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残されたモノ  作者: momo
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もうすぐ誕生日


 レバノ山の中腹にある鍾乳洞。そこはレバノの封印と呼ばれ、四半世紀前に闇の魔法使いが封印された場所だ。


 セラが此処を再び訪れたのは秋も深まった頃で、山は色付き木々は実りの秋を迎えていた。

 

 鍾乳洞の中は戦いの痕跡として全ての鍾乳石は削り取られており、唯一巨大な鍾乳石の岩の塊が残るのみ。

 その岩の上には二本の聖剣が深く、しっかりと突き刺さっている。

 ただそれだけの場所。

 冷やりと寒い鍾乳洞の中は絶えず水滴が滴り落ちており、その雫がセラの頬をかすめた。

 

 年に一度、結界師と呼ばれる者達が封印の強化に訪れる。今回セラはカオスに伴われてここを訪れていた。


 二人の結界師が封印の強化を行い鍾乳洞を後にしてから、セラはアスギルの封印されている要の聖剣にそっと触れる。

 「ここにいるんだね。」

 普通の人間には何も感じられないが、魔法使いであるセラは結界を作った主であるフィルネスの匂いを嗅ぎ取る。

 確かにここに結界が存在し、アスギルが封印されているのだ。

 アスギルの怒りに満ちた赤い瞳と、抱き合った感触がセラの肌に蘇る。

 絶大な力でセラ達を退けたアスギルの怒り―――その怒りの炎を消したのはセラの力ではなくアスギル本人だ。

 『もういい―――』

 そのアスギルの言葉がどうしても忘れられない。

 絶大な力を持つ魔法使いは、セラ一人が太刀打ちできる存在ではなかった。

 アスギルは何故セラを殺さずに逃がしたのだろうか。


 「今あなたは何を思っているの?」

 真っ白な優しい光の中でアスギルは眠っているのだろうか…


 常に悲しい表情を湛えていたと言うアスギルを破壊へと導いた物はいったい何だったのだろう。


 何時の間にか、セラの非対称の瞳から涙が零れ落ちる。


 「セラ―――」

 カオスはそっとセラの肩に手を置いた。


 声も嗚咽もなく、ただセラの瞳から涙は溢れて止まない。 

 セラはその身をカオスに預ける様にもたれさせ、受け止めたカオスはセラの頭を優しく撫でる。


 「何でかな…何で涙が出るんだろう―――?」

 

 寂しさが込み上げて来る。

 ここに漂う雰囲気のせいなのだろうか。

 ただ、心が寂しくてならない。

 ここが長い闘いと混沌とした世界の終わりを告げる終着点だった筈なのに、セラの心を支配するのは喜びや安堵よりも切なさなのだ。

 

 声もなく涙を流し続けるセラを、カオスはただ黙って肩を抱き、優しく包み込んでいた。





 セラの行く手に騎士団長の姿あり―――


 セラの警護と称しウィラーンを訪れて以来、ウェインはセラを守る様に側にいる事が多くなっていた。

 勿論、騎士団長としての仕事も抜かりなく全うしている。普段のセラは次の王となるセリドと共にハウルの講義を受けているので心配ないが、セラが城から出るとなるとそれを聞きつけ、セラの前に姿を現さずとも常にセラを見守っていた。


 そして今回も…

 何時もなら結界の強化に同行などしないウェインがセラとカオスを見守っている。

 王を守る近衛騎士団一同が介し、カオスと共に同行しているにも関わらずにだ。

 殆どの近衛騎士達は鍾乳洞の外で待機していたが、黒い制服を着た近衛騎士団長のクレイバと、白い制服の騎士団長ウェインは肩を並べ王とセラの後方に控えている。

 

