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残されたモノ  作者: momo
58/86

騎士と姫君


 リョクシェント王国のヒリアスイ王女とカオスが目通りをしたのは晩餐の席。

 

 リンハースから訪れていた新王シンクラウとの面会を終えた後、カオスは執務室に籠りそのまま仕事に追われていた。


 一方ヒリアスイはリリス王妃のもとでリョクシェントの華やかな宮廷話を根掘り葉掘り質問攻め、かつリリス王妃の恋話やドレスや髪型の話など…ヒリアスイはリリスの好い様に扱われ着せかえられ、慣れているとは言えリリスのペースに乗せられすっかり疲れ果てていた。

 それでもカオスの前に鎮座し食事を共にするとなると、失敗は許されないとばかりに緊張した眼差しでカオスを見据える。


 「長らく待たせて申し訳なかった」

 遅れて席に着いたカオスが非礼を詫びると、ヒリアスイは潤んだ青い瞳を細めて優しく儚げな微笑みをカオスに向ける。

 「いいえ、陛下のご都合も考えず突然押し掛けてしまったのはこちらの無礼。大変申し訳なく思っております。」

 緊張の為かヒリアスイの声は微かに震えている。

 立派に成人した王女とはいえ、年若い娘が一国の王を前にたった一人で対峙しているのである。緊張するなと言う方がおかしい。

 カオスはセラにするのと同じ優しい眼差しをヒリアスイに向けると、ほっとしたのかヒリアスイの顔の強張りが僅かに緩んだ。


 カオスはヒリアスイを気遣うように、そのままとりとめのない季節や両国の話をして時間を過ごした。

 最後に甘い菓子とお茶が出されると、時を待ったようにヒリアスイの方から本題を口にして来た。


 「既に陛下もご察しの通り、レバノの封印から現れたと言う魔法使いと対面する為にわたくしはイクサーンへと参りました。」

 「封印から現れた魔法使い…」

 「セラ様と―――仰られるそうですね。しかもアスギルと共に封印された当時のお姿のまま、一人封印の中から舞い戻って来られたとか。」

 調べは付いていた。

 「何もリョクシェントに迎えたいと交渉に来た訳ではございません。セラ様はレバノの封印を守るのには必要なお方…その為にはイクサーンに身を置く事が、この世界のとっては一番の得策だと言うのは重々承知しております。」

 「王女の考えがそうであったとしても、リョクシェント王の思惑はそうではあるまい?」

 カオスの瞳がヒリアスイを射抜き、その真意を探る。

 強い視線に耐えられずヒリアスイは重ねた手に瞳を落とすと、再び潤んだ瞳をカオスに向けた。

 「だからと言ってセラ様は誰かの所有物ではございますまい―――それとも対面すら許されないのは、セラ様がカオス王個人の所有されるお方だからでございますか?」

 それはセラがカオスの妾だからかと聞いていた。

 ヒリアスイは自分で口にしておきながら頬をほんのりと赤く染め、両の手で火照った頬を覆い隠して小さく溜息を落とした。

 「口が過ぎました、どうぞお許し下さいませ―――」

 つい感情的になってしまった―――非礼を詫びるヒリアスイは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 ヒリアスイは正妃の子ではなく、リョクシェント王の数ある妾の一人が生んだ姫だ。王女として名を掲げる程だから生母はそれなりの地位にある人だろう。しかし女の世界と言うのはとても繊細で難しく、ヒリアスイ自身が妾の子として身を置くに際し辛い事もあったのであろう。


 セラと母親の立場を重ねたのかもしれない―――


 王家に生まれたからにはそれが当たり前の世界だとは言え、カオスは目の前の王女が少々不憫に思えてしまった。

 年の頃は二十と言うが、心の動きはそれよりも少々幼いようにも伺える。


 「あれは私の妾ではないし、対面を許さぬとも言ってはおらぬ。」

 カオスの言葉に、今にも泣きだしそうだったヒリアスイの顔が「え?」と疑問に変わる。

 どうやらこの姫は初めからセラをカオスの妾だと決めつけ、対面すら許されないだろうと予想しながらも、リョクシェント王の命を受けてか弱い身でここまで旅をして来たのだろう。


 「明日にでもセラと対面の時間を設けさせよう…それで宜しいかな?」

 カオスの言葉にヒリアスイは思わず椅子から立ち上がり、両手で口元を押さえる。 

 「まぁ陛下…わたくし本当に…本当にセラ様にお会いしてみたかったのです!」

 輝かんばかりの笑顔は感動で今にも泣き出してしまいそうな程。

 そんなヒリアスイの様子は、心底嬉しそうにしているとカオスの目に映った。



 

