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残されたモノ  作者: momo
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花冠


 セラとお休みなさいの挨拶を交わした後シールは宰相としての執務に戻り、深夜に及ぶまでそれは続いた。


 リンハースがウィラーンにしかけた戦とレスティオが仕出かした一件のお陰で、隠し続けたセラの存在が白日の元に曝される事となった。もう知らぬ存ぜぬでは通しきれない所まで来ている。レバノの封印を理由にイクサーンに留め置く事も可能だが、何かと理由を付けてセラと対面を願って来ているのが大陸の北東を支配するリョクシェント王国だ。今回ウィラーンがリンハースに侵攻した件でリョクシェントがウィラーンを警戒し、その牽制の為に闇の魔法使いを封印したセラを求めて来るのは必至。ウィラーンの牽制にそのやり方が間違っていると説明してもリョクシェントが理解する筈はなく、今はそれを排除するのに全力を注ぎたいと言うのに―――


 ラインハルトはリンハースに進行しながら陥落直前に自ら兵を退かせ、リンハースに大きな脅しをかけ現国王を廃させた。

 僅か十日足らず…ラインハルトが参戦して僅かな期間で一国を落とす直前まで叩き潰したのである。しかもその素早さ故、リンハースの民や街が傷つく事は最小限に留められた。

 『ラインハルトにしてはよく善処したものだ―――』

 上出来だとカオスは言ったが、報告を受けたシールにすればあまりにも信じ難い事。

 仕掛けられた戦に大勝直前で手を止めるなど聞いた事もない。

 それが全て愛しい女性の心を思っての行動だと言うのか―――短期間で一国を落とせる猛将が愛するだけの魅力がセラにあるのだろうが、それがいったい何なのかシールには掴み切れなかった。


 兎にも角にも、セラをリョクシェントに渡さない為の策を講じなければならないと言うのに、リンハースから早馬が到着し、イクサーンに囚われている魔法使いイルジュを戦犯で裁く為リンハースに引き渡せと要求して来た。

 要求の主はリンハースの新国王、先王の甥にあたる男。

 先王の王子達はラインハルトにより王族の地位を奪い取られた。

 その新国王もラインハルトを恐れるあまり『こいつが悪いのだ』とでも言って体裁を繕いたいのであろう。本来なら根源たるレスティオを突き出したいのであろうが、そのレスティオは既にラインハルトの手で殺されている。だとしたらレスティオの側に使えた魔法使い程その役目に相応しい者はいない。

 シール自身の考えではイルジュをリンハースに引き渡したとて構わなかったが、それにはカオスが反対した。理由はどうあれ(想像は付くが)王が望むのであればシールはそれに従わなければならない。


 さばいても捌いても増え続ける仕事と書類の山に辟易する。

 シールはセラに貰った琥珀色の守りの石を取り出し心を落ち着けた。

 魔物避けである筈の守りの石だったが、シールは落ち着かない時にこれを握ると心が静かになる。

 「セラ殿はちゃんと眠れているだろうか―――」

 ここへ来たばかりの頃、セラはよく星空を見上げていた。

 酷い目に合って帰って来たばかりだと言う事もあり、シールはセラの部屋へと様子を見に伺う。


 この行動が後悔の始まりになるとは、その時シールは思いもしなかった。


 扉を開けると―――そこはもぬけの殻。


 深いため息とともに仕事がまた一つ、増えてしまったのである。




 



 ついて行っては駄目だ―――!!!

 と思いながらも誘惑に負けてしまったセラは、マウリーに連れられ夜の街を満喫していた。

 

 さすがは遊び慣れているだけあって女性の壺をくすぐるのが上手い。

 マウリーは夜の商売相手の為に遅くまで開いている娘好みの雑貨屋も小間物屋も甘味処までも事細かに知り尽くしていて、セラが驚く程そこでマウリーは有名だった。通りを歩いていると店の扉が開き、中から酔っぱらいの若い男が出て来るとマウリーをみつけて話しかけて来る。

 酔っぱらいが絡んで来たのかと思えばそうではなく、どうやらマウリーの知り合いの様でにこやかに話をしていたかと思うと、マウリーはセラの手を引いて男が出て来た酒場?と思しき店に入った。

