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残されたモノ  作者: momo
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招かれざる客たち



 無断外出から戻った二人には当然の如くお仕置きが待っていた。


 正確にはセラと、そしてマウリーにである。


 諸悪の根源とも言えるセリドにはお咎めなし…と言うのがカオスの出した結論。

 それはセリド本人を罰するよりも覿面に効果を成した。


 「セリド、そなたは己の立場をわきまえ、これまで通りハウルの元にて勉学に励む事。これに関わったセラと騎士団隊長マウリーには追って厳しく沙汰を言い渡す。」

 事態を報告したマウリーも同罪とばかりに処罰を受ける事となってしまったが、とばっちりを受けたマウリー本人は何処吹く風と言った態度。

 それに反してお咎め無しのセリドがカオスに意見したのには一同驚く。

 「マウリーはともかく、セラ殿を巻き込んだのは私の一存です。私が彼女を無理矢理ハウルの元へ連れて行ったのです!」

 しかも自分を擁護する意見に、セラは度肝を抜かれた。

 (なにか悪い物でも食べたんじゃないかしら?)

 本気で心配になり声をかけようとするが、セリドを取り囲む近衛が邪魔して無理だった。


 セリドが王の御前を下がった後、セラとマウリーは別室で待たされる事となるが、すぐにシールが沙汰を伝えに入室して来た。

 「セラ殿には明日、課外授業として街へ降り散策していただく事になりました。マウリーにはその警護をと、陛下が申しております。」

 「散策?!」

 「セリドには厳しいお仕置き…だね。」

 「やっぱりそう言う事なのかぁ。」

 自分はともかく、その場に居合わせたマウリーをカオスが罰したりする筈はないとは思ってはいたが、それがはっきりしてセラはほっと胸を撫で下ろした。

 同時にセラを擁護する発言をしたセリドに後ろめたさを感じてしまう。

 セリドは自分のせいでセラが罰を受けた事に少なからず『悪かった』と感じている筈だ。

 いつものセリドなら、セラだけではなくマウリーの事も擁護し、心を痛める様を演出した筈である。

 それとも考え過ぎだろうか?

 「セラ殿、よかったですね」

 優しく微笑んで見下ろすシールにセラははっとする。

 「もしかしてシールさん…」

 シールは今朝の出来事をカオスに報告し、セラには休息が必要なのではないかとカオスに進言していた。

 だからと言ってカオスはセラの願い通りに出来る訳ではない。そこにマウリーが現れ、セリドとセラが城を抜け出しハウルの屋敷を訪れているとの報告を受ける。カオスはそれを利用してセリドに戒めを、セラには休息を与える事とした。

 マウリーが巻き添えでセラの護衛に付くのは、単に彼が女性の心を読むのに長け扱いに慣れているからである。

 外の空気を吸って少しでもセラの心が休まれば…カオスがそう願って下した罰だ。

 「陛下公認のデートだね!」

 マウリーが楽しそうに方目をつぶって見せる。

 「マ…マウリーさんとデートだなんて申し訳ないわっ!」

 こんな美人とじゃマウリーの名が廃るとセラは首振る。

 「なんて事言うの。セラちゃんはと―――っても可愛いよ。僕は持病を悪化させてくれた爺様に感謝してるんだから。」 

 二人でデートと浮足立つマウリーに、シールはこっそりと思惑ありげな視線を送っていた。





 

