届かぬ想い
秋も深まる頃、セラは塔の三階で過ごす時間が長くなっていた。
レスティオを失ったイルジュが幽閉されていた塔に籠りセラが思うのは、唯一無二の存在の大きさ。
死にたがっていたイルジュを引き止め続けたセラが、今はイルジュの立場に立たされている。
愛した者の死。
結ばれる事はないと納得して別れた筈だった。
なのにこれ程共に逝きたいと思ってしまうなんて…
『生きろ―――』
乗り越えろと告げたラインハルトの言葉が胸を抉る。
あの日からセラは声を失った。
涙を流す事も叶わない。
ただ…心が寂しかった。
塔の窓から色付いたレバノの山並みを見渡すセラにウェインはただ寄り添っていた。
ウェインだけではない。皆が時間を見付けてはセラの側に付き添い、共に時間を過ごす。
その間セラは特別何らかの反応を示す訳でもなく、ただぼんやりと周りを見つめているだけ。それでも抜け殻のように意識のない人形だった時に比べると雲泥の差だった。
問いかけには答えないものの声は聞こえているようで、最低限の反応を示しはする。
ウェインはセラの長い金色の髪を撫でながら、ただじっと側に寄り添っていた。
部屋にセラの姿がなく、だとしたら塔だと探しに来たセリドは、セラに寄り添うウェインの姿を目撃する。
「セリドか―――」
ウェインはセリドの姿を認めるとセラから手を離し、立ち上がってセラの横顔を見つめた。
気付けば常にセラの傍らにいるのはウェインだ。
セラがウィラーンに行く時に同行したのも、レスティオの拷問で傷ついたセラを介抱したのもウェインだった。
そして今回ウィラーンに馳せ、傷ついたセラに寄り添い連れ帰って来たのもだ。
いつもセラの傍らにいて守り続けるのはセリドの敬愛する兄であったが、何故が今二人の姿を見た時にはもやもやとした嫉妬が胸の内に湧き起こった。
ウェインは強い。セラを守るには十分な強さだし、何よりも大人だ。セリドに無い力と自由、そして誰に与えられた訳でもないのにセラの隣にいる権利を持っている。
セリドとて常にセラの傍らにいたかったし、何よりも守る力を欲しいと願う。
なのに今のセリドにはウェインに勝る物が何一つ存在しないのだ。
ウェインに対する敬愛の念は変わらないが、セラの側に堂々と立てる兄に嫉妬の念を抱いた。
何一つ敵わない―――
林檎の花咲く季節、セラはウェインではなくセリドを選んでくれた。
それは確実な答えではなかったが、セリドはセラの気持ちに答える為に進み続けるつもりでいた。結して手に入らない人だとあきらめていたセラが、手の届く距離にまで歩み寄ってくれたと言うのに…
それが今ではさらに遠く感じる。
セラの心に触れる事すら叶わない。
セリドは悔しさで拳を握り締める。
窓辺に立つセラとウェインがあまりにもお似合いで、セリドは胸が締め付けられた。
ここに居場所はない…そう思い塔を出ようとした時。
「後は頼んだぞ。」
もう戻る時間だからとウェインが先に部屋を出てしまった。
「兄上っ!」
セリドは階を下りるウェインに呼び掛ける。
「何だ?」
足を止め、ウェインが後ろを振り返った。
「私では―――彼女を救えない」
声が震えていた。
揺れるセリドの瞳にウェインの厳しい視線が突き刺さる。
「お前の愛はその程度か?」
「―――!」
セリドは言葉を失った。
戸惑うセリドにウェインはふっと笑みを浮かべ、後は無言で階を下りて行く。
「そんな事―――」
ある訳がない。
セリドの申し入れを拒否する事も出来た筈のセラが、兄ではなく自分を選んでくれたのだ。
時間をかけて向き合う。
