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残されたモノ  作者: momo
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番外編 セリドの憂鬱


 四半世紀の時間を超えてセラが再び世界に舞い戻って来てから四年の歳月が流れた。

 この年の夏、年に一度都で開催される夏祭りでセラはカオスの隣に立ち、イクサーンの民衆の前で次代の王となるセリドの婚約者として紹介された。


 カオスはセラに関しての情報を偽りなく発表した。

 セラが闇の魔法使いを封印し、時間の流れが異なる結界の中に留まった事により、再び外の世界に姿を現した時には二十五年の歳月が過ぎていた事。セラを産み落としたのがルー帝国最後の皇帝の妹、シャナ皇女である事までをも明らかにしたのだ。


 セラの存在は民衆の間でも既に噂に上っていたので、割と簡単に受け入れられた。

 それよりもセラは街で民に交じり薬を売り、貧しい者には無料で配ると言う活動をしていた為、セラがあの封印に呑まれた伝説の魔法使いの少女だったのかと皆が驚き、意外に近しい存在に感じたため民衆たちはセラに近親感を持ち、王太子の妃になる事を喜んだ。イクサーンにルー帝国時代の民が多く生き残っていた事も彼らがセラを受け入れるのに一役かっていた。


 ルー帝国の十八代皇帝は妹のシャナに対しては異様な執着を見せてはいたが、民にとっては国を盛り立て圧制を敷く訳でもない良き支配者であった為、シャナの血を退く皇家唯一の生き残りであるセラが仇であるアスギルを封印したと言う話も美談となり、彼らの心情を後押しした。

 シャナ皇女とハクヨ帝の近親相姦の噂は未だに残ってはいたが、皇家一門の殆どが碧眼の持ち主で、赤い瞳と言う珍しい色を持つ者は皇家には存在していない。そのお陰でセラの出生が悪しきものと噂されても、幸いな事にセラを慕う民衆らはそれは偽りの話だと認識した。


 だがカオスが唯一隠し通したのはセラの父親の名だ。

 セラの父親がアスギルだと言う事実だけは決して知られてはならない事だった。

  


 

 セリドが十七歳の年を迎えた夏、リリス王妃の再三にわたたる執拗な要請により、セラが再び城に戻って来る事になった。

 花嫁修業再開…と言う名目だったが、結局の所はリリスの我儘だ。

 婚約して二年、翌年には正式に夫婦となる。

 それを前にセラが城に戻り同じ屋根の下に住めると言う事は、セリドにとっては諸手を挙げて歓迎すべき出来事だった。

 セリドが十五歳の歳にセラと婚約したものの、成人を迎えたセリドにはカオスの後を継ぐべき者として政務に携わるという仕事が圧し掛かって来た。国政に関わる仕事なので放り出したり手抜きする訳にも行かず、政務に関するハウルの厳しい指導が加わり、セリドは城を抜け出しセラに会いに行く時間すらまともに取れず、会えても月に一度程度の僅かな時間のみ。それすらも無理矢理時間を作って城を抜け出して行くので直ぐに近衛に掴まり連れ戻される始末。

 セリドにとっては辛く悲しい時間を耐えていたので、セラが城に住まうと聞いた時はリリスの強引さに感謝し、思わず声を上げてしまいそうになった。


 そうして待ちに待ったセラが城に戻って来て―――既に一月。

 セリドは極めて不機嫌だった。


 やっと愛しいセラと会えると思っていたのに。

 セラが城に上がって一月、セリドはセラとまともに話すら出来ない状況に立たされている。

 原因はそう、たとえばこいつだ。

 「こんな所に何の用?乙女の入浴を覗こうってか?うっわぁ~最低。それが一国の王子様のやる事かな?!」

 浴場の入り口を塞ぐように立ち塞がるマウリー。

 彼は白い騎士の制服ではなく、黒い近衛騎士の制服に身を包んでいる。

 マウリーはセラがセリドと婚約し、その警護の為に近衛を増員する際に騎士を辞め近衛騎士としての試験を受け合格し、今はセラ付きの近衛としてここに存在しているのだ。

 「お前と違ってそんな不埒な趣味はない。」

 セリドはマウリーと視線を合わせる事もせず、僅かに出来た時間を利用してセラと話をする為にここまでやって来たのだ。

 セラの為に新しく用意された部屋には風呂があると言うのに、入り慣れているからと不特定多数が利用する浴場を好んで使用している。確かに自室の風呂よりは広くて快適だろう。