 「結婚の祝いがあってるんだって。」

 店の中は陽気な音楽と踊りで賑わい、若い花婿と花嫁らしい娘が大勢に囲まれて祝福を受けていた。

 「マウリーさんの知り合い?」

 「違うよ。ここいらじゃ知らない奴らもこうやって二人を祝福して盛り上がるんだ。」

 マウリーは側ではしゃぐように踊る娘を捕まえて声をかける。

 「ねぇ、花婿と花嫁の名前は?」

 はしゃいでいた娘はマウリーを見上げると、微笑む美しい青年に釘付けになって頬を赤く染め言葉を失った。

 「きゃーっ、マウリー来てたのぉ~っ!」

 頬を染めて立ち尽くす娘を押しのけ、年の頃は二十を超えた辺りの女がマウリーの首に手を回して来た。

 「久し振りだね、シシィ」

 「最近ちっとも遊んでくれないんだもん、寂しかったわ。」

 そう言ってシシィと呼ばれた女はマウリーの頬にキスし、マウリーも同じように返した。

 「所でシシィ、あの二人の名前知ってる?」

 「確か花婿がクルフで花嫁がスオリだったと思うわ。」

 「そう、どうもありがとう。今日は連れがいるからまた今度ゆっくりね」

 「必ずよマウリー、大好きっ!」

 シシィは投げキスをすると、恐らく連れであろう男の元へと戻って行く。

 その様子を黙って後ろで見ていたセラは、初めてみる結婚祝いと言う物に温かみを感じていた。

 さっきのシシィも花婿達を知らないらしいが祝いの場に参じている。知り合い通りすがりに関係なく皆が二人を祝福し、楽しく盛り上がる様子にセラはマウリーの腕を引いた。

 「マウリーさん、わたしここにいちゃ駄目だよ。」

 自分はこう言う華やかな祝いの席にいてはいけない―――

 セラの切ない眼差しに、マウリーは笑顔で首を傾げる。

 「だってわたしの目…わたしなんかがいたら雰囲気ぶち壊しになっちゃうよ。」

 幾度となく経験した過去がセラの心と体に染みついていた。

 するとマウリーが心底悲しそうな目でセラを見下ろす。

 「君はこんなに綺麗で澄んだ瞳をしているのに―――」

 どうしてそんな事を思うの?

 吸い込むような翡翠の瞳で見下ろされ、セラは言葉を失った。

 セラは瞳が左右異なる色をしている為、そのせいで多くの非難を受けて来た。あらゆる不幸は全てセラのせいだと、異様な瞳の持ち主だからと蔑まれ、退けられて来た。

 それが、セラにとって普通の世界だったのに―――

 「僕は綺麗な瞳だと、心からそう思うよ。」

 「初めてよ。そんな風に言ってくれたのは、後にも先にもマウリーさんだけ。」

 初めて会った時、マウリーはセラの瞳を覗き込んで綺麗だと言ってくれた。

 疎ましく思われるばかりだった非対称の不吉な瞳。生まれて初めて、何の恐れも偽りも無くマウリーは綺麗だと言ったくれたのだ。

 「大丈夫、もうそんな事ないよ―――さ、クルフとスオリをお祝いしよう。」

 そう言って背中を押される。

 セラは戸惑いながらマウリーと共に花嫁の前に立った。

 「おめでとうスオリ、とっても幸せそうだね!」

 マウリーの言葉に花嫁の笑顔が更にほころぶ。

 「ありがとう素敵な騎士さん、とても幸せよ!」

 初対面の筈なのにまるで昔からの友人の様にお互いが頬にキスをし合う。

 場所と状況のせいなのか相手がマウリーだからか、とても温かく微笑ましい光景にセラは足が竦んだ。

 結婚して幸せな二人の祝福の日なのに、セラは自分が此処にいる事で水を差してしまうのが怖かったのだ。

 マウリーの隣に立つセラにスオリが顔を向ける。

 幸せな微笑みがセラからの祝福の言葉を受けるのを待っていた。

 「あの…スオリさん。結婚、おめでとうございます―――」

 硬くならないように必死に笑ってみせる。

 年の頃はセラよりも一つ二つ上の様だ。

 幸せな花嫁の心を踏みにじらなければいいのだが―――

 セラの想い虚しく、思った通り花嫁の笑顔が凍りつく。

 (ああ…やっぱりわたしは―――)

