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第二十二話 大蛇と隕石


「まぁ、そんなに緊張するなって」

 枝川は相好を崩して言った。

「夜はまだ長いんだからさ。楽しくお喋りしようぜ」


 周りの男たちは陽気な雰囲気だが、由紀は彼らを冷やかに睨んでいた。突き立てている視線は冷たいが、頭の中は怒りで煮えたぎっているのが雰囲気で分かる。


 ほとんど拉致に近い方法で連れてきて、楽しくなんてほざきやがって。ふざけてんのか。汚らしい笑い声に満ちているこの空間をぶち壊したくて仕方なかった。


 僕は枝川に向かって問いかけた。

「結局、お前らは何がしたいんだ?彼女を好き放題したいだけか?」


「てめぇとは話す気ねぇから。自分の立場をわきまえろ、ゴミが」


 枝川はこう言って、ナイフを突き立ている隣の男に何かジェスチャーした。頷いた男は僕の所にやってきて、僕の腹部と顔を殴りつけた。

 男は拳をふるいながら「元はと言えば、てめぇのせいなんだよ。お前が手を出してなきゃ、全部うまく行ってたのによ」と叫んでいた。


 マジかよ、こいつら。


 遊びではなく、渾身の力で殴られているのが分かった。顔の左側に激痛が走り、ジンジンする。口の中が切れて、血の味が広がった。マジかよ、と思った。四回連続で殴られた。

 余裕で犯罪じゃん。何が目的が分からないが、ここまでするとは思わなかった。


 殴られながら、お前らみたいな頭が悪い連中、どんな女もお断りだろ。相手にされるわけない。もっと自分を見つめなおせ、と思った。


「なんだと?」

 男はこめかみに血管を浮き上がらせた。

 ……声に出てたみたいだった。どこからかは分からないけれど。痛みで頭がハイになってしまっているのか、全然気が付かなかった。

 やってしまったとは思ったが、後悔はなかった。


 男は拳を振り上げた。僕は目を瞑って衝撃に備えた。まだ殴りたいのなら殴ればいい。どうとでもなれ、と思った。


「やめておけ」と枝川が言った。「それ以上殴り続けたら、この女の堪忍袋が限界だ」


 視界が霞んで由紀の顔は見えない。だが、目を見開いて今にも僕以外の全員を殺してしまいそうな威圧感を出しているのが想像できる。周りの笑い声も止んで、息を飲む雰囲気が伝わる。

「最後の忠告だ。黙って俺の物になる気はないか?」


 枝川が低い声で問うた。由紀の声は聞こえなかった。


「……やっぱり無理だろうな。そりゃあ、そうか……どうしてお前は『銀霰姫(ぎんようき)』にならなかったんだ?」


 由紀の息を飲む声が聞こえた。枝川の言葉に反応したのは明らかだが、なぜなのか分からない。

 ギンヨウキ?……


「なるほど……そういうことだったのね……薄々、気付いてはいたけど……」

 由紀は言った。

「そんなことで、あなたはこんなことを……」


 言葉が後ろに流れるにつれて、含まれる怒気が大きくなっていった。


「俺は頼まれたに過ぎない。俺たちは戦争に負けてるんだから、従うしかない。正直、お前らがどうなろうとどうでもいい。命令されたからやってるだけだ」


 枝川はこう言った。どういうことだ?何を言ってるのか分からない。


 僕はと言えば、まだ顔の右側とあばらがジンジン痛んで、頭は回らないしバランスが取れず体がふらついて立てない。視界はまだ少しぼやけている。確実に後々に青あざになるだろう。でも今が大丈夫ならそれで良しと思わなければいけないのかもしれない。


 枝川の方を見る。乱暴に頭をガシガシと掻いて、髪が乱れている。

「これ以上、変に時間をかけても、もう無駄だろう。これを飲ませるのも無理だ」


 右ポケットから小瓶を掴んで取り出し、地面に叩きつけた。ガラスの割れる高い音がする。枝川の足元に液体が飛び散る。


「こいつでお前を眠らせてから、里に持ち帰ろうと思ってたんだ。そのために近づこうとしたが、その彼氏が邪魔だった。最初からお前が素直に付いて来たら良かったのにな。こいつは人質だ。いや、大人しく付いてこい。命令だ」