 クレイバは隣に立つウェインを青い眼だけでちらりと見やる。

 一見普段と変わらず落ち着き払っているように伺えるが、苛々とした殺気がほんの僅かに伝わって来ていた。

 ウェインの視線の先には寄り添うセラとカオスの姿。

 歳は離れているが恋人同士に見えない訳でもなく。

 後ろを向いているのでよくは分からないが、セラはどうやら泣いている様子だ。

 カオスとセラは二十五年前、共に命を賭けて戦った者同士。今の二人の世界に立ち入れる者などこの場には存在しない。

 「陛下とセラ殿の間には信頼意外の何も存在しないぞ。」

 クレイバの言葉にウェインはピクリと反応するが無言を貫く。

 「敵対視するならラインハルト王の方ではないか?」

 「解っていますよ…!」

 それ以上言ってくれるなと制するように、ウェインは声色を落として答えた。

 「魔法嫌いのウィラーンの王子や騎士達ですらセラ殿は別格のようだったな。近衛の中にも懸想している者も何人かいるようだし―――」

 煽るように告げるクレイバに、ならばとウェインは応戦する。

 「貴方はどうなのです、過去に出会った娘が当時のままの姿で現れ、胸が騒ぎはしませんでしたか?」

 かすりもしない攻撃にクレイバはふっと鼻で笑う。

 「残念ながら当時の私は子供でね…セラ殿の魅力には気付けずじまいだ。」

 当時のクレイバは一三歳、しかも時代が時代である。セラの魅力に気付くよりも、カオスの隣でアスギルと戦いたいと言う情熱の方が強かったし、十代の一年と言えばとても大きく、三歳年上のセラは遥かに大人に見えた。

 

 小声で話しこむ二人の方にセラが振り返る。

 何やらカオスと話しているらしく、ウェインをちらりと見やると再び顔を背け、カオスを見上げると笑みを漏らした。


 隣にいるのが何故自分ではないのか―――

 ウェインは何時の間にかセラの魅力に囚われてしまっている自分に気付く。

 危険を共にした男女はそれを愛と錯覚する事がある―――

 ウィラーンへの旅で、二人はマクシミリアンの仕掛けた魔物に襲われると言う事態に陥った。ウィラーンに入ってからもモドリフの森ではセラに命の危険が迫り、城ではセラを賭けての御前試合で血を流す羽目となった。

 そのせいで何かの感情を愛だと錯覚しているのであろうと言い聞かせたりもしたが、イクサーンに戻ってからもウェインはセラから目を離す事が出来ない。セラに近寄ろうとする輩は前もって排除し、マウリーとセラが二人で街に出ると聞いては付き纏い、マクシミリアンが現れた夜には寝ずの番。

 まるでストーカーではないか―――

 しかもこの気持はウェインの一方的なもの。セラ自身は今も一途にラインハルトを思い続けているのだ。

 まさか自分が不毛の恋に陥るとは夢にも思わなかった。

 

 涙の止まったセラは暫く無言で二本の聖剣を見つめていた。

 剣が突き刺さるだけの冷たい場所を見ていると、あの日の殺伐とした風景がセラの脳裏に広がる。

 「奇跡だな―――」

 沈黙を破ったのはカオスだった。

 「あれだけの戦いをしておきながら、ここでは誰一人として命を落としはしなかったのだから。」

 闇の魔法使いによる殺戮の世界。

 アスギルの創りだした魔物の恐怖。

 何千何万何億と言う人が犠牲になったと言うのに、根源たるアスギルとの最後の戦いでは誰も、アスギルさえも命を落としてはいないのだ。

 封印されたその恐怖は何時か復活するかもしれない。

 しかしセラは、アスギルが復活したとしても再び世界を混沌へと陥れる様な事はしないのではないかと感じていた。

 「そうだね…カオスもラインハルトもちゃんと生きて命を繋いでる―――」

 次世代を担う子供達。

 生きた証がそこに有った。

 「そう言えば…」

 ふいに思い出したようにカオスがセラを見下ろして告げる。

 「明後日はシールとウェインの誕生日であった。」

 「誕生日?」

 セラは後ろにいるウェインを振り返る。

 明後日、双子の彼らは二十三歳になるのか。

 「また一歩先に行かれちゃう。」

 カオスを見上げてくすりと笑う。

 「何かお祝いするの?」

 「ウェインが騎士団に所属して以来何もしてはおらなかったが…お前もいる事だし、内輪で祝いの席でも設けてみるか?」

 「わたしケーキ焼くわ!」

 セラは無邪気な笑顔をカオスに向ける。

 「―――そうか?」

 カオスは一瞬顔色を曇らせたが、すぐに優しい笑顔で答えた。


 


