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残されたモノ  作者: momo
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番外編 セラの不安



 イクサーンの王カオスが認めた事によりセラとセリドの婚約は確定し、セラは再び城での生活を迎える事となった。

  

 決定してしまえば何かと不満はあるものの口うるさい大臣達はそれに従い、セラを迎え入れる準備が水面下でせわしなく執り行われ、セラは瞬く間に王太子の婚約者として世間に認識される。

 セリドはセラを守る為何事にも認められる存在になろうと、成人してから急激に増えた政務に多忙を極めていたが常に上機嫌であった。(実の所はセラに会えない為超不機嫌)

 それに反してセラは溜息を付く回数がめっきり増えてしまう。



 ラインハルトが世を去って既に四年。

 考えないようにしてはいる物の、やはりこの時期になるとどうしても心に広がってしまうのは失ってしまった人への想い。

 セラは今も薬指に青く輝く指輪に視線を落とした。

 あれ程に強く愛していたのだ、そう簡単に気持ちの切り替えが出来る筈もない。

 ラインハルトを愛している心は変える事が出来ないけれど、それでもセリドを愛していると言える。二つの愛情の訳目が見えず、セリドに対して後ろめたい気持ちもあった。

 セリドは何故こんな自分を認めて愛してくれようとしたのだろう。

 ラインハルトを思うセラを受け入れ、ラインハルトにセラへの愛を誓ってくれた。

 「このまま甘えてもいいのかな…?」

 刹那的時間の中で、全身全霊で愛し愛された人。

 生に対する執着を忘れたセラに命がけで生きる事をぶつけて来た人。

 二人に対する感情は間違いなく愛すると言う気持ちだ。

 今はセリドと共に生きて行きたいと願うのに、王太子としてのセリドの隣に立つ不安がセラを悩ませていた。 

 過去に一度下した決断。

 二度目の決断だとは言え、一国を背負う人の隣に立つ事の重さにセラは不安を持っていたのだ。

 


 「ま~た悩んでるでしょ?」

 薬草を採取した籠を抱えたままぼんやりと立ち尽くすセラを覗き込んだのは、セラが城に上がると同時に近衛として側に付いたマウリーだった。

 満月の光の中で翡翠色の瞳が輝いている。

 「わたし逃げてるよね。」

 王太子妃になる不安から逃げている。

 城に上がってからも薬草を採取し、魔法薬を作っては必要な人に配ると言う事を続けているのは、それが自分にできる唯一の事だと言うのもあるが、外に出る事によってこれから負う責任から逃げ出したいと言う気持ちも重なっていた。

 「ただのセラならまだ良かったのかも…」

 自身の出生を聞かされた時は何の冗談?と怪訝になった。

 ルー帝国皇帝の妹、シャナ皇女。

 その人がセラの母親だと言われても全くピンとこないのが現実。

 孤児として育ったセラにとって皇家の人間など手に届かない神様の様な存在。カオスが言うにはセラはシャナ皇女が産み落とした遺児なのだそうだ。父親は解らないと言う。

 今更親の事を詳しく知りたいとは思わなかったが、捨てておきながらも毎年孤児院に多額の寄付を寄せていたことから少しは気にされていたのだと言う事が解る。それがなくなったのはアスギルの暴挙によって皇家が断絶されたからだろう。

 自分は親の仇を討っていたのだと知った時、何故今までその事実が隠されていたのかを知りたかった。隠さなければいけない事だったのか?アスギルが皇家の血を断絶させきれていなかったと知った時、セラ一人が標的になる事を恐れたカオス達の優しさだったのか…セラは何故かそれを聞いてはいけない事の様に感じていた。

 「ただのセラちゃんなら王妃としての期待に応えなくてもいい?」

 痛い所を付かれ、セラはふっと笑った。

 「魔法使いのセラとしてなら応える自信はあるの。だけど皇家の血を退く娘として当たり前の事を求められても応え方が解らない。」

 ただのセラなら精一杯の思いでセリドに尽くし、イクサーンの為に全てを曝け出せる。でも今セラを取り囲む現実は、闇の魔法使いを封印した娘から皇家の仇を取った娘に変化を遂げていた。

 セラの知らない所で勝手に崇拝され戸惑う時がある。

 「確かに民衆はセラちゃんに普通の王太子妃以上の事を求めているかもしれないけど、わざわざそれに応える必要は微塵もないんじゃない?王太子妃の貫録なんて時間がたてば否応なしについて来るものなんだし、それにセラちゃんは普通の妃以上の事をやってのけて皆の心を掴んでる。」

 自身の手を汚して民に使える妃なんて聞いた事がないよと、マウリーはセラの抱える薬草の入った籠を受け取った。

 「それにセリドの隣にいてやってよ。セリドはセラちゃんが隣で笑っていてくれるだけで良き王になれると思う。セラちゃんて無意識に人を幸せにする力を持っていると思うんだ。」 