 




 冬の間欠かす事なく訪れた塔…その主が姿を消した。

 死ぬ事だけしか考えなかったイルジュが自ら取った行動…それは喜ばしい事なのかもしれなかったが、生きる為にここを去ったのかすら分からない状況にセラは心を痛めた。


 イルジュのいなくなた塔に登り、小さな窓から遠く外を見渡す。

 雪解けを迎えてもレバノ山は真っ白な山並みを保っていて、本格的な春の訪れはもう少し先の様だ。


 イルジュは一人で生きて行く為の術を知っているのだろうか―――


 セラが旅をしていた頃は雪の山でも野宿を強いられ慣れてはいた。しかしイルジュはどうなのであろうかと思う。

 昨日の今日でもあり、リンハースの王を追ったのではないかと不安もあったが、カオスとシールは口を揃えてその可能性は低いだろうと言っていた。

 罪人として幽閉されていた身分であった為、ウェインが九隊ある騎士団から一隊をイルジュの捜索に当てたらしかったが、セラは見つかって欲しくない気持ちでいっぱいだ。

 逃げたのが生きる意志の表れなのだとするなら、そのまま逃げ切って生き続けて欲しいと願う。


 (結局わたしは何もできなかったな―――)

 窓枠に頬杖をついて溜息をついた時、セラは塔の真下でこちらを見上げる人影に気付いた。

 茶色がかった少し長めの金髪が風に揺れている。

 三階からなので顔までは分からないが、濃い紺色の服はリョクシェント王国騎士の制服。

 これから対面予定のヒリアスイ王女が、国から沢山引き連れて来たとか言う従者の一人であろうと推察しながら見下ろしていたが、相手も微動だにせずただじっとセラの方を見上げ続けていた。

 このまま見下ろしていても変な感じなので取り合えず声をかけてみようかと思うが、割と長い間お互い無言であったので今更と言う感じだ。

 セラは窓から離れると、取り合えず塔を下りる事にした。



 セラが塔を下りると先程の騎士がセラの方に歩み寄って来た。

 年の頃はウェインよりも少し上辺りだろうか?

 背が高く引き締まった体は均衡がとれていてとてもスマートに見える。束ねる程ではないが、少し長めの茶色がかった金の髪に灰色の目―――そして何よりも驚いたのはその容姿。

 男らしいがとても美しい容姿をしていたのだ。

 結して女性と見紛う事はないのだがとても綺麗な美男子と言った感じで、切れ長で形のよい眼が冷たい印象を与える。

 マウリーやフィルネスを女性的な美しさと例えるなら、こちらは女性と男性的美しさを兼ね備えたと表現するのが一番近い様な―――


 「おはようございます…」

 セラがおずおずと挨拶するが返事はなく、騎士は先程と同じようにただじっと、瞬きもせずにセラを見下ろしている。

 (変な人…)

 綺麗な人は変人が多いのだろうかと思いつつ塔から出て先に進みたいのだが、その男が入り口を塞いでいる為これ以上前に進めない。

 「あのう…通して欲しいんだけど?」

 すると男の長い睫毛が瞬きして一歩後ろに下がったかと思うと―――

 膝を折って跪き、セラの右手を取ってその手の甲に口付ける。


 「―――!」


 突然の行為に驚き絶句していると、男は小さな一輪の花をセラの目前に差し出した。

 それは春の初めに咲く、薄桃色の可憐で小さな野の花。

 何処にでも咲く花だったが、それはセラが雪の季節を終え初めて目にした野の花だった。

 ただ意味が分からず立ち尽くしていると男の綺麗な顔が悲しそうに歪んだので、セラは取り合えず手を伸ばしてそれを受け取る。

 すると男はほっとした様な表情を浮かべた後、小さな微笑みを向けて立ち上がった。

 それから一礼して背を向けると城の方へと消えていく。


 そんな騎士の後ろ姿を見送ってから、セラは手にした花に改めて目を落とした。

 「変な人―――」

 (一言も口を開かなかったけれど喋れないのかな?)

