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残されたモノ  作者: momo
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新たな参戦者?


 再びイクサーンに訪れた雪解けの季節、淡い桃色の小さな野の花が咲いた。

 

 セラはいつもよりも小奇麗な衣服に袖を通し、外套を着込むと扉を開け闇に身を放つ。

 夜になると溶けた雪が再び氷りつき、足元が滑りやすくなるので注意しながら進んでいたが、足取りに慣れて来るとそんな事もつい忘れてしまう。


 凍った雪面から石畳が姿を現し軽快な足取りで進んでいたのも束の間、薄い水溜りが夜の冷気で凍っているのに気付かず足を乗せてしまい、セラは見事に足を取られ身体が宙に浮かんだ。

 「ひぇっ!?」

 「おお~っと危ないっ」

 後ろから腰に腕が回され、セラは地面に身体を打ち付けるのを免れる。

 背を反らせ見上げると翡翠色の瞳が飛び込んできた。

 「マウリーさん!」

 「大丈夫?」

 綺麗な顔立ちのマウリーを満天の星空が縁取っている。

 「ありがとう。」

 身体を起こされながら礼を言うと、マウリーは人懐っこい笑みを漏らした。

 「もう始まってるよ、急ごうか。」

 そう言うとマウリーは肘でセラをつついた。

 「危ないからつかまって。」

 マウリーの笑顔にセラも笑顔で応え、腕に手を滑らせ二人は身を寄せて歩き出す。


 今夜はティムの結婚祝いだ。

 式は昼間終わり、今頃は店を貸し切っての騒ぎに突入している筈だ。

 今日はいい事が二つもあった。

 幸せな二人を早く見たくて、マウリーに掴まったセラの足は軽やかなものに変っていた。

  

 




 マウリーの腕に手を絡めるセラを目撃し、ウェインは祝いの場に不釣り合い過ぎる不機嫌な表情を浮かべる。それを見たマウリーは逆に上機嫌になり、セラが外套を脱ぐのを手伝う。するとウェインは早くも我慢の限界に達したのか花婿の介添え人としての立場も忘れ席を立ち、怖い顔をして二人に歩み寄って来た。

 「遅かったな。」

 「スオリに赤ちゃんが産まれたの、とっても可愛い女の子!」

 昨年マウリーに連れられ乱入した結婚祝いの場で、セラはクルフとスオリと言う花婿と花嫁に出会った。二人はセラの瞳に恐怖するどころか何の恐れも抱かず逆に歓喜し、幸せだと言ってくれた夫婦だ。

 その二人に赤ちゃんが生まれた。セラは街で再会した二人と親交を持ち、スオリの願いを受け出産に付き添っていたのだ。

 「そう言えば産まれそうだって言ってたね。母子共に元気?」

 「二人ともすごく元気。それより感動してクルフと一緒に泣いちゃった。」

 触れた赤子の温もりを思いだし、セラは感慨深そうに目を閉じる。

 産まれたばかりの赤子は頼り無くて、ほんの少し力を入れたら壊れそうな程に小さく柔らかだった。それなのに何処からあんな力が湧いてくるのかと言う程けたたましく泣く。


 いつの日かラインハルトと沢山の子供達に囲まれる―――そんな過去の夢物語を思い出し、セラの瞳が揺らいだ。


 「可愛かったなぁ…」

 「僕とセラちゃんの子なら間違いなく可愛いよ!」

 セラの額にマウリーの柔らかな唇が触れる。

 「もう、マウリーさんったら。」

 いつものスキンシップにいつもの冗談。

 セラにとってマウリーは性別を超えた、安心できる拠り所に似た存在だった。

 だがウェインにとってマウリーはセラに蔓延はびこる害虫以外の何物でもない。駆除してもしきれない強力な虫に苛立ちを露わにするが、マウリーは気にも留めない。と言うか、その反応を楽しんでいる。

 「お前介添えの意味分かってる?ちゃんとティムの所にいろよな。」

 そう言って花婿の方に視線を向けると、そこにいる筈のティムの姿が無い。周りを見渡すと溢れる仲間の騎士達の中で、無理矢理に酒を押しつけられ酌み交わしている花婿の姿があった。