 花嫁にも花婿にもマウリーにも、そして全てに申し訳なく感じてセラは唇を噛んだ。

 しかしその時、スオリの顔が花の様にほころび、セラに満面の笑みを浮かべる。

 「聖なる魔法使いと同じ瞳を持ってるのねっ!」

 悲鳴に近い歓喜だったがその言葉を耳にしたのはほんの一部の者だけで、花嫁の声は溢れる喧騒に掻き消される。

 スオリは飛び付かんばかりにセラに詰め寄るとその手を取り、狂わんばかりの笑顔で訴える。

 「嬉しい!あなたの様な人に祝福を受けるなんて…ああ…わたしは何て幸せな花嫁なのかしらっ!」

 花嫁の興奮に花婿さえも高揚して声をあげた。

 「来てくれてありがとう、俺達必ず幸せになります!!」

 (聖なる魔法使い????)

 何だかよく分からないが、取り合えず場の雰囲気を壊してしまわなかった事にほっとし、セラは二人に祝福の言葉を告げると二人の前を去る。

 「な…なに?何でッ???」

 セラは目をぱちくりさせながらマウリーの側に逃げ戻った。

 「聖なる魔法使いは青と赤の目を持っているんだってさ。偶然だね。」

 他人事のように言うとマウリーはにっこりと微笑む。


 アスギルの暴挙によって魔法使いは表の世界では生きていくことが困難となった。それでも民達の間では、命を賭けて封印に呑まれた年若い娘の魔法使いを聖なる乙女とか聖なる魔法使いと呼び、カオスやラインハルト同様英雄視していた。あれから二十五年が過ぎ、セラがレバノの封印から抜け出て来た事は少しずつ民人の間にも流れ出てゆき、最近に至っては聖なる魔法使いが舞い戻って幸福をもたらしているとまで噂は拡大していた。

 それが当時の姿のままと言う事は知られていなかったが、左右の瞳が異なり青と赤という非対称の瞳だと言う事は知れている。


 「いつの間にそんな…」

 幸福をもたらすなど一体だれが言い出した頃だろう。

 セラにとっては全く無縁だった言葉に戸惑う。

 「でもあの二人の笑顔は嘘じゃない。君があの魔法使いだとは思っていないみたいだけど、その瞳にあやかって幸せを感じているんだ。」

 初めての展開にセラは不安を覚えるが、マウリーに手を引かれ踊りの輪に入ると不安な思いなどあっと言う間に吹き飛んで行った。

 花嫁修業と称して教えられた堅苦しい踊りではなく、ここでは皆思い思いに好き勝手に踊っている。

 軽快な音楽に合わせて床を蹴り音を立て、飛んで撥ねて見知らぬ者同士が手を繋いで声を上げ、誰もが心から浮かれて楽しんでいるのだ。

 セラは男も女も訳も分からず次々に手を取られ、回りぶつかり合いながらこの状況を楽しんだ。終わりの無い祭りの輪に溶け込んだセラを、マウリーが翡翠色の瞳で優しく見守っている。

 やがて主役である花嫁花婿が踊りの輪に加わり、花嫁が沢山の人の手を取って踊りながらセラの前に流れて来た。そして何事か大きな声で叫ぶと、頭に乗せてあった花冠を外してセラの頭に乗せる。

