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残されたモノ  作者: momo
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宵夢


 セリド十四歳の祝いの宴にはイクサーン全土から貴族や有力者たちが集い、城はかつてない程に華やいでいた。


 大広間に設けられた玉座にカオスが鎮座し、その両隣りには主役のセリドとリリス王妃が優雅に腰を下ろす。

 この日のセリドは晴れの舞台であるにも関わらず、いつもの猫かぶり笑顔を振りまきながらも超が付く程に不機嫌であった。

 下心丸出しでやって来る貴族たちとの挨拶もそつなく交わし、妃の座を目指してセリドの目に止まろうと着飾った娘たちにうんざりしながらも、結して笑顔を絶やさぬ様はさすがとしか言いようがない。

 その隣ではリリス王妃が満足そうに微笑んでいた。


 セリドの不機嫌の原因…それはセラがこの席に出席しないと言う事。

 前回花嫁修業と称し、レトの町で経験した堅苦しい宴の席がどうしても馴染めなかったというのが理由だったのだが…それにしてもセリド自ら再三願っても首を縦に振る事はなかった。


 昨日の出来事が尾を引いているのでは―――?

 シャツの胸元から覗いたセラの胸を見て、何故あんな事をしてしまったのだろうとセリドは後悔していた。

 今思えば、あれを傍から見ていたなら男が女を組み敷き不埒な行為に及ぼうとしていたとしか思えないだろう。

 それに気付いたのは、シールがセリドに初めて落とした雷でだ。

 セラは笑ってはいたが、もしやあの事を怒っているのかもしれない。あの後、顔や腕に出来た小さな傷を癒しに来てくれた時にもそうは感じなかったが、実の所はやはり…怒っていたのではないのだろうか。だからセラは祝いの席に出席を拒否したのではないだろうか―――?

 そんな風に考えていると不機嫌だった気持ちはどんどん落ち込んで行く。

 セリドはしきりに自分の娘とのダンスを進める狸男の話を笑顔で右から左に聞き流しながら、心でそっと溜息を落とした。

 

 その時、広間の向こうでざわめきが起こり、奏でられたいた曲も停止してしまった。

 何事か―――?

 カオスは視線だけを動かし、セリドは人混みの向こうに顔を向け…リリスは扇を口元にあてがい目を細めて意味あり気に笑った。


 人々の強い線を釘付けにしたのは青いドレス姿の娘…セラだった。

 薄すぎず濃すぎず、派手にならない色彩の青いドレスは肩と背中が大きく開いてはいるが胸元はレースによって適度に覆い隠されれいる。引き締まった腰から足元にかけて大きく開いた裾は流れるように柔らかで。

 金色の髪は結い上げられていたが、左右に一房ずつ巻かれた髪がうなじに向かって下ろされ揺れていた。髪にはドレスと同色の生花、耳と首元には青い宝石が輝く。

 それは、誰も気付く事のなかったセラの美しさを存分に表現していた。

 セラの長い睫毛が怯えるように頼りなく揺れ、エスコート役の男の腕に絡めた手に力が籠る。

 「自信を持って―――」

 翡翠色の瞳が優しくセラに微笑む。

 マウリーはいつもよりも豪華さを増す正装となる騎士の制服に身を包んでいた。

 「付き添いはマウリーで正解でしたわね。」

 前回の失敗を踏まえ、リリスはセラの隣に見目麗しいマウリーを選んだ。

 マウリーの隣に並んでも引けを取らず、それどころか更に輝きを増しているかに見える。

 「何故…」

 どうしてセラが此処に?!

 セリドは驚きで椅子から腰を半分上げている。

 その様子を見て、リリスは満足そうに微笑んだ。


 リリスは先日の貸し…ヒリアスイ王女を足止めした件の礼として、セラをこの宴に出席させる事をシールに要求した。

 だがセラもなかなか首を縦には振らない。

 そこで卑怯だと思ったが昨日の一件を持ち出し、セラにはまったく非がないにも関わらずセリドと両成敗と言う形で出席を無理矢理に納得させ、リリスの指示通りこういう事には長けているマウリーを担ぎ出した。

 話を聞いたマウリーはやる気満々。あっと言う間にドレスを選び出し針子にサイズを直させると渋るセラを巧みに言い包め、ドレスに袖を通させると髪型を指定・化粧を施し瞬く間に仕上げてしまった時には『本当に騎士か?』と問いただしたくなった物である。

 

 (あれが噂の?!)