 「ティムさん!」

 セラが後ろから声をかけるが、酒を呑み麻痺した男たちの騒々しい声と音楽に掻き消される。

 「ほらティムっ」

 ウェインがティムの首根っこを掴み無理矢理こちらを向かせる。

 「団長―――あ―――っ、セラさんっ!!」

 セラに気付いた者達からも歓声が上がる。

 いつもならウェインを恐れセラに纏わり付いたりはしないのだが、誰もが相当酒を煽っている様子で遠慮がない。

 その中で真っ先にティムがセラに飛びつき、腕を掴んで泣きだした。

 「俺…俺、やっと結婚しました―――っ!」

 「おめでとうティムさん、幸せそうだね!」

 「いつ隊長に邪魔されるのかと思うと気が気じゃなかったですっ」

 見目麗しく女の扱いに長けたマウリーにかかれば一溜まりもない。ティムは大事な彼女をマウリーの魔の手から必死に守り続け、やっとこの日を迎えたのだ。

 開口一番にそれを心配するか?とも思うが…感激の涙を流し泣きじゃくるティムに、セラは落ち付かせるようにその背をぽんぽんと叩いた。

 その様子を白い目で見ていたセラを崇拝する騎士達は、セラがティムから離れ視線を外すと同時に殴る・蹴る・飲ませるの制裁を加える。

 その様に生ぬるいとウェインは一瞥を送っていた。


 





 宴は明朝まで続いた。

 セラは早朝から日が暮れるまでスオリの出産に付き合い、眠気と体力の限界を感じて早々に引き揚げ家に戻ってひと眠りし、空が白み始めた頃には再び起きだし薬の調合を始めた。

 一晩中飲み明かしたその足で仕事に向かわなければならない騎士への土産…酔い覚ましを作る為である。


 これには魔法は使わず、数種類の薬草と野鳥の肝を乾燥させたものを磨り潰して混ぜ合わせたもの。セラは飲んだ事が無いのだが、相当不味く効果は覿面らしい。

 しかし匂いは悪くはない。


 適当な数を紙に包んでいる所で扉を叩く音がし、扉を開けるとマウリーが立っていた。

 祝いのあった店から騎士の詰め所まで向かう道すがらにセラの家があり、帰る途中に薬を取りに寄って欲しいと頼んでいたのだ。

 その向こうには散り散りになりながらよろよろと歩く頼り無い騎士の姿。肩を抱かれ引き摺られる者や途中で嘔吐する者もあり、さすがのセラも呆れてしまう。

 「―――ここで飲んでってもいい?」

 マウリーも今回ばかりは飲み過ぎた様子で、扉に身体を預けだるそうにしている。

 「勿論よ、今お水持って来るね。」

 そう言ってマウリーを招き入れ、外に行きかう者達にも呼び掛ける。

 「酔い覚まし飲んで行く人こっちだよ―――!」

 扉を開け放つと水を取りに台所へと向かって行き、戻って来るとマウリーが椅子に座ったまま眠っていた。


 「マウリーさん起きてこれ飲んで!」

 セラはマウリーの頬をぱちぱちと叩く。酔っぱらいは目を瞑ると最後、泥の様に眠ってしまい結して起きない。

 セラはマウリーの僅かに開いた口に指を入れ、薬を流し込んだ。

 「うぐっ?!」

 その瞬間、マウリーは一瞬で目を覚まし口を押さえる。

 「マウリーさん、水!」

 セラが水を差し出すとマウリーは乱暴に奪い取り一気に飲み干した。

 肩で大きく息をしている。

 「大丈夫?」

 背中をさすると涙目のマウリーと目が合う。

 「死ぬかと思った―――」

 日頃酔っても翌日に持ち越す事などなく、マウリーがこの薬に世話になる事は過去に一度もなかったのだ。噂には聞いていたものの…人を死に至らしめかねない味に絶句する。

 「慣れると平気ですよ?」

 そう言いながらセラの手渡す薬を顔色変えずに飲み干す輩に、マウリーはある意味敬意を表したくなる。


 それにしても…集まって来た騎士達を見渡すと何処となく勝手知ったる何とやらで、セラにくっついて座り込んだ奴に薬を飲ませて回る者、自分で口に含んで直接台所で水をあおる者すらいる。