それが答えだった筈…焦る必要などない。
焦る必要はないと思っても、セラの傍らに立つウェインを目の当たりにしてしまうと己の無力さを痛感させられてしまうのだ。
やり切れない気持ちを抱えたまま、セリドは階段を上って行った。
セリドが塔の最上階に戻るとセラが振り向いた。
ただ振り向いただけの行動だったが、ウィラーンから戻って以来何の意思表示も見せなかったセラが取ったその行動にセリドははっと息を呑んだ。
ぼんやりとだが、セラの瞳がセリドを捕えていたのだ。
セラは立ち上がるとおぼつかない足取りで向かって来る。だが食事もろくに取らず運動もしていなかったセラの身体は直ぐに崩れ落ちてしまった。
セリドは慌ててセラを受け止める。
「セラ…セラっ!」
セリドは慌ててセラに呼びかけた。
「私だ、分かるか?セリドだっ」
答えるかにセラの柔らかな唇が開かれた。
「―――ラインハルト」
そう紡いだ言葉と涙を含んだ瞳がセリドを見上げ、腕を首に回して来た。
「行かないで―――行かないでラインハルト」
耳元で囁かれる声にセリドの頬を涙が伝った。
セラの目に映るのは自分ではなく、永遠に敵う事のないセラの心を占領して離さない偉大なる王。
いつの時もその瞳に映るのはラインハルトだけ―――
今のセラにとっては自分など取るに足らない存在なのだろう。
同じ様にセリドもセラに腕を回し、すっかり細くなってしまった身体を抱きしめる。
「行かない―――どこにも行かない。」
セラを置いてどこにも行ったりはしない。
ラインハルトの代わりにはなれないが、唯一自分にできる事。
呼ばれたのが自分ではないと分かっているが、それでもセリドは嬉しかった。
「セラ―――」
セリドはセラの頬を両手で覆うと瞳を覗きこむ。
「ラインハルト王はいつもお前の側にいる。たとえ肉体が果てようとも、王の心は常にセラの傍らにあり続けている。」
セリドはセラの手を取り、薬指に嵌められた指輪に手を重ね合わせた。
「王は永遠の誓いを立てた。セラの幸せを誰よりも願っていたのはラインハルト王なのではないのか?」
生涯妃を迎えず、一人の娘だけを思い続けた。
それが一国に君臨する者にとってどれほど困難な事かをセリドは知っている。
セリドがセラを愛しても、周りが認めなければ妃にはできない。愛のない結婚を強いられ、愛する者は妾と言う地位にしか付かせてやれず、苦しみを与えるしかないのだ。
「ラインハルト王は何処にもいかない。心は永遠にセラの物だ―――」
だから苦しまないでくれ―――
セラの心がラインハルトの物であり続けても構わない。セリドの気持ちが届かなくても構いはしないのだ。セラの笑った顔が見たい、もう一度あの頃のセラに会いたい。
今は無理だとしても―――
「いつか―――もう一度笑ってくれ。」
『花の様に笑うお前に心奪われた―――』
セラの脳裏にラインハルトの声が響く。
最後に―――ちゃんと笑えたのだろうか?
ちゃんとラインハルトの思いに応えてあげる事が出来たのだろうか?
応えたかったのに―――最後に生きろと語ったラインハルト。
最後の最後まで心配させてしまった。
ラインハルトはセラがどうなるか…自分がいなくなった後のセラがどうなるか分かっていたのだ。
残り少ない命の中、精一杯の力でセラを想い愛して守ろうとしてくれた―――
立ち上がらなきゃいけない―――わたしは自分で歩いて行かなきゃいけないんだ―――
ラインハルトの思いを受け止めて、愛しい人に恥じない未来に進んで行かなければならない。
進む為にはどうしたらいい?