 「不埒?」

 セリドの言葉にマウリーは不敵な笑いを浮かべる。

 不敵だが異常な程整った容姿をしているのでそれすらも嫌味だ。

 「そう言えばこの前、深夜にも関わらずセラちゃんの寝室に窓から侵入しようとした不埒な輩を排除しておいたよ。おや、セリドその傷はどうしたのかな?」

 セリドの額に出来た擦り傷をマウリーはわざとらしく指差して見せた。

 まったくムカつく奴だ―――セリドはマウリーの指を祓う。


 これに関してはセリドに反論の余地は全くない。

 セラと話をしたくても近衛となって常に付き添うマウリーの妨害に合い、せめてセラと昼食を取ろうと思えばその時間は毎日リリスにセラを独占され、夕食はカオスと共に取るのがセラの日課となっている。

 すぐ側にいるのに会う事すらままならない状況に禁断症状が出たのか、セリドは深夜部屋を抜け出し二階にあるセラの寝室に外から忍び込もうとした。

 決して不埒な考えがあっての事ではない。ただ、ほんの一目セラに会って、出来る事なら話がしたかったのだ。


 セリドはセラの寝室目指し側にあった木によじ登り、窓枠に手をかける。

 すると頭上から聞きなれた声がかけられた。

 「おやぁ、夜這ですか…未来の王太子妃を守る為に排除しなければ―――」

 言うなりマウリーは剣の鞘で窓枠にかけられたセリドの手を叩き落とした。

 「うわぁッ?!」

 痛みに手を離すと当然その身は落下する。

 セリドは上って来た木に引っ掛かりながら地面に落ちた。

 一国の王子を二階から突き落とす近衛が何処にいる?!

 今すぐ文句を言ってやりたかったが、自分のしていた事を思えば声を上げる訳にもいかない。

 背中を強打し悶えるセリドに、求めてやまないセラの声が届く。

 「あれぇ~、マウリーさんこんな時間にどうしたの?」

 寝ぼけた感じの声に、セリドは痛みすら忘れ聞き入っていた。

 「大事なセラちゃんを守る為の見回りだよ。」

 「何か物音がした様な…」

 「あぁ。猫がね、木から落ちたんだ。」

 「…猫なのに落ちるなんて可哀想ね。大丈夫かな?」

 セラの言葉にマウリーが窓から下を覗き込み、セリドと目が合うとにんまりと笑って見せた。

 「大丈夫だよ。盛のついた雄猫がうろつきまわってるだけだから、セラちゃんは気にしないでお休み。」

 「マウリーさんもこんな夜中まで大変だね、身体壊さないでね。」

 そこで会話は途切れた。

 マウリーなんかの心配よりも、二階から落下した自分の心配をして欲しいとセリドは勝手な事を思いつつ、近衛とは言え男がセラの寝室に入り込んでいる事態に気付き、セリドは激怒し翌朝クレイバに抗議した。


 すると堅物のクレイバの口からは意外な一言が語られ、セリドは絶句する。

 「何か問題でも?」

 「―――は?」

 何だ、今のは幻聴か?

 「確かにマウリーの性格には多大な問題がありますが、セラ様をお守りするにあたりマウリー程の適任者はおりません。」

 「クレイバ…お前本気でいておるのか?!」

 セリドはクレイバの口から語られる言葉が信じられなかった。

 幻聴だ…これは幻聴以外の何物でもない。

 真っ青になってうろたえるセリドにクレイバは一つ息を吐き、マウリーを擁護する発言を始めた。

 「マウリーの剣の腕は確かです。奴を失う事は騎士団にとっては大きな痛手でしたでしょうが、騎士団長もセラ様にとってマウリーが適任だと判断したから手放したのでしょう。」

 「兄上が?」

 「セラ様はマウリーとはとても気が合うそうです。悪癖の心配をなさっているのでしたらそれは殿下の取り越し苦労と言う物。マウリーは女性の同意なしには決して手を出さない輩です。」

 あのマウリーを捕まえてその自信はいったい何処からくるのだ?