 どう見てもこの家に初めて入る輩の行動ではない事に気付き、マウリーが見ていない時に遊びに来ているという事実が浮かび上がって来た。

 次の鍛錬場での稽古ではいつも以上にしごいてやるとマウリーが心に誓っていると、入り口辺りから聞きなれた悲鳴の様な声が上がる。


 「何だこれは―――!?」


 そこには、蒼白になったセリドが立ち尽していた。

 

 

 





 

 「明日はお世話になってる騎士団の人が結婚するの。夜には祝いがあってそれに行くんだ。」

 昨日会った時、嬉しそうに話していたセラに釣られ一緒に微笑んでいたセリドであったが、騎士団の誰かが結婚しその祝いの場に行くと言う事は―――そこには多くの騎士達が集まっていると言う事で、当然ウェインの姿もあるだろう。


 夜だと?

 今頃その祝いの席にセラが顔を出していると言うのか?


 一般人の祝いがどういうものかを知らないセリドは、丸一日以上たった就寝前にふとセラの話を思い出し、気になり何処かに隠れているであろう近衛を呼んだ。

 「いるか―――?」

 黒い制服に身を包んだ近衛騎士が姿を現し礼を取る。

 年の頃は二十代半ばの青年だった。


 近衛騎士になるには初めは騎士団に属し、それ相応の実力を身につけなければならない。今目の前に現れた近衛ももとは騎士団に属していた筈だ。

 「今日は騎士の一人が結婚したそうだ。お前、知っているか?」

 「は?」

 突拍子の無い質問に驚かされるが、王太子であるセリドの問いには応えなければならない。

 「存じませんが―――」

 騎士団には五百人以上の騎士がいるのだ。見知っている者も多いが近衛となった立場上城に詰めている事が多く、頻繁に親交がある訳ではない。


 「そうか―――夜に祝いがあるそうだな。それはどう言った類の物だ?」

 何故そんな事を知りたがるのかと疑問に思いながら、近衛は知る限りの事を答えた。

 「大抵は何処か適当な店を貸し切って一晩中酒を呑み交わし、楽に興じて踊り明かします。見知らぬ者達も入り混じる…庶民にとってはちょっとしたお祭り騒ぎの様なものです。」

 「一晩中呑むのか?」

 セリドは驚きに目を見開いた。

 「はぁ…まあそんな所です。」

 それではセラは、一晩中酔っぱらいの相手をするという事になるのか?!

 相手が騎士だとは言え皆が皆紳士的振る舞いをするとは到底思えない。しかも酒が入ってしまえば理性も失われる。


 既にセリドの頭の中では、酔いだくれ達の中で助けを求めるセラの姿が浮かび上がっていた。

 「私も行く!」

 「は?!」

 「お前は何処であっているのか場所を調べてまいれっ」

 夜に王太子が城を抜け出すなど到底無理な話である。

 近衛は必死になりセリドを引き止めるが、そんな事は構わずセリドは暴れた。

 そのうち騒ぎを聞きつけ駆けつけた近衛らに取り押さえられ―――近衛騎士団長のクレイバまでもがセリドの元へと足を運ぶ。


 「殿下が心配されるような事態は決して起こりは致しません。」

 狼の群れに子羊を一匹だけ置くのとは訳が違うのだ。

 男もいれば女もいる、結婚の祝いだと言う事がすっかり飛んでいたセリドに何度も言って聞かせ、クレイバはセリドを黙らせた。


 まったく…恋は盲目とはよく言ったものだ。

 それでも落ち付かないセリドを哀れに思い、夜が明けたら城を出るのに付き合うと言ってその場を収める。

 セリドは夜が明けると街中に入ると言うのに徒歩ではなく、馬に跨り城を飛び出して行った。



 クレイバを引き連れたセリドがセラの家の前に付くと扉は開け放たれ、中を覗くと白い制服を着た騎士達で狭い室内は溢れかえっていた。


 「何だこれは―――?!」

 驚き声を上げると、咽るような酒の臭いに思わずうっとくる。


 「酒に酔った者達がセラ殿の薬を求めて集まって来たのでしょう。」

 状況を把握したクレイバが、セリドの後ろから冷静に説明した。

 突然のセリドの登場に呆気にとられる者、気付かずに薬を飲んでいる者に床で寝てしまった者達…恐らく十人以上はいるのではないだろうか。これが騎士たる者の姿なのかと呆れと怒りが同時に入り乱れる。


 一人暮らしのセラの家。

 ちょっと目を離した隙に、何時の間にか酔っぱらいの巣窟になっていようとは―――

 この光景にセリドは目眩を覚えながらも、その中を忙しなく動き回るセラに目に止める。

 セラは騎士の手を借り、床にうずくまる者を介抱しながら薬を飲ませ様子を探っていた。


 一日も早く陛下や兄上たちに認められる男になって、セラをここから救い出さねば―――!