 マウリーの言葉にセラは慌てて首を振る。

 「そんな事ないよ、わたしはこの瞳のせいで疎まれて育ったんだもん。」

 「綺麗だよ―――」

 「―――え?」

 「その瞳はとっても綺麗だ。初めてみた時からずっと変わらず綺麗な瞳だよ。」

 優しく見下ろす翡翠色の瞳。

 セラの異質な目を見て、心から綺麗だと言ってくれたのはマウリーだけだった。

 「ありがとう、そんな風に言ってくれたのはマウリーさんだけだよ。」

 月明かりに照らされた優れた容姿を持つマウリーに見つめられ、セラは恥ずかしさにほんのりと頬を染めた。

 「あいつらの目は節穴なんだ。」

 マウリーはにっこりとセラに微笑んだ。

 




 セラが城に戻ったのは夜明け前。

 寝台に潜りこもうとした時には既に空が白みかけていた。

 「うう眠い…今日は昼まで何もなかったからゆっくり寝よう―――」

 シーツを被り瞼を閉じた瞬間、セラは悲鳴を上げて飛び起きる。

 「セラちゃん?!」

 セラの悲鳴を聞いて別れたばかりのマウリーが寝室に飛び込んできた。

 「あれ、マウリーさんまだいてくれたの?」

 「一応僕は近衛だからね。」

 いったいいつ眠っているのだろうと思う位、マウリーは常にセラの側にいてくれる。

 「ごめんなさい…」

 マウリーが好きでやっている事とはつゆ知らず、役目のせいで大変なのだと思うセラにマウリーは眉を下げた。

 悲鳴を上げたが何か問題があった様子ではない。

 「所で何があったの?」

 マウリーの言葉にセラは再び重大な事を思い出す。

 「早朝稽古…忘れてた。」

 「え…?」

 マウリーまでも嫌そうな顔をする。


 セラが城に戻ってからウェインによる剣の指導が再開された。しかも今回からは数日に一度ある早朝稽古にも強制的に参加させられている。 

 稽古においてウェインは手加減するような事はしない。セラの実力ぎりぎりの力の場所を見計らい稽古を付けて来る。

 こんな寝不足の状態ではとてもあの稽古に付いてはいけない。

 「逃げよう―――」

 セラは言うなり寝台を下りるとおろおろと隠れる場所を捜し出した。

 しかしこの部屋にいる限り鍵をかけていようとウェインは勝手に侵入して来る。セラの寝室まで堂々と入り込み、眠っていようなら無理矢理寝台から剥ぎ取るのだ。セラの寝室に入り込めないのは婚約者のセリドくらいのものだった。

 「どうしよう…マウリーさんどこかいい場所知らない?!」

 「う~ん、こればかりはなぁ…」

 剣術馬鹿と化したウェインの稽古から逃げ切る方法などあり得ない。

 二人でよさそうな場所を考えていると、セラは何かを思い急に顔を輝かせた。

 「セリドの所に行く!」

 「はぁ?!」

 「あそこにはまだ隠れた事ないから絶対大丈夫だと思わない?」

 本当はリリス王妃の部屋とかの方がよさそうだけど無理そうなので…

 何を馬鹿な事を言っているのだとマウリーはセラを引き止めようとして―――伸ばした手を引っ込めた。

 「そうだね、楽しそう。」

 マウリーの不敵な笑みにも気付かず、セラは名案だと部屋を飛び出して行った。


 セラを送りだしたマウリーは大きく伸びをする。

 「後はウェインに任せてひと眠りするか。」 

 後でセリドのご機嫌伺いに行くのが楽しみだと、マウリーは浮足立って部屋を後にした。




 


 セリドの部屋を訪れると現れた近衛が戸惑いを見せたが、セラはそれに構わず一直線に寝室を目指した。

 なにはともあれ眠いのだ。

 寝室に踏み入れるとセリドは眠っているようなのでセラは安心する。

 勝手に寝台に上ると隅に陣取りそのまま丸くなって瞼を閉じた。

 (ああ…至福の時間)

 これで心おきなく眠れると思った瞬間には意識を手放す。



 そしてその数分後―――


 早朝稽古に姿を現さないセラを迎えに行ったウェインは、部屋にいないセラを捜して迷うことなくセリドの部屋を目指した。

 突然現れたウェインの形相にセリドの近衛は道を開け、次に近衛がウェインを見た時には小脇にセラを抱えていた。

 

 その後、寝室からはセリドの悪態が聞こえて来る。

 取り合えずそっとしておこう―――

 近衛は何事もなかったかに物陰に姿を消した。 


 


    


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