 同意って…セラが同意などする筈もないが、そのような事態が起きるやもしれないと言う事なのではないのか?!

 マウリーを筆頭に陛下や王妃、しかもクレイバまで―――セリドは全ての者が自分とセラとの仲を邪魔する敵に思えて来た。

 

 あの忌々しい出来事を思いだしていると、浴場からセラが姿を現す。

 久々に見たセラは風呂上りに相応しく髪は濡れ白い肌は上気し、薄衣を纏っていた。

 「セリド王子、こんな所で何してるの?」

 湯上りのセラに見惚れていると、セラの口からは何とも普通な言葉が繰り出される。

 久し振りなのだからもっと感激してくれてもいいのではないか?

 温度の違いに一人拗ねたい気持ちになるが、それも大人げないので止めた。

 「時間が空いたのでな、お前ともしばらく話をしていなかったので一緒にお茶でもどうだ?」

 本当なら一緒に夕飯を食べたかったが、セラはカオスと食事をするのが日課になっているので仕方がない。

 セラは早足に歩きながらう~んと唸り、「やめとく」と付け加えた。

 「リリス様とお昼を食べた後、そのままお茶の時間に突入してさっきまで飲んでたの。それに今夜は森に入るから今から仮眠とらなきゃ。」

 「森?!」

 夜中に森に入ると聞いてセリドは驚いた。

 「夏の満月の夜にだけ開花する月読みの花ってのがあるんだけど、水痘の痒みによく効くの。なるべく沢山採取しておきたいんだ。」

 なる程、そう言う理由か。

 「ならば私も共に行こう。」

 「「えっ?!」」

 何故二人同時に驚くのだ…

 「夏の夜にしか咲かぬ花なのだろう?だったら私も採取を手伝おう。」

 もっともらしい事を言うとセラは首を振って拒否した。

 「セリドは駄目よ、お仕事あるでしょう。マウリーさんが一緒に行ってくれるって言うから大丈夫。」

 何故マウリーが良くて私は駄目なのだ?!

 つまりそれは…夜の森にマウリーと二人で入ると言う、セリドからすれば危険極まりないムカつく羨ましい行動なのだ。

 セリドは不機嫌な態度を隠す事無く口を開いた。

 「そんな物どうとでもなる、とにかく私も行くぞ!」

 「どうとでもなりませんよ―――」

 背後から少し棘のある口調で声が浴びせられ三人同時に振り返ると、シールが眉間に皺を寄せ小脇に大量の書類を抱えて立っていた。

 「捜しましたよセリド…仕事を放り出すなんて私が許しません。今からこの書類全てに目を通し署名をお願いします。明朝までに仕上げなければなりませんから今夜は徹夜になりますよ。ああセラ殿、お気を付けて行ってらして下さい。マウリー、セラ殿を頼みましたよ。」

 「わっ、兄上ちょっと待って下さいっ!?」

 言うなりシールはセリドの首根っこを掴むと、セリドの抗議も聞き入れず引き摺る様に連れ去って行った。


 何故…何故だ?!

 何故皆が皆、私とセラの時間を邪魔するのだっ!!?

 セリドの叫びは誰の耳にも届く事はなかった。

 




  



 白んだ空に朝日が昇り、眩しい陽射しが差し込んで来る時間。

 セリドはふらふらとした足取りで寝室に向かう。

 シールの言った通り、大量の書類に一つ一つ目を通し署名するのにセリドは徹夜する羽目になった。

 悔しい事に同じく徹夜したシールは疲れ一つ見せず、セリドが署名をし終えた書類をまとめると涼しい顔で部屋を出て行く。

 「化け物か?」

 シールの後ろ姿を見送りながら呟くと、疲労困憊の身体を引き摺り寝台に倒れるように傾れ込んだ。

 あっと言う間に睡魔に襲われ瞼を閉じる。

 眩しい朝日が差し込む中、セリドが一瞬で眠りに落ち賭けた瞬間―――

 寝室の扉が開けられ、人が入って来る気配にセリドの神経が研ぎ澄まされた。


 眠ったふりをしたまま、そっと枕の下に手を忍ばせ、隠してある護身用の剣に触れる。

 近衛は何をやっている?!

