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第二十四話 遠吠えと衝突


 遠吠えをやめると、狼たちは僕と由紀の方を向いた。すぐに飛びかかるような事はしない。まだ距離は離れている。狼はお互いにチラリとアイコンタクトを取りながら散開する。


 タタッ、という地面を跳ねる軽やかな音が断続的に続く。狼たちは絶えず左右に素早く動いている。時々、じりじりと間合いを詰めるように足踏みをして近づくような素振りを見せたかと思うと、遠ざかったりする。それを八匹が繰り返す。


 一匹が襲い掛かって来ると思って身構えても後ろに下がったと思えば、別の奴がその後ろから出てこようとしたりする。こんなことをしているといずれこっちの気が持たなくなってしまう。その時を攻め込むのかもしれない。枝川だけは最初の位置でジッと動かない。


「オォオォーーン」


 再び、枝川が遠吠えを上げた。他の狼も同じく遠吠えをした。先ほどの遠吠えよりかも短い。所々で抑揚をつけて声を途切れさせている点も違っている。遠吠えとは狩りを始める合図だという話を思い出して、一人でゾッとする。


 僕は短時間で、狼たちにペースを握られていることを実感していた。由紀が氷の隕石を出して工場の一部を破壊した時はあれほど相手に衝撃を与えられていたのに。あの氷の隕石は地面でもう表面が溶けだしている。もう誰も見向きもしていない。


 由紀は険しい顔をして目線を忙しなく、素早く動く狼たちを追っている。でも、全てを捉えられているようには思えない。


 二匹の狼が、急に距離を詰める。そして由紀と僕に飛びかかる。


 僕の頬にひんやりとしたものが当たった。僕の周りに冷気が漂って、空気の中に白い靄のようなものが混ざる。


「アタタ…」


 由紀は小声で呪文のような言葉を唱えた。すると、ビキビキと音を立てながら、由紀の背中と肩の間から、先ほどの大蛇のような氷が生えてきた。

 太く長い氷の大蛇は由紀の背中から左右で三本ずつ出てきていている。常にグネグネと細かく動き、足の先端は鋭く尖っている。


 いや、これは大蛇と言うよりも「蛸」だ。蛸と言っても、クラーゲンの足だ。

 氷の足は左右合計で合計六本ある。最初の大蛇ではなく、蛸のように見えると思ったのは、この見た目のせいだ。蛸にしろ大蛇にしろ、由紀はグネグネ動く太く長い氷を出すのが得意なのかもしれない。


 九尾狐という九つの尾を持つ狐の霊獣の絵を見たことがあるが、それを思い出した。凛とした表情の狐が、九つの尾を花びらのように広げて先端を前に向けている絵と、今の由紀に似たものを感じた。狐よりも蛸の方が明らかに不気味だけれど。


 飛びかかって来た狼は空中で牙と爪をむき出しにしている。由紀は氷の蛸の足で手前の地面を思い切り叩く。そして曲がった蛸の足はバネのように縮んだ後に伸びて、地面と反発して由紀と僕の体を後ろに三メートルか四メートルほど飛ばす。狼の爪は空気を切った。


 僕たちが空中で慣性に乗って浮いている間に、別の狼が突進してくる。由紀は左真ん中の蛸の足の腹で、そいつを右に叩き飛ばす。狼は「キャン!」と声を立てて、壁に打ち付けられる。


 背後で魚の首を包丁で落とす時のような音が聞こえた。後ろを向くと、いつの間にか狼が迫って来ていた。しかし、狼は右足の付け根から左の脇腹まで切り裂かれていた。僕が振り向いた直後には大量の血を吹き出して、ボトリと地面に落下した。氷の蛸の足の先端には血が滴っていた。


 僕は「こんなの、ありかよ」と呟いた。初めて妖怪同士の戦いを間近で見て、度肝を抜かれていた。


 狼たちは明らかに攻めあぐねていた。僕の目から見ても、由紀の背中から出ている蛸の足は強力だった。

 自在に短くも長くもできて、リーチの制約がない。鞭のようにしなる。筋肉のように力を溜めて、一気に解放することもできる。三百六十度、どの方向にも動かすことができる。無敵じゃないかと思った。

 正直、えげつなかった。氷でこんな事ができるのかと思った。


 狼からの攻撃が収まっている間に、由紀はさらに二本の氷の足を生成した。足は全部で八本になる。六本で僕と自分を包み込むようにして防御し、二本を前方に突き出して牽制している。冷気が常に漂っている上に、氷にも囲まれていてかなり寒い。


 僕は由紀に抱えられている形だった。至近距離の由紀の横顔を下から見る。冷たい目と口から漏れる白い息は、紛れもなく雪女の姿だ。ほんの少しだけ怖くなる。


 倉庫に唸り声が響く。一際大きく、大型トラックのエンジン音のようだ。ようやく、狼の姿をした枝川が歩いて来る。周りの狼たちは一歩下がって動きを止める。


 由紀はジッと枝川の方を見る。右手を開いて、物を投げるように前方に振る。四本の氷の足が、地面を這って枝川に接近する。


 枝川後ろ足で華麗にジャンプし、絡みつこうとする氷の動きも、叩き潰そうとする動きも、しなやかに体をくねらせて俊敏に避ける。軽快に空を跳ねる。


 しかし体の高さだけで二メートル以上あるので、当たる時が来た。しかし二回連続で腹部を叩かれても吹き飛ぶどころか、全く効いていなかった。直撃ではないし、枝川の体に蛸の足が押し返されるみたいだった。体毛が衝撃を和らげているのか?


 間髪を入れずに、由紀は別の蛸の足の先端で突き刺そうとする。しかし枝川は間一髪で避け、前足を振って、爪で氷を砕いた。破片が飛び散る。


 枝川は再び走り出し、僕たちの方に飛びかかってくる。

 この時を待っていたとばかりに、由紀はフッと笑い、素早く手を前方に出した。手の平から水のような液状の氷が噴射され、枝川を包み込んだ。最澄の氷だと思った。水のようにうねる氷の波。それを空中に放出したのだった。


 液状の氷の流れが止まり、枝川は空中で氷漬けになった。

 ようやく、終わったかと思った。


 しかしピシピシと音が鳴る。氷にヒビが入っていた。やがて氷全体にヒビは行き渡り、豪快に割れた。氷の破片と共に、中から氷漬けにされていた枝川が再び出てきて自由になる。空中で丸ごと凍らされてから、まだ地面に落ちてすらいない間の出来事だった。


「効かねぇよ」


 低い獣の声が裏に混じっていた。枝川は僕らに飛びかかるのを止めていなかった。

 空中で徐々に距離が縮まっていく。巨大な狼の顔が迫って来る。僕の本能は本格的に危機を察知したのか、全ての動きがスローモーションに見える。


 横からビキビキと音がする。由紀の背中から出ていた氷の足が、さらに太くなる。上塗りするように表面を凍らせ、それを何回も繰り返している。八本の足が二本ずつ合わさり、四本になる。太さが倍になる。それが僕の前を守るように囲む。


 枝川の降り下ろす爪と、由紀の動かす氷が衝突する。


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