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残されたモノ  作者: momo
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隠された心

 大臣達の間ではセラの結婚問題が再び浮上していた。

 

 当人たちの意向を優先させるというカオスの意見により、将来的にセリドが相手になるであろうという所で落ち着いていたセラの結婚は、ラインハルトの死去により方向性に変化が出て来ていた。


 ラインハルトの死のショックから精神に問題の出ているセラを、いくら回復の方向へ向かっているとは言え、将来的にイクサーンの王となるセリドの妃にするには相応しくないというのがもっぱらの意見。それにセラの意向に添わぬ事をしたとて、怒り狂うであろうラインハルトはもういないのだ。セラをイクサーンの思惑通りに扱ったとて、今はもうウィラーンの脅威に恐れる事もない。それよりもラインハルトを失ったウィラーンにセラを奪われるような事があるのではと、イクサーンとしてはそちらを心配するのが先だった。


 カオス個人としてはセラを守る事が最優先される。だがセリドが絡んでいる以上焦る大臣達の気持ちも分からないでもない。ラインハルトが世を去ってからリンハースもセラに目を付け始めていたし、リョクシェントのこれからの出方も気になる所だ。それだけではなく、魔法使い嫌いで名を馳せるウィラーンですらランカーシアンを新たな王に立てた後、新王の名でセラに様々な貢物を送りつけて来ているた。勿論そんな貢物門前払いに等しい勢いで送り返しているのだが。

 ランカーシアンはまだ若いが愚王ではない。セラの力を目の当たりにしている分行動には慎重を来すであろう。しかしそれでもイクサーンは三国を相手にセラを守りきらなければならないのだ。


 「この際相手はどなたでもよろしい、兎に角セラ殿には一刻も早く婚姻を結んで頂き、我らの心配の種を少しでも減らして頂きたいものですな。」

 セラを他国に取られる前に早々に決着を望む声が上がる。

 「宰相が無理ならばこの際騎士団長に伺いを立ててみては如何でしょうかな?」

 アスギルを封印した魔法使いであると言うセラの力に対する恐れも失い、たかが小娘の婚姻にこんな時間をかけて話し合うのも惜しいと、わざと投げやりな態度で不機嫌を露わにする者もある。

 その馬鹿げた論議をカオスは呆れて鑑賞し、同席させられているシールは不快のあまり怒りが爆発しそうになっていた。


 そんな時、シールに話が振られたのである。

 しかも…自分が無理ならウェインはどうかと不躾も甚だしい。取り合えず相手がセリドでなければこの際適当に誰でもいいと大臣達は言っているに等しいのだ。


 「皆様方―――」

 シールはローブの袖の中で腕を組み、自分よりも遥かに年上の大臣達の前で静かな怒りを露わにした。

 「ラインハルト王の顔色ばかりを伺っていた方はお忘れの様ですが、これは次代の王となるセリド殿下が望まれる娘の処遇だと理解してのご意見でしょうか。それを乱雑に扱い早急に結論を出そうとする様はあまりにも早まった行い。不興を買い殿下と大臣方との信頼関係に傷が付くのは、私としても望ましい所ではございません。」

 「乱雑になど…我らはセラ殿を守る為に思案しているのですぞ!」

 「それは理解していますが、セラ殿の問題を今にこじつけるのはどうかと存じます。」

 セラの結婚問題は落ち着いていた筈なのだ。それがラインハルトが世を去り障害がなくなったとばかりに持ち出してくるなど不快極まりない。

 「シール殿の言わんとする所も分かります。」

 そこで大臣のクトフが立ち上がり意見した。

 「ですがセラ殿に他国からの手が伸びて来ているのも確かです。セラ殿を渡すつもりならいざ知らず、イクサーンに留め置く方針であればこそ捨ておくわけにもいかない。いちいち手を煩わせずとも婚姻一つで解決するのであればそれでよいのではないかと我らは意見申し上げております。」