 「えっ、何?!」

 聞こえないと言うセラの仕草に花嫁は顔を寄せた。

 「騎士さまとお幸せに!」

 「えッ…ちがっ―――!」 

 花嫁はセラとマウリーが恋人同士だと思ったようである。

 勘違いされたと気付き赤くなって否定するが、花嫁は既に踊りの輪に舞い戻っていた。

 「ま…いいか。」

 「何がいいの?」

 何時の間にかマウリーがセラの隣に立っていた。

 話がよく聞こえるように綺麗な顔がセラのすぐ側にあり驚く。

 「これ、貰っちゃったみたい。」

 セラは驚いた拍子に頭から落ちかけた花冠を手に取る。するとマウリーがセラの手から花冠を受け取り、再びセラの頭に乗せた。

 「そろそろ帰ろうか?」

 セラが頷くと、マウリーはセラの手を引いて店の外に出る。

 外は室内の喧騒とは打って変わって静まりかえっており、白い粉雪がちらちらと光を反射しながら闇の中を降り注いでいた。

 冷たい空気が火照った体を冷やし、セラは大きく伸びをして息をつく。

 「楽しかったぁ~」

 そんなセラの後ろ姿をみて、マウリーは嬉しそうに優しい眼差しを送る。

 「花冠の意味、知ってる?」

 その問いにセラは頭を抑え、花冠が落ちないように両手で支えた。

 「わたしの育った場所では、花冠を貰った人は近いうちに次の花嫁になれるって言われていたわ。今は違うの?」

 「それは今も変わらないけどもう一つ。花嫁は受け取る相手の幸せを願って花冠を渡すんだ。」

 次の花嫁に、自分よりも幸せな花嫁になりますようにと願いを込めて。

 「彼女は見も知らぬわたしに幸せを分けてくれたのね。」

 まさかこんな事が自分の身に起こる日が訪れようとは―――

 自分が不幸だとは思った事は無いけれど、異質な瞳のせいで常に忌み嫌われ蔑まされてきた。それが普通だったから何時の間にか何も感じないようになっていたけれど、今日の出来事はセラにとって初めてで―――心が温かくて―――嬉しい。

 「連れて来てくれてありがとう、こんなに楽しかったのは初めてよ。」

 「また来よう―――」

 マウリーは微笑むセラの腰に手を回し、二人は肩を並べて夜の雪道を歩き出した。




 

 

 闇雲に捜しても時間の無駄だ。

 シールはセラの行きそうな場所の見当を付けると、まずは城の中から捜したが姿を認める事は出来なかった。

 知らなければよかったが、前例もある事だし知ってしまった以上は捜さない訳にはいかない。

 再びセラの身に何かあってからでは遅いのだ。

 城にいないとなると思い当たるのは騎士宿舎…ウェインかマウリーを訪ねた可能性は高い。

 しかし宿舎の入り口にいる騎士に聞いてもセラは来ていないと言う。

 正しくは女人禁制でもある場所なだけに、女であるセラが一人で訪れ招きなしに入れる場所ではなく、ここではないのかと思いながらもシールはウェインの部屋を訪れた。

 扉を叩くと、間を置いて部屋の主があらわれる。

 いつもは後ろで束ねている銀色の髪をかき上げながら口を開いた。

 「何があった?」

 宰相であるシールが、こんな時間にこんな場所へ自ら訪れて来たのだ。過去においてこの状況が一度たりとも良かった試しはない。

 「セラ殿の行方が知れません。」

 「そんなこったろうと思った―――」

 二人同時に溜息をつく。

 ウェインはちらりと隣の部屋へ視線を移した。

 「マウリーは?」

 「今から尋ねます。」

 シールの言葉にウェインが先にすすむと乱暴に扉を叩いた。

 返事が無い。

 扉を開けると中はもぬけの殻。

 しかし窓が開いており、ウェインは窓枠に手を掛けると下を覗き込んだ。

 暗くてよく見えないが、降り積もる雪に微かに人の足跡が残っている。

 「連れ出したのはマウリーか。」

 「下からセラ殿が呼んだのでは?」

 騎士達の誰もセラを見た者はいない。

 「結界とやらを張って来たのだろう。セラはマウリーの怪我を気にしていたからな。」

 結界―――

 そうだった。非力そうに見えてセラはれっきとした、それもかなりの力を持った魔法使いなのだ。

 そう思うと心配するのも何だかおかしな話の様に思えて来る。

 「マウリーが一緒なら心配無いですね…ウェイン?」

 窓から下を覗き込んでいたシールを残し、ウェインは自室に戻ると身支度を始めた。

 「捜しに行くのですか?」

 「身回りだ!」

 夜警でもないのに…

 シールは大股で歩き去るウェインを見送る。

 「まぁ、気持ちは分かりますけどね…」

 相手はマウリーである。

 話によると煮え切らないウェインに対しマウリーは宣戦布告したとも言うし、マウリーに本気でかかられたらあのセラでもついふらふらと…なるだろうか?

