車が走り出して、男は一息ついたようにして言った。


 僕と由紀は顔を見合わせた。ひとまず助かったという安心感が全身に這い上がって来る。今すぐ由紀を抱きしめたい気持ちだったが、そんなことをしている場合でも場所でもない。第一、抱きしめたこともない。


 由紀が、おずおずと口を開いて運転席に向かって尋ねた。

「ひとまず、ありがとう。それで、あなたは何者?」


「えっ?由紀の知り合いじゃないの?」


 僕は驚いて、由紀に尋ねる。由紀はコクリと頷く。


「私はコンドーと言いマス」


「コンドー……コンドウ?日本人?」


「えぇ。出身がカナダの日系人デス」


 確かに、コンド―の喋り方は少しカタコトだ。会話をする分には全く問題ないが、よく聞いているとイントネーションが違っている。


 倉庫にいた時は眩しすぎてよく見えなかったし、外見を細かく観察している場合でもなかったから気が付かなかったが、コンドーは左の耳の下から顎にかけて目につく傷があった。血も出ていないし、ある程度は皮膚と同化しているから何年も前についた物なのだろう。


 髪はスポーツマンのように短く、白髪が混じっていた。年齢は四十過ぎくらいに見える。目が落ち窪んで不健康そうな隈が目立つ。


「どうして助けてくれたんですか?」と由紀が尋ねた。


「私はカミヤの使いっぱしりにすぎまセン」


 コンドーは前方に視線を固定したまま答えた。ハンドルを握っている両手が小さくゆらゆら揺れて、車線の中での車の位置を調整している。今になって気が付いたが、車内ではジョンレノンの『スターティング・オーヴァー』が繰り返して再生されている。


 僕は記憶を掘り起こしたが、そんな人物に心当たりはない。隣の由紀も首を傾げている。


「カミヤ……やっぱり聞いたことないな。どういう漢字を書くんですか?」


「神様の谷ですが、あの方はカタカナで呼ばれることを好みマス。名前を署名する時もカタカナを使いマス。よく分かりませんが、漢字よりもカタカナが好きなようです。漢字よりクールだからと言って。画数が多くてずっと見ていると目が痛くなるらしいです。なので、日系人で話す言葉に少しカタカナの混じっている私を使っていると言ってマシタ」


 よく分かったような、また新たな疑問が出てきたような、複雑な感じがする。とりあえず、カミヤという人物が少し変な奴だということは分かった。

 あと、コンドーの説明は語尾が時々カタコトになるので聞きづらい。


「先ほども言いましたが、ワタシはカミヤの指示に従っているに過ぎません。パシリです。貴方方を助けると決めたのもあの方デス。私には、カミヤの考えていることが分かりまセン。目的も、何をしたいのカモ。ただ、あの方には借りと言いマスか、契約があるので従っているだけなのデス」


 僕と由紀は黙ってコンドーの話を聞いていた。なるほど、嘘は付いていない様子だった。カタコトだけれど丁寧に説明してくれて、正直な人柄が話し方にも表れている。

 これ以上あれこれとコンドーにカミヤなる人物に関する質問をしても欲しい答えは帰ってこないような気がした。


 由紀は「じゃあ」と言った。「あの光も、カミヤの指示の通りにあなたが点けたってことなの?」

「はい。私とカミヤが一昨日から取りつけていマシタ。今日の朝に準備ができて、今日の夜にようやく電源に繋げまシタ。ぶっつけ本番だったので心配だったのですが、うまく行って良かったデス」


 含み笑いをしながら、コンドーは答えた。

 倉庫を出る直前に見た、狼と人間の姿が混じり合った枝川の姿と、他の狼たちの叫び声を思い出す。


「あのライトは何だったんだ?普通の光じゃないんだろ?」


「あれは紫外線デス。光に含まれる紫外線の割合も多いですし、強度を増幅させてもイマス。知っての通り、狼男は夜に、特に満月の日に力を発揮します。彼らは夜は強いですが、昼間は普通の人です。一日の中で強さが波のようにムラがあるのが、狼男の特徴デス」


 コンドーは時々バックミラーで僕たちの方を見ながら淡々と説明する。僕は目が合うたびに、反射的に頷いてしまう。


「つまり、狼男の弱点は太陽光なのデス。それは人間が技術的に生み出す疑似的なものでも有効デス。変身中に過剰な紫外線を浴びせると、私たちは平気ですが、彼らはピンポイントに急所なのデス。満月の夜から過剰な日光を当てられたことによる、強烈な変化はダメージになりマス。普通、真夜中から突然、日中に変わることなんてありませんから。適応できまセン。極寒の地にいて、突然、お湯に掛けられて火傷を負うのに似てイマス」


 最後の例えに僕は納得してしまった。枝川たちの苦しみ方は、まさに「身を焼かれるように」見えたからだ。狼の腕がほんの数秒で人間の形に戻り、彼らはそれを凝視しながら苦しんでいた。人間から狼へと変わる時は何十秒も、もしかしたら一分近くかけながら、徐々に変身していた。


「太陽光を人が作ってライトにして出すというのは、長い歴史の中ではなかったことデシタ……しかし、技術が近代になって大幅に進歩して、当たり前のように可能になってしまいマシタ。狼男にとって今の時代は、さぞ苦しいことでショウ……それが原因で、狼男は雪女との戦争に負けましたんデスカラ」


 コンドーはバックミラー越しに由紀を見て「ネ?」と言った。


 由紀は不機嫌そうに黙ったままだった。何も言いたくないのか、疲れ切って追及する気力がないのか。もしくは両方かもしれない。そのまま、車内は沈黙に包まれた。


 車は夜の道を走り続ける。時折、コンドーが車のギアを変える。ふと窓の外を見ると、いつの間にか国道に入っていた。


 僕と由紀は後部座席で揺られていた。由紀は座席に身を委ねると今にも眠ってしまいそうだった。由紀の体力が限界に近かったのは分かり切っていた。少し目を離していると、いつの間にか泥のように眠っていた。

 その寝顔を見ていると、いつの間にか僕も目を閉じてしまっていた。



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