 意味不明なやり取りに首を傾げながら、セラは男と同じ道を通って城に戻って行った。






 

 リョクシェントのヒリアスイ王女との対面―――

 昨夜シールに言われた時は『王女に会う』と言う堅苦しさにセラはうんざりし、何とか回避出来ないものかと思案したが、実際ヒリアスイ本人に会ってみると、とても優しそうな人だったので取り合えずほっとする。

 一つ驚いたのは、先程塔の下で出会った、綺麗だが少し妙だった男がヒリアスイの直ぐ後ろに立っていたと言う事。

 そこに立っていると言う事は恐らく彼がヒリアスイの筆頭騎士なのだろう。

 そんな人が何故ヒリアスイの側を離れあんな所にいたのか―――

 疑問に思ったが、セラにとってはどうでもいい事だったので直ぐに考えるのを止めてしまった。

 ちなみに今セラの側に付いて離れないのは勿論ウェイン。

 イルジュ捜索の責任者である騎士団長と言う立場にありながら、ウェインはその全権を捜索にあたる第三隊隊長に押し付けるように一任し、頼みもされる前から勝手にセラの警護にあたっていた。

 


 暖炉に火の入れられた暖かい部屋にゆったりとくつろぐ感じで腰を下ろしてはいるが、笑顔を絶やさないヒリアスイに対し、セラは消えてしまったイルジュの事が心配でその表情は硬かった。

 「セラ様は、本当にあの・・魔法使いですのよね?」

 対面して座っていたヒリアスイはセラに興味深々と言った感じで、何時の間にかセラの隣に座り身を寄せるようにして座っていた。

 「当時のカオス王やラインハルト王はどのような感じのお方でございましたの?」

 これは女性でなくても一度は聞いてみたい事だろう。

 耄碌もうろくした遠い昔の出来事ではない、当時の続きとして今を生きる者が此処にいるのである。

 「カオスはいかにも騎士様と言った感じの優しくて面倒見がいい、困っている人には必ず手を差し伸べる人でした。ラインハルトはその反対で…いつも無口で怖い顔ばかりしていて。擦れ違う人は絶対に目を合わそうとはしませんでしたよ。」

 その冷たい視線からは冷気が溢れ出ていて、視線だけで人を殺せると言っても過言ではなかった。

 ラインハルトに関しては今も昔も大して変わらない、噂通りという所だろうか。

 「カオス王とラインハルト王、実際の所どちらが強いのかしら?」

 もし二人が戦ったらどちらが勝つのだろうとヒリアスイは興味を持つ。

 「二人は本当に…とても強かったですよ。それは素晴らしい騎士と戦士でした。」

 強かった…過去形で語られた言葉にウェインが反応する。

 ウィラーンではラインハルトの戦い方を見たが、あれは過去形でも何でもなく、今も十分強いと思っていたが―――当時はそれを遥かに凌ぐものであったと言うのだろうか。

 「強かったってどのくらい?」

 ウェインの疑問をヒリアスイが代弁する。

 それは比べる相手がいないのでどう説明すればよいのか…セラは首を傾げ考え込んだ。

 「そうですねぇ…カオスは流れるように綺麗な剣、ラインハルトの剣は荒いようで一部の隙もなく…わたしは二人が負ける所を一度も見た事がありませんし、二人が剣を交えるとお互い一歩も引かず、結局はいつも引き分けで終わっていました。剣だけで言うなら、当時の二人は人知を超えていたように思います。」

 「もともとカオス王はルー帝国の騎士だったのでしょう?そんなにもお強い方ならどうして国を守れなかったのかしらね?」


 カオスがいかに強かったとは言え、戦争は一人の騎士如何でどうにかなるものではない。

 しかも最高指揮官となるべきルー帝国皇帝、それに続く血縁者は全てアスギルによって殺された後だった。

 騎士にとって忠誠を誓った王の為に死ぬのは何物にも変え難い名誉。

 ルー帝国時代、皇帝に忠誠を誓った騎士が命を捨てずに生き残る事を選んだのは騎士の精神には反するのかもしれない。しかしカオスの『逃げ惑う力なき民の命を優先する』という決断が後の世を救う事に繋がったのだ。

 あの時カオスが消え行く帝国と運命を共にしていたなら、カオスも、ましてセラすら今ここに生きてはいなかったのである。 


 「あの時既に帝国はアスギルの手に落ちて国としての機能を失っていたのです。カオスは自分の命を捨てる事を止めて沢山の命を救った。帝国の存続が不可能な状態でよく冷静に考えてくれたと思いはしませんか?わたしはカオスに助けられた沢山の命の中の一人です。」