 「婚姻一つ?!」

 シールの返しにクトフは頷いた。

 「セラ殿もイクサーンの庇護を受けるなら理解してくれると思いませんか、宰相・・殿?」

 イクサーンの庇護―――

 勝手な言い草だとシールは憤慨する。

 だがシール個人としては否定するが、イクサーンの宰相としての意見なら彼らに賛同したであろうし、相手がセラでなければ迷わずセラの婚姻を進めたかもしれない。

 その考えが浮かんだ途端、シールは口を噤んだ。

 この様な公式の場でシール個人としての意見など口にするべきではないのだ。セラの問題に限らず、国の有事に己の私情を挟んでいては埒が明かない所か、場合によっては国が傾きかねない。それを先人であるクトフは諭しているのだ。


 論議の場に静寂が訪れ、今まで黙ったまま話を聞いていたカオスが口を開いた。

 「セラはアスギルを封印するのに重要な位置を担った存在だ。その犠牲があったからこそ我らは生かされ、今の世界が築かれた。セラが世界に齎した恩恵は多大なものがあると言うのに、それを無条件で庇護して何の問題があるというのだ。セラがイクサーンにあり続ける限りこれからも無限の恩恵に授かる事になるやも知れぬと言うのに、我らはそれに策を講じて閉じ込めようとしている。無条件でイクサーンに止めおく事を煩わしいなどと思うなら、私は初めからセラを手元に留め置いたりはしない。」

 カオスは周囲を見回し意見を求めた。


 アスギルの脅威から解放され世界が平和になった途端、人々は過去の惨事を忘れてしまう。カオス達の戦いは何十年も昔に起きた出来事だったが、セラにとってはまだほんの一年ちょっと前の事だ。そのセラを捕まえ、イクサーンに閉じ込める安易な策ばかりに論議を醸している様は滑稽とも言うべき見せ物にすら感じた。

 「セラはイクサーンだけではなく、私個人にとっても必要不可欠な存在である事を肝に命じて欲しい。セラの意に反する事は私の意にも反するという事を決して忘れるな。」

 カオスの宣言は誤解を生みかねないものだったが、それ故大臣らの口を封じるには大きな効力を発揮した。


 







 空に雪がちらつき始め、イクサーンに冬の季節が到来した。 

 クレイバとの剣の稽古を終え、セリドはその足で何時もの様に塔までやって来ては上を見上げてる。

 

 セラを抱き切なさとやり切れない思いに涙を流して以来、セリドはセラと顔を合わせていない。

 セラが城を出て街での生活を再会しているのも原因の一つだったが、前の様に抜け出して会いに行くという勇気が今のセリドにはなかったのだ。


 あんなに楽しかった毎日がラインハルトの死によって粉々に砕け散ってしまった。

 セラは心を失い、セリドは自身の力の無さに思い悩む。

 あの日セリドを前に意思を示し言葉を発したセラは、結してセリドが導いた結果ではない。たまたま自分がそこにいただけだ。後ほんの少しウェインがその場に留まっていたなら、セラが飛び込んだのはウェインの腕の中だった筈なのである。あの時セラと共にいたのがウェインだったなら、セラの変化にもっと上手く対処できていただろう。セラを前に自分を悔やんで泣くだけのセリドとは違って、ウェインならもっとセラの心に触れる言葉を紡いでやれたに違いない。

 ウェインは…何時もセラの側に居続けているのだから。


 無い物ねだりの嫉妬は子供の様だとセリドは自分を笑う。

 セラは街に住まい、夏の間していたように魔法薬を作ってはそれを売り、薬が必要でもお金がない貧しい人たちには無料で薬を配っているのだと言う。今のセラは誰かの役に立つ事で懸命に生きようとしているのが伺えた。


 会いに行きたいと思う。 

 だが会いに行っても自分の無力さを痛感させられるだけだと分かっているだけに、セリドはその一歩を踏み出せずにいた。

 かつてはラインハルトを超える事がセラを手に入れる最大の条件だったのに、その死が永遠に届かない強大な敵となりセリドに立ち塞がる。セラに相応しいのは自分ではないのだと、最大の敵が自分の心だと気付けずにセリドは悩み続けていた。


 

