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残されたモノ  作者: momo
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王妃の心

 ウィラーンの王子の訪問はセラを苦悶に陥れる結果となった。


 突然イクサーンを訪れたマクシミリアンは、セラを懸けてウェインとの御前試合の許しをカオスに申し出た。

 「試合に勝った暁にはこの娘を貰い受けたい。」

 血気盛んなマクシミリアンをカオスは不快に思いはしなかったが、セラを懸けの対象にする程の横暴さは持ち合わせてはいない。

 リカバリーを始めとするウィラーンの騎士達はマクシミリアンの言葉に頭を抱え、ウェインはその騎士達に同情する。

 「マクシミリアン王子、この娘がラインハルト王の思い人である事は存じておろう。」

 ラインハルトはセラを手放しはしたが、だからと言ってこんな事を望んではいまい。

 しかし実際一度セラをかけて戦った事実がある為に、ラインハルトと言う脅威の名もここでは幸をなさなかった。

 「惚れた娘を手に入れるのに陛下の許可など無用。」

 その情熱的意気込みはウィラーン独特の物なのか…試合を申し込まれているウェインも当事者たるセラも全く理解できない。

 ついでに寄っただけではなかったのか…マクシミリアンの横暴さにはさすがのセラも反撃の言葉もない。

 「どうしてもと言われるならウェインとの試合は許そう。しかし賭けるは剣を持つ者としての誇りのみ…それ以外は一切認めぬ。」

 「カオス王よ、獲物を得られずして何処に剣を振るう意味があるのか?」

 「目に見える物だけが全てではあるまい。」

 「見えるからこそ確かなのでは?」

 なんか…意味分かんない―――

 マクシミリアンの我儘な問答にセラはうんざりしていた。

 そもそも何故マクシミリアンが自分に拘るのかすら不明だ。

 惚れた娘と言うが、マクシミリアンが自分に惚れる要素と言う物が全く解らない。どちらかと言うと意味嫌われる存在だと思えるのに、何故か突然マクシミリアンはセラを手に入れたがるようになったのだ。

 セラが頭を抱えている間もカオスとマクシミリアンの問答は続いている。

 その時、ひんやりとした柔らかい手がセラの手を引いた。


 「こんな馬鹿げた問答は陛下にお任せしてあちらへ参りましょう。」

 カオスの隣にいた筈のリリス王妃が何時の間にか座を下り、セラの返事も待たずに手を引いて広間を後にする。

 セラはそのままリリスの部屋へと連れて行かれ、呑気にお茶を馳走になる事になってしまった。

 リリス王妃の部屋は城で一番華やかだ。

 この城に舞い戻った女主人のおかげか、殺風景だった城の様子も少しずつ様変わりして来ていて、何もなかった廊下の壁には絵画が飾られ、何時の間にか置かれた花瓶には季節の花が活けられる様になっていた。


 「あの王子とウェインは、あなたを賭けてラインハルト王の御前で剣を交えたのですってね。」

 素敵だわぁ~と恋する乙女の様に瞳を輝かせている。

 「ウェインは成り行きで試合をしたまでですけど…」

 「まあっ、お気付きになりませんの?!」

 リリスは緑の瞳をますます輝かせ、身を乗り出して来た。

 「あなたに惚れない男がいたとしたら…それは鬼畜ですわ。」

 (鬼畜って…その例え変だし…)

 何でも男女の話に持って行くリリスにセラは苦笑いを浮かべた。

 「その点マクシミリアン王子は正直ですわね。わたくしも一度は剣を交えて奪い合って頂きたかったですわぁ~」

 (つ…ついていけない―――)

