第十六話 水着と気象庁
夏休みが終わり、大学の後期が始まった。二か月もある休みは長いと思っていたが、終わってみれば一瞬のように感じられた。
十月も半ばに入りかけていた。だと言うのに、まだまだ日は高くて暑い。気象庁の定義によれば夏は六月から八月で、秋は九月から十一月だそうだ。だから暦の上ではもう秋に入ってから一か月経っていて、あと二か月で冬に入るなんて到底信じられない。
まだこんなに暑いのに、だ。特に夜中はジメジメと暑いし、耳元の蚊の羽音に激怒しながら目覚めることもしばしばだというのに。
先日、後期の授業の履修登録期間が終わった。僕と由紀はほとんど同じ授業を取った。二年と三年で楽をしたいから少なすぎず、しかし多すぎて疲れ過ぎないくらいの授業を選んだ。
「これでも理系の学部生からすれば驚かれるほど楽らしいぜ?」
講義室から講義室へ移動している時に弘が言った。
「あいつらは授業数も倍くらい多い上に、課題も出るし、実験もしなきゃいけない。あいつらみたいな大学生活を送るのは俺には無理だな。軽蔑する」
「尊敬だろ、そこは。軽蔑はすんなよ。でもまぁ、そんなもんなんだ」
僕は理系の知り合いがたまに顔を合わせる程度の奴しかいなかったから詳しく知らなかった。だから「へぇ」と頷きながらこう返した。
どっちにしろ、面倒くさいものは面倒くさい。しかし授業が再び始まって一週間経つとほとんど慣れてきた。
僕はこの変化にデジャブを感じて、その正体に思い至った。
「これ、あれだ。高校の時の夏休み明けってこんな感じだったよな?『始業式の次の日から夕方までフルで授業とかマジかよ』って思ってたな。三日前まで一日中休みだったのにさ。体が授業に慣れてなくてしんどくて仕方なかった。でも、慣れたら普通になるんだよ」
「人間は適応する生き物だからな。俺のオヤジもブラック企業に適応してるからよく分かるよ」
弘は自嘲気味な声音で言った。何と言っていいか分からなかったので困った。
「帰ったら肩でも揉んでやれよ」と言っておいた。
夏休みの間は、由紀とは何回も一緒に遊びに行った。映画を見に行ったり、カフェに行って半日時間を潰したりした。隣の県の神社を見に行ったりもした。よく時間を合わせて一緒に昼食を食べに行ったし、夕方に会って適当に散歩したりもした。
海にも行ったが、砂浜を歩くだけで泳ぎはしなかった。波の音を聞きながら裸足で歩くだけでもロマンチックで胸が一杯になった。
浅瀬では泳いでいる人がいて、それを見て少しだけ羨ましくなった時もあった。水着の女性を見て、由紀にも着て欲しいなと声には絶対に出せないけれど、強くそう思った。
海に行った後の数日は、頭の中で由紀が様々な色の水着を着て登場した。テレビなんかで海水浴の映像が出てくると、そのインタビューを受けている女性が着ている水着を僕の脳内の由紀が着ていた。ちょっとだけギルティーかもしれないと自分でも思う。
しかし全ての罪は由紀が可愛すぎることに起因するのだから、自然の節理のように仕方のない事だとも思えた。なるほど、由紀の可愛さがギルティーだったのか。謎が全て解けた。
一日に何回、「かわいい」と思ったか分からない。夜眠る前に昼間に会った由紀を思い始めると眠れなくなって、目を開けて時計を見ると三時間半経っているということもあった。ついこの前に、由紀と指きりげんまんをして、また来年、次は水着で一緒に海に行こうと約束した。由紀は苦笑いだった。
正直、「由紀」という呼び方がまだ慣れない。「由紀」と口には出すけれど、いつも呼びかける時は頭の最初に「真城さん」と出てきて、そこから「由紀」と変換して口から出力する感じになる。
既に「真城さん」で頭の中に定着してしまっているし、外見のイメージから「真城さん」っていう名前の感じがピッタリなのだ。ちょっと高級感がある響きがとてもマッチしているように思える。
それに「さん」付けが似合う人というのはいるものなんだ。たまにだけれど。皆から「くん」を付けて呼ばれたり、ずっと苗字で呼ばれたりする人がいる。それは遠慮されているのではなく、その呼び方がその人の雰囲気とマッチしているからそう呼ぶだけの話なのだ。「真城さん」という響きはその類だ。
「由紀」と呼ぶと響きがスラッとして、一気に雪女っぽくなる。「ゆき」だから当たり前なんだけど。由紀という名前も、合っているには合っている。しかしまだ呼び慣れない。
だがまぁ、自分の彼女を「さん」付けで呼ぶのは変な気がするのも確かだ。そういうカップルも世の中にいるにはいるのかもしれないけれど。いつまでもそれでは寂しい気もする。
こう呼んで欲しいと言われたから呼んでいるけれど、まだ下の名前で呼ぶ度に胸がなんだかむずがゆい感じがする。恥ずかしいのと緊張が入り混じる。
悶々と何日も考え続けて、ある日、僕自身が由紀から「春樹」と名前を呼ばれる度にドキッとしていることに気が付いた。「真城さん」ではなく「由紀」と呼びにくい理由をあれこれこじつけて考えていたけれど、ただ単に恥ずかしかったのだ。
好きな人が自分の名前を呼んでくれるという、それだけで嬉しかった。「はるき」というたった三文字がここまで自分を揺さぶるなんて、自分の名前は何かの呪文なのではないかとすら思った。
いつか慣れるのだろうか。それとも呼び方を変えた男女全員が通過する心情なのだろうか。だとすれば、今のうちに十分に味わっておくべき感覚なのかもしれない。