 「何で君が此処にいるのさ。」

 セラを連れて街へとやって来たマウリーの前に一人の大きな男が現れる。

 白地に金糸で模様作られた騎士団の制服を着た、騎士団長のウェインだ。

 ウェインの姿を見たマウリーは心底嫌そうな表情を浮かべた。

 「お前が陛下より特殊任務に付かされたと聞いてな。騎士団長として支援に来たぞ。」

 「必要ない、邪魔だよ。さっさと何処かへ行ってくれっ!」

 「セラから目を離すな。」

 ウェインが顎でセラを指す。

 マウリーが振り返った時、既にセラは人混みを掻き分けかなり前へと進んでしまっていた。

 「セラちゃんっ」

 マウリーは慌てて小さくなって行くセラの背を追う。

 「必要だろ、後方支援?」

 自信満々のウェインにマウリーは苦虫を潰した様な顔になり―――直ぐ様いつもの綺麗な微笑みを浮かべて見せた。

 「もしかして、本気になった?」

 「何がだ?」

 「ふ~ん…ま、いいけどね。」

 マウリーは意味ありげな視線をウェインへ向けると、急いでセラを追いかける。

 セラは硝子張りの店の中を驚いたような顔で覗き込んでいた。

 「セラちゃん、どうしたの?」

 マウリーが中の様子を伺うとそこはペットショップ。

 愛玩動物を売る店で、硝子張りの店内には猫や犬を筆頭にネズミやウサギなどの小動物、そして野鳥などが所狭しと並べられている。

 「可愛いねぇ、セラちゃん動物好きなの?」

 よければプレゼントするよとマウリーが言いかけた時。

 「食べてたのに…」

 セラが呟いた一言にマウリーは耳を疑った。

 「ついこの前まで、ここにいる動物は食料だったのに…今じゃ飼っても食べないなんて信じられない…」

 食料など殆どが自給自足、旅の途中で狩りをしたりして調達した。パンなどの穀物は干した肉と物々交換だ。孤児院に暮らしていた時も愛玩動物の存在は知ってはいたが、セラには縁のない代物。

 「あの鳥は今でも食べられているぞ。」

 後ろからウェインが綺麗な羽をもつ鳥を指差す。

 「あれ…偶然ね、ウェイン。」

 「ああ、偶然だな」

 「―――何が偶然だよ。」

 最後にマウリーが半眼を閉じて呟く。

 「所でセラちゃん。君を連れて行きたい所があるんだ。」

 そういてマウリーはセラの手を引き人混みを掻き分けて進んで行く。

 ウェインを捲いてやろうと思ったが、相手が相手だけにさすがにそれには無理があった。


 着いた先は一件の大きな宝石店。

 店の扉をくぐると店主の男が満面の笑みを浮かべて歩み寄って来た。

 「これはマウリー様、いつもご来店有難うございます。また本日はお美しいお嬢様と御友人をお連れ頂き、誠に嬉しゅうございます。」

 店主はセラがマウリーとウェインどちらの連れなのか様子を伺っていた。

 「店主、今日はお願いがあって来たんだ。」

 そう言ってマウリーはセラの左手を取ると、その指に嵌められた指輪を店主に向けて見せた。

 布の捲かれた薬指には青い宝石を湛えた見事な細工の指輪。

 「この指輪のサイズを直してもらいたいんだけど、見ての通り容易く預ける事の出来ない品なんだ。無理を言って申し訳ないけど、今ここで、彼女の目の前で出来るかな?」

 店主はセラの指に嵌められた指輪に顔を近付け目を細めると、次の瞬間には大きく目を見開いた。

 「…これは?!」

 見事な細工の施された土台には、吸い込まれそうになる程に青く澄んだ大粒の宝石。青い宝石の向こう側には紋章が透けて見え、見事な輝きを放っている。

 一目で熟練した職人の技と解る指輪で、大粒の青い宝石とその奥にある紋章がただならぬ気配をかもし出していた。

 「マウリーさん、わたしこのままでも…」

 「駄目だよセラちゃん、大事な人に貰った物なんでしょ。そんな隔たり失くして直接指に嵌めて上げなきゃ。」

 「そうで御座いますよ、お嬢様。これ程見事な指輪なのですから、その輝きのまま指にお纏い下さるのが一番でございます。」

 マウリーの言葉に店主も頷き後押しする。

 「他ならぬマウリー様の頼みでございます。工房の職人を直ちにここへ呼びましてお直しさせて頂きましょう。」

 迂闊に人の手を介すと紛失や盗難、石の差し替えに合う危険がある。

 それにマウリーは、セラが指輪を片時も離したくはないのではないかと思ったのだ。

 「ありがとう、マウリーさん」

 セラはマウリーの気遣いに素直に従い礼を述べた。



 