 夢見る乙女と化したリリアンの思考には、いつもの事ながら全く付いていけない。

 セラはふと指輪に視線を落とした。

 ラインハルトはどうしているのだろう―――そう物思いにふけりかけた時。

 「ラインハルト王は…本当に、心からあなたを愛しておいででしたのね…」

 世継ぎとなる男子を産んだ女にすら、決して王妃の座を許しはしなかった残酷なラインハルト王。

 その王がセラと恋仲と聞いた時、リリスは耳を疑った。

 「わたくし、あなたの事がとっても嫌いでしたのよ。」

 その言葉にセラはぎくりとする。

 リリスがセラの事を快く思っていない事は最初に感じた事だった。それでも、本人の口から嫌いだと言われるのは、まして王妃に言われてしまうのは心臓に悪い。

 「わたくし、王妃になる前に苦しい恋をしていましたの。」

 「え―――?」

 意外な告白にセラは顔を上げた。

 リリスは緑色の瞳を細めてセラに微笑むと続きを口にする。

 「とても素敵な殿方で、わたくしはその方の事がずっと大好きでしたの。その方には奥様もいらして…お子もお生まれになれて素敵な家庭を築いておいででしたわ。」

 リリスは懐かしむように想いを馳せる。

 しかし間もなく、その表情が陰りを帯びた。

 「その方の奥様は体がお弱くて…奥様が亡くなればあの方の妻になれるのではないかと…以来わたくしは奥様の死を願うような醜い女になってしまったのです。」

 誰かの死によって己の幸せを願うなど本当に醜いと、リリスは過去を思い起こして悔いていた。

 「そんなわたくしに神様は罰を下したのでしょう。奥様ではなく、あの方が病でお亡くなりになってしまったのです。以来わたくしは自分を恥じて、あの方を想い懺悔して生きる事に致しましたのよ。なのに―――」

 貴族の娘としてはとうに婚期を逃したリリスの元に、王妃としての縁談が持ち上がって来た。

 王との縁談をむげにも出来ず、また、行き遅れた娘に降って湧いたこれ以上ない良縁に、リリスの父は二つ返事で結婚を決めてしまった。

 「一生の恋だと思っていましたの。それなのにわたくしは、カオス王にお会いしてまた恋に落ちてしまったのです。」

 カオスの元に嫁いだリリスは献身的に王に尽くし、王妃としての役目を全うしようとした。

 しかしカオスはリリスを王妃として敬いはするが、それ以上でも以下でもなく接して来る。カオスの心にはイクサーンの王としての役目を全うすると言う強い意思が存在していて、その為には何を置いても厭いはしない様が伺えた。

 だが、リリスはある時カオスの心の闇に気付く。

 カオスは失った誰かを常に思い続けていた。

 恋とも取れるその思いにリリスは敏感に反応し、強い嫉妬の念を抱くようになる。

 最初は亡くなった先の王妃だと思っていたが、その人がカオスと共に闇の魔法使いと戦い犠牲となった娘だと気付いた時、リリスは己の心がカオスには決して届かない事を悟った。

 「だからあなたが現れたと知った時、わたくしはあなたにとても強く嫉妬いたしましたの。陛下の元からあなたを排除してやろうと意気込んで城に帰って参りましたら…あなたはウィラーンへ立ったと言うではありませんか。」

 思い切り拍子抜けいたしましたと告げるリリスに、セラは肩身の狭い思いを感じた。

 「カオスは別にわたしに対して恋愛感情がある訳では…」

 強いて言うなら責任―――だろうか?

 巻き込んだ娘に対する騎士としての責任感がそうさせてしまったのかも知れないと思う。

 セラの言葉にリリスもゆっくりと頷いた。

 「帰郷したウェインから、あなたとラインハルト王の話を聞きました。とても…苦しい想いを抱えておいでなのだと知って―――わたくしは過去の自分を思い出してしまいましたわ。」

 ラインハルトとの悲恋を耳にしたリリスはセラに対する嫉妬の心を鎮火させ、それと反対に同情の念を抱くようになったのだ。

 苦しい恋をするセラに過去の自分を重ね合わせた。

 愛し合っているのに別れた二人の想いを知り、リリスは女としてセラの力になりたいと感じたのだ。

 「セラさん―――」

 リリスはセラの手を取り瞳をじっとみつめた。

 「今すぐには無理かも知れませんけれど、次に誰かを愛してもラインハルト王を思った気持ちがなくなる訳でも、まして愛した心が嘘になったりする訳でもありませんよ。」

 そう語るリリスの瞳はうっすらと涙を湛えていた。

 リリスはすっかり己が事の様に感情移入してしまっている。

 相当この手の話が好きなのだろう―――

 それでもセラは、リリスの助言を真摯に受け止める事にした。

 このイクサーンでセラが幸せになる事、それがラインハルトとの約束…ラインハルトの願いだ。 

 セラはラインハルトへの思いを断ち切った訳でも、自ら進んで断ち切ろうとも思ってはいない。新しく誰かを好きになる事があっても、それがラインハルトに抱いた想い以上になるとも思ってはいないのだ。