 小雪のちらつく中、セリドは何時の間にかレバノの森に足を踏み入れていた。

 セラが慌てて隠した守りの石を追い求め、セラと戯れた春の一時…草と泥にまみれた二人だけの時間はセリドのとっては大切な思い出だった。

 この場所でセリドは、逢いたいけれどあってはいけない人の姿を垣間見てしまう。


 小雪のちらつく中、外套も身に纏わず薄い衣一枚で天を見上げるセラの姿は何処までも儚く悲しげだった。


 セリドはその姿を離れた場所から息を殺してじっと見つめ続けていた。

 薬草を探しに来たのであろうか。空を仰ぐセラの傍らには籠が置かれており、やがてその籠を手に取るとセラは森の奥へと歩みを進めて行った。






 台地が雪に埋もれてしまうと薬草を探すのは困難になってしまう。

 降り始めた雪に冬の到来を感じ、白い空を見上げると冷たい雪が頬に触れた。

 空を見上げるなどいったい何時振りになるだろう。

 孤独を感じて見上げた星空も最後の記憶は曖昧で思い出せない。

 小さな溜息を落とし、セラは籠を抱え森の奥へと進んで行った。


 何か特別な目的がある訳ではない。ただ日々歩き回り薬草を摘んで薬を作り処方する。そんな単調な毎日の繰り返しだったが、セラにとっては薬草を求め周りに集まって来る人たちが唯一の生きる糧の様だった。

 セラを気にかけ、毎日の様に顔を見せるウェインにマウリー。傍らにいずとも離れた場所から見守ってくれる人達を思うと早く元気にならなくてはと思う。彼らが腫れ物に触るように接して来る度に、セラは自分がまだ不完全なのだと認識していた。


 ぼんやりと歩いていたセラは突然の浮遊感に襲われた刹那、落下の衝撃で我に返る。

 「痛っ…」

 ちょうどセラと同じ身の丈ほどの高さから落下したようで、飛び降りるには大した事のない高さではあったが、認識していなかった分背中から臀部を強打してしまった。

 前を見て歩いていた筈なのに、なんてどん臭いのだろうと痛みに顔を歪める。

 こんなの、出会った頃のラインハルトに見られたら冷たい一瞥を送られるに違い無い。フィルネスには馬鹿笑いされ、苦笑いしたカオスは優しく手を差し伸べてくれるのだ。

 

 あの頃に戻りたい―――

 

 沢山の人が死んでいく恐怖に満ちた世界だったが、セラの短い人生においては一番充実した時間だったように思える。アスギルから世界を取り戻す為に集まった仲間達は、セラにとっては何よりもかけがえのない人たちだった。

 不幸にもあの時は温もりを感じ、誰もが確実に生きていた。

 不甲斐無い感傷に溜息が漏れる。



 考えを打ち消すように首を振ると、突然目の前に人が降って現れる。

 「大丈夫か?!」

 茶色がかった金の髪をなびかせ、セリドの心配そうな緑の瞳がセラを覗き込んでいた。

 急に現れた存在にセラは目を丸くする。

 久し振りに見るセリドは少し痩せて大人びた様な気がした。


 「怪我はないか」

 確認するように伸ばされた腕にセラはピクリと身体を強張らせ、その反応にセリドは思わず手を止める。

 「ごめん、わたし―――っ」

 この世界にもセラを想い心配してくれる存在があるというのに…それなのにあの混沌とした恐怖の時代を懐かしむだなんて―――

 触れられた瞬間それを見透かされるのではないかと言う恐怖がセラを襲った。

 優しい人たち…彼らを無視するにも程がある。 

 「怪我は?」

 手を引きもう一度問いかけるセリドの瞳が切なく揺れ、セラは申し訳ない気持になる。

 「平気。ちょっと動きたくないだけ。」

 打ち付けた場所は痛んだが、肉体の痛みなんてどうせすぐに消えてしまうのでどうでもよかった。ただ力が抜けて動くのが億劫になってしまったのだ。

 