目の前の現実よりもラインハルトを失った事実がセラを支配しているというのに、いったいどうやってそれを受け入れて生きて行けばいいのだろう。
そのとき不意に、セラの瞳に涙を流すセリドの姿が映った。
ぽたぽたと緑の瞳から止めどなく流れ落ちる涙。
なんて―――綺麗なのだろう。
悲しくて、切なくて―――綺麗な涙。
頬を伝い零れ落ちる涙を掌で受け止めると、僅かな温もりが波紋のように広がった。
温かい、生きている温もり。
いつも恐れていた。
ラインハルトだけではなく、誰かが死ぬ事をいつも恐れて震えていた。
「死なないで―――」
貴方は―――もう誰も死なないで―――
行ってしまわないで。
何も要らない。だから誰の命も奪わないで欲しいとどれ程想い願っただろう。それなのにここへ来て最初に奪われたのが何よりも大切で愛しい人の命だった。
いつか人は必ず死ぬ、生きている限り死は誰にでも平等に訪れる。
しかしセラにとってラインハルトの死はあまりにも早すぎるものだった。
共に歩めなかった時間の流れがこれ程に口惜しいなんて―――!
納得のできるものが何一つない。
ラインハルトと共に生きた僅かな時間を大事にしたいのに、失った現実がそれを全て悲しみに変えてしまうようで怖かった。
セラはそっとセリドの頬に触れる。
まるでラインハルトの為に泣いてくれているようでセラは嬉しく感じた。
愛する人の冥福も祈れない弱い自分の代わりに…まるでセラの代わりに泣いてくれているようで…
「ありがとう」
セラはセリドの胸に頬を寄せ、その温もりを感じる。
「ごめんね―――」
セリドを泣かせているのは自分だというのが分かる。
彼は優しい。
手探りの中でセラを想い泣いてくれている。セラが苦しめばその分周りが手を差し伸べ助け出そうとしてくれる。
ずっと何も見えていなかった時間の流れの中で、必ず側に誰かの存在があった。セラに触れ、温もりを与えながら見守り続けてくれる存在。
セリドの胸の鼓動がセラの耳に響く。
疲れ果てたセラはそれが心地よい振動に感じ、それから暫くセラは涙を流し続けるセリドの胸に頬を寄せたまま動かなかった。
自分ではセラを救えないと泣き事を言ったセリドを叱咤し、それが何故か可笑しくて力なく笑った。
かつてセラに、自分の思いをぶつけておきながら煮え切れずにいた所をマウリーに叱咤された自分とセリドが重なったのだ。
セラをあきらめたつもりは皆無なのだが、どうやらセラに全力でぶつかれない恋敵に自分を重ねてしまったようである。
届かぬ想いを抱え過ごす中、ウェインは夜の街を歩きセラが夏の短い間を過ごした家へと向かった。
時々こうして何を思うでもなくここを訪れるのだが、主を失くしたそこは明かりもなく、いつもひっそりと静まり返っていた。
筈なのに―――
今夜に限ってはそうではなかった。
人々が寝静まった深夜、暗い戸口に立ち扉を開こうとしている者の影が浮かんでいる。
夜盗か―――?
主を失くしたこの家には別段取られる様な物はなかったが、セラと過ごした大事な時間の証でもあるその場所を不審な輩に汚されるなどもっての外だ。
緊張を走らせ、ウェインはいつでも不審者に向かって剣を抜けるよう構える。
「ここに何の用だ―――?!」
低く威嚇する声に影が振り返り、頼り無い月明かりに長い金の髪が輝いた。
女―――?
ウェインはそこにありえない人の姿を目にする。
「セラ―――」
信じられない物でも見ている様な感覚に襲われた。
扉の前に立っているのはセラだった。
「開けて。」
簡潔に言い放つと、セラは一歩扉から引き下がる。
どうしてセラがこんな所に?!
ウェインの頭の中は混乱していた。
昼間、ウェインは塔の最上階から外をぼんやりと見つめるセラの傍らにいた。
ラインハルトの死にショックを受け、セラは茫然自失の状態が続いていた。最近になってやっと自身で動けるようにはなったものの会話はなく、その表情も硬いままで視線すら合わせる事がなく、誰も映し出してはいなかった。とてもではないが深夜に城を抜け出し、一人でこんな所まで来る事のできる状態ではなかったと言うのに―――
それなのに目の前のセラは言葉を放ちはしなかったか?
ウェインは幻でも見るようにセラを見据えて立ち尽くした。
「開けて。」
するとセラは再び、前回よりもしっかりと声を強めて発する。
「あ、あぁ…」
ウェインは息を吐くように応えると、何処からともなく針金を一本取りだし鍵穴に差し込む。
鍵が外れる音がすると、セラは立ったままでいるウェインの横から手を伸ばして扉を開き中に入った。
月明かりが届かない分、家の中は外よりも暗い闇に包まれていた。
主を失っていた家の中は埃と、残されたままになっていた薬草の匂いがした。
セラは棚から瓶を取り出し蓋を開けると、一つ一つ確かめるように匂いを嗅いでもとの場所に戻して行く。ウェインはその横顔を茫然と立ち尽くしたままで見つめていた。
細かった身体はさらに細くなり、何の表情も宿さないセラの横顔は闇に浮かんで彫刻のように輝いて見えた。整った容姿は更に引き立ち、闇と重なって近付き難い美貌をうつしだしている。
思わず見惚れる美しさだった。
もともと整った容姿をしてはいたが、これ程に美しかっただろうかとウェインは惹きつけられる。瞬き一つすら計算し尽くされた様な美しさに思わず見入ってしまっていると、セラが寝室に続く二階へと登って行った。
「セラっ?!」
慌てて呼びかけるとセラは階段の途中でウェインに振り返る。
「何?」
間違いなくセラの声だった。
何と言われても問いかける内容を持っていなかったウェインは、口籠りながら言葉を考える。
「ここで…何を?」
「何って、寝るのよ。」
当然の様にセラは答えると再び階段を上がって行き、ウェインはその後を追った。
部屋に入ったセラは中の様子を伺うように一通り見渡すと、長く使われてなかった寝台を掃い整え始める。
どうやら本当にここで寝るつもりらしい。
ウェインは自分を落ち付けるように頭を掻いた。
かなり心配な面があるが、昼間までは全く反応を見せなかったセラが突然城を抜け出し自分の意思でここに戻って来た。
立ち直りの兆しを見たようでウェインは一先ずほっとする。
「セラ―――」
ウェインはセラに歩み寄ると寝台に座らせ、自身は床に膝を付きセラの顔を覗き込んだ。
「俺はちょっと出て来るがお前はここを動くな。」
状況からするとセラは誰にも気付かれずに城を出て来たようだ。気付いていたら城から出さないだろうし、一人でここまで来るなどあり得ない。兎に角知らせておかねば騒動になってしまう。
セラは首を傾げながらも無言で頷いた。
セラを一人残すのには心配があったが、ウェインは鍵を閉めると街にある詰所へと向かう。城まで戻る時間を惜しみ伝令を立てる事にしたのだ。
朝市の開かれる広場に近い詰め所ならマウリーが当番で駐在していた筈だったので、火急の用件なら深夜でも城の門をくぐれるだろうと目指す。
思った通りマウリーは明かりの灯された詰所の長椅子に腰を下ろし―――女の肩を抱いていた。
突然現れたウェインに衣服を乱した女は小さな悲鳴を上げ、マウリーは楽しみを潰されたとばかりに不機嫌な笑顔を浮かべる。
仕事をさぼって、しかもこんな所で何をやっているのだ―――
「邪魔者参上…」
マウリーはぽつりと呟く。
いつもの事とは言え一瞬全身の力が抜けた後に怒りが込み上げて来るが、今のウェインにはそんな暇はない。
「セラが城を抜け出し例の家に戻った。」
怒りを含んだ低い声だったが、マウリーは声色よりも内容に驚き、抱いていた女を放り投げんばかりの勢いで立ち上がる。
「きゃあっ、ちょっとマウリーっ?!」
手荒な扱いに女は顔を真っ赤にして憤慨するが、さすがのマウリーも今回ばかりは驚いていた。
「ごめん、償いは今度するから今夜は帰って。」
マウリーはそう言って食い下がろうとする女の背を押し無理矢理に追い出してしまう。
「何で?!」
後ろ手に扉をしめながらマウリーは理由を尋ねた。
マウリーも時々様子を伺いに行っていたが、セラは呼びかけにも特に反応を示さず、ラインハルトを失った衝撃で壁を作り閉じ籠ってしまっていた。昼間セラのもとで過ごしたウェインからも何時もと何ら様子は変わらなかったと聞いていただけに、セラが城を抜け出し街の家にいると聞いても頭が混乱してしまう。
「何かあったのかもしれないが詳しくは分からない。兎に角セラは自分の足で歩いてあの家に戻って来ている。後は俺が責任を持つとシールに伝えてくれ。」
「え―――っ、僕が城に行くの?!」
マウリーは心底嫌そうな顔をする。
「シールや陛下が行くって言い出すに決まってるじゃないか。それを僕にどうやって引き止めろって言うのさ?!セラちゃんの所には僕が行って付かず離れず見守っとくからお前が城に行けよ!」
「お前の様な危険極まりない奴の言う事など信じられるか。」
たった今も女を連れ込んで何する気でいたくせにとウェインが突っ込むが、マウリーはそれを鼻で受け流した。
「僕は同意がない限り結して女性に手出ししたりはしないよ。そう言うお前の方がセラちゃんには手出ししてる筈だろう?」
見透かす様なマウリーの瞳にウェインはぐっと息を呑む。
確かに―――その通りだ。
だからと言って、セラをマウリーに預けられる筈がない。
「お前が城に行け、命令だ。」
「汚いぞっ!」
「何とでも言え。」
そう言い残し、ウェインは再びセラの元へと走った。
後に残されたマウリーは文句を言いながらも、どうやってシールやカオスを城に引き留めようかと思案しながら重い足を引きずり城へと向かう。
セラとウェインを二人きりにするには癪だったが、マウリーとて折角変化を見せて来たセラの回復の邪魔はさせたくはなかった。
既に眠っていると思っていたのに、ウェインが家に戻るとセラは寝台に腰を下ろしたままの姿でウェインの帰りを待っていた。
「まだ起きていたのか。」
眠っていたと思っていた割に、もしかしたら勝手に出歩いているのではないかと言う不安があったので何処にもいかずにいてくれてほっとする。
「ここを動くなって言われたから―――」
そう言ってセラはウェインを見上げた。
セラと出会って一年以上の付き合いになり二人だけの時間もかなり過ごしてはいたが、ウェインはセラが言われた事をそのまま守る種類の人間だという事を忘れていた。初めて目を覚ましたセラにシールが待つように言った時、その時とっていた動作のままで動かずにいたと聞いた事があったが、今がまさにその状態だった。
家から出るなと言えばよかったのかと頭に言葉を描きながら、ウェインはセラの頭を撫でた。
「待たせてわるかったな、今夜はゆっくり眠ってくれ。」
ウェインはもう一度セラの頭を撫で、部屋を出て階段を下りた。
ウェインの出て行った扉をじっと見つめていたセラは、やがてそっと身体を横たえる。
いつも側にいて静かに見守っていてくれた人。
そして今もセラの側にいて、慰めるように頭を撫でてくれた。
大きくてごつごつとした温かい手は、かつてセラを守ると言ってくれたラインハルトの手を思い出す。
あの時は若く雄々しい姿をしていた。
剣を握る手と優しい仕草。
ウェインにラインハルトの面影が重なってしまい、つい甘えて受け止めてもらいたくなってしまう。
外見はかつてのカオスと見紛うばかりの姿をしているというのに、カオスを重ねるのではなくラインハルトの面影を追ってしまうなんて―――
ラインハルトではない人にラインハルトを重ねるあさましさ。
ない者を求め続ける自分の弱さに、セラは強く指を噛んだ。
気付いたら失ったラインハルトを求め、その面影を傍らにいる人に重ねてしまっている。
どうして愛しい人の冥福を祈り、想いに応えられないのか。
歩き出すには邪魔な闇がセラの心に巣食っていた。