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第二十五話 倉庫と無敵


 倉庫の中では、氷の割れる音が断続的に響いていた。


 由紀の優勢は長くは続かなかった。枝川は何度全身を凍らせても、それをぶち破って出てくるし、氷で切りつけようとしても必ず避けるか、自分の爪をぶつけて逆に氷を切り裂いて来た。


 既に由紀は防戦一方だった。枝川だけでも由紀は苦戦しているように見えるし、さらに他の七匹の狼も連携をとりながら襲ってくる。


 枝川の攻撃を弾いたかと思うと、間髪入れずに三匹の狼が地面を駆けて襲い掛かって来て、それを追い払うと、枝川が別の二匹を連れて襲い掛かり、その相手に集中しようとすると、背後から残りの一匹が不意打ちを狙ってくる。

 由紀は間一髪の所で防ぐ。こういうことが何度もあった。そしてまた枝川が接近してくるか、他の狼たちが間合いを詰めてくる。


 由紀の氷はだんだん脆くなっているように見えた。相手が離れた数秒の間に割れた氷を修復するしかない。その修復速度も遅くなっていた。僕にも分かるくらいなのだから、相手にも分かっているだろうし、由紀自身も自覚しているだろう。由紀の口元から出ている冷気も薄くなっていた。


 一瞬、僕は心の隅で由紀が負けることを意識した。このままの消耗戦では時間の問題のように思えた。

 もし負けるとどうなるのだろう。何をされるのか。由紀自身に対してもそうだし、僕もただでは済まないだろう。心のどこかで、由紀は最強なのだという確信のようなものがあって、信じ切って、それを当てにしていた自分がいた。


 この氷を操る雪女状態の由紀が打ち負かされるなんて想像していなかった。何の根拠もないのに。確かに凄まじい力で、かつて最澄も僕も圧倒させられた。だが、それだけだ。半ば僕の思い込みなのだ。自分が大変な間抜けに思えた。実際、そうなのだろう。


 狼が二匹、左右から現れて前足の爪を振り下ろしてくる。前方の相手に対応していた氷の足では間に合わない。由紀は両手を左右に広げ、手の平から氷の壁を出した。それが狼の爪と牙を防ぐ。パラパラと氷の破片が飛び散り、氷の足を振り回すと狼は身を引いた。


「やっぱりな」


 低く、唸るような声がした。狼たちは攻撃を止めて、枝川の後ろに下がり、巨大な一匹の狼だけが前方に歩いて来る。


 由紀の息は荒かった。マラソンを走り切った直後のように、口を開き、喉元から音を立てて呼吸している。体に休憩を与える時間が生まれて少しホッとした様子ではあったが、緊張は解けていない。しかし、そんな状況でも枝川の言葉に質問を投げる。


「何が?」


「お前は強い。恐らく、普通に俺たちが束になっても勝てるかどうか五分ってところだろう」


 枝川は狼の眼で由紀を見つめながら言う。狼の口が少し複雑に動き、そこから人間の言葉が出てくる

ことに今更ながら違和感を感じる。


「本来なら戦いは一瞬で終わってもおかしくはなかった。工場の中を無差別に、俺たちごと氷漬けにしてしまえばそれでおしまいなんだからな。でも、お前はそれをしなかった。できなかった。なぜか言ってやろうか?」


「やめて……言わなくていい……」


 由紀は蚊の鳴くほどの声をふり絞った。それを無視して、枝川は乱暴に言葉を続ける。


「その人間のせいだよ。お前はその人間を守らなければいけない。守らざるを得ない。そういう戦い方になる。何も考えずに派手に戦うと、巻き添えを食らわせることになるからな。その人間が怪我を負うことは確実だろう。だから、今みたいにチマチマとその人間を庇いながら戦うしかできない。

 誰かを庇いながらの戦い辛さはとんでもないからな。それが恋人だと尚更だ。攻撃よりも、守りに重点を置かなければならない。攻撃を食らったら負けみたいなもんだ。人間は脆いからな。正直、邪魔で仕方ないだろ?集中できないだろ?実力の四割くらいしか、出せてないんじゃないか?そして実際、そのまま消耗させられている」