 指輪のサイズ直しも終わり、三人が軽い昼食を取り終え再び街の散策に興じ始めた時、何やら通りが慌ただしくなる。

 喧騒に目を向けると、都を走る一本の大きな通りの向こうから一塊の馬列がやって来るのが見えた。

 先頭には漆黒の馬に跨り、深紅の衣に身を包んだ男の姿。

 後方には十騎程の馬が続き、馬上の主は皆赤い衣に身を包んでいる。

 セラとウェインはその一団に見覚えがあった。

 有り得ない光景に呆然と立ち尽くすセラに気付いたのか、一団は馬の鼻先を向けこちらへと近付いて来る。

 漆黒の馬に跨るのはウィラーン特融の褐色の肌に黒い瞳、黒に近い赤の髪を持つウィラーンの第二王子…マクシミリアンその人。

 「相変わらず素っ頓狂な顔をしておるな?」

 悪戯が成功した子供の様に口角を上げにやりと笑うその姿に、セラは現実へと引き戻される。

 「何であなたが此処にいるのよ…」

 ウィラーンの第二王子が何の音沙汰もなくイクサーンを訪れるなど現実にはあり得ない事。

 「狩りのついで・・・に寄ったまでだ。」

 マクシミリアンの言葉を補う様に、後続の馬から降り立った騎士が前に進み出て来る。

 「ウェイン王子、セラ殿…再びお目にかかれて光栄です。」

 頭を下げ礼を取るのはリカバリー。

 その後ろの騎士達の中にはサイファントやルビオンスの兄弟も控えていた。

 「あの後我々は陛下の命を受け、再びモドリフの森へ魔物の一斉討伐へと向かいました。それを終えた後―――」

 言い難そうにリカバリーは口籠り…

 「殿下がこちらへ参ると仰せになられまして―――」

 リカバリーの言葉が終らぬうちにマクシミリアンは馬を下りるとウェインの前に立った。

 「借りを返しに来た故相手を致せ。」

 「…遠慮しておこう。」

 マクシミリアンの言葉に、ウェインは心底御免だと言った風に答える。

 そこにふいっとマウリーが割って入って来た。

 「騎士団第一部隊隊長マウリーに御座います、お見知り置きを。」

 頭を垂れるマウリーに、マクシミリアンは息を飲んで一歩後ずさった。

 セラはその様子に、マクシミリアンは男の・・美人に弱いと確信する。

 (確かフィルには頬を染めて息を飲んでたよなぁ?)

 予想通り、満面の笑顔を作ったマウリーにマクシミリアンは息を飲むと引き攣りながら頬を染めてしまった。

 御前試合でウェインに負けたのが余程悔しかったのか…セラはマクシミリアンの様子を伺いながら考えていた。

 狩のついでに寄ったと言うが、リカバリーの説明によるとモドリフの森に魔物の討伐へと向かっていたと言う。

 モドリフの森から最短でイクサーンに来るには、ウィラーンの都に戻ってからイクサーンを目指すのが一番の近道だ。なのにマクシミリアンは討伐の後、都のキエフリトを素通りしてイクサーンを訪れていた。

 (ついで・・・にしては無理があると思うけど…)

 言っている事の矛盾に気付いていないのかわざとなのか…どちらにしても従者として使えるリカバリーや討伐に同行した騎士にしてみればいい迷惑である。

 面倒な事が起こらなければいいがと思うセラにマクシミリアンが視線を向けると、余裕綽々と言い放った。

 「今度こそはお前を貰い受けるぞ。」

 マクシミリアンの漆黒の瞳が自信に溢れていた。

 「はぁっ?!」

 (何言って…)

 セラはイクサーンで行われた御前試合を思い出す。

 マクシミリアンがセラを求めた為に行われる事になった御前試合で、その戦利品としてセラは試合を観戦した。

 思いがけないマクシミリアンの態度がセラの魔法を暴走へと導き、マクシミリアンは見代わりの雫石によって命を繋いだ。翌日にはウェインの剣でその身を貫かれ、セラが治療を施さなければ間違いなく命を落としていただろう。

 「ここはウィラーンとは違う、セラが欲しくば剣ではなく心で奪え。」

 煽るウェインに何事かとマウリーの瞳がきらきらと興味深げに輝いていた。





 

 丁度その頃イクサーンの城では、セリドがハウルの授業を受けていた。

 