 


 誕生日と言えばケーキとプレゼントだ。


 セラの育った孤児院でも月に一度、その月に生まれた子供達の誕生日を一斉に祝っていた。

 孤児院では物心付く前に捨てられた子供が殆どではっきりとした誕生日は解らなかったが、大抵は捨てられた日や院長の判断でその日が決定される。

 大きい子供たちで質素なケーキを焼き、小さい子供たちは心ばかりのプレゼントを作る。

 ケーキを焼くと決めたがまがりなりにもここはイクサーンの城。城には料理を専門に作る者が存在しているので、セラはまず料理長を訪ねた。

 料理長は既に事の成り行きを聞いており、厨房を使ってセラがケーキを作る事を快く承諾した。そして試しに作らせてみると…到底ケーキとは思えない物体が窯の中で燃えていた。

 真っ黒に焦げ固まった意味不明の物体に飾り付けをしようとするセラを制し、料理長は一から優しく指導を試みる。そうして誕生日前の深夜、何とか人が口にしても大丈夫な物が出来上がった。

 

 ケーキの次はプレゼントだ。

 いつも世話になっている二人に出来る事をしようとセラは思案する。

 街で何かを買ってもいいが、セラの持つお金はカオスから与えられたもので自分の物ではない。孤児院時代には木の実のネックレスや野イチゴ…そんな物王子様には無用の品だろう。


 そこでセラは『守りの石』と呼ばれる魔法使いが作るお守りを作る事にした。

 雫石の様に命の代わりとなる様な立派な品ではないが、持っていれば魔物避けにもなる貴重な石。今の時代それがどの程度必要かは不明だが、セラの作る石なら相当の力を持った守りの石になる事には変わりはない。

 