 セラが動く気配を見せないでいると、セリドは暗い表情のままセラの傍らに腰を落ち着ける。

 「寒くないか?」

 そう言ってセリドが自身のマントを脱ぎにかかったので、セラは慌てて手を伸ばして止めさせた。

 一瞬だけ触れたセラの指は氷の様に冷たくなっていた。

 「寒い方が気持ちいいから。」

 そうは言うものの、薄衣一枚で青白い肌をしたセラはあまりにも寒々としている。どう見てもこんな恰好で雪の降り出した森に入るのは不自然過ぎた。

 「凍死する気か?」

 他愛ない会話の流れのつもりで口にした言葉だった。

 それなのにセラはその言葉にはっとし、ピクリと身体を震わせる。

 何故そんな反応をしたのかも分からない。ただ、セリドの言葉にはっとし、後ろめたさを感じてしまったのだ。

 セラの身体が小刻みに震えだす。

 寒さのせいなのか恐れのせいなのかは不明だが、セラは驚愕に揺れる瞳で傍らのセリドに視線を向けた。

 その視線の先ではセリドの緑の瞳が怒りに震えている。


 「死にたいのか―――?」

 低く擦れた声が絞り出すように囁かれた。

 「ラインハルト王を追って行きたいのか。お前は、私を置いて行こうとするのか?!」

 残された者が受ける悲しみを知ってもなを、それ程にラインハルトを追いたいと願っているのか。 

 「違う…そんな事っ」

 「違うと言うなら何故恐れた?何故そんな生をあきらめた様な目をしている!」

 無意識にとは言え、セラはあまりにも無防備に生きていた。

 それが心の闇を、心の奥で望む物を映し出しているのだとセリドは気付いたのだ。


 優しく守ってなどやれない。

 いけないと分かっていても怒りが先に来て、セリドは乱暴に剣を鞘から抜き去るとセラの目の前に刃を曝し、それを素手で掴んだ。

 鋭い刃が皮膚を傷つけ、真っ赤な血が掴んだ剣の隙間から一気に溢れだす。

 「やめてっ!」

 セラが叫んで目を反らすとセリドは剣を掴む手を離し剣を投げ捨て、その手でセラの頬を乱暴に挟み込んだ。

 「これが生きていると言う事だ!」

 溢れる真っ赤な血が頬を伝い流れ落ちる。

 頬に触れた部分から熱い血が力強く打たれる脈に合わせて溢れ出ていた。

 恐ろしさにセラは身体を震わせる。

 「死ねば血も流れないし鼓動も聞こえない…冷たい屍に成り下がるだけだ。」

 この時のセリドは自分で自分が分からなくなっていた。


 血の流れる掌でセラの頬を覆い、感情のまま己をぶつける。

 傷付いたセラにこんな責苦を追わせるなど正気の沙汰ではなかった。

 驚愕に満ちたセラと顔を突き合わせ低く唸ると、セリドは怒りに任せセラに唇を重ねた。

 血の味が口いっぱいに広がる。

 そのまま乱暴にセラを押し倒し、白く細い首筋に唇を這わせた。

 「やだっ、止めてセリド!」

 セラは抗うが組み敷かれてはどうしようもない。

 じゃれ合いとは違うセリドの態度に異性としての恐怖を感じてセラは必死に抵抗をみせ、セリドは抗うセラの両腕を掴み地面に押し付ける。

 「怖いか?」

 セリドの怒りに満ちた瞳がセラを見下ろしていた。

 「死を想えば恐怖など一瞬だ。これしきの事に怯えていては死ぬ事など到底叶わぬぞ!」

 セリドは傷ついた方の手でセラの顎を掴み再び唇を落とす。

 溢れる赤い血がセラの首筋を伝い、流れ出た新鮮な血液の熱さと匂いにむせそうになる。唇を塞がれた息苦しさも手伝い目眩がした。


 「死にたいのなら言葉でそう言え、その時は共に行ってやるから―――」


 氷の様に冷え切ったセラの体に熱い血を帯びたセリドの手が纏わり付く。

 セリドの熱と鼓動を感じてセラは力を失った。


 「ごめんなさい、ごめんなさい―――」

 セラの瞳から熱い涙が溢れだす。

 ラインハルトを失って後、初めて流す涙。

 失われていた感情が呼び起こされる様に、セラの瞳からは止めどなく涙が溢れ出て来る。


 襲われる恐怖などではなく、身体に纏わり付くセリドから流れ来る怒りがセラの涙を導いていた。

 流れ込んでくるのはセリドの優しさと切なさ、そして生をあきらめたセラに対する怒り。

 共に行ってやるという言葉は、流れ出るセリドの赤い血が真実だと語っているようで―――


 ごめんなさい―――セラは幾度となく呟くが、か細い声は落とされる口付けによって掻き消される。

 

 セリドの熱い血に塗れながら、セラは意識が遠退くのを感じた。

 

 

 

 


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