 大切なカオスが非難されている様な気持になってつい語気が強まる。

 ヒリアスイは自分の失言にはっとし、小さな手で紅の塗られた口元を隠した。

 「ごめんなさい…知りもしないわたくしがよく考えもせずに―――」

 青い瞳が潤んだかと思うと、愁いを帯びて寂しそうに伏せる。

 「そんなっ…ヒリアスイ様違います。わたしの方こそつい…」

 「いいえ…わたくしはいつもこうなのです。あまり考えずに何でも口にしてしまうものですから心を許せる友人も出来なくて…皆、わたくしの前を去って行ってしまいます。」

 青い瞳から一粒、ぽたりと涙が落ちる。

 「あのっ…そんな事ありませんよ。ヒリアスイ様はこんなに綺麗でお優しそうな方なんですから、気付いていないだけでちゃんと近くに解ってくれている人はいる筈です!」

 王女を泣かせてしまった…

 セラ自身友人は極めて少なかったし、同年代の女性などまわりにずっと存在しなかったため、この様な時にどうすればいいのか全く分からない。

 取り合えず…セラはヒリアスイの背中を優しくさすってみた。

 「お優しいのね。」

 恥ずかしそうに涙を拭いながらヒリアスイはセラを覗き込んだ。

 「でもリョクシェントでのわたくしは本当に嫌われ者なんですのよ。妾の子ゆえ王女を名乗るのも汚らわしいと王妃腹の兄姉達からは忌み嫌われておりますし―――」

 汚らわしい―――忌み嫌われた王女。

 セラは左右の瞳の色が違う事でそう言われた。

 ヒリアスイは妾の子だから…王の子に生まれてもいわれのない非難を受けてしまう。

 どの世界にも存在する差別だが、王女と言う高貴な身分に生まれたヒリアスイにとって、それはどんなに辛い事だっただろうと思うとセラは悲しくなった。


 「妾の子であろうとなかろうと王女は王女です。玉座に踏ん反り返って威張り散らしている奴らなんかより、ヒリアスイ様の方がよっぽど国民の支持を得られると思いますよ。」

 その言葉を聞いたヒリアスイは、透き通るような青い瞳でセラを凝視する。

 「そんな風に言われたのは初めてですわ。わたくしは冷たい王宮で育ちましたけれど、セラ様は温かいご両親と家庭をお持ちなのでしょうね、羨ましい―――」

 それに比べてわたくしは―――再び不幸を思い返そうとしたヒリアスイにセラはあっけらかんと答える。

 「わたしは生まれて直ぐに捨てられたので親はいません。育ったのは孤児院なので家庭と言うよりも集団でした。」

 「孤児院…まぁ、ごめんなさい。わたくし自分ばかりが不幸であるかに―――」

 胸を押さえて息を飲んだヒリアスイにセラは笑って答えた。

 「辛い事は沢山あったけど不幸だと思った事は一度も有りませんよ。お陰で強くなりました。」

 強く答えるセラにヒリアスイは瞳を潤ませてその手を取ると、ぎゅっと強く握り締める。

 「わたくし貴方にお会いできて本当によかったわ。なのにもうすぐお別れしないといけないだなんて…いっそ何もかも捨ててセラ様のお側に侍りたい―――」

 そう言うとヒリアスイはセラの肩にしな垂れかかって来た。


 いやいやちょっと待て―――


 まるで愛の告白の様な場面にセラは渋い顔を浮かべる。

 こういう状況には本当に慣れていないのだ。

 助けを求めるようにウェインを振り返ると、顔を引き攣らせ関わりたくないとでも言うように一歩後ろに後退した。

 (助けてよ…何のためにそこにいるのよ!)

 こいつは駄目だと見限りセラが次に視線を向けたのは、少し離れた場所に立つ濃い紺色の制服に身を包んだリョクシェントの騎士。


 騎士は塔で出会った時と同じように、ただ黙ってセラに灰色の瞳を向けていた。

 どうしてそんな風に見るのだろう?

