表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残されたモノ  作者: momo
53/86

待ち人


 「退くのは貴殿の方だ、レスティオ王子」

 ウェインとマウリーの後方から、落ちつき払った声色でカオスが歩み出て来る。

 剣は抜かれないまま、その手には何も持ってはいない。


 「ウィラーンはリンハースへ全軍を率いて侵攻した。貴殿が国境に配置した軍は既に落ち、ウィラーン軍は都へと突き進んでおる。今ここで娘を解放するのであればラインハルト王に和平を取りなし、貴殿の命は私が保障しよう。」

 カオスの言葉にレスティオは咽の奥で音をたてて笑った。

 「なるほど―――娘の言った通りになったか」

 盾にはなれない、ラインハルトはリンハースを壊滅させる―――

 セラの言った言葉を思い出すとレスティオは更に笑いが高まった。

 「ラインハルト王はそれ程までに娘が大事とみえる。」

 カオスは清廉潔白で名を馳せるイクサーンの王だ。この王が何の保証もなく策を唱える事は決してない。カオスの発した言葉全てが実現可能な事だと言うのであれば―――

 セラを渡せばあの狂ったラインハルトが戦を止め、落としかけた国を解放し更にセラを傷つけた男までも許すと言うのか?

 だとすれば、なおさらセラを手放す訳にはいかなくなった。

 「この娘さえ手に入れればウィラーンなど恐れるに値しない。」

 服従させる方法はいくらでもある。

 レスティオはセラを抱く力をさらに強め、セラは微かにうごめく。

 「リンハースはウィラーンにくれてやろう、すぐに取り戻せばすむ事だ。」

 「民を思う心も持ち合わせてはおらぬのか―――」

 「民は王の為にある、私はまだ王ではないのでね。」

 「交渉決裂と言う訳か?」

 カオスのその言葉にウェインとマウリーが一歩前に出ると、入り口を黒い制服姿の騎士達が塞ぐ。

 無駄な抵抗は止めろと威圧を受けるが、レスティオの腕には極めて有効な人質の存在があった。

 「娘を殺されたくなかったら騎士どもをどけろ!」

 セラの首の皮に突き付けられた剣の刃が僅かに触れ、白い肌に赤い血が伝った。

 カオスが無言で右手を上げると、騎士達が隅に寄り道が開かれる。

 最後まで残ったウェインもカオスに名を呼ばれ、ゆっくりと道を空けた。


 レスティオはセラを片腕に抱き剣を首筋に突き付けたまま進み、一歩後ろをイルジュが従う。

 ウェインの横をレスティオが通り過ぎる瞬間、目にも止まらぬ速さでウェインの剣がレスティオに襲いかかり、同時にマウリーの剣も振り上げられた。

 だが突如、二人は剣を握り締めたまま動きを止める。

 剣はレスティオを襲う事なく退かれ、再び構えられては戦意を失うかに再び退かれる。

 レスティオの不敵な笑みがカオスを真っ直ぐに見据えていた。

 「能力を封じる魔法か―――?!」

 レスティオと共にいる少年が魔法使いだと言う事は分かったが、まさか封じの力を操るとは思いもしなかった。それならばセラがレスティオの手に落ちたのも納得がいく。でなければセラ一人でも簡単に逃げだせたはずなのだから。


 カオスはレスティオの影に隠れるように立つ少年を見た。

 セラを含む三人に術を使いさすがに辛そうだ。セラの魔法を封じるだけでも厄介であったろうに、更に鍛え抜かれた精神と肉体を持つ騎士二人を相手にするとは―――

 だがそれも限界が近い。

 「そこをどいて貰おうか、カオス王。」

 余裕綽々の言葉に、今度はカオスがほくそ笑んだ。

 「また、セラを手放すのか―――」

 カオスはレスティオを見据えたまま笑う。

 「何?!」

 奇妙な問いにレスティオは眉間に皺を寄せるが、その言葉はレスティオに向けられたものではなかった。

 カオスの言葉がウェインの胸を刺す。


 またセラを手放すのか?

 

 手放してどうなった?

 レスティオの腕の中で項垂れるセラは、蒼白で生気がなくまるで死人の様だ。

 人を信じやすく正直で素直。警戒心が無いうえ、一生懸命で目を離すと何をしでかすか分からない迷惑な存在だった。

 異質な目を持ち魅了する、過去を生きた娘―――

 手放したセラは最悪の状況でウェインの前にいた。

 こんな事になる位なら―――

 嫌だと拒否されようと何だろうと、今度こそ側にいて付き纏ってやる!

 

 溢れる殺気がウェインを支配する。

 振るおうとしても動かない剣を握りしめた己の腕。

 「うわぁぁぁぁっ!!!!」

 ウェインが剣を投げ捨て拳を握り締め叫ぶ。

 空気が弾けるような音を立てると、イルジュが悲鳴をあげてその場にうずくまった。

 その瞬間――

 呪縛が解けた様に体が解放され、怒りを湛えたウェインの拳がレスティオの横っ面にのめり込んだ。

 骨が砕ける音がしてレスティオが吹き飛ぶ。

 すかさずマウリーがレスティオの腕を後ろにねじあげ、首筋に剣を突き付けた。

 「生かして捕えよ!」

 カオスの怒声が飛んだ。

 