 セラの治療で持病の腰痛が改善されたハウルは、早速今朝から登城しセリドに講義を続けていたが、いつもと違って上の空のセリドに対し仕方なさそうに溜息を付く。

 「セラ殿の事がお気になりますか。」

 講義の手を止めたハウルの問いにセリドははっとして顔を上げたが、再び俯き広げた本へと視線を落とした。

 本を開いてはいるが、内容はまたく頭に入ってはいない。

 「責めは、私一人が受けるものだと思っていたのだ―――」

 気晴らしにセラをハウルの屋敷に連れて行くと決めた時点で、その行動が父であるカオス王の耳に入る事は予測していた。

 今まで努力し築いて来た品行方正な王子と言う仮面。

 その仮面のおかげで王位継承者としての威厳を守りつつ、人知れぬ場所では自分のやりたいように振る舞う事が出来ていた。

 それを脱ぎ捨てるにはかなりの躊躇があったが、廊下でシールにしがみ付き声を上げて泣くセラの姿を目の当たりにした時、セリドのそんな迷いは一瞬で消え失せてしまった。


 セリドは初めてセラに会った瞬間に恋をしてしまった。

 美しく優しい面立ちのセラは表情とは裏腹に、その非対称の瞳には切なさを宿していた。

 セリドはその異質な青と赤の瞳に宿る愁いに一瞬で囚われてしまったのだ。


 しかし忘れたくとも忘れられない屈辱的な初恋の思い出を持つセリドは、自分が再び誰かに恋をするなどと言う事が信じられずにその思いを否定し続けていた。

 父王や二人の兄に心を開くセラに腹立たしく思い、ウィラーンの王に恋するセラが許せなかった。その眼差しが何故自分に向けられないのかと思いつつもそれを否定し、セラの心に土足で踏み込むような真似も幾度となくやってのけた。

 セラを傷つけ酷くあたる事で己の心を否定していたのだ。

 これは恋じゃない、敬愛する父王や兄達の側にいるセラが許せないだけだと、何度も自分に言い聞かせる度に心が痛んだ。

 それが昨日、廊下でシールにしがみ付き声を上げて泣くセラを見た時、セリドはセラの涙が自分のせいだと確信した。

 当然と言えば当然なのだ。セラが一番傷つき触れられたくないもの…ウィラーンのラインハルト王がセラに授けたと言う証を部外者であるセリドは否定し、セラの心を抉り続けたのだから。

 沈痛な面持ちをしながらも決して泣く事はしなかったセラが泣いている―――

 その姿を見た時、セリドは初恋に傷ついた日の自分を思い出した。

 セリドの恋は幼すぎた。しかし、セラの恋は―――

 恋する人を最低の方法で傷つけたセリドは、セラの泣いて赤く染まる目を見る事が出来なかった。嫌味な心が、認めた恋心をセラに気付かれまいと乱雑に扱ってしまった。


 あの時のカオスは、冷たい灰色の目で周囲を見据えていた。

 王を落胆させたのであればどんな罰でも受けようと心していたと言うのに。

 「陛下はどんな咎をセラに下したのだろう…」

 ハウルは、セリドがセラに興味を持っている事には前々から気付いていた。

 異質なセラに対しての嫌悪か好意か…または別の感情なのか。

 昨日まではそれを掴む事が出来ずにいたが、今ははっきりと解る。

 「セラ殿は大した罰は受けてはおりますまい。」

 ハウルは確信を持って告げた。

 カオスにとってセラと言う存在は何を置いても大切なものなのだ。

 大きな誤解を受けるやもしれないが、セラの存在はカオスにとって心の支え。過去においては己にとっての戒めであり、現在は取り戻した事によって再び失う事を恐れる存在。

 セラがアスギルと共に封印されてしまい失ったからこそ、カオスは必死になって国の再興に力を注ぎ、イクサーンの王になったと言っても過言ではない。あの時セラがアスギルと共に封印されていなければ、カオスと言う名の王は、イクサーンは存在しなかったやも知れないのだ。

 「セラ殿とマウリーが受ける処罰はセリド様への戒めでしょう。」

 「私への戒め?」

 「セリド様はセラ殿が厳罰を受けたと思われ、深く後悔し反省しておいでだ。それこそが陛下の思惑であると私は思いますぞ。」

 王位継承者としての自覚と、自身の行動に責任を持たせる為に。

 「私は…セラに酷い事をしたのだ。その償いはどうすればよいのだろう…」

 幼さの残るセリドの顔が深く後悔の念を抱いていた。

 「酷い事をしたと後悔するのであれば、その旨を反省し謝ればよろしいのです。」

 「謝る―――私が?」

 次代の王となる自分が、臣下に頭を下げるのか?

 「王となる者が詫びてはならぬ決まりなど何処にも御座いませぬよ。」

 時と場合によりますがな…

 ハウルはそう付け加えるとセリドの開いた本を閉じた。

 「本日の講義はこれにて終わりに致しましょう。」

 爽やかな秋の風が窓から吹き込んでいた。




 

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