 セラには不躾と思える程、ただ無言で視線を向ける騎士の思惑が掴めない。

 奇怪な目で見られるのには慣れていた。物心ついた時からそうだったから気にもならない。しかし、この騎士の向ける視線は奇怪なものを見る目でも好奇の目でもなく…初対面からそうなのでまったく意味が分からないのだ。


 「エルンストが気になります?」

 セラから体を離したヒリアスイが砕けそうになる程に可憐な笑顔を向け、セラは自分にない女性らしさを感じ思わず頬を染めた。

 すると何を勘違いしたのか、ヒリアスイはにっこりとほほ笑むと美貌の騎士を手招きで呼ぶ。

 騎士―――エルンストはゆっくりと歩み寄りセラの前に跪くと、セラの右手を取って口付けた。

 セラにとっては恥ずかし過ぎるこの挨拶は普通左手を取る。しかしさっきもそうだったが、この騎士はセラの右手を取った。左手は指が欠けているのでセラの方はそれでかまわなかったが、ふと見ると騎士は右腰に帯剣している。

 左利きだからか―――

 手の甲に口付けられながらそんな事を思っていると、エルンストが初めて口を開いた。

 「お目にかかれて光栄です、エルンストと申します。」

 形の良い灰色の瞳が細められ、微笑んだのだとわかる。

 口が利けないのかと思っていただけに、思わすその声に囚われてしまって返事が返せなかった。


 「こう見えてエルンストは、堅物で女嫌いの騎士で通っていますのよ。」

 どうりで無言で睨んで来る訳だ。

 あの視線を睨んでいたと解釈したセラだったが、ではあの花は?と首を傾げた。

 するとウェインがやっとここにきて口を挟んで来た。

 遅いよとセラが振り返ると、何故が不機嫌を身に纏ったウェインがセラの真後ろに立っている。

 「ヒリアスイ王女、セラは予定が詰まっておりますので今回の所はこれまでに―――」

 「まぁそんな。わたくしセラ様ともっとお話ししたいですわ。」

 予定ではもっと時間はあった筈。

 ヒリアスイがセラに縋り付こうとするとする前に、ウェインはセラの腕を引いて椅子から立ち上がらせた。

 強制終了である。

 ウェインの有無を言わせぬ冷たい視線にヒリアスイは怯えるように身をすくませた。

 (威嚇しないでよっ!)

 また王女が泣いてしまうと感じたセラはウェインを睨みつけるが、当のウェインは完全無視。セラの睨みなど虫に刺されたほどにも感じはしない。


 「セラ様、またわたくしとお話しして下さいますか?」

 縋る様な眼差しにセラは苦手意識を持ちながらも、友達もいないと言って涙を零したヒリアスイを邪険には出来ない。

 「わたしで良ければ何時でも。」

 「約束ですわよね?」

 さっさと退出の挨拶を済ませたウェインに引き摺られる様にしてセラは部屋を出て行く。

 そんな二人をヒリアスイは切なそうに見送った。

 

 


 


 二人が部屋を出て扉が閉じられると、その扉の向こうでは言い争う様な声がヒリアスイの耳に届くが、それも間もなく消えて静けさだけが部屋に木霊する。

 セラの去った扉を凝視していたヒリアスイは白いハンカチを取り出すと両手を丁寧に拭い、使ったハンカチを燃える暖炉の火に放り投げる。

 小さなハンカチは燃え盛る炎に煽られ、踊る様に舞いながらあっと言う間に燃え尽きた。


 「聞いた?孤児院育ちですって。わたくし思わず吐きそうになりましたわ。」

 忌々しそうにヒリアスイは吐き捨てる。

 「おまけに指までないのよ。いったいどんな野蛮な環境で育ったらそうなるというのかしら。」

 先程まで見せていた、可憐で儚げな王女の姿は微塵もなかった。

 「王女が要らぬ口添えをしたおかげで獲物を横取りされてしまいましたよ。」

 ふっと口の端に微笑みを浮かべるも、エルンストの灰色の瞳は冷たいままだった。

 「せっかく誠実な騎士だと印象付けてさしあげたのに、その言い種はないでしょう?」

 「まあいいでしょう…どの道あの騎士には牽制されていましたから。この場ではあれ以上の事は出来なかったでしょうからね。」

 鋭い獲物を狙う目がそこにあった。

 「時間は無いわよ、落とせるの?」

 「私を誰だと思っているのです?」

 エルンストが喉の奥でククっと笑いをあげる。

 それに合わせるようにヒリアスイも、そのたおやかで美しい容姿からは想像もつかない悪意に満ちた微笑みを湛えた。

 「絶対にあの娘の口からリョクシェントに行くと言わせてみせるわ。」

 そうでなければわざわざ王女たるヒリアスイが此処まで足を運んだ意味がない。

 ヒリアスイは青い眼の奥に黒い炎をちらつかせた。

 

 

 





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