 誰かを愛すると言うセラの心は全て、今もラインハルトの傍らにある。

 離れている事は辛かったが、ラインハルトの想いが詰まった指輪がセラの心の拠り所となっていた。

 「御助言感謝いたします、リリス王妃。」

 リリスにとっては結婚以来、カオスの心を支配するセラは快く思えない存在だっただろうに、今は自分に面影を重ねて心を痛めてくれる。

 その想いがセラにはとても有り難かった。

 




 

 急な来客、マクシミリアンが訪れた事で、カオスを筆頭に王妃と三人の王子たちは晩餐の席に付いた。

 セラはその席には座れない。

 マクシミリアンはセラの同席を強く望んだが、『王家』と言う血を理由にしてカオスがそれを許さなかったのだ。

 勿論それはセラを守る為の理由。

 セラを手に入れようとするマクシミリアンとそれを拒絶するカオスの問答は、マクシミリアンの側近であるリカバリーの言葉…セラはウィラーンでの御前試合に勝利したウェインの物、これ以上のイクサーンでの揉め事はラインハルト王が許さない―――その言葉で幕を下ろした。

 さすがのカオスもマクシミリアンの自論にはうんざりしていた。

 やっと終わりを迎えた問答なのに、セラを晩餐の席に同席して再び御前試合の話が持ち上がっては意味がない。このまま明日を迎え、マクシミリアンには穏便にウィラーンへと帰ってもらいたかった。

 

 突然の事で疲れはしたが、元気なマクシミリアンの姿を見る事が出来てセラはほっとしていた。

 ウィラーンでの御前試合の後、怪我をしたマクシミリアンの様子を確認できなかった事が心残りではあったのだ。リカバリーによるとその後モドリフの森へ魔物退治に出たと言う事なので、マクシミリアンの状態は完全に回復したのだと推測できた。

 「必要以上に元気なのも困りものだけどね。」

 血気盛んなマクシミリアンはラインハルトと対照的なようで…何だか似ている気もする。

 己の欲に正直で真っ直ぐに突き進む。

 巻き込まれる方はたまった物ではないが、その正直さは憎めない部分だ。

 最初に会った時は、人を人とも思わないマクシミリアンの態度を絶対に許せないと強く怒りが爆発したと言うのに、不思議と今は本気で憎めない存在になっている。

 

 夜の帳の中、セラは窓から身を乗り出し星空を眺めた。

 闇に浮かぶ小さな輝きが、セラの心に宿るラインハルトへの想いを過らせる。

 「ラインハルト―――」

 あなたも同じ星空を見上げているのだろうか…

 そう思った瞬間、セラはくすりと笑みを漏らした。

 「あなたは星空を仰ぐような人じゃなかったわね。」

 ラインハルトは目の前の現実だけをみつめる人だった。

 物想いにふけるセラの肌を初秋の夜風がなぞり、思わず身震いする。

 夜も深い、そろそろ眠りに付こうとセラは窓を閉めた。


 その時、深夜だと言うのに部屋の扉を叩く音がした。


 こんな時間に誰だろうと思いながらもセラは鍵を開けて扉を開くと、そこに立つ人影に驚いた。

 「マクシミリアン?!」

 暗い廊下に一人佇むマクシミリアンからは、かなり強い酒の匂いがしていた。

 「話があるのだが…よいか?」

 (いい訳ないでしょうぅぅ!)