 拘束から解放され、崩れ落ちるセラをウェインが身を滑らせその手に受け止める。

 小さな体がすっぽりとウェインの両腕に治まった。

 受け止めたセラは氷の様に冷たく、唇は紫色をしている。

 「セラっ!!」

 ウェインが叫ぶと、それに答える様にセラがゆっくりと瞼を開ける。

 「遅いよ…ウェイン―――」

 かすれた声。

 イルジュの魔法が解けたおかげかセラに意識が戻り、力なく右の手が持ち上げられ胸倉を掴まれる。

 両腕を繋ぐ鎖が冷たい音をたてた。

 「セラ―――っ」

 ほっとした、泣きそうな声でウェインはセラを抱き締めた。

 なんて冷たい体をしているのか―――己の体温全てを分け与えたいとセラを抱く腕に力が籠る。

 セラはほっとした様に力なく微笑むと、そのまま意識を手放した。



 その時、背後でざわめきが起こる。

 一際冷たい空気が流れ込み、同時に黒い影が姿を現した。



 「来たのか、ラインハルト―――」

 辟易した様なカオスの表情。

 対してラインハルトは何の感情も表に出さず、床に座ったウェインに抱かれるセラに無言で視線を落としていた。

 ラインハルトは暫くそのままセラを見下ろしていたが、ゆっくりと歩み寄るとウェインの前に膝を付き、冷たいセラの頬に触れる。 

 かつてウィラーンに滞在した折、モドリフの森で羽蜥蜴と対峙しセラが怪我を負って倒れた時、セラを抱くウェインからラインハルトは当然の様にセラを受け取った。

 ウェインもそれが当然とセラを差し出したが…今回はセラを抱く腕の力を緩めはしない。

 ラインハルトはただじっとセラを見つめ、苦悩の表情を浮かべている。

 セラは硬く瞼を閉じ、右手でウェインの胸倉を掴んだまま離さなかった。

 ラインハルトは反対側にあるセラの手を取ると、大きくごつごつした自分の手で挟み、優しく撫でつける。

 氷の様に冷たく、大きく腫れ上がった四本の指は不自然に曲がっていた。そして、本来あるべき薬指がそこに存在していない。

 「―――っ!」

 その事実にウェインは初めて気が付く。

 慌てて自身の胸倉を掴んで離さないセラの右手を引き剥がすと、小指と人差し指が無残なまでに腫れ、紫色に変色していた。

 拷問を受けたのだと一目でわかる傷痕。

 驚愕しているウェインには一切目もくれず、ラインハルトは己の首に手を回し、指輪を通した首飾りをセラにかけた。

 その指輪をみて、ウェインは何が起こったのかを悟る。

 「手枷てかせを切ってやってくれ―――」

 ラインハルトはウェインに告げると、大きな体をゆっくりと持ち上げ振り返った。






 感情を孕まぬ冷たい眼差しを、これ程までに恐ろしいと感じたのは誰もが初めてだろう。

 逆鱗―――そんな言葉では到底片付けられない程の怒りがラインハルトを支配していた。


 肉体だけではない、セラの精神までも傷つけた男の前に立つとラインハルトは更に憤りが増す。やがてピリピリと肌を刺す様な殺気が舞い上がり、その標的たるレスティオはガタガタと震えだした。

 レスティオが命乞いに口を開こうとした瞬間、ラインハルトの足がレスティオの顔面を直撃する。


 骨が砕け、肉が弾ける音と共に血飛沫があがる。

 「レスティオ様―――っ!!!」

 誰もが唖然とする中、イルジュの叫び声だけがそこに響き渡った。


 頭部を潰された肉体は首から下を痙攣させた後、最後に硬直して動きを止める。

 ラインハルトの蹴りはレスティオの顔面を貫通し石の床を踏みしめ、その頭を見事なまでに粉砕していた。

 レスティオを後ろ手に拘束していたマウリーがそれに巻き込まれ、左腕を抱えて苦痛の表情を浮かべている。

 「落ちつけラインハルト―――セラの前だぞ?」

 カオスがラインハルトの肩に手を置く。

 「落ち着いておる―――」

 ラインハルトはカオスの手を払った。

 「それ故四の五の言われる前に殺した。」

 本来なら死よりも恐ろしい苦痛を与え生殺しにする筈であったと言うのに、だ。

 カオスは頭を潰され絶命したレスティオを見下ろした。

 折角生かして捕えたと言うのにこれでは何の意味もない―――

 その横をラインハルトが通り過ぎる。


 「もう行くのか?」

 「止めても聞きはせぬぞ」

 カオスの言わんとする事はラインハルトにも察しが付く。

 「お前が何処に攻め入ろうが口出しはせん。だがな、指輪がお前に渡った事をセラは知っているのだ。自分が巻き添えをくったなどとは結して思わぬぞ。」

 もともとの起こりはリンハースが王女を押しつけるように無理矢理嫁がせ、それをラインハルトが手ひどく扱ったのが始まり。

 戦争に勝つ為リンハースがセラを利用しようと目論んだにせよ、セラは自分が引き金となってしまったのだと己を責め続けるだろう。

 何よりも戦火に焼かれた記憶がセラを怯えさせる。


 ラインハルトは振り返り、ウェインに抱かれたセラを見降ろした。

 外套を着てはいるが、白いドレスの裾から剥き出しの足が覗いている。所々に傷があり、赤黒くにじんだうっ血が痛々しい。

 切断された指と拷問の痕、首筋には僅かだが鮮血がある。その鮮血の真新しさがセラの生きている証の様だった。

 

 ラインハルトは拳を強く握りしめる。

 セラを愛したりしなければこんな事は絶対に起こりはしなかった。

 本来なら背負わなくてもいい責めを、セラは再び背負ってしまうのであろう。


 気を失ったまま、セラは動かぬ指で一度は引き剥がされたウェインの胸倉を再び掴み取っている。

 その顔には薄らと安堵が浮かんでいるようだった。

 それが意味する所は分からないが、逃がさぬようすがり付くその手がセラの安らぎになるならとラインハルトは胸を痛めつつ願う。



 「善処しよう―――」

 言い残すと、ラインハルトは再びセラに触れる事なく姿を消した。 


   




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