 (本当に瞳の色が左右で違うのね)

 (左目が血の様に赤くて不吉だわ)

 (どうしてマウリー様に手を引かれて?!)

 (忌々しい…!)

 心ない女達の囁き声がセラの耳に届き慣れているとは言え、さすがにこの様な場所で耳にすると萎縮してしまう。

 だが結局は嫉妬からくる言葉だ。

 そんな女達の囁きを余所に、対する男たちは異質な非対称の瞳に驚きはしながらも、この場に突如として現れたセラに釘付けになり、まるで春の女神の様だと感嘆の声が上がる。

 

 リリスの合図で止まっていた曲が再び奏でられ始めると、広間の男女が手を取り合い少しずつ広間の中央へ進み出てダンスを始める。

 マウリーはセラの手を引き腰に手を回して、踊りながらその輪に加わって行った。

 「わたし踊れないっ」

 人生二度目のドレスとダンスに周囲の痛い視線。

 セラを蔑み軽蔑する視線には慣れていたが、別の意味も含まれた絡みつくようなそれに思わずセラは身震いしてしまう。

 「僕だけを見ていて…大丈夫だから。」

 セラの耳元で囁くとマウリーは広間のいちばん中央で、セラを見せびらかすように踊り始めた。

 言われた通りセラは翡翠色の瞳を見上げ、マウリーのリードに身を任せる。

 慣れない踵の高い靴で広間中を舞うように踊りながら、セラは少しずつ教えられた感を取り戻して行く。

 「しっかり覚えてるみたいだね。」

 「足を散々踏んだのに根気よく教えてくれたから。」

 優しく微笑むマウリーにセラも微笑み返した。

 「その笑顔のままで―――」

 マウリーはセラの腰から手を離すと自分の腕にセラの手を絡めさせ、二人は腕を組んで玉座のある正面へと進んで行った。

 「セリドに祝いの言葉を、陛下と王妃には礼だけで。」

 マウリーはセラにだけ聞こえるように小声で囁くと、玉座に腰を下ろすカオスの前に立ち真剣な顔で膝を折って礼を取った。

 続いてリリスの前に膝を付き、マウリーは王妃の手を取り口付けを落とす。そしてセラと腕を組んだままセリドの前で礼を取った。

 「このよき日をお祝い申し上げます。」

 マウリーの言葉に続きセラも膝を下り頭を下げた。

 「おめでとうございます、セリド王子。」

 顔を上げセラがにっこりとほほ笑むとセリドは見惚れたまま言葉を失う。

 そうしてやっと出てきた言葉もまるで自分の口から発せられてはいない様な心地だった。

 「ああ…今宵は存分に楽しまれるよう―――」

 言葉を受け、二人は深く一礼して顔を上げた。


 これで終わりだ―――


 ほっとしたセラは広間を後にしようとマウリーの腕を引き、だがマウリーはそれと反対の方向にセラを導いた。

 王が玉座を下りていたからだ。

 マウリーはカオスの前に立つとセラを差し出し、カオスはセラの手を取った。

 (これってもしかして…)

 いやな予感が的中する。

 「拒否権なし?」

 「あきらめてくれ」

 優しく微笑むカオスに連れられ、セラは再び広間の中央に導かれて行った。

 「よくここまで練習したものだな。」

 セラの腰に手を回し、カオスはセラの変貌ぶりに満足そうであった。

 「マウリーさんのお陰よ。カオスは…踊れて当然か。」

 もともと騎士としてルー帝国に使えたいた人だ。この様な場を知らない訳なかったし、今はイクサーンの国王として君臨しているのである。この位当然の話だ。

 しかし、カオスがこの様な場で誰かの手を取り踊ると言うのは極めて稀な事だった。カオスの登場、しかも女性の手を取って踊っている―――この珍しい状況には誰もが釘付けとなりこそこそと噂をし始める。

 「それにしてもあれ程嫌がっていたのによく出席してくれた、礼を言うぞ。」

 「それはっ…シールさんとマウリーさんに言われて―――」

 仕方なく―――と言う言葉はさすがに飲み込んだ。 

 「昨日はセリドと泥だらけになって帰って来たそうだな。」

 恥ずかしそうに頬を染め、セラは俯く。

 「子供みたいだって思う?」

 「そう言えば、セラはいつもそのような感じであったな。」

 若い娘には過酷な旅だっただろうに、文句一つ言わずにいつも笑顔で安らぎを与えてくれた。

 「だがいつまでも子供ではない、お前はもう立派な一人の女だ。これ程に花開いていようとは思いもしなかった―――」

 カオスは足を止め立ち止るとセラの頬を撫でた。

 愛おしそうに覗き込む灰色の瞳。

 時が流れても、その瞳の色は変わらないままセラを見下ろし、優しく包み込んでいる。

 「そろそろ譲ってやらねば反感を買う。」

 「カオス?」

 立ち止った二人のもとに見知らぬ青年が歩み寄って来て、カオスはセラの手をその青年の手に重ねさせた。

 (ええっ、まだ踊どんなきゃいけないの?!) 

