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残されたモノ  作者: momo
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楽しいお風呂

 





 案内されたのは大理石造りの広い浴場だった。

 体を流す手伝いをするという年若い侍女の言葉を拒絶に近い形で断り脱衣所から追い出すと、一人になってから衣を脱ぎ捨て湯煙の立ち込める浴室へと足を踏み入れる。


 公共浴場ほどの大きさはあるのではないだろうか。

 広い浴室の真ん中に十人は楽に入れるであろうと思われる大きな湯溜まりがあり、温泉なのかは分からないが滾々とお湯が溢れ出ている。

 

 さすがはお城にあるお風呂だと感心しながら頭からお湯をかぶると、石鹸を泡立て頭の先から足の先まで丹念に洗ってから熱いお湯の中に鼻先まで体を沈めた。


 (何日ぶりかなぁ~)


 最近はアスギルを追って人が住まないような場所ばかりを訪れていた為、お風呂所か水浴びすら出来ない日が続いていた。

 そこへ来てこの解放感溢れるだだっ広いお風呂に勿体ない程大量に溢れる湯。天国のようだと思いながら、あまりの気持ちよさについつい長湯をしてしまう。


 そろそろ出ようかと立ち上がった瞬間、強烈な目眩がセラを襲った。

 よろよろと浴槽の淵に手を付き、目眩が収まるのを待つ。

 ちょっと長湯をしすぎたようだが、この目眩はそれだけではない。なんだか思いっきり体がだるい気がする。アスギルと戦って魔法力を使い果たしている状態だからそれも仕方がないのかもしれないが、セラには他に思い当たる理由があった。

 

 「お腹空いた…」


 思えば昨日から何も口にしていないのだ、当然と言えば当然である。

 特に魔法を使った後は強烈な空腹が襲う質のセラは、フィルネスからはただの大食らいだろうと何時も嫌味を言われていた。


 アスギルとの戦いで魔法を使い果たしたのだとしても、これ程までに強烈な目眩は初めてだった。

 体のだるさも手伝ってなかなか立ち上がる事が出来ないでいると、目眩は更に増し、このままでは浴槽の中に沈んでしまいそうだ。


 (いくらここが天国みたいに思えても、流石にこんな所で溺死なんてごめんだわ!!)


 「おなかいっぱい食べてからじゃなきゃ…死ねない…っ!!」


 ウ~ンと唸り声を上げながら浴槽の縁に必死でしがみついていると、なかなか風呂から出て来ないセラを心配して先程の若い侍女が顔を覗かせ、セラの様子に気付いた途端、真っ青になって悲鳴を上げた。


 「セラ様、セラ様っ、お気を確かにっ!!」


 大音量の悲鳴を上げながら侍女が走り寄って来たが、セラには彼女が何を言っているのかまではもう分からなかった。が、セラは遠くに聞こえる彼女の悲鳴に頬を緩める。


 (あ~良かった。これで空腹のまま溺死なんて事態だけは免れる…)


 薄れ行く意識の中で、セラは既に御馳走を前にかぶりつく幸せな夢を見ていた。


 そんな呑気なセラの夢に反して侍女はと言えば、意識を失ったセラの体を必死にお湯から引き上げようとするが、非力な娘には到底無理な芸当だった。


 「シール様、シール様っっ、セラ様が大変でございますっ!!!」


 侍女は泣きながら自慢の大音量で声を張り上げ助けを求めた。

 
















 *****



 給仕がテーブルの上に料理を並べ、鳥の丸焼を切り分ける為ナイフを手に取ろうとした時には既に、セラは皿の上にあったそれを素手で掴み取り大口を開けてかぶりついていた。


 給仕も、傍にいたシールもその様を茫然と見つめる。


 「おいしーぃ!!!」


 久々の温かい食事、しかも肉にセラは舌鼓を打つ。

 さすがお城で出される料理は一味も二味も違うと感心するばかりだ。

 テーブルに並んだパンもスープもサラダも何もかも出来立てホヤホヤ…ちょうど昼の時間なので当然であるが…それにしてもまだ昼だと言うのに豪華な食事である。

 まぁそれもこれもカオス王の指示で(特に量)今回特別にセラの為に用意された物ではあったが。


 美味しそうに次から次へと料理を口に運ぶセラに、シールは呆気にとられ目を丸くする。


 それにしてもあの時…

 セラが浴室で倒れた時、シールは全身の血の気が引いた。


 ―――アスギルとの戦いの後は肉体が尋常でない壊れ方をする、セラから目を離すな―――


 カオス王から真剣な眼差しで注意を受けていた。

 それがカオス王らアスギルと一戦交えた者の経験だったのだろう。

 宰相であるシール自らがセラの傍に有る事を言い渡された大部分はセラの監視…そう自身で思っていただけに、浴場から侍女の悲鳴が響いた時はもっと別の事態が起こった物だとばかり思ったのだ。


 あわてて駆けつけてみるとセラが浴槽に身を沈め意識を失っていた。先程まで元気だったセラの異常にカオス王の忠告がシールの脳裏をかすめた。

 まぁ医師による診断の結果は、お湯に浸かり過ぎた為による単なるのぼせと…呆れる事に…一番の原因は空腹。


 (倒れるほど空腹なら風呂に入りたいと言う前にそう言えばいいのに、全く人騒がせな…)


 シールは次から次へと美味しそうに料理を平らげて行くセラに、この娘には乙女の恥じらいと言う物がないのかと呆れてしまう。

 普通の娘と言うものは、特に初対面の男の前では満腹になるまで何かを食べたりはしない。小食なのだと思われたいという気持ちと、食べる姿をみられるのが恥ずかしいと思う気持ちがあるものなのだ。

 それなのに目の前の娘は、何の恥じらいもなく素手で鳥の丸焼にかぶりついた。取り合えず腹が満たされて来たのか…今はスープをちゃんとスプーンですくって口に運んでいる。


 それにしても、この少女はいったい何だと言うのか。

 シールとて二十五年前の出来事は話に聞いてよく理解している。だが、アスギルと直接戦った父が傍にいるにもかかわらずその詳細は知らないのだ。

 父親であるカオスは自分の昔について殆ど語る事がなかった。特に、共に戦った仲間の事については口を閉ざし、難しい表情を浮かべるだけでけして語ろうとはしない。 

 だから、世間一般に語られる一人の少女が犠牲になったという話を知るだけで、その少女の素性や何やら全て、全く分からないままだった。世間も闇の魔法使いが封印された時に一人の少女が犠牲になったと言う話以外、過去の話にそれ以上の事は求めていなかった。

 破壊された世界を元に戻す。まずは目の前にある生を優先させ、落ち付いた頃に詳しい話しを求めても閉ざされた口が開かれる事はなく。


 父王がかつては剣を左手で扱った事すらシールはセラとカオスの会話の中で初めて知ったし、左胸の大きな傷跡の意味もあの時初めて知った。


 檻に入れられた少女を抱き上げ、愛おしそうに頬を撫でたカオス王…その瞳には涙を宿していた。

 何もかもが息子である自分が知らない父の姿だ。

 共に命をかけた思いがそうさせるのか…それとも別の―――


 シールのセラに向ける眼差しが真剣なものに変わっていた。





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