 まさか倒された訳ではあるまいと考えながら、背筋に緊張が走った。

 新たな重みを感じ、寝台が僅かに揺れ沈む。

 次の動きに神経を研ぎ澄ましていると、侵入者はその後の行動を起こす事無く寝息を立て出した。

 「――――?」

 不審に思い剣を握ったまま目を開けると、広い寝台の足元に金色の髪が広がっているのが目に入る。

 「セラっ?!」

 驚きに思わず飛び起きた。

 寝台の隅に横たわり、幸せそうに寝息を立てていたのはセリドが会いたくて側にいたくて触れたくて…愛してやまないセラの姿だったのだ。


 「???????」

 しかし何故セラがこんな所に?

 昨夜は月読みの花とやらを探しに森に入った筈だ。

 ああそうか、戻って部屋を間違えて―――いやいや、マウリーがいる限り絶対にそんな不測の事態は起こりはしない。

 では何故?セラがここに???


 セリドは寝息を立てるセラにそっと近寄ると、起こさないように寝顔を覗き込んだ。

 閉じられた瞼、長い睫毛。

 僅かに開かれたほんのりと朱を帯びた艶やかな唇。

 セリドはほっと息をつき、優しい眼差しでセラを眺めた。

 何故セラがここにいるのかなどどうでもいい。セラがここにいて幸せそうに眠っている、その姿を見られただけで今のセリドは幸せを感じる事が出来た。

 手繰り寄せ抱きしめたい衝動を抑え、眠りに落ちたセラの寝顔を眺める。

 ただそれだけだったが、セリドにとっては至福の時だった。


 疲れも忘れ暫く眺めていると触れたくなるのが男の性とでも言う物なのか。

 セリドは息が触れる程セラに顔を寄せ、呼びかけた。

 「セラ―――」

 瞼は硬く閉じられたままで返事はない。

 セリドは更に顔を寄せ、唇が触れるかどうかと言う距離にまで近づいた時―――

 「こんな所に逃げ込んでいやがったか―――」

 新たな侵入者が口を開き、セリドは慌てて身を起こす。

 「兄上っ?!」

 「邪魔するぞ。」

 厳しい顔つきでウェインが姿を現し、真っ直ぐにこちらに向かって来ると―――

 逞しく鍛え上げられた腕を伸ばし軽々とセラを摘み上げた。

 「きゃぁっ!!」

 セラは目を見開き悲鳴を上げ、セリドは驚きにウェインの行動をただ見守っている。

 「早朝稽古をさぼるとはいい度胸だな?」

 「違―――うっ、ちょっと…ちょっと仮眠してただけよっ!」

 「ほう…こんな所に逃げ込んでか?」

 セリドの部屋とは考えたものだと、毒を吐くように付け加える。

 半眼を開き笑みを零したウェインをセリドがこれ程に恐ろしいと感じたのは初めてだ。

 「ひぇぇぇぇっ、ごめんなさいぃぃぃぃ」

 セラは悲鳴を上げながらウェインに抱えられ連れ去られて行く。

 「邪魔をした。」

 そう言い残してウェインは寝室の扉を閉じた。



 後に残されたのは静寂と、唖然と寝台の上に取り残されたセリドの姿。

 「…何なんだ?」

 セリドは呟く。

 「いったい何なんだ?!」

 誰もかれもがセリドとセラの間を邪魔する。

 「くそっ…!」

 セリドは吐き捨てるとシーツを頭から被り不貞寝した。




 これが結婚までの一年間、変わらず続く事になるセリドの長い戦いの始まりであった。

 

 

 

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