 枝川が機嫌良く長々と語る。リズミカルな歌でも歌っているのかと思うほど、声が弾んだような調子だった。

 由紀は何も言わなかった。歪められた口元が図星と語っていた。枝川は満足そうに含み笑いをする。


「そう……最初に俺たちが三島に構っている間に、三島ごと俺たちを氷漬けにしていれば、それで終わってたんだ。三島を捨てるという冷たい選択をしていればな。でもお前は手元に三島を戻した。その時にはもう遅かった。そこから俺たちは攻撃の手を緩めない」


 枝川は、床に転がっていた拳骨ほどの氷の塊を見やり、右の前足で蹴とばした。


「雪女が氷を生み出して使用するには、頭でイメージを構築する必要があるんだろ?ましてや広い空間を凍らせるなんて、普通の雪女なら二日かけてできるかどうか分からない。でも、お前の能力なら四分か五分って所らしいじゃないか。三島も契約の時に見たんじゃないか?」


 枝川は僕の方に目を向ける。僕は神社での出来事を思い起こす。目を閉じていた間の時間と目を開いた時に辺り一面が氷漬けになっていた時の情景が頭の裏に浮かんだ。

 由紀が震えた声で問いかける。


「どうして、そこまで詳しく知っているの?」 


「教えてもらったのさ。集中する隙を与えるなってな。計画してくれたあいつに感謝だ。雪女は自分の頭の中で描いたイメージを氷で具現化する。ほとんどの奴は馬鹿の一つ覚えみたいに吹雪を出すか、つららを出すことしかできない。これほど、いろんな戦い方ができて、精密なのはお前くらいらしいじゃないか……だからこそ、選ばれたんだろう?」


 由紀は唇を震わせて、今にも殺しそうな目で枝川を睨んでいた。目が見開いている。そして小さく呟いた。


「殺してやる……」


「殺してやるとは、できるのならとっくにしているだろう?できないから、俺はまだ生きていて、お前は追い詰められている。いくら強大な力を持っていたって、周到に計画をしてかかって来る奴には適わないさ。実は脳筋だったは、お前達の方なのさ」


 後ろから、狼たちの笑い声が聞こえる。枝川も勝ち誇った笑みを浮かべている。由紀は目を血走らせて怒りを露わにしていた。僕は絶望した顔をしていたと思う。


「俺たちはその人間が生きようと死のうとどうでもいい。いや、死なないようにギリギリを攻撃するんだがな。それをお前は身を削りながら守り続ける」


 楽しくて仕方ないという声音だった。後ろの狼からも笑い声が聞こえる。


「教えてやろうか?無敵の雪女の弱点を。お前だよ、三島」


 枝川は僕を見やった。巨大な狼の丸い目に僕は吸い込まれそうになる。


「その女はお前を守りながらジワジワと追い詰められる。惚れた人間のせいで力が出せなくてな。大切な人間を作ってしまった事が敗因だ。おかげで俺たちは勝つことができる。お礼を言わせてくれ。ありがとうな、三島」


 枝川は後ろを向いて鼻を二回鳴らした。狼の陣形が変わる。


「お喋りはそろそろ止めよう。お前の氷は強度も弱くなっているし、さっき全身を凍らされたが、脆い。紙テープで全身を巻かれてるのかと思ったぞ。もう通用しない」


 由紀は反論せず、ただ茫然と枝川の言葉を聞いていた。僕は呆然として何も考えられなくなってしまっていた。全身にかかる重力が一気に重くなったように感じた。

 枝川だけが、上機嫌で話し続ける。こんなに話す枝川は異様だった。完全に頭がハイになっている。


「この倉庫の中を全部凍らせても、人間には通じても今日の俺たちには通じなかったかもな。月の力が大きいからな。力が溢れてくる。今日に限って負けるはずがない。そろそろ月が夜空の頂上に上る。そうなれば、俺達の力も最大になる。それでタイムリミットだ。お前らは、終わりだ」





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