 再び、顎の骨の辺りにナイフが当てられる。由紀は僕の方を見た。


「私は今、怒ってる。とても、怒っている。あいつらにも、お前たちに対しても。ただでは許さない。もう、何も隠す必要はない。遠慮もいらないわね」


「ドゴォォォン」


 突然、倉庫中に轟音が響いた。トラックでも横から衝突してきたかのようだった。誰かが壁を叩いている比ではない。

 地面が小刻みに揺れて、地震かと思った。由紀以外の、この場にいる全員の体がよろける。


「なんだ、あれは」

 男たちが声を上げて慌てる。


 左上を見上げると、倉庫の壁が割れて壊れかけていた。壁の裂け目は大きくなり、その割れ目から、巨大な楕円型の氷が内側へと突き刺さっていた。

 ミサイルか隕石が不時着したのかと思った。小さめの一軒家よりも大きいかもしれない。氷の隕石はゆっくりと工場の内側に入り込んでいく。


「パキン」


 首元で乾いた音が聞こえた。隣の男が僕に突きつけていたナイフが弾かれて、空中を舞っていた。男も不意を突かれたようだった。彼は巨大な氷の隕石に目を奪われていて、さらに手元のナイフが消えているのを見て「あっ」という間抜けな声を出した。


 体がぐいと引っ張られる。細い枝のような氷が数本、僕の腕に絡みついている。氷は僕を一気に由紀の方まで力強く引っ張る。由紀はまだ速さが残っていた僕の体を抱き止めた。僕を引き寄せた氷の枝は由紀の肩の後ろから出ていた。


「気付いた?すぐに助けられなくてごめんね」と由紀は少し笑って言った。


 僕の足元で「パキッ」と何か踏んだ音がした。反射的に視線を下にやる。何も落ちてないように見えたが、何か視界に動いているものがあった。視界を凝らすと、足元で透明な線が蠢いていた。


 由紀の足元から三本ほど散らばっている。セロハンテープかと思ったが違う。これも氷だった。数センチほどの細い氷が、外の出口に向かって伸びている。厚さも薄く透明なので、遠目では全く気が付かなかった。


 由紀は右手を肩の高さまで上げた。そして人差し指を立てて地面に向ける。地面をほとんど見えないくらい太さで這っていたセロハンテープのような氷は一気に膨れ上がり太さを増して配管のようになり、やがて、木の根ほどに太くなる。映画のCGを見ているようだった。


 いや、太い氷がうねる様子は氷の大蛇のようだった。出口は三匹の氷の大蛇に隙間なく埋められた。体をねじ込むようにして入って来ているようにも見える。入り口がメキメキと音を立てて形を変えていた。


 氷の隕石は工場の右上の角をめり込みながら入ってきていた。楕円の輪郭が露わになる。大きさも膨れ上がっている。

 隕石の側面からは、出口に詰まっているのと同じ大蛇のような氷が三本も繋がっていた。いや、この氷の大蛇は工場の外に向かって伸びていて、その終着点が氷の隕石なのだ。由紀の足元の大蛇のような氷と、隕石の側面にくっ付いている大蛇のような太い氷は繋がっているのだ。


 さっきまでセロハンテープのように薄い氷を外へ這わせて、外で氷の大蛇三匹を生成して氷の隕石を支えていたの


「こんなこともできるのか……」と、僕はあっけに取られた。

「めちゃくちゃじゃん」

 正直、本当にデンジャラスな彼女だなと思った。助けてもらっておいてなんだけど。


 やがて、隕石は完全に工場の角を崩してそのまま地面に衝突する。

 再び、轟音が起こる。男たちは慌てたように騒いで、勝手に散らばり始めた。氷の隕石はバラバラに割れて、岩石の塊が散らばる。冷たい空気が遅れて僕の頬にやって来る。


 広い工場の左隅、四分の一から三分の一は完全に崩壊していた。天井からボロボロと屋根らしい金属の欠片が落ちてくる。壁も歪み、異様な音を立てている。工場が崩れるのも時間の問題だろう。

 工場の四角の一つは大破し、僕たちの前方には氷の大蛇が這っていて、対角線上の入り口を塞いでいる。


 枝川はソファーからいなくなっていた。出口から離れた、左側の被害のない場所に移動し、仲間を後ろに連れていた。


 由紀は僕を抱え込むようにした。僕は顔の血が由紀の服に付いてしまうと、今は気にするべきではない心配をしてしまった。



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