 祝いの席は晩餐に変えて行われる。それまでに作ってしまわなければならなかったが、一日あれば何とかなるだろう。

 セラはハウルに事情を話し、今日の講義を休ませてもらう事にした。

 問題は午後からの剣の稽古。

 稽古をつけてくれるのはウェインだが勿論理由は話せない。無断で休む訳にもいかないのでウェインを誤魔化すのは至難の業だ。

 そこでセラはマウリーに相談する事にし、騎士の宿舎を訪れたがマウリーは留守だった。しかも今は一番会いたくない存在であるウェインに遭遇してしまったのである。


 ウェインの大きな体が宿舎の入り口に立ち塞がった。

 「こんな所おとこのそうくつに何の用だ?」

 「マ…マウリーさんに用があるの。」

 稽古をサボる相談に来ているだけに、つい余所余所しくなる。

 「あいつはいない。俺に出来る事なら言ってみろ。」

 「ううん、いないならいいの。」

 「…言ってみろ。」

 不機嫌な口調にセラは焦り、首を大きく横に振る。

 「ううん、いい。お邪魔したわね!」

 ウェインは、踵を返して走り出すセラの腕を逃がすまいと素早く掴む。

 「マウリーには言えて俺に言えない事とは何だ?」

 腹の底から響くようなその低い声に、セラは思わず身震いする。

 ウェインの吸い込まれる様に青い瞳の奥に、怒りに似た感情が潜んでいるのをセラは目撃した。

 まさかそれが嫉妬だとは夢にも思わず、セラはウェインが何故怒っているのか解らずに身を小さくする。

 「団長―――っ、何そんなとこに突っ立ってんですかぁ、さっさと行きますよっ!!」

 突然声がしたかと思うと、声の主がウェインの背を思いっきり突き飛ばした。

 普段なら絶対にあり得ないのだが、セラに集中していたウェインは急に背中を押された勢いでそのまま前のめりになり―――

 「うぉっ!?」

 「うぎゃっ!!」

 ウェインはそのままセラを巻き添えに地面に倒れ込み―――セラはウェインの巨体に押し潰された。

 妙な悲鳴を聞いた声の主は、ウェインの下に渦巻く金色の髪に気が付く。

 「団長?」

 「どうしたクハン?」

 ウェインを突き飛ばしたのは騎士のクハン。

 詰まった入り口からクハンを押し退けるようにしてティムとサイファスが顔を出す。

 我に返ったウェインが膝を立て身を起こすと、セラが地面の上に潰れ苦痛に顔を顰めていた。

 「「「セラさんっ?!」」」

 騎士三人が一同にセラの名を木霊する。

 セラはむくりと起き上がると、打ち付けた後頭部に手を伸ばしてさする。

 「…痛い。」

 その瞳には涙が滲んでいた。

 「すまん―――」

 ウェインがセラに手を伸ばしたが、セラは自力で立ち上がる。

 「…今日の稽古はお休みします。」

 それだけ告げるとセラは踵を返して走り去った。

 走り去るセラをウェインは唖然と見送る。


 「隊長…朝から何やってんですか?」

 事情を知らないティムとサイファスが白い目を向けると、ウェインは元凶たるクハンの腹に拳を埋めた。



 

 

 ウェインの巨体に潰され頭と背中をしこたまぶつけてしまったが、それが幸を成し(?)剣の稽古を休む旨を告げる事が出来た。

 セラは守りの石の材料となる樹液を集める為、鼻歌交じりにレバノ山の麓に広がる森へと入って行く。

 カオスはセラを一人で森に行かせる事に躊躇し、クレイバか近衛騎士の誰かを共に行かせようとしたが、セラは自分の為に誰かの手を煩わせるのを拒否した。かと言って若い娘一人で森に行かせるのは危険だ。カオスはセラに、結界を張って身を守るのなら一人で行ってもいいと条件付け、セラもそれに従った。

 結界を張ったセラは気付かれ難い。

 誰もいないのに聞こえて来る鼻歌に擦れ違う人は驚き怪訝に思い…恐れた。

 

 森に入ったセラは目的の木を探す。

 深い琥珀色で甘い樹液を出す楓の木だ。

 森を一時程歩き回るとその木は見つかり、セラが持参した短剣で木の幹に傷を入れると粘性のある樹液が零れ落ちる。それを小さな器二つに集めると、傷つけた木の幹に手を当て傷口を塞いだ。

 樹液が自然に固まるのを待つ間、セラは昼食代わりに持って来たパンを頬張る。

 パンを噛みながらふと見たその先に池があった。

 セラがパンを噛みながら樹液の入った器を抱えて池の方に歩いて行くと、池の上に大きく張り出した木の枝に拳程度の赤い実を見付ける。


 「ポティの実だ!」

 張り出した枝の先に残った三つの赤い果実。

 セラは器を地面に置くと迷う事なく木によじ登った。

 ポティの実は甘くて美味しい秋の味覚。野鳥や獣たちもそれを良く心得ていて実った頃には食べられてしまい、人間の口に入る事はなかなかない。

 セラは細い枝に身を這わせ、落ちないように注意しながら手を伸ばす。

 そして赤い実を掴んだ瞬間―――細い枝が大きくしなりセラは手を滑らせ池に落下した。

 ドボンッ――――!

 静寂に包まれた森に水音が響く。

 「やった――――っ!!」

 握り締めたポティの実を天に掲げ大喜びで水から飛び出す。

 びしょ濡れになり震えながらも珍しい品を手に入れた事でセラは高揚していた。

 甘い匂いを放つ赤い実を前に、セラは今にもかぶりつきたい衝動にかられるのを必死で抑える。

 たった一つしかないけれど、これは皆に食べてもらうんだ。

 思いがけない宝を手に入れたセラは満面の笑みを浮かべていた。


 「うぅぅ、さっ…寒いっ…」

 秋も深まるこの季節。池に落ちてびしょ濡れのセラは身震いする。

 このままでは風邪をひくと思いながらも先程集めた樹液に視線を落とし、いい具合に固まっているのを見届けると手にとって丸める。

 「こんな感じかな?」

 いびつな形を成したそれを掌で包んで念を送る。

 包んだ手から青白い光が漏れ、辺り一面に閃光を放った。

 間もなくして光が治まると、セラはそっと手を開く。

 先程まで歪な形をしていたそれは、セラの掌の中で艶やかに輝く琥珀色の球に変っていた。

 「成功成功―――」

 満足げに頷くとセラはもう一つの樹液に手を伸ばし、そちらも美しく見事な守りの石へと変貌させた。






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