晩餐
その日の夕刻、セラは約束通りカオスと食事を共にした。
日が沈んで薄暗い部屋の中、給仕も傍にいない二人だけの晩餐は昼間のそれとは打って変わって、普通の娘が一度に食べきれる量の食事がセラの前に用意されている。
何もかもがカオスの気遣い、セラの事を良く分かっていた。
「さっきウェインって人にも会ったわ、彼もカオスの息子なんですってね。」
セラは切り分けた塩味のする芋を口に運びながら話した。
「シールの双子の弟だ、あれも王位は継がぬ。」
シールは宰相として国を支え、ウェインは騎士として国を守る。
「じゃあ次の王様は誰がなるの?」
覇権争いに興味がある訳ではなかったが、カオスに関わる事は知っておきたかった。
「もう一人、一三になる息子がいる。セリドと言う貴族腹のそれが王位を継ぐ事になる。」
「貴族腹??」
「双子とセリドは腹違いだ。前の妻は平民出の娘で早くに亡くなった。次の王位には貴族腹の男子をと言う声が煩くてな…次の妃を迎えたのだ。」
「厄介ね。」
カオスは王様だ。イクサーンの王になる時にいろんな覚悟をしたのだろう。
今も昔も…カオスは自分を犠牲にし過ぎているように思えた。
カオスが手にしたグラスをテーブルに戻しながら口を開く。
「結界の…中の事を聞いても大丈夫か?」
来たな…と、セラもフォークを皿に戻した。
「アスギルは死んでない。」
セラはアスギルと共に飛び込んだ結界の中での出来事を、何一つ漏れぬよう、ゆっくりと話した。
最初は手厳しく攻撃された事。しかし、それが最後には嘘のように穏やかに終わった事。
囚われた時、アスギルはセラの体の中を攻撃した。恐らく、体中の内臓が破壊されていたに違いなかった。だが今はその後遺症所か、体の外にすらかすり傷一つない。
「分からないの…何でアスギルがあんな事をしたのか―――」
額を合わせた。
優しくセラの頬を包んでアスギルが額を合わせた温もり、感覚が今もまだ残っている。思えば、あれがセラの全てを癒す行為だったのではないだろうか。
思い返すと切ない感情が込み上げて来るのだ。
「実は毎年、必要かどうかも分からないまま結界の強化を行っている。」
「それは結界を作ったフィルにしか分からないと思うけど…連絡、取れないのよね?」
まぁ最後にカオスと会ったと言う十年前に、何かあるならフィルネス自身が忠告しただろう。
セラは再びフォークを手に持ち芋を口に運んだ。
「実はな、十年前の話ではあるが…あれから一五年たった時点でもフィルの魔法力は完全に回復しきれていなかったのだ。」
思わず、フォークを取り落とした。
「…え???」
セラは意味が分からずに眉を顰める。
「私の体も完全に回復する事はなかった。恐らくラインハルトの方もそうではないかと思う…人知を超えた力を使った報いとでも言うのかもな。」
その言葉にセラは己の両手を開いてじっと見つめる。
「わたしも…今日は魔法が全く使えなかった―――」
昨日までは普通に出来た事が…今日、シールの頬の痛みを取り除くなんて本当に簡単な魔法すら使えなかった。
「実は今、魔法使いは迫害の対象になっているのだ。」
「はぁぁ?!」
何それ?!
セラは驚きを露わにした。
「だって結界の強化をやってるんでしょ? 魔法使わなくてどうやってやるのよ。」
「迫害の対象は魔法使いだ。僅かに表舞台に残った者は結界師と呼ばれている。」
闇の魔法使い―――それは人々の恐れの対象となった。
そのアスギルが姿を消すと今度は彼ら人間を守った魔法使い…特に破壊の力を持つ魔法使いが恐れの対象として見られるようになり、迫害されるようになってしまったのだ。
「聖剣はどうしてるの?」
聖剣は剣に魔法を籠めて作られる。聖剣と魔法使いは切っても切れない物だ。魔法使いが迫害の対象ならそれを作る役目はいったいだれが担うと言うのだろう。
アスギルの封印に使われている聖剣。
アスギルの身を切るには聖剣でなければ役には立たなかったと同時に、アスギルの作り出した魔物もまた聖剣でなければ息の根を止めるまでには至れない。アスギルが封印されて新たな魔物が作り出されないとはいえ、残った魔物は繁殖を繰り返し、今だ絶滅には至っていないのだ。
「結界師とは言っても呼び名を変えただけの魔法使いだ。今はそれで凌いではいるが…彼らも何時まで表に留まってくれるかどうかだな。」
後は闇で取引される。
「って事は、わたしも迫害の対象って訳ね。」
今は無力だけど…。
「有力な結界師候補だ。だが取りあえずは魔法使いだと言う事は口にしない方がいいかもな。」
何だか一夜にして住みにくい世界になっちゃったのねと、溜息が零れた。
セラは自分の肩を叩く。今日も色々あって一気に老けた気分だ。
「何だか疲れちゃった。話はまた明日でもいいかなぁ?」
「ああ、ゆっくり休むといい。ここには眠りを邪魔するフィルはいないからね。」
今はいてくれた方が気分が休まるかも…
セラは力なく笑うと、不安を覚えたまま食事の席を後にした。