 この状況にセリドは決意を新たにする。


 「セリドにクレイバ…さん?」

 セラは床に転がる騎士を踏まないように気を付けながら入り口に向かって来るが、そんな奴ら踏みつけてやれとセリドは心の中で悪態を付く。

 「どうしたの、こんな早くに。」

 セリドがここを訪れる時は大抵が昼間で、勝手に城を抜け出して来るため一人だ。それが今日は近衛の中でもカオス付きのクレイバを同伴している。

 「カオスに何か?」

 不安げな瞳でセリドとクレイバを交互に見上げる。

 「いや、陛下は問題ない。」

 「じゃあ何?」

 セラが首を傾げるとセリドは思わず視線を反らした。


 「セラちゃんが心配で来たんでしょ~」

 後ろからマウリーの手が延び、セラを羽交い絞めにしようとして―――

 「痛たたたっ!」

 クレイバに腕をねじ上げられた。

 それを見たセリドの目が笑い『でかした』と語っている。

 「止めてクレイバ…さんっ!」

 セラの言葉にクレイバはマウリーを解放し、セリドは舌打ちした。


 「参戦する気ですか、クレイバ近衛騎士団長?」

 本気で締め上げられたにないにしろまがりなりにも騎士の腕、マウリーは関節をさすり動きを確かめながらクレイバを睨んだ。

 「女性に気安く触れるのは騎士道に反する。」

 この場に居合わせた全員がびくりと肩を揺らし姿勢を正しす。

 クレイバは堅物で恐ろしい…緩い騎士団長のウェインに慣れている騎士達は、規律の厳しい近衛騎士団長クレイバに少なからず恐れを抱いていた。

 「それからセラ殿、私の事はクレイバで結構です。」

 「は…はいっ」

 何故かセラまで緊張してしまう。

 子供から突然大人…しかもカオスを守る近衛騎士になっていたクレイバのギャップに、セラは何時まで経ってもなかなか付いていけない。


 「お前達も用が済んだのならさっさと戻れ!」

 「「「はいっ!」」」

 数人が同時に返事をし、動けない者を肩に担いで扉を潜って行く。

 セリドと、特にクレイバの登場で一気に酔いが冷めた騎士達は、クレイバに怯えながらもセラの横を通り過ぎる時には笑顔を作り、セラもそれに笑顔で応え手を振って送りだした。


 「お前は何をしている?」

 セラの後ろで騎士達に同じく手を振るマウリーをクレイバが睨みつけた。

 「何故だか分からないのですが肩の調子が―――」

 マウリーは先程クレイバにねじ上げられた腕を擦る。

 「本格的に治療が必要な状態にしてやろうか?」

 「セラちゃんまたねっ!」

 クレイバの脅しにマウリーは慌てて手を振り出て行く。

 脅し…ではなく本気だったのだとセラはクレイバとかつての少年を重ね…別人?と悩んだ。

 そんなセラを余所に、セリドは去って行くマウリー達の背を満足げに見ていた。


 

 「所で、本当に何しに来たの?」

 早朝からセリドがクレイバを伴いここを訪れる理由が分からない。

 セラの事が心配でならなかったのだと言うのも躊躇われ『散歩だ』とセリドは応え、おかしと思いセラは首を捻った。

 「取り合えずお茶でも―――」

 ここまで来たのだし当然そのつもりだったセリドが扉を潜ろうとすると、後ろからクレイバがその腕を引いた。

 「折角ですが、殿下はご予定が詰まっておりますのでこれにて失礼いたします。」

 「クレイバっ…!」

 「えっ、そうなの?」

 クレイバは抵抗するセリドを無理矢理馬に乗せると馬の尻を叩き走らせ、セリドは慌てて手綱を取って体勢を整えた。

 クレイバも馬に跨ると、セラに黙礼し馬を走らせる。

 「いったいなんだったの?」

 訳が分からず、セラは小さくなって行く二頭の馬を唖然と見送った。

  




 

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