 憎めはしないが、さすがに深夜の訪問はご遠慮願いたい。

 セラの返事も待たず、マクシミリアンは当然の様に入室してしまう。

 「よ…酔ってるの?」

 「俺は酒には強いぞ。」

 確かに匂いのわりに歩みも眼差しもしっかりとしている様子。

 だからと言ってマクシミリアンは要注意人物、前科者には変わりがない。

 セラはウィラーンでのおぞましい一件を思い出し、マクシミリアンとは一定の距離を保った。

 「俺が怖いか?」

 セラの視線よりも少し上から漆黒の瞳が見下ろす。

 「あなたは…わたしが怖くないの?」

 雫石が無ければ死んでいた。

 セラの放つ魔法の威力を身をもって知る人物とも言えるマクシミリアン。

 その問いにマクシミリアンは不敵に笑うとセラに詰め寄った。

 「欲する物を手に入れるのに恐れなど抱くものか。」

 にじり寄るマクシミリアンに、セラは後ずさる。

 「俺の物になる気はないか?」

 「ないわっ。」

 強い否定にマクシミリアンは咽を鳴らす。

 「即答とはな…王には敵わぬか?」

 「ラインハルトがいいの。ラインハルトを、愛しているの。」

 愛するのはウィラーンの王ではない、ラインハルト自身。

 その言葉にマクシミリアンはセラの腕を掴んだ。

 セラは慌てて振り解こうとするが、逃げ様に足をすくわれる。

 その拍子に倒れた場所は寝台の上。

 何時の間にかここまで追い詰められていたのだ。

 「やめて、離してよっ」

 両腕を寝台に抑えつけられ、セラは焦った。

 恐ろしいのは組み敷かれる事ではない…相手を傷つける事。

 一度起こしてしまった過ちにセラは恐怖で怯えていた。

 「俺はあの時死んでいたとて悔いはなかったぞ。」

 強い瞳でセラを射抜く。

 「あの時あなたが死んでいたら…わたしは悔いても悔やみきれなかった。」

 セラの瞳から涙が溢れ出た。

 「人が死ぬのは嫌…それが誰であっても嫌なの。あなたにこの気持が理解できる?」

 セラの言葉にマクシミリアンはふっと笑った。

 「誰とていつかは死ぬ、早いか遅いかの違いだけだ。」

 天寿を全うしようと人の手で殺されようと、死は同じだとマクシミリアンは告げる。

 「わたしの何が欲しいと言うの。何も…あなたが惹かれる物なんて何も持ってない。」

 セラはマクシミリアンの頬に優しく触れた。

 そこから何か温かい物が伝わって来る感覚に、マクシミリアンはその一方に己の手を重ね合わせる。

 「俺を侮辱したお前など、ずたずたに引き裂いてやりたいと思っていたのだがな。」

 片腕を寝台についてセラを見下ろすマクシミリアンの瞳はとても穏やかだった。

 「あの日のお前は美しかった―――」

 「―――え?」

 マクシミリアンは漆黒の瞳を閉じると、そのままセラへと覆い被さる様に倒れ込んで来る。

 セラはそれを身動きせずに受け止めるつもりだった。

 しかしセラの体に重なる寸前で、マクシミリアンの体は空にぴたりと留まる。


 「油断も隙もない奴だな―――」

 

 そこにはマクシミリアンの首根っこを掴んで見下ろすウェインの姿があった。

 

 「魔法で眠らせたのか?」

 ウェインはマクシミリアンを片腕で摘み上げ顔を覗き込む。

 普通なら苦しむ体勢なのだが、マクシミリアンは瞼を硬く閉じて身動き一つしなかった。

 「見張ってたの?」

 だったら早く助けてくれたら良かったのに―――

 セラは身を起こすと、ずり下がった夜着を整えた。

 「夜中にこんな男を入れる奴が悪い、少しは反省しろ。」

 セラと同じ屋根の下にマクシミリアンの様な輩がいては、安心して城から出る訳にはいかない。

 こんな事もあろうかと、ウェインは独断でセラの周辺警護にあたっていた。

 そして案の定、夜の帳をぬってその輩は現れたのだ。

 セラが落ちついているようだったので暫く様子を伺っていたが、さすがにセラを組み敷く様は頂けなかった。

 セラがマクシミリアンの頬に触れた手から青白い柔らかな光が発せられていなければ、ウェインはマクシミリアンの望み通り、迷わず剣を抜いていただろう。


 セラの魔法でぐっすりと眠るマクシミリアンを肩に背負うと、ウェインはセラの部屋を後にする。

 「ゆっくり休め。」

 「あ…うん、ありがとう。」


 マクシミリアンを部屋に入れた事で雷を落とされると思っていたセラは、大人しすぎるウェインの対応に少し拍子抜けしてしまっていた。 


 

 

  



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