 「まったく手のかかるお嬢さんだ。」

 連日の出来事に仕事量も増えさすがのシールも疲れ果てていたが、それでもウェインと同じでセラの事が気になるからここまで捜しに来たのだ。 

 シールも仕方が無いとウェインの後を追う。

 その表情は少なからず楽しそうでもあった。

 


 街への道を早足で歩くウェインは、前方からやって来る二つの影を認めて立ち止まった。

 セラとマウリーだ。

 二人はまだウェインに気付いておらず、セラは楽しそうに声をあげて笑っていた。

 「意外に早く見つかりましたね。」

 後ろから追い付いたシールも二人の姿を捕え、セラの笑い声に思わず言葉を失う。

 笑顔は幾度となく目にした事があったが、これ程声をあげて心底楽しそうに笑うセラを見たのは初めてだった。

 ころころと弾けるような笑い声。姿が近付くにつれその表情が溢れんばかりに輝いている様が伺える。

 セラは雪の中で立ち尽くす二人に気がつくと、その満面の笑みを浮かべたまま走り寄って来た。

 瞳が、心が輝きを放つ如く華やいでいる。

 真冬だと言うのに手には花冠が握られていた。

 「こんな所に二人揃って―――」

 言いかけてセラははっとする。 

 この状況は間違いなく…抜け出したのが見つかってしまったのだ。

 ウェインの雷を想像し硬直するセラの後ろで、マウリーが呑気に声を出す。

 「王子様二人揃ってお出迎え?」

 「ごめんなさいごめんなさい、本当にごめんなさいっ!」

 寒空の中立ち尽くす二人にセラは頭を下げるが何の反応もなく、セラは泣きそうになり顔をあげた。

 「セラちゃんは謝らなくていいんだよ、無理矢理連れ出したのは僕なんだからさ。」

 ウェインとシールの様子に気付いたマウリーはふふんと勝ち誇ったかに鼻で笑い、セラの腰に手を回した。

 するとウェインがピクリと反応し、セラの手を力任せに引き寄せる。

 「あっ!」

 手にした花冠が雪の上に落ち、ウェインがそれを拾い上げた。 

 「こんなもの何処で手に入れた?」

 雪の夜に花畑に行っていた訳ではあるまいと馬鹿な考えが浮かぶ。

 「相変わらず君は乱暴者だね。」

 言いながらマウリーはウェインの手から花冠を奪い返すと、そのままセラの頭に乗せた。

 「花嫁さんにもらったの。」

 申し訳なさそうに視線を落とすセラにウェインはやりきれない思いを抱える。

 いかんいかん、寛大にならねば―――

 セラから容易く笑顔を引きだしたマウリーの技に驚きながらも同時に嫉妬心が湧き起こり、再び同じ過ちを犯してしまう所だった。

 「…楽しかったか?」

 ウェインの言葉にセラは素直に頷いた。

 そして―――

 「ごめんなさい」

 と謝る。

 「楽しかったのならいい…何も謝る必要は無い。」

 ウェインの言葉にセラは驚き顔をあげる。

 てっきり雷が落ちるとばかり思っていたのに―――

 そう思っていたのはセラばかりではなく、シールとマウリーもウェインの意外な反応…と言うか、必死な成長に思わず笑ってしまいそうになった。


 逆に。

 セラはウェインのこの反応が何か悪い事が起こる前触れではないかと、疑心暗鬼になって辺りを見渡していた。

 

 

 

 

 翌日。

 セラはイルジュのもとを訪れ、昨夜貰った花冠を差し出す。

 「何だこれ?」

 男に花など意味が分からず、イルジュは片眉をあげてセラに視線を向けた。

 花嫁が相手の幸せを願って渡すという花冠。

 その意味を勿論イルジュは知らないし、セラも知らせはしない。

 「あげる。綺麗でしょ?」

 昨夜セラは異質な自分を受け入れてくれる人に会い、花冠を受け取る事によって幸せまで願ってもらった。その幸せを、ほんの少しでもイルジュが感じてくれたらと言う思いがあり、セラはそれをイルジュに贈ったのだ。

 「あいにく花を愛でる趣味なはいんだけど?」

 「でも、綺麗でしょ?」

 「枯れると汚い。」

 そう言って押し返そうとするイルジュの部屋からセラは早々に立ち去る。

 「大丈夫、枯れないよ」

 枯れないように魔法をかけたから――― 


 セラが去った後、イルジュは手にした花冠に顔を近付ける。

 「甘い―――」

 ほんのりと漂う甘い香り。

 イルジュはそのまま、しばらくじっと手にした花を見つめていた。





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