 お願いっ、わたしを一人にしないでと心で叫ぶが、カオスは満足そうな笑みを浮かべて玉座に戻り、頼りのマウリーは沢山の女性に囲まれ笑顔を振りまいている。


 この後セラは数人の青年と入れ替わり立ち替わりダンスを踊る羽目となり、最終的に目に止まったセリドに助けを求める事にした。

 見知らぬ男に手を取られ踊りながらセリドに視線を送るが、目が合っていると言うのにまったく何の反応も示さないセリドにだんだんと腹が立って来る。

 (これはわざとか拷問か?!)

 セリドに助けを求める事事態がそもそもの間違いなのだろうか。

 こんなに助けを求めていると言うのに、セラと目を合わせたまま反応を示さないセリドに殺意が芽生えそうだ。

 勿論、セリドはセラを無視している訳ではなかった。

 入れ替わり立ち替わりセラの手を取る男たちに嫉妬し、セラを誘えない自分に腹が立つ。

 そう、本当はセリドもセラの手を取り腰に手を回して一緒に踊りたかった。しかし、セラの怒りに満ちた瞳がセリドに向けられ、セリドが席を立つ事を躊躇させていたのだ。

 何をあんなに怒っているのだ?

 やはり昨日の事を根に持つ…いや…先程挨拶で自分の前に立った時にはそんな素振りは微塵も見せていなかった。

 いったい何に怒っているのだ?!

 セラに睨まれ立ち上がれないでいると、セラの手を取っていた男がわざとセラの体勢を崩させ、セラがよろめくと身体を密着させた。

 「―――!!」

 まるで椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がり、セリドはずかずかといつもの外面も忘れて二人に歩み寄った。

 「変わって頂だいてもよろしいか?」

 自分よりも背の高い男を見上げ、セリドは条件反射の様に満面の笑みを向けた。

 相手が王子では拒否も出来ない。

 男は内心舌打ちしながらもしぶしぶセラの手を離す。

 セリドは念願のセラの手を取り、腰に手を回して踊りだした所でやっとセラの顔を見た。

 やっぱり…怒っている。

 「そんなに…嫌か?」

 「嫌に決まってるじゃない!」

 セリドは何か硬いもので頭を殴られた様な衝撃を受けた。

 「あんなにず―――っと助けてって視線送ってるのに何で気付かないのよ、鈍感。」

 「助けて?」

 踊りながらセリドは首を傾げた。

 「わたしは孤児院出身で貴族でも何でもないの。こんなの無理なの。足なんてもう限界で助けってっていくら視線送ってもあなたは高みの見物…まったく腹が立つわ!」

 助けてって…あの視線がか?

 まぁ取り合えず嫌われた訳ではなかったようなのでほっとする。

 「この曲が終わったら解放してやる。だからもう少し頑張れ。」

 セラはうっと唸る。

 曲の途中でもいいではないかと思うが自分は何も知らないのだ。セリドに従う方が賢明だろう。

 「分かった。」

 セラが頷くとセリドがセラをリードし、微妙に広間の中央から出口の方へと踊りの位置を変えていった。そして曲が終わると同時に出口の扉を押し開け、セラの手を引いて外に出る。


 廊下に出た途端、セラはその場に座り込むとドレスの中で靴を脱いだ。

 「た…助かったぁ~っ」

 と声を上げた途端、セリドがセラの腕を掴んで立たせる。

 「こっちだ。」

 「ちょっ、ちょっと待ってっ」

 セラはドレスの中を転がる靴を拾い、セリドについて行った。

 セリドに連れられて入った小部屋は休憩所に使われていたが、今は誰の影もそこにはなかった。

 セラは椅子に座らせられるとセリドが跪き、ドレスの裾をめくって驚きの表情を浮かべる。

 「この様な状態でよく踊れたものだな」

 慣れない靴を履いて何曲も踊ったせいで真っ赤な靴ずれができ、所々水脹れが破れて内部が露出し血が滲んでいた。

 「痛みには慣れてますから。」

 「その割にはまともに踊っていたが?」

 軽やかに踊る様は何か問題ありそうには見えなかった。

 「さすがにあれ以上踊ってたら歩けなくなってたと思いますよ。」

 「そうか…早く気が付いてやれなくて悪かったな。」

 冷やすものを持ってこようとセリドが立ち上がると、セラは平気だと引き止めた。

 「自分で治せるから大丈夫です、ありがとう。」

 そうだ、魔法が使えたのだったとセリドは、昨日セラにかすり傷を治してもらった事を思い出した。 かすり傷程度、普段なら手当てしなくても大丈夫なのだが、さすがに今日を前にあれでは問題があった。

 「セリド王子は戻って下さい。主役が不在ではお客様に申し訳ありませんよ。」

 言われたセリドは腕を組んでセラの前に座り込んだ。

 「治してみよ。」

 「は?」

 「癒す所を見てみたい。」

 「はぁ…」

 昨日も見たのにと思いつつ、セラは気のない返事をして右手で靴ずれの部分を撫でる。

 するとそれだけでもとの綺麗な皮膚が蘇っていた。

 その様にセリドはう~んと唸る。

 「癒しの術を使う時光を発すると聞いてはいたが違うのか?」

 昨日も今も、セラは傷を撫でただけだ。

 「この程度なら大して念じなくても癒せるものですよ。」

 「ふ~ん」

 この後、二人の間に長い沈黙が流れた。

 その間セリドは綺麗に治ったセラの足に釘付けだ。

 「あのう…戻らないんですか?」

 「お前も戻るだろう?」

 「わたしはもう部屋に戻ります。」

 すごく疲れた。

 第一皆の前で踊るなんて話は聞いていない。ただ、宴に出席すればいいものだと思って了解したのがそもそもの間違いだ。

 「お前は、怒ると敬語を止めるのだな。」

 ふと的を外れた事を言い出したのでセラは目が点になった。

 「ハウルの屋敷で怒った時もそうだった。」

 「……そうでしたっけ?」

 覚えている。

 処刑物の暴言を吐いたのをしっかりくっきり覚えている。

 さすがに生粋の王子様には不味かったと思えるが、何故今それを持ち出す?!

 セラの心配を余所にセリドの表情は穏やかだった。

 「別によいのだぞ、兄上たちに話すように普通にしてくれても。」

 それは…セリドなりにセラへ歩み寄ろうとしてくれているのだろうか?

 セリドの純粋な恋心など露知らず、セラは「考えておきます」と曖昧な答えを送った。


 「お前の誕生日はいつだ?」

 広間に戻る廊下でセリドが聞いて来た。

 「多分もうすぐです。」

 「多分?」

 セラはくすりと笑う。

 「生まれて間もないわたしが孤児院に預けられた時、真っ白な林檎の花が咲いていたそうです。ちゃんとした日は解りませんが、その頃がわたしの誕生日に決められました。」

 数える必要もない程の友人だけがセラの誕生月になると手作りの贈り物をくれた。

 虐げられた子供時代だったが、その中で真実の温もりを知ったのは大きい。

 「お前は―――」

 言いかけてセリドは口籠った。

 孤児院の事とかセラを捨てた親の事とか聞いてみたかったが、それはどうしようもないものだ。セラが一番それを分かっていて、幼少期にはどれ程それを望んだであろう。

 心の傷に触れてどうする?

 「わたし、結構幸せですよ?」

 自分の様な人間は一人じゃない。

 沢山の子供たちが孤児院にいたし、更に劣悪な環境で育った人だっている。

 それが普通の事で、だからと言って不幸だとは決まっていなのだ。

 セラは両手に持った靴を振りまわし、広間へと続く扉の前で歩みを止めた…と同時に扉が開かれる。

 「あ、セラちゃんここにいたの?」

 マウリーはセラを見付けほっとする。

 セリドと出て行ったのは目にしていたがすぐに後を追う事が出来なかったのだ。

 「マウリーさん、わたし部屋に戻りますね。」

 セラの手にした靴を見てマウリーは直ぐに理解した。

 「送るよ。セリド、皆が待ってるよ。」

 皆と言うのは勿論うんざりする程の下心丸出しな輩だ。 

 セリドは心底嫌そうに深い溜息を付く。

 このままセラを部屋まで送って行けたらどんなに幸せだろう。

 「頑張って下さい。」

 嫌そうなセリドを励ますようにセラは手を振った。

 口を開くとマウリーの茶々が入りそうだったので、セリドは無言で手を上げてセラに返した。

 




 

 「足、もう大丈夫?」

 庭に面した薄暗い廊下を進みながらマウリーが笑顔で問いかける。

 「もうばっちり回復してる。」

 セラは手にした靴をくるくる回して遊んでいた。

 すると勢い余ってセラの手から片方の靴が離れ、手すりを飛び越え落下して行った。

 「しまった!」

 セラは手すりにつかまり下を覗き込む。

 その視線の先では、誰かが屈み込んで落下して来たセラの靴を拾い上げる所だった。

 セラの隣に立って同じように下を覗いたマウリーが、金の髪をかき上げながら口を開く。

 「おーい、ウェイン。」

 「マウリー、お前そんな所で何さぼって―――」

 声に反応して上を見上げたウェインが、マウリーの隣に立つセラを見て固まった。

 その様子にマウリーはくすりと笑ってセラの肩に手を回し、それを見たウェインは不機嫌な表情を浮かべる。

 「靴、わたしの。」

 セラは手すりから身を乗り出し、ウェインが持った靴を受け取ろうとする。 

 高さはあったが二階ではないので互いが手を伸ばせば届きそうだ。

 セラが差し出す手に向かってウェインは靴を差し出し―――セラが更に身を乗り出して伸ばした手を掴んでそのまま引きずり下ろした。

 「ひえっ?!」

 頭から落下したセラをウェインは器用に受け止める。

 「何すんのよ、危ないじゃないっ!」

 セラの罵声に反して、頭上では面白そうにくすくすと笑うマウリーの声。

 「強引な奴」

 上を向くとウェインはマウリーに命令した。

 「セラは俺が送る、お前は持ち場に戻れ。」

 「ご命令とあらば。セラちゃん、気を付けてね!」

 ひらひらと手を振るとマウリーは姿を消す。

 (え、嘘っ…行っちゃうのマウリーさん?!)

 (微妙な言葉残して行かないでよぉぉ~)

 「ちょっと、離してよ。」

 ウェインの怪力にしっかり腰を掴まれて身動きが取れない。

 いつもと違う視線がセラに纏わり付き、セラは不安を覚えた。

 

 腕の中で暴れるセラは、ウェインの熱い眼差しを受け頬を染めた。

 唇を重ねた記憶が蘇り、この状態をいかに回避するかにばかり意識が集中する。

 ウェインの告白を受け止め、ちゃんと考えた。

 考えて考えて、今もまだ結論が出せない。

 その理由はやはりラインハルトだ。

 セラの心の中ではラインハルトに対する感情が広範囲を占めている。追い出そうとしえも追い出せない気持ち。

 ラインハルトの気持ちに答える為にすべきは…新たな人生を受け入れる事。

 自分に真っ直ぐな気持ちをぶつけてくれたウェインにはどう答えるべきなのか。セラにはまだその結論が出せてはいない。

 好きか嫌いかで言われれば好きだ。

 気付いたらいつも側にいる人。

 いつもどこかで気配を感じる。

 カオスの息子だからというのも抜きにして、心から信頼できる者の一人であることは確かだ。

 しかし、セラはどうしてもラインハルトへの愛と比べ、それとは違うと結論付けてしまうのだ。

 本当に、本当に心から愛して止まない人なのに―――このラインハルトへの想いが容易く壊れる偽りの様だと認める事になるのが怖かったのかもしれない。

 

 美しく着飾ったセラを目にし、他の誰にも触れさせたくない思いがウェインを支配した。

 腕の中で抵抗し身をよじるセラが何か言っているが全く耳に届かない。

 このまま自分だけの物にしてしまいたいと言う衝動に駆られ、ウェインは断腸の思いでセラから手を離した。

 必死に心を落ち着け、やっとの思いで口を開く。

 「―――行くぞ」 

 そう言って乱暴にセラの手を引いた。

 「いいよ、一人で平気だから!」

 歩みの早いウェインに手を引かれ小走りになりながらついて行く。

 「ねぇってばっ…」

 返事がないのでもう一度問いかけてみるが、やはり答える事なくウェインは黙ってセラの手を引く。

 怒っているのかとも思ったが、斜め後ろからではその表情を確認する事は出来なかった。

 

 この夜、マウリー作のセラに一番悩殺